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知る人ぞ知る、青森は恐山のイタコの口寄せ。

体験なさった方もあるかと思います。

私は、3年前(2023年)の7月11日、ど~~~しても逢いたい死者を、イタコさんに降ろしていただきました。

口寄せの体験談は、さまざまですよね。亡くなったお身内に会えて号泣したという方、なんかインチキくさかったという方。

気になる方は実際に体験されるのが一番だと思います。

私は、行って良かったと思っています。逢いたかった人には逢えたという手応えがあったから。ただそれは、口寄せの時ではなく、口寄せの後、お山で霊場巡りをした時です。

恐山霊場の土は、白っぽい石が風化したため、歩くと細かい石がこすれてザクッ、ザクッと音がします。たまたま周囲に誰もいず、私は一人でした。それなのに、後ろから足音がついてくるのです。何度振り返ったかしれません。なんだか、私が会いに来たのを喜んでくれてるような気がして、目には見えない人とのデートのようでした。


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重罪地獄

寂しくなっちゃったら、ここに来れば会える…という、大きな安心をいただいて帰ってきました。

え?誰に会いたかったのかって?ウフフ、それはね…


琉球新報で記者をしつつ、劇団【創造】で美術を担当していた近田洋一さんです。

埼玉新聞に移って1面の【さきたま抄】を担当していた時、沖縄戦の朗読を取材して下さったのが出逢い🎀

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近田さんが初めて書いて下さった沖縄戦朗読時の記事🖊


本土の人間なのに沖縄戦の朗読を続ける谷を、他の演目も含めて丸ごと応援して下さっていました。

沖縄時代、劇団で美術をしていたほどの芝居好きですから。

私を紹介する時いつも「僕の愛人」って言うものだから、埼玉新聞ではそう思われていたとか🤣

まあ本当に愛されていた(と思う)ので、間違いではないのかも。

私にとっては、父であり、恋人であり、同志であり、師でした。

2008年に急逝された時は、この世の終りのようだった(T_T)(T_T)(T_T)

彼がいなかったら生きてゆけない気がしていたけど、どうにかこうにか生きてきた。

近田さんが生きていたら、金子みすゞの伝記の原稿、アドバイスしてもらえたのになあ…。

話が変わるようで、変わりません


金子みすゞの詩を声に出して読み合う、みすゞ塾という朗読教室をやっています。

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オンラインクラスも2つあるので ↓ モヒよろ光ったら✨
①月2回、木曜20時~のクラス

②月1回、最後の水曜日9時~の入門クラス
お仕事現役の方から「平日の参加は難しいので、土日に開設して欲しい」というお声があります。あと4人集まれば開設しますので、ご希望の方はコメント欄かDMにて🎀


12月5日(土)に開催する【みすゞ塾】発表会の稽古で、『朝顏の蔓』を読んだ方がありました。

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後ろから6行目、その方は「ちょっと」とお読みになったのですが、私は「いっすん」だとばかり思っていました。

でも、どちらも間違いではないですよね。

果たしてこの読みは、いっすんなのか、ちょっとなのか?

みすゞがルビを振ってない以上、読み手のフィーリングで良いのかなと思っています。

ただ、みすゞはどっちのつもりだったのでしょうか?

ふと、イタコの口寄せで聞いてみたいなと思ったのです。

たぶんイタコさんは、金子みすゞという詩人の存在ぐらいはうっすら知っていたとしても、詩の細かいところまでは知らないはず。

でも、みすゞは、どう読ませたいか決まっていたはず。

そしてイタコさんが、本当にみすゞを降ろしてくれているなら、私の質問の意図も即座に了解してくれるはず。

この質問をした時、イタコさん(=みすゞ)は、どんなリアクションをするのだろう…?

不謹慎でしょうか?


そーゆーことは、分からないままにしておくほうが、ロマンチックなのかもしれないですね。


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3.7さん切手


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