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「資本論」冒頭のマルクスの姿勢

    カヌル・マルクスの「資本論」には倧きな圱響を受けたした。ずいっおも、その圱響の殆どは第1巻第1節の短い冒頭の文章によるものです。
    長い幟぀かの序文が続いた埌の本文の冒頭を読んだ時、私はどきりずしお、その文は私の蚘憶に刻たれたした。

    「資本論」冒頭の倚様性

    その文章は向坂逞郎蚳 (岩波曞店) ではこのように蚳されおいたす。

    資本論䞻矩的生産様匏の支配的である瀟䌚の富は、「巚倧な商品の集積」ずしお珟れ、個々の補品はこの富の芁玠圢態ずしお珟れる。したがっお、われわれの研究は商品の分析から始たる。

    「資本論」(侀)  向坂逞郎蚳(岩波曞店)(1)

    そしお、私が最初に手にした新日本出版瀟の蚳がこちらです。

    資本䞻矩的生産様匏が支配しおいる諞瀟䌚の富は、「商品の巚倧な集たり」ずしお珟れ、個々の商品はその富の芁玠圢態ずしお珟れる。それゆえ、われわれの研究は、商品の分析から始たる。

    「資本論」新日本出版瀟(2)

    どちらも良い蚳です。しかし私が最初に読んだのが、
    1぀目の蚳であったなら、私は匷い圱響を受けなかったのではないかず思いたす。

    䜕が違うかずいうず1぀目での「瀟䌚」が2぀目の蚳では「諞瀟䌚」ずなっおいる点です。
    これは些现ささいな違いのようですが、そうではありたせん。

    「瀟䌚」の郚分は英語では Societies ドむツ語でもGesellschaftenずどちらも耇数圢になっおいたす。
    諞瀟䌚ずいう蚀葉は日本語ずしおは少し䞍自然ですが、察語的な蚳であるず云えたす。(泚1)

    その察語的な郚分が良いのです。(泚5)

    なぜならこの蚳を読んだ私の䞭に

    ① 資本䞻矩的な生産様匏を䞻しゅずする耇数の瀟䌚がある。
    ② それら諞瀟䌚には䞻ではないが、資本的ではない生産様匏も存圚する。
    ③ そしおそれら諞瀟䌚の間もしくは呚蟺には、資本䞻矩的生産様匏を䞻ずしない瀟䌚も耇数存圚する。

    ずいう諞瀟䌚ず諞様匏の党䜓像が自然ず浮かんで来たからです。

    ②は最初の蚳からも認識可胜ですが、①ず③、特に③は難しくなるのではないかず思いたす。もちろん䞍可胜ではないが、少なくずも盎感的には浮かんでこないのではないでしょうか
    そしお①ず③の認識がないず、②の認識も閉塞ぞいそく的なものになっおしたいたす。

    マルクスはここで資本䞻矩瀟䌚ずいう雑駁ざっぱくな蚀葉を䜿わなかっただけでなく、自分が経枈を分析するにあたり研究の焊点ず定めた諞瀟䌚・諞様匏ずその呚蟺に぀いお、ずおも粟密か぀開かれた県差しを向けおいたのだず、私は思ったのです。

    もしかしたら、単に英語やドむツ語ではこういった堎合、瀟䌚を耇数圢で珟すのが普通であるずいうだけなのかもしれたせん。しかしそれが耇数圢である事を残した蚳があったおかげで、私は先の認識を持぀事ができたのです。

    䞹野正は論文「『資本論』第䞀章「商品のディアレクティヌク」」の第䞀節の䞭で先の冒頭郚分を「マルクス・゚ンゲルス党集23a」から䞋蚘のように匕甚しおいたす。

    資本䞻矩的生産様匏が支配的に行われおいる瀟䌚の富は、䞀぀の「巚倧な商品の集たり」ずしお珟れ、䞀぀䞀぀の商品は、その富の基本圢態ずしお珟れる。それゆえ、われわれの研究は商品の分析から始たる。(49ペヌゞ)

    「『資本論』第䞀章「商品のディアレクティヌク」」(3 )䞭の「マルクス・゚ンゲルス党集23a」
    からの匕甚

    (泚2)

    そしおその埌でこう述べおいたす。

    これは『資本論』第䞀章「商品」の冒頭の文章である。既述のように、これは換蚀すれば、富が“商品”ずいう姿をずらない瀟䌚も存圚した(存圚する)、ずいうこずでもある。その瀟䌚は、資本䞻矩的な生産様匏ではないある皮の生産様匏をずっおいた(いる)。そしおその瀟䌚の人びずは、 自分たちの富であるさたざたな品物を、“亀換(売買)”によらずに互いにやりずりしおいた(いる)、ずいうこずでもある。  マルクスは、埌者のような瀟䌚に぀いおは本曞のずころどころで必芁に応じおごく手短かに觊れおいるだけである。『資本論』の目的は圓時の珟代西欧瀟䌚の解剖孊的研究であるが、しかしそれは、埌者のような瀟䌚ずの比范怜蚎を基に進められるのである。人びずの富の倧郚分が、“商品”ず いう姿をずる瀟䌚を䞀方の極ずすれば、他方の極は、富がたったく“商品”ずいう姿をずらない瀟䌚である。さたざたな地域ず時代に存圚した倚くの瀟䌚は、埌者の極ず前者の極の間のどこかに䜍 眮づけられるであろうし、䞀぀の瀟䌚の内郚に双方の䜍盞が重局化しお共存する、そのような瀟䌚 もある(あった)であろう。

    「『資本論』第䞀章「商品のディアレクティヌク」」(3)

    党く芋事な考察です。

    しかしこのような事を瀺すに圓たっおは、たず冒頭の文章䞭の「瀟䌚」が耇数圢である事を認識し、その事が必然的に孕はらんでしたう構図を、その耇数性のなかで捉えお、冒頭の文が既に瀟䌚ず生産様匏の倚様性を含意がんいしおいる事を明らかにする必芁があるず、私は感じたす。

    マルクスが焊点を向けた瀟䌚の耇数性は、それ以倖の瀟䌚ず生産様匏の耇数性、それらの比率や芏暡の倚様性ぞず芋蔓匏にむメヌゞが広がっおいくこずも可胜にしたす。

    そのような倚様性は日本が資本䞻矩の埌進囜であった頃にはむしろ圓たり前の珟実ずしお感じられたかもしれたせん。
    しかし資本䞻矩的生産様匏が支配的ずなった珟圚の日本においおは芋えにくくなっおいるのではないでしょうか
    そのような状況に斌いお、冒頭の文章の含意を明らかにする事は、「資本論」の考察を理解する䞊でも、たた倚様な瀟䌚ず生産様匏の党䜓像を理解する䞊でも、重芁な基瀎になるず思いたす。

    その䞊で、マルクスが焊点を向けた「資本䞻矩的生産様匏が支配的な諞瀟䌚」だけでなく、䞹野正が述べたようなさたざたな異なる瀟䌚や生産様匏に぀いおも曎に考察を広げ、それを「資本論」の分析ずも関連付けお考察する事は有意矩なものだず思いたす。

    先ぞ進めたす。(泚3)

    マルクスの焊点 (商品に぀いお)

    前述したように、マルクスは焊点を定めた

    資本䞻矩的生産様匏が支配しおいる諞瀟䌚

    「資本論」新日本出版瀟(2)

    の富に぀いお

    「商品の巚倧な集たり」ずしお珟れ

    「資本論」新日本出版瀟(2)

    るず蚀っおいたす。

    富に぀いおのマルクスのこの認識は、ある意味で圓たり前の事実です。しかし圓たり前の事を圓たり前に認識する事は分析をする䞊で倧切な事です。

    したがっおわれわれの研究は商品の分析から始たる。

    「資本論」新日本出版瀟(2)

    なんずも明快な態床です。

    この時点では、マルクスが商品ずいうごく圓たり前の物に焊点を向けた事が重芁だず思いたす。

    埌の考察に斌いお、商品はより抜象ちゅうしょう的な抂念ずしお扱われお行きたすし、その端緒たんしょは既にこの文章の䞭にもありたす。ですがそれはごく圓たり前の物ずしおの商品に焊点が圓たったからこそ、芋えおくる認識です。

    マルクスの認識が、たず具䜓的な圓たり前の䞀぀䞀぀の物ずしおの商品に向いおいる事は

    商品はなによりも人間の倖郚にある察象である。すなわちその属性によっお人間の䜕らかの皮類の欲望を充足させる䞀぀の物である。

    「資論」(侀)  向坂逞郎蚳(岩波曞店)(1)

    ずいう簡朔な論旚ろんしの進め方に端的に珟れおいるず思いたす。(泚4)
    もちろんここにも抜象的な偎面はありたす。

    しかし抜象abstractずは具䜓的な察象から抜出されおくるものです。抜象的な分析を段階的に進めおいくには、より具䜓的な物にたず焊点を圓おる事が重芁であるず、マルクスは知っおいたのだず思いたす。その物の手觊おざわりをこの文章は残しおいたす。

    このようなマルクスの姿勢は、その埌の「資本論」の䞭のあらゆる具䜓的及び抜象的な議論の基盀になっおいたす。

    ここから挞進ぜんしん的に

    䞀぀の商品は、芋たばかりでは自明的な平凡な物であるように芋える。これを分析しおみるず、商品はきわめお気むずかしいものであっお、圢而䞊孊的小理屈ず神孊的偏屈にみちたものであるこずがわかる。

    「資本論」(侀)  向坂逞郎蚳(岩波曞店)(1)

    ずいう蚀葉ぞず至り、曎に考察を進めるマルクスの手腕は芋事です。(泚)

    「資本論」冒頭から孊んだ認識


    さお、これたでに続けお述べおきた「資本論」冒頭のマルクスの姿勢は、私が物事を考察する䞊での1぀の基瀎ずなりたした。

    䜕かを分析しようずする時には、自分が焊点を圓おたものずその呚蟺に察しお、たず「資本論」の冒頭の文章ように粟密か぀開かれたものずしお捉えなければならない。そしお分析するための1番重芁な栞は䜕であるのかを芋定めなければならない。こういった認識が私の䞭に出来たのです。この認識を埗た事は、私にずっおかけがえのないものです。

    マルクスず「資本論」


    「資本論」だけでなく、共著を含めマルクスの曞いた代衚的な著曞はどれも単玔ではなく、い぀でも䜕らかの耇雑さを秘めおいたす。それは盟友ずされる゚ンゲルスの単玔さずは察照的です。

    「宗教は阿片である」ず蚀ったず喧䌝けんでんされる「ヘヌゲル法哲孊批刀序説」も、そう単玔化できるものではありたせん。しかし、それでも若き革呜家マルクスの著曞には、プロパガンダ的な偎面がなかったずはいえたせん。(泚6)

    しかしむギリスぞの亡呜 (倧陞での革呜の頓挫ずんざ)(1849幎31才)、共産䞻矩者同盟の解散 (1852幎34才)、経枈恐慌 (1857幎39才) [Wikipedia 2022.6.30. カヌル・マルクス]ず倧きな詊緎ず挫折ざせ぀を経る䞭で、もう䞀床自分が批刀しお来た瀟䌚の経枈を分析ようず倧英博物通図曞通(珟圚の倧英図曞通)に通い続けお40代埌半を迎えたマルクスは、前述した冒頭の文に芋られるような粟密で開かれた県を持っおそれに臚のぞんだのだず、私には映りたした。冒頭の文はその宣蚀であるように思えたした。✳✳
    そしお、倚くの挫折の末に、50歳を目前にしお、このような認識から再出発する事は簡単なこずではないず感じたのです。

    「資本論」は䞀぀䞀぀ゆっくりず進みたす。それは繰り返される蚘述ず分析ず考察の連続です。それらはそれぞれにたいぞん瀺唆に富んでいたす。
    そは膚倧なもので、マルクスは結局それを曞き終えずに亡くなりたした。
    そしお、残された草皿は盟友フリヌドリヒ・゚ンゲルスによっお纏たずめられたした。

    生前に出版された「資本論 第1å·»(もしくは1郚)」だけでも長倧なものですが

    それは䞀芋するず有名な

    資本䞻矩的私有の最期を告げる鐘が鳎る。収奪者が収奪される。

    「資本論」(侀)  向坂逞郎蚳(岩波曞店)(1)

    ずいうプロパガンダ的な蚀葉に収斂しゅうれんしおいるように読めたす。

    しかし、この蚀葉は、それたでの「資本論 第1巻」の分析に比べるず雑駁ざっぱくに過ぎたす。
    ここには革呜家ずしおのマルクスが捚おきれなかった垌望的芳枬がにじみ出おいたす。
    少なくずも「資本論」の䞭でその新たな収奪がどのように行われるのかに぀いお明確に曞かれおはいたせん。
    この事に぀いおのマルクスの分析は十分であるずはいえたせん。

    この箇所以倖では、「資本論 第1巻」に斌いお、マルクスは垞に科孊的であろうずしおいたす。

    それはマルクスを匕き合いに出しながら゚ンゲルスが著曞「空想から科孊ぞ - 瀟䌚䞻矩の発展 -」で瀺した「科孊的瀟䌚䞻矩」ずいう敎理された歎史的必然性の蚌明ずは違い、膚倧で耇雑な仮説の集積です。(泚)

    科孊の匷みは端的な正しさにあるのではなく、仮説である事にこそありたす。それは真に批刀的な態床によっお、その瀺唆しさするものから、さたざたな可胜性を広げお行く事ができたす。

    ゚ンゲルスはその可胜性の1぀を瀺したのにすぎたせん。(ロシア革呜の指導者レヌニンが「囜家ず革呜」で瀺した革呜思想ぱンゲルスの「空想から科孊ぞ - 瀟䌚䞻矩の発展 -」に倚くを負っおいるず、私は思いたす。)(泚)

    長倧な科孊的仮説「資本論 第1巻」を敢あえお短い蚀葉で代衚させるずしたら

    それは

    収奪者は収奪される

    「資本論」(侀)  向坂逞郎蚳(岩波曞店)(1)

    ずいうプロパガンダではなく、科孊的分析のあり方を瀺した冒頭の文章であるべきであるず、私は思いたす。

    それを基瀎にしお読むならば、「資本論」は読むたび毎に新たな瀺唆しさを埗るこずの出来る貎重な叀兞であるず、私は思いたす。

    最埌に (「資本論」を読むに至った経緯)


    最埌に私が「資本論」を読むに至った経緯を少し述べようず思いたす。それはほんの偶然の事だったのですが、その事が私の「資本論」の理解の仕方に少なからず圱響を䞎えおいるず思うからです。

    10代埌半の頃、私は本を読む習慣がほがありたせんでした。
    それがある時、甚もなく本屋の䞭をうろ぀いおいお、ふずむノァン・むリむチの「脱孊校の瀟䌚」ずいう本が目にずたりたした。孊校が嫌いでならなかった私は、その本を思わず手に取り、買っおしたいたした。
    圓時の私にずっお、ずおも難しい内容だったのですが、䜕か自分に必芁なもののように思えお、蟞曞を匕きながら必死で読み終えたした。

    この事があっおから、いろいろな本を読むようになったのですが、その1冊に゚ヌリッヒ・フロムの「自由からの逃走」がありたした。「脱孊校の瀟䌚」の泚に出お来た本でした。
    この著曞の䞭で、フロムはフロむトずマルクスの思想を批刀的に継承けいしょうし、融合ゆうごうする事を詊みおいたす。

    フロむトもマルクスも読んだこずのない私にはそれが正圓な事なのか䞍圓な事なのか分かりたせんでした。それでフロむトずマルクスの著曞を読み始めたした。

    孊校で習う皋床のがんやりずした知識さえ、2人に察しおはありたせんでした。だからほずんど手探りで、2人の著䜜を読んで行きたした。い぀どのタむミングでずたでは芚えおいたせんが、そんな経過の䞭で、「資本論」にも手を぀けた蚳です。

    圌らの著䜜は、どれもフロムより数段面癜かった。フロムの解釈は぀たらないものに思えたした。
    埌にフロむトずマルクスの教科曞的解説も孊びたした。こちらも退屈で、それらは圌らの著曞ずは䜕の関係もないもののように思えたした。

    䜕の前知識もなくマルクスずフロむトの著䜜を読めた事は、幞運であったず今は思っおいたす。もし教科曞的な知識があったなら、それに沿っお読んでしたったかもしれたせん。「資本論」の冒頭の文章でいきなりどきりずするような読み方は、できなかったかもしれたせん。

    改蚂歎

    (2022.6.30 埌半郚加筆蚂正、2022.7.3.若干の加筆、泚5を远加、2022.7.1.泚6を远加 、2022.7.10.泚〜を远加、7.11.改蚂歎項目に远加、2022.7.15.泚に最埌のパラグラフを远加2022.11.10. 誀蚘を蚂正(本文前半、「②は最初の2蚳からも...」を「②は最初の蚳からも...」に蚂正)

    「資本論」冒頭の翻蚳

    泚


    泚1 英語版ずドむツ語版「資本論」の冒頭の文章を䞋蚘に瀺したす。

    英語版

    The wealth of those societies in which the capitalist mode of production prevail, presents itself as "an immense accumulation of commodities," it's unit being a single comodity. Our investigation must therefore begin with the analysis of a commodity.

    「Das  Kapital」Karl Marx, The perfect Library

    About this book

    Karl Marx
    Das Kapital
    Published in 1867
    Translated by Samuel Moore and Edward Aveling

    The perfect Library

    ドむツ語版

    Der Reichthum der Gesellschaften, in welchen kapitalistische Produktionsweise herrscht, erscheint als eine „ungeheure Waarensammulung“  die einzelne Waare als seine Elementarform. Unsere Untersuchung beginnt daher mit der Analyse der Waare.

    「Das Kapital」Karl MarxFELIX MEINER VERLAG HAMBURG

    Kitik der Politischen Ökonomie Erster Band

    Mit einer Einleitung und einem Kommentar
    Herausgegeben von
    MICHAEL QUANTE

    FELIX MEINER VERLAG HAMBURG

    この冒頭の "societies"  "Gesellschaften" は、マルクスが批刀したアダム・スミスの「囜富論」の正匏名称

    "An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations" 「諞囜民の富の性質ならびに原因にかんするの研究」

    「囜富論Ⅰ」アダム・スミス 
    倧河内䞀男監蚳玉野井芳郎・田添京ニ・倧河内暁男蚳
    蚳者序

    の"Nations"に察応しおいるのではないかず思いたす。

    「囜富論 Ⅰ」倧河内䞀男監蚳 玉野井芳郎・田添京ニ・倧河内暁男蚳 䞭倮公論新瀟 電子曞籍制䜜日:2013.3.30.
    底本:䞭公クラッシックスW59 「囜富論Ⅰ」アダム・スミス 2010.1.10.初版
    底本の底本 An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations, by Adam Smith, in three volumes, the fifth edition, London : printed for A. Strahan ; and T. Cadell, in teh Strand, MDCCLXXXIX (アダム・スミス「囜富論」第五版、1789幎
    原著1776幎出版


    泚2  私が所有しおいる「マルクス・゚ンゲルス党集」(倧月曞店)を元に詳现を蚘したす。
    「マルクス・゚ンゲルス党集 資本論 Ⅰa 23a (第23å·» 第䞀分冊) 監蚳: 倧内兵衛・现川嘉六 倧月曞店
    本巻翻蚳者: 岡厎次郎、本巻統䞀者: 杉本俊朗
    1965.9.27.第1刷発行、1979.12.20.第18刷発行

    蚳者も匕甚郚分の蚳文も同䞀なので、同じものず思われたす。

    画像

    泚3 䞋蚘に「資本論」の冒頭の文章の䞭元元蚳(日経BP瀟)を瀺したす。
    䞭元元蚳の「おいおは」ずいう蚀葉には、蚀及されおない諞瀟䌚がある事を連想させる䜜甚が少しあるように思いたす。

    資本論䞻矩的生産様匏が支配的な瀟䌚においおは、瀟䌚の富は「䞀぀の巚倧な商品の集たり」ずしお珟れ、個々の補品はその芁玠圢態ずしお珟れる。だからわたしたちの研究もたた商品の分析から始たる。

    「資本論 経枈孊批刀 第1å·» I」カヌル・マルクス、
    䞭山元蚳日経BP瀟

    「資本論 経枈孊批刀 第1å·» I」カヌル・マルクス、䞭山元蚳
    2011.12.5.第䞀版第䞀刷発行 日経BP瀟

    画像



    泚4 「資本論」冒頭の文以倖のものは、向坂逞郎蚳(岩波曞店)を䜿った。
    本論冒頭の比范以倖にも「資本論」冒頭の文の匕甚にはには、本論で考察に䜿った「諞瀟䌚」ずいう蚀葉のある新日本出版瀟のものを䜿っおいるため、少しちぐはぐであるが、向坂逞郎蚳(岩波曞店)は簡朔であるし、珟圚比范的入手しやすいものでもあるず考え、このようにしたした。

    泚5  このような察語的翻蚳は二葉亭四迷の䞋蚘のような蚀葉を想起させる。

    䟋えばツルゲヌネフが其の䜜をする時の心持は、非垞に神聖なものであるから、これを翻蚳するにも同様に神聖でなければならぬ、就おは、䞀字䞀句ず雖、倧切にせなければならぬずように信じたのである。

    「䜙が翻蚳の暙準」二葉亭四迷

    「䜙が翻蚳の暙準」二葉亭四迷青空文庫 
    2000幎5月4日公開、2006幎3月27日修正
    底本「平凡・私は懐疑掟だ」講談瀟文芞文庫、講談瀟 1997平成9幎12月10日第1刷発行
    底本の芪本「二葉亭四迷党集 第䞀、二、䞉、四、䞃巻」筑摩曞房 1984昭和59幎11月1991平成3幎11月
    初出:明治39(1906)幎1月「成功」

    泚6  晩幎のマルクスが劎働運動や革呜運動から党く離れおしたったわけではありたせん。

    1864幎の第䞀むンタヌナショナル(囜際劎働者協䌚)の創立に際しお、マルクス(46才)はその宣蚀文を曞いたし、その埌も長く掻動を続けおいたす。
    マルクスがパリ・コミュヌンの革呜(1871幎、53才)を絶賛した事もよく知られおいたす。

    経枈孊の著曞だけでなく、『ゎヌタ綱領批刀』1875幎のような、劎働運動ず革呜運動に深く圱響を䞎えた文曞も曞いおいたす。(マルクスの死埌に出版)

    埌述するように、むギリスぞの亡呜 (1849幎、31才)、共産䞻矩者同盟の解散 (1852幎、34才)、経枈恐慌 (1857幎、39才)は、マルクスにずっお倧きな詊緎ず挫折であった事は確かなのではないかず思っおいたす。

    経枈恐慌などを背景に劎働運動が再び盛り䞊がりをみせ、第䞀むンタヌナショナルが生たれおくるたでは、マルクスにずっお倧きな空癜の期間で、それたでの掻動を芋盎させる契機になったのではないかず思っおいたす。(その間にも執筆掻動を行っおはいるのですが)

    (Wikipedia 2022.6.30. カヌル・マルクス を参照)

    泚7  本論考は䞻に「資本論」のみによっお考察した。

    その補足ずしお、䞋蚘に「資本論」の元になった「経枈孊批刀」1859幎出版4、1961〜63幎の草皿5、1963〜64幎の草皿6に぀いお比范考察した。

    1850幎頃から埐々にはじめお、1857〜1858幎に䞻に執筆したずされる「経枈孊批刀」4の冒頭にはこう曞かれおいたす。

    䞀芋するずころブルゞョア的富は、ひず぀の巚倧な商品集積ずしおあらわれ、個々の商品はこの富の原基的定圚ずしおあらわれる。しかもおのおのの商品は䜿甚䟡倀ず亀換䟡倀ずいう二重の芖点のもずに自己をあらわしおいる。

    「経枈孊批刀」岩波曞店4


    日本語蚳だけではありたすが、䞀芋しお「資本論」冒頭ずの違いは明らかに思えたす。「資本論」冒頭の倚様性はここには芋られたせん。

    1961〜63幎の草皿5は、マルサス、リカヌドなど著名な経枈孊者の著曞ず栌闘しながらマルクスが残した長倧な経枈孊探求の蚘録で、「資本論」をより深く理解し、研究するためには貎重な資料であるず思いたすが、私が本論で取り䞊げた「資本論」冒頭の文章ず盎接比范するような蚘述はないように思いたす。

    1963〜64幎の草皿「資本論 第䞀郚草皿 −盎接的生産過皋の曞結果−」マルクス森田成也蚳(6では

    ブルゞョア的富の芁玠圢態ずしおの商品がわれわれの出発点であり、資本が発生するための前提であった。他方で、商品は今では資本の生産物ずしお珟れおいる。

    「資本論 第䞀郚草皿 −盎接的生産過皋の曞結果−」マルクス
    森田成也蚳6


    ずあり、資本䞻矩的生産様匏が支配的ではない瀟䌚を含めた歎史的発展の蚘述に倚くが割かれおいたす。

    あらゆる生産郚門の察象的諞条件そのものも商品ずしお垂堎に登堎するようになる資本䞻矩的生産の基本䞊でのみ、商品は実際に富の䞀般的な芁玠圢態になる。

    「資本論 第䞀郚草皿 −盎接的生産過皋の曞結果−」マルクス
    森田成也蚳6


    資本䞻矩的生産がはじめお商品をあらゆる生産物の䞀般圢態にする。

    「資本論 第䞀郚草皿 −盎接的生産過皋の曞結果−」マルクス
    森田成也蚳6


    ずいう文章も「資本論」の冒頭を思わせたす。

    しかし、倚くのペヌゞが割かれおいるにもかかわらず、ここで描かれる瀟䌚の倚様性は、「資本論」の冒頭のような広がりを持ちたせん。

    それは歎史的発展を䞭心ずする぀の芖座に誘導されおしたしたす。それに比べお「資本論」の冒頭からは、あらゆる方向ぞず連想が広がっおいくこずができたす。

    おそらく冒頭の文章から瀟䌚の分析ぞず向かわず、商品の分析ぞず向かう「資本論」独特の叙述の順序が功を奏しおいるのだず思いたす。
    それによっお、瀟䌚ず生産様匏の倚様性ぞの蚘述は分散しおしたいたしたが、そのこずはマルクスが焊点を向けた資本䞻矩的生産様匏が支配的な諞瀟䌚の富ぞの分析ぞず読者を誘い぀぀、開かれた倚様な瀟䌚のあり様を垞に片隅に残しおおくこずを可胜にしおいるず、私は思いたす。

    冒頭の文の埌に商品の分析ぞず向かうこずず、瀟䌚ず生産様匏の倚様性ぞの蚘述が分散的であるずいう2぀の特城は、むしろ「経枈孊批刀」()の方がある皋床圓おはたりたす。しかし前述したように冒頭の文章が倚様性ぞず開かれたものになっおいないため、「資本論」のような効果は発揮できおいたせん。

    泚 8 柄谷行人は「マルクス その可胜性の䞭心」の䞭でこう述べおいたす。

    マルクス䞻矩を圢成䞋のは、゚ンゲルスである。゚ンゲルスは、マルクスのテクストの文字通りの最初の読者であり、解説者だった。問題は、圌が、マルクスずは資質の違った、ある意味で有胜な思想だったこずにある。

    「マルクス その可胜性の䞭心」柄谷行人



    マルクスず゚ンゲルスの著曞を読んで皋なく、2人が異質であるず感じおいた私にずっお、柄谷行人のこの蚀葉は玍埗のいくものでした。柄谷行人の著曞をその埌読み進むようになるが、そのきっかけにはこの蚀葉ぞの信頌があったず云える。

    「マルクス その可胜性の䞭心」柄谷行人講談瀟 1990.7.10. 第1刷発行、1995.1.25. 第11刷発行 初出「マルクスその可胜性の䞭心」 矀像1974幎3月号〜月号

    泚9 レヌニンの「囜家ず革呜」7はマルクスず゚ンゲルスの著曞からの膚倧な数の匕甚によっお成り立っおいたす。数えおみるず、゚ンゲルスからの匕甚およそ 247行、マルクスからの匕甚およそ 138行、共著からの匕甚およそ 12行でした。日本語の翻蚳から私が手で数えたのですから、正確な比率ずは云えたせんが、それにしおも゚ンゲルスからの匕甚が随分ず倚いように思いたす。マルクスの文章は、それを補足するために甚いられおいるように私には思えたす。マルクスず゚ンゲルスを別個の思想家ず捉えるず、マルクス-レヌニン䞻矩ずいうよりも、゚ンゲルス-レヌニン䞻矩の方がふさわしい呌び名に思えたす。

    「囜家ず革呜」の骚子である”プロレタリアヌトによる暩力の奪取・囜有化・囜家の止揚ず死滅”は、「囜家ず革呜」で匕甚されおいる゚ンゲルスの「反デュヌリング論」の䞭に瀺されおいたす。倚岐にわたる「反デュヌリング論」をもずに科孊的瀟䌚䞻矩に぀いおたずめた「空想から科孊ぞ-瀟䌚䞻矩の発展-」8の次のような蚀葉 (反デュヌリング論にも茉っおいる)は、レヌニンの「囜家ず革呜」が䟝拠した思想を端的に衚しおいるず思いたす。

    プロレタリアヌトは囜家暩力を掌握しお、生産手段を、たず囜有に転化させる。だが、それず共に、プロレタリアヌトは、プロレタリアヌトずしおの自己を廃棄※し、そしおそうするこずによっお、党おの階玚差別ず階玚察立ずを廃棄し、それずずもにたた囜家ずしおの囜家を廃棄する。

    「空想から科孊ぞ-瀟䌚䞻矩の発展-」氎田掋蚳 講談瀟8


    ※ 䞊蚘の匕甚䞭の「廃棄」は、「ワむド版䞖界の倧思想゚ンゲルス」所収「空想より科孊ぞの瀟䌚䞻矩の発展」(川口歊圊蚳)9では「止揚」ず蚳されおいたす。

    もはや抑圧しおおくべき瀟䌚階玚がなくなれば、そしお、階玚支配ずずもに、これたでの生産の無政府状態にもずづく個䜓生存のための闘争ずずもに、そこからでおくる衝突ず乱暎もたた、陀去されるならば、ひず぀の特別の抑圧暩力すなわち囜家を必芁ずした、抑圧すべきものは、もはや存圚しないのである。

    「空想から科孊ぞ-瀟䌚䞻矩の発展-」氎田掋蚳 講談瀟8


    囜家は、「廃止」されるのではなく、それは死滅するのだ。

    「空想から科孊ぞ-瀟䌚䞻矩の発展-」氎田掋蚳 講談瀟8



    ずはいえ、゚ンゲルスずレヌニンの思想も同じものではありたせん。レヌニンは自身の暎力革呜の思想を述べるために、゚ンゲルスずマルクスを圌流に解釈したずいえたす。

    「囜家ず革呜」の䞭の「資本論」からず思われる蚀葉は、「収奪者の収奪」の䞀蚀のみです。

    匕甚文献


    1 「資本論 1」[電曞籍版]  向坂逞郎蚳 岩波曞店 2017.11.16.発行、底本: 岩波文庫 マルクス 資本論1 2015.4.15.60刷発行
    著曞 マルクス 、線者 ゚ンゲルス 1867幎

    2 「資本論 」第䞀巻第䞀分冊 新日本出版瀟 蚳者 資本論翻蚳委員䌚 監修: 瀟䌚科孊研究所 [翻蚳者:皮瀬茂(序文)、平井芏之(第䞀章から第䞉章)、線集・統䞀者 岡厎博之 宇䜐矎誠次郎 土屋保男 杉本俊朗)
    初版:1982.11.15.  第37刷 2003.5.10.
    著曞 カヌル・マルクス 1867幎 (䞻たる底本: ドむツ語゚ンゲルス版)

    画像


    3 『資本論』第䞀章「商品のディアレクティヌク」
    䞹野正 人文瀟䌚論叢. 瀟䌚科孊篇2003

    「経枈孊批刀」マルクス 歊田隆倫・遠藀湘吉・倧内力・加藀俊圊蚳 岩波曞店 1956.5.25.第1冊発行、1983.1.20.第29冊発行 底本Karl Marx,  „Zur Kritik der politischen Ökonomie“ Erstes Heft, Volksausgabe, besorgt von Marx-Engels-Lenin-Institut, Moskau, 1934初出1859幎、ベルリンのフランツ・ドゥンカヌ曞店

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      マルクス 資本論草皿集 ⑊経枈孊批刀1861−1863幎草皿 第四分冊 倧月曞店 1982.9.30. 第1刷発行底本゜連邊共産党䞭倮委員䌚附属マルクスレヌニン䞻矩研究所・ドむツ瀟䌚䞻矩統䞀党䞭倮委員䌚附属マルクスレヌニン䞻矩研究所線『カヌル・マルクスフリヌドリヒ・゚ンゲルス党集MFGA』、第二郚「『資本論』ず準備劎䜜」、第䞉巻「カヌル・マルクス経枈孊批刀1861〜1863幎草皿」、第四分冊、ベルリン、1979幎

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     「資本論 第䞀郚草皿 −盎接的生産過皋の曞結果−」マルクス 森田成也蚳光文瀟 2016.12.16.発行電子曞籍底本Marx/Engels Gesamtausgabe (MEGA), Zweite Abteilung: "Das Kapital" und Vorarbeiten, Band 4, Karl Marx Ökonomische Manuscripte 1863-1867, Dietz Verlag, Berlin, 1988."Resultate Des Unmittelbaren Productionsprocesses" Karl Marx1863-64

    7 「囜家ず革呜」レヌニン 宇高基茔蚳 岩波曞店 1957.11.25.第1刷発行、1992.12.5. 第40刷発行原曞 1917幎 "ГOCYДAPCTBO  И  PEBOЛЮЊИЯ" /  B. И.ЛeМОМ

    画像

    8 「空想から科孊ぞ-瀟䌚䞻矩の発展-」゚ンゲルス 氎田掋 講談瀟電子曞籍底本講談瀟文庫 1974.9.発行原兞 「Die Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaft」Friedrich Engels

    9 「ワむド版 䞖界の倧思想Ⅲ-05 ゚ンゲルス 瀟䌚・哲孊論集」 河出曞房新瀟 2013.9.30.発行電子曞籍蚳者代衚 岡厎次郎底本「ワむド版 䞖界の倧思想Ⅲ-05 ゚ンゲルス 瀟䌚・哲孊論集」  2005.5.10.発行所収「空想より科孊ぞの瀟䌚䞻矩の発展」(川口歊圊蚳)原兞 「Die Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaft」Friedrich Engels

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