
失敗経験を積む?
成長するためには、失敗経験を積めとか、早めに失敗しろとか、修羅場をくぐれ、という、アドバイスをよく耳にする。
私も時々、失敗しろとまでは言わないが、もっとストレッチしろとリクエストすることはある。
だけど、こういったアドバイスは本当に正しいんだろうか?と思うことがある。
そりゃあ、ぬるま湯の中で楽な仕事や得意な仕事ばかりしていては成長しないし、組織の空気も澱んでくる。
だから失敗を恐れずにチャレンジしよう、となるわけだが、適応障害や鬱になることをも恐れるな、ということではないと思う。
noteでは適応障害や鬱になった人の記事によく出会うが、読んでいると本当に胸が痛む。私自身、過去にギリギリまで追い詰められたことがあり、あんな経験は二度としたくないと思う。
失敗経験をしろ、と一様にアドバイスする人は、正直、無責任なんじゃないかと思っている。
あなたは本当に、この辛さを知っているのか?
たまたま運が良くて立ち直れたから、失敗経験を美化してるんじゃないか?
もしくは、失敗をものともしない心身の強さがあったから、辛い経験をプラスに生かすことができたんじゃないか?
人それぞれ、性質や状況や異なることを踏まえたうえでのアドバイスであるべきだと思う。
ちなみに私の場合、過去の記事にも書いたとおり、辛い経験ではあったものの、なぜドン底にまで落ちずに済んだのかというと、比較的環境に恵まれていたからだと思う。
当時は視野狭窄に陥っていたから周囲に思いを巡らせる余裕もなく、もう詰んだとばかり思っていたが、今考えると上司は常にサポートしてくれていた。結果的に、組織に2桁億円の機会損失をもたらしたけど、私自身が責任を問われることはなかった。
思うに、失敗には、よい失敗とよくない失敗がある。そして、その差は失敗する土壌が整っているか?ということだと思う。失敗からどれだけ学べるか?を考えるのは、その次の話。
上司のサポートや、会社や組織文化、家族の理解、自分のメンタルや健康状態がどれ程か、といった諸々の条件が大きく関係してくる。
そんなことまで気にしていたらチャレンジできない、そこまでお膳立てされたらもはやチャレンジじゃない、と言う人もいそうだけど、条件を顧みないチャレンジによって自分や家族までも人生が狂ってしまっては悔やみきれない。組織へのダメージも大きい。
私はたまたま運が良くて大丈夫だったけど、あと一つピースが欠けていたら、危なかったと思う。
自分がチャレンジする側だったら、なかなか意識が及ばないけど、そのチャレンジがどれだけ組織や上司から歓迎されているか?組織目標とリンクしているか?は確認しておくと良いと思う。
例えば、上司はどう見ているか?
「勝手にやれば?私は知らない」というスタンスではないかどうか。
また、自分が上司の立場であるなら、部下のチャレンジを後押しするからには失敗を許容し、かつ失敗から学ばせる準備はあるか?自問しておくべき。
失敗したときのフォローが出来るか?本人へのケアに加えて、経営サイドや顧客等関係者への説明、コスト周りの後始末。これらを部下にどこまでやらせて、どこから上司として出張っていくかの線引き。
これをやりたくないなら管理職を引き受けるべきではないと思う。
逆にいうと、こういう役回りに喜びを見出せるなら、管理職のやり甲斐にも繋がる。単に「責任を負わされるから」とだけ考えるのではなく、責任の裏には、組織風土の醸成やそこでのメンバーのチャレンジ、成長があると考えれば、それは担当者では味わえない管理職の醍醐味ともいえる。
また、さらに上の経営サイドだったら、管理職が責任を負う気概をもって取り組んでいるか?を見るべきだと思う(私はそんなエラそうな立場じゃないけれど)
それが無ければ、ひとたび「失敗」が起こると、社員のモチベーションダウン、メンタルダウンが起こり、組織が下から崩壊していく。
こうして考えると、失敗経験をどのように積む/積ませるかは、本人の問題だけでなく、組織の経営課題でもあると思う。
さて、かくいう私は、ちゃんと部下に「よい失敗」をさせるための土壌づくりができているか?わが身を振り返ってみよう。