
インドの印象いろいろ|書くリハビリnote#12
2025年12月 久しぶりにノートを書く
今日ふと時計を見たら、12/12 11:11でちょっとうれしかった。今もこういうので嬉しがれる。
朝は天気良かったけど、午後からなんだか雪になりそうなくらい曇ってきた。風も冷たくて寒いので、外仕事の予定はなくなった。(明日へ延期。でも2日分がんばらない。)
この前、手つかずだった部屋をついに片付けた。まだ途中ではあるけど、インド旅行の旅程とか資料を整理した。あとは、現地で拾った菩提樹の木の葉をどう保存しようか…というところ。
昨日は子どもたちが何となくすり減っていたので休ませて、家でのんびりした。シュークリーム作ったり、仏像っぽいのを彫ったり。
夜ご飯にスリランカカレーのスパイスでビリヤニを作ったら、スーパーおいしかった。思わずそのスパイスの口コミを書いた。あと、楽天でインドグッズを買ったショップとか、気になるお店数件に口コミを書いた。前ほど、何かを書くことに抵抗がない、心の。
ピアノを弾くのにも心のつっかえが取れてきた気がして、ただ楽しいという感覚を思い出してきた。自然と。
でも、この変化は半月前の高熱以降な気がする。不思議と。
話がそれてしまったけど、インドの印象を旅行中にメモしていたので、それを掘り起こす。
看板はだいたい傾いている。
識字率の関係なのか、貧しそうな町の看板は写真や絵が多い。
屋台の上の果物は、整然と並んでる。
でも時々その横に、店のおじさんも屋台に乗って並んでる。

写真がなくて悔やまれる。
クラクションならすの普通。
パラリラパラリラ~っていう音も普通。このヤンキー音、初めて聞いた。
どんな人が乗っているのかと思いきや、めちゃくちゃ硬派な顔したおっちゃんだったりする。

カメラを向けるとだいたいカメラ目線いただく。
牛は、あちこちに。
黒い水牛から白くてこぶがあるものまで多種多様。茶色いのもホルスタインみたいなのもいた。

気にするところ、砂ぼこり。
ごみがあちこちに捨てられているのは気にしないのに、道の砂埃は綺麗に掃く。手持ち箒で早朝(5時とか)よく掃いている。
ゴミの捨て方が…
ホテルの感じの良いスタッフさんが、ごみを集めに来てくれて、お礼を言うと胸に手をあてて丁寧にお辞儀しながら部屋を去った後、廊下直結のすぐ隣の窓からそのごみを外にぶん投げててのけぞった。ここ4階よ?
しかもその下の敷地には、掘っ立て小屋のような手作りハウスがあり、まわりはゴミだらけ。なんというか、ごみを捨てるところに人が住んでいるのか、人が住んでいるのに構わずごみを捨てるのかよくわからない。でも、まったくそれが特別なことではない様子だ。
毎日、ゴミを集めに来てくれて、直後に隣の窓からその袋が飛び出ていく。

バイク最高5人乗り見た。
サリー着ている人は横乗り。赤ちゃん抱いてたりとか、子どもが3人くらい乗ってたりする。

インド人歩くの速い。
空港の動く歩道もなんか速い。しかもその歩道に乗って歩いていても、すごい速さで抜かされる。特にターバン巻いたシク教の人。
デリーでは、後ろ向きで歩く人がちらほらいて1日に何人も見かけた。流行っているのか。
旅の醍醐味は、「自分を状況に合わせて変える楽しみ
自分の日常を維持しようとすると不幸だなと思う。
サールナートにてディワリという大きなお祭りをやっていた。空港でやだらディワリセールがあり買いすぎた。
(旅メモおわり)
インド人の歩き方について、旅のあいだマネしていたんだけど、重心が股よりだいぶ上にある感じで歩く。太っていても姿勢がよく、猫背がいない。いい姿勢で羨ましい。
このインド人風の歩き方のせいなのか、インドにいた間は目線が遠くなり、いつも視線が伸びていた。帰国して日本の空港に入った瞬間、目がちかちかした。
インドから帰って一日少しでも座禅しようと思って座って呼吸を気を付けているせいか、最近、体の内側に玉というかずっしり重心のある芯のような、ボールのようなものがみぞおちあたりにある感覚になってきて、それを意識すると肩がさがり、腹式呼吸がうまくできて歩く時の支点も上の方にきた気がする。
外側にある腹筋を意識してきたけれど、それは容器の方で、その芯のような軸を意識できるように呼吸を感じて瞑想するだけで体が変わったと感じるようになった。とりあえず今日はインド人の歩き方について。
