
落とし物の持ち主 |拝啓文芸部
前方を走る車のルーフの上に、何やら白い物体が!
前方の信号が赤に変わり、前走車との距離が縮まる。
運転席側のルーフにあるのは、白いスニーカーだ!
どうにか伝える方法はないものか……と思案しているうちに青信号に変わり、再び車間距離がぐんぐん開いていく。
ただ見守ることしかできなかった。
そして、スニーカーの片割れが転がり落ちた。
後続車もいるので、車は急には止まれない。
すぐにもう片方も地面に転がっていった。
前の車は土禁(土足禁止)だったのだろうか?
どうか目的地がご自宅でありますように。
***
スニーカーを回収し自宅に戻り
ドラレコの映像を確認した。
白いスニーカーが、道路に転がり落ちる瞬間が鮮明に映っていた。
私は何気なく、その映像をSNSに投稿した。
拝啓
天高く馬肥ゆる秋、いよいよ過ごしやすい季節となりました。
今日の午後3時過ぎのことです。
『前に走行していた車のルーフからスニーカーが二足落ちました。どうか持ち主に届きますように』
敬具
回収したスニーカー画像と動画を公開した。
白いスニーカーには、赤とんぼが刺繍されていた。
動画は思いの外拡散され、すぐに持主の女性が車で現れた。
ドラレコに映る車との一致していたためスニーカーをお返ししたところ、たいそう喜ばれていた。
***
ある男性は、動画を何度も見返した。
白いスニーカー。赤とんぼの刺繍。
昨夜、会場を出る間際に見た、彼女の足元。
似ている。いや、あの靴ではないだろうか。
慌てて会場を飛び出したあの女性のことを考えていた。
***
ひとりの男性からメッセージが届いた。
『この靴の持ち主を探しています』
男性によると、ある女性を探しているのだという。
昨夜、パーティー会場で出会った女性だ。
名前も連絡先もわからない。
ただ、彼女が履いていた白いスニーカーが、動画に映っていたものとよく似ているらしい。
男性は、女性にもう一度会いたいと願っていた。
私は先日スニーカーを取りに来た女性に連絡を取り、事情を話した。
***
こうして、男性と女性は再び会うことになった。
男性は、女性の足元を見て驚いた。
「やっぱり、あなたですね!」
女性は、照れくさそうに笑った。
「靴でわかったんですか?」
「ええ。あなたを探していたんです」
***
あの日の夜。
午前零時を過ぎると、女性は慌てて会場を飛び出したのだ。
「ところでどうして車のルーフの上にスニーカーを乗せていたの?」
女性は、悪びれる様子もなく答えた。
「だって、私の車、土禁なんですもの」
男性は思わず吹き出した。
そして、ふたりは笑い合った。
***
それから一年後。
ふたりは結婚した。
結婚式の日、男性は女性にガラスの靴を贈った。
女性は嬉しそうに受け取り、足に合わせてみた。
ぴったりだった。
参列者から拍手が起こる。
男性は微笑んだ。
女性もにっこりと笑って言った。
「ひとつだけお願いがあるの」
「何?」
「これからも、車は土禁にしてね」
男性は、深くうなずいた。
現代のシンデレラは、土禁だった。
Mr.Qさんの企画に参加させていただきました。⏬