
AIで文章作って何が悪いの?——電子透かし騒動に思うこと
夏が戻ってきたというよりは、残暑が始まったという言い方の方があっていますね〜
こうやって、書き初めによくその時思いついたことを書いているんですが、その大半が気候のことだな〜
たもんです。
フィジカルとバーチャルを行き来しながら、 日々の気づきを書いてます~
さて、さて、ね
昨日、AIを使うのって楽じゃないよって話を書いてて、ちょっと発生したお話しです。
ついこの間の電子透かしの件・・・
AIで作った文章がバレちゃうってちょっと騒ぎになっているけれど・・・
私は正直「AIで文章作って何が悪いの?」って思っちゃう。
結局さぁ、情報を発信したいと思ったら、その文章を作るまでにAIと対話しながら作っていると思うんですよね。だから、そこの行為自体は作り手のオリジナリティが入ってくると思います。
イラストや音楽もそうだけど、そういうものってこれまでは特殊な能力がある人でないと表現できなかったけど、AIはそこの裾野を広げたとも言えるよね。(もちろん、著作権とかプロの仕事がなくなるかもという問題は別でね)
こういうものって、コミュニケーション手段の一つだと思っていて、伝えたいと思うコト自体が大切なんだと思うんですよ。
一方で、これまで自力で文章やイラスト、音楽を作ってきた人は、自力でできるっていうことが、大きな差別化になるとおもう。自分でできるってやっぱり素晴らしいしね、AIで似たようなものはできても、その人のオリジナルの源泉って人の感情とか感覚的な部分だからAIでは解析しきれないって思うんですよ〜
あと、AIで作って行くにしても、出てきたものを精査もしないで出すのはやっぱりNGだと思います。
自分が欲しいものになっているかの調整・・・ここに、その人の感情とか感覚的な部分が反映できるんだから、やっぱりここはしっかりみていきたいと思う。
そうなってくると、読解力ってどうしても必要になると思うんです。デザインの場合も、その生成されたデザインをどこでヨシとするかの人の感覚が必要。(音楽もそうだよね)
AIが流行り始めた頃って、生成されたこと自体がすごかったので、あまり中身が精査されないでいろんなところへ出回ってしまってたと思うんです。
「それはそれでオモシロイってね」
だけど、今は、「これは人が作ったの?AIが作ったの?」という視点を多くの人が持ち始めているから、中途半端なものってやっぱり「おかしい」ってなる。
だから、最後の調整部分が大切なんだと思うんですよね。
なので、AIで色々作ってもらうこと自体は「ん〜いいんじゃないの?」ってスタンスなんです。
逆にね、電子透かし入れられるなら、それ自体を誰が作らせたかって情報まで入れてくれると、これは別の意味で価値を生むんじゃないかな〜って思ったりね。
あ〜、毎度のことですが、私のnoteはAI使ってないよ〜
(あっ、意外だった・・・・?)
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