メインコンテンツへスキップ
見出し画像

03.その農薬は神経ガスだった

    その農薬、もとは“神経ガス”だった

    いきなり物騒なタイトルで、すみません。でもこれは、陰謀論でも噂話でもなく、化学と歴史の資料に残っている「本当にあった話」です。

    そして最後は、いちばん身近な「調味料」の話に着地します。どうか、最後まで。

    まず、フィクションみたいな史実から

    1936年、ドイツ。IG・ファルベンという巨大化学会社に、ゲルハルト・シュラーダーという若い化学者がいました。彼の仕事は、作物を食い荒らす虫を退治する「殺虫剤」を作ること。世界の食糧難を救いたい——そんな思いもあったといいます。

    ところがある日、彼が合成した化合物は、あまりに毒性が強すぎました。自分自身が、呼吸困難と瞳孔の収縮を起こし、入院するほどに。

    その“フルーツのような匂いのする無色の液体”は、殺虫剤には毒すぎた。かわりに、軍が目をつけます。——こうして生まれたのが、のちに「タブン」と呼ばれる、史上初の神経剤(神経ガス)でした。続く1938年には「サリン」。そう、あのサリンです。

    どこまで本当か(ここが大事)

    「殺虫剤と神経ガスが、同じ人物・同じ研究から生まれた」——これは、れっきとした史実です。

    シュラーダーは、実際に広く使われた殺虫剤(パラチオン=E605など)も生み出しました。そして殺虫剤も神経剤も、じつは体への“効き方”が同じ。「アセチルコリンエステラーゼ」という、神経の信号を伝える仕組みを止めてしまう——つまり神経を狂わせて生き物を殺す、という原理です。虫に効くよう調整すれば農薬に、人に効くよう調整すれば兵器に。根っこの化学は、同じでした。

    ただ——ここは冷静に。「だから今の農薬はすべて毒だ」という話ではありません。 現代の農薬は各国の規制を受け、残留基準も定められています。むやみに怖がる必要はない。私が言いたいのは、その先のことです。

    なぜ、こんなことになったのか

    戦争と産業の時代、「効率よく生き物を殺す化学」は、猛烈な勢いで発達しました。その技術は、戦後、農業(害虫駆除)へと流れ込んでいきます。私たちの食卓は、こうした化学の歴史の“延長線上”にあるんです。

    善悪を裁きたいのではありません。ただ事実として——私たちが毎日口にするものは、想像以上に「産業と化学の都合」で形づくられてきた。それだけは、知っておいていい。

    で、私たちの体はどうなる?

    農薬、食品添加物、加工——現代人は、これらに囲まれて食べています。その多くは基準内で管理されている。でも正直なところ、私たちは「自分が毎日、何を食べているか」を、ほとんど知らないまま、丸ごとお任せにしてはいないでしょうか。

    知らないことは、悪ではありません。でも、“知って選ぶ”ことはできる。そしてそれは、怖がって何もかも避けることとは、まったく別のことです。

    だから、まず「調味料」から

    ここが、今日いちばん伝えたいことです。

    食を見直すとき、いきなり全部を変えるのは無理があります。みんな忙しい。でも、いちばん効率がいいのは、毎日必ず使う「調味料」から見直すことなんです。

    砂糖、塩、酢、醤油、味噌——口に入る量こそ少なくても、毎日、何年も使い続けるもの。ここを“ちゃんとしたもの”に替えるだけで、日々の食の土台が静かに変わります。

    やることはシンプル。裏返して、原材料表示を見る。 昔ながらの製法で、余計なものが入っていないものを選ぶ。一度いいものを家に揃えてしまえば、あとは毎日それを使うだけ。むずかしい判断は、最初の一回で終わります。

    これは、我慢でも、神経質になることでもありません。「自分の口に入るものを、自分の目で選ぶ」——私はこれを、いちばん身近な“食育”だと思っています。子どもにも、家族にも、そのまま手渡せる知恵です。

    たとえば、塩。「食卓塩」と「天日塩」

    いちばん分かりやすいのが、塩です。

    スーパーで安く手に入る「食卓塩」。じつはこれ、精製されていて、中身のほとんど(99%以上)が塩化ナトリウム。サラサラに保つための固結防止剤が、少し加えられていることもあります。

    いっぽう、私が使っている「海の精」のような天日塩は、原材料が海水だけ。塩化ナトリウムは8割ほどで、残りにマグネシウム・カルシウム・カリウムといった、海のミネラルがそのまま残っています。だから味に、ただ塩辛いだけじゃない、コクと甘みがある。

    ひとくちに天日塩といっても、海水を塩田で濃縮したあと釜で炊き上げるもの(天日と平釜)と、火を使わず太陽と風の力だけで結晶させる「完全天日塩」があります。つくり方ひとつで、塩はここまで表情が変わる。

    じつは塩には、もうひとつの顔があります。「歴史上、ずっと“力ある側”に握られてきた」という顔です。塩は生きるのに欠かせないから、時の政府はこぞって塩に税をかけ、専売にしてきました(フランスの塩税「ガベル」、日本の塩専売など)。植民地支配では、支配される側が自由に塩をつくれないようにされたこともあります。あのガンジーの「塩の行進」も、イギリスが握る塩の支配に、“自分たちの手で塩をつくる”ことで抵抗した運動でした。——食を握る者が、力を握る。農薬の話と、根っこは同じです。だからこそ、せめて自分の口に入る塩くらいは、自分で選びたい。

    見分け方は、拍子抜けするほど簡単。原材料表示を見て、「海水」だけでできているかを確かめる。それだけ。ここでも、やっぱり「裏返して、見る」なんですね。

    (各社の塩を比べた画像や動画も出回っています。違いを“目で見る”入口として。ただ、最後に確かなのは——やっぱり、原材料表示を自分で読むことです)

    おわりに ― だから、整える

    農薬の物騒な話を持ち出したのは、怖がらせたかったからではありません。
    「知らないまま、任せきりにする」のをやめて、「知って、選ぶ」へ。その最初の一歩が、調味料だからです。

    怖がるより、選ぶ。それができれば、食卓はもっと、安心で豊かになる。

    次回は、うちの「梅」の話を。一年たっても平気な梅干しには、昔の人の“保存の知恵”がまるごと詰まっています。物騒な化学の話のあとは、少しほっとする、日本の台所の知恵を届けます。

    画像
     
     
    がんばるのを、やめませんか。 暮らしと気持ちを整える=整活。整えば、体はあとからついてくる。 合言葉は「痩せるより、整える。」 小さな習慣をひとつずつ、やさしく届けます。 気軽にフォローしてくれると嬉しいです。

    あなたへのおすすめ