
成田空港✈️の未来を後押ししたい。
先月、リニューアルオープンした成田空港第1ターミナルに訪れ、そこで日本のおもてなしを体験した。
そして、成田空港が空の玄関としての選択肢として、多くの人に利用して欲しいと思ってしまう。
成田空港が開港して暫くは、成田は国際線、羽田は国内線としての棲み分けをしていた。
それが羽田空港の拡張により、ビジネス路線、ドル箱路線は都内からのアクセスの利便性から羽田に移行。
一方の成田はLCC(格安航空会社)、貨物、中距離国際線の運用を担うようになる。
羽田の躍進の傍ら、成田は取り残されてしまったようで、個人的に寂しく感じている。
コロナ禍の閑散とした、まるで廃墟のような景色も重なり、成田空港の未来に暗雲が垂れ込めるような気さえした。
そんな憂いはどこへやら、再び活気を取り戻す日本の空✈️
コロナ禍が明け、日本には多く観光客が戻って来たのだ。
成田には成田の役割を果たすのだ‼️
そうでないと、この土地を手放さざる負えなかった多くの住民の方に申し訳ない。
このようなことを、軽々しく口にすることではないことも承知しているが。
先日、成田空港近くの航空博物館に隣接している施設
成田空港 空と大地の歴史館
に訪れた。
空港を巡り、この地に刻まれた歴史を後世に伝えるために創設された空と大地の歴史館。
成田空港は、1966年7月4日に成田市三里塚に建設されることになり、その時から、地域を守ろうと空港建設に必死で反対した農民やその支援者、日本のために必死に新空港を建設しようとした人々が対立し、多くの犠牲をともなった。
その後、建設側と反対側との公開討論を経て、成田空港問題について地域も巻き込んだ話し合いが進んでいく。
地域と空港をめぐる歴史的経緯とそこに関わったさまざまな立場の人々の苦悩と想い、これらを複眼的な視点からとらえ、この地に刻まれた歴史を出来るだけ正確に後世に伝えていくことを目指して空と大地の歴史館が創設された。













































大切な土地を、大切に使い、
空と大地、空港と住民の方々が共生していって欲しい✨
今、また第2の開港プロジェクトを進めている。
1. 滑走路の増設と拡張C滑走路の新設: 第3滑走路となる3,500mの滑走路を新設。B滑走路の延伸: 既存の2,500m滑走路を1,000m延伸し、3,500mに拡張。
2. ワンターミナル化
現在3つに分かれている旅客ターミナルを将来的に集約し、乗り継ぎの利便性を大幅に向上を図る。
新貨物地区の整備
貨物施設を統合・高度化し、東アジアの物流ハブとしての機能を強化。
鉄道・アクセスの改善
空港内駅の混雑緩和や、都心からのアクセス時間短縮(スカイライナーで最速36分など)の訴求、周辺道路ネットワークの強化。
3. 空港周辺のまちづくり(エアポートシティ構想)
空港の機能強化だけでなく、周辺地域への経済効果を波及させるため、物流、航空宇宙、精密機器、農業などの産業集積を促進。千葉県と成田国際空港株式会社によって設立された「NRTエリアデザインセンター」が中心となり、民間事業者等と連携して「SORATO NRT(ソラト ナリタ)」と呼ばれる新しい都市圏・エリアの形成を目指す。
そのために必要な用地確保が2025年9月現在、確保率は86.2%。
過去の歴史を踏まえての用地確保の交渉が行われているのだろう。
そして……みんなの大家さん問題。
ゲートウェイ成田。
どうなるのだろう。
せっかく成田空港と住民が共生に向けて取り組んでいる中での騒動。
心が痛い。