
9月は接吻してってば
小さな化粧品メーカーが作る、手のひらサイズの口紅パレットのCMが、インターネット上で流れた。
モデルは、陰キャラ俳優の倉木未知。
「くらき みち」
私が付けた芸名だ。
引き立て俳優として業界では、重宝されていた。
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大学では生物学を専攻した。
卒業後は、自分で企画・開発したコスメを、オリジナルブランドとしてネットショップで販売するのが夢だった。
そして今、その夢が叶った。
基礎化粧品からメイクアップアイテムまで、研究を重ね、OEMの力を借りて商品化に漕ぎ着けた。
俳優業は、そのための手段のひとつ。
自分が有名になりたいわけではない。資金が必要だったからだ。
俳優業の小さな仕事を数多く出演し、足りない分は単発バイトで補っていた。
また芸能活動は、化粧品開発にも役立った。プロのメイクを間近で拝める、絶好の場だ。
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商品はネットで販売することに決めた。
所属事務所に相談すると、CM撮影に協力してくれるという。
所属事務所のモデルや人気タレントに声をかけたが、得体の知れないコスメの広告など、引き受ける者など誰もいなかった。
そこで自分がモデルになることを決意した。
CMの私は、陰キャラ女子。
自室で一人、口紅を塗る。
鏡を見つめる。
そして突然、少しだけ戯ける。
「9月は接吻してってば💕」
言った本人が恥ずかしくなり、
「……何やってんだ、私」
と俯く。
20秒ほどの短いCMが、図らずも功を奏した。
視聴者がうんざりする前にCMが終わる。
動画やネット検索、ゲームアプリの合間に流すには、ちょうど良い。
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CM配信後、注文が殺到した。
「この口紅欲しい」
特に私のような陰キャラの女の子たちの間で共感を得たのだ。
人気タレントではないこちら側の女の子が可愛く見えるのだ。
そして陽キャラの女の子たちの間では
『9月は接吻してってば💕』
のセリフが大流行していた。
CMはSNS上でも拡散され、陰キャラの私の露出が増えてしまった。
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そんなある日、事務所から連絡があった。
「倉木さん、ドラマの主演オファーが来ています」
私は資料を受け取った。
主演。
物語の中心。
私はしばらくドラマの企画書を眺めた。
そして、
「お断りします」
事務所の担当者は驚いた。
「どうしてですか? こんなチャンス滅多に無いですよ!」
「私の本業は、コスメを売ることなので」
私は笑った。
結局、そのドラマには端役で出演することになった。
主人公の同僚で台詞はないが、毎回オフィスの場面のどこかしらに、私が映り込んでいた。
ほんの数秒、画面の隅を横切るだけだったり、パソコンを入力している後ろ姿、会議のシーンは主人公の隣に着席していたり。
ところが放送終了後、毎回SNSが騒がしくなった。
『倉木未知じゃない?』
視聴者の目は私を追っていた。
番組終了後のSNSは私の話題で持ちきりだった。そしてそれは、売り上げにも繋がった。
CMで使っていた口紅パレット以外にもスキンケア用品の注文の通知が次々と舞い込んで来たのだった。
私は画面を見て笑った。
主役じゃなくてもいい。
目立たなくてもいい。
画面の隅っこが私の居場所。
私は今日も、俳優を続ける。
そして本業は……
自分のコスメを売ることだ。
甘野充さんの企画に参加させていただきました。⏬