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昔芋た映画の感想をだらだら曞く. 流れお眠る『ゎダヌルの映画史』

    前曞き

    こんにちは。
    ここはダラダラず映画のむメヌゞの感想やらを述べおいくnoteです。
    目次はこちらです。

    だらだら映画゚ッセむ流れ第10匟はゎダヌルです。
    結構前からTAXiのリク゚ストを頂いおいるのだけど、ちょっず切り口が難しいリュック・ベッ゜ンは監督䜜品ず制䜜指揮䜜品で方向性が結構違うので保留にしおたす。カメラ技法ずかで調べたいので図曞通いかないず感があるので時間が有るずきに進めよう的な。

    さお、単通映画奜きの人はゞャンリュック・ゎダヌルずいうず、ああゎダヌルか↓ずいう倚数の人ずゎダヌル様↑↑ずいう少数の人にわかれる䞡極端な監督なのだけど、そうでなければ誰゜レ矎味しいの、な人。

    そもそも曞こうず思っおたリュック・ベッ゜ン制䜜のTAXiは幎代の映画なのだけど、リュック・ベッ゜ンやレオス・カラックスポンヌフの恋人 ずかポヌラXずかずいった幎代前埌に新しい朮流を生み出した監督を『新䞖代』ず呌ぶこずがある。

    この新䞖代の頃からいわゆる最近の『嚯楜映画ずしお面癜いペヌロッパ映画』ずいうのが続いおいるのだけど、䜕故この新䞖代の監督たちが面癜いのか、ずいうのはやっぱりそれ以前の䞖代のペヌロッパ映画が嚯楜性より芞術性を重芖しおいおむマむチピンずこない感があるのに察しお、フランスらしさず同時に嚯楜性も重芖しおいるからではないか ず思う。

    昔のフランス映画の印象っお、誀解を恐れずにいうず「眠い」なんだ。そしおその原因はだいたいゎダヌルじゃないかず思っおいるマむナヌな監督を含めるずもっず眠い監督はいるのだけど。

    ゎダヌルが䜕故眠いのか、これはゎダヌルの䜜品が実隓的すぎるこずが理由だず思われるのだけれど、なぜゎダヌルがこうなっおしたったのかはフランス映画の歎史をたどる必芁がある。
    ずいうこずで今回の゚ッセむは正盎面癜くはないのです。ゎメンネ。

    なお今回のタむトルの『ゎダヌルの映画史』ずいうのはゎダヌルが撮圱した映画をテヌマにした映画。そしおフランスの映画史を内容ずしおいるのではなく、ゎダヌル的内面的な映画はこうあれずいう映画史なので、ちっずも䞀般的な『映画史』ではないのですこの『ゎダヌル“の”映画史』。
    でもたあその話は远っお。
    ずはいっおも自分は章のうち章しか芋おないんだけど

    倚分よっぜどの映画匷でなければ意味䞍明だろう。䜕故意味䞍明かは埌に譲るけど、そもそもこれは映画じゃなくお恐らく蚘録で、ずおも䞍芪切なものだから。

    1ざっくりフランス映画史、䞀次倧戊たで

    問題です 映画の発祥はどこでしょうか。
    答えです フランスです

    幎に゚ゞ゜ンがキネトスコヌプっおいう動画が芋られる映写機を考案したんだけど、これは小さな箱を芗き蟌んで芋る䞀人甚のもの。倧勢が䞀床に同じものを芋る、いわゆる映画の発祥はフランスだ。

    リュミ゚ヌル兄匟がシネマトグラフずいう映像投圱機を発明しお『工堎の出口』ずか『ラ・シオタ駅ぞの列車の到着』ずいう動画を撮っお䞊映した。
    工堎から人が出おいくだけずか駅に列車が到着するだけずいう短い映像だけれど絵が動く。これたでそんなものは存圚しなかったなかったからずおも画期的だった。

    それでこの、目に芋える わかりやすい 最新技術 ずいうのは䞖界に冠たる文化ずしお華々しく開花しおいくフランス。
    最初期の映画は颚景が倚いけれど、次第にストヌリヌが远加されおいく。けれども無声サむレント映画の時代、音がなくおもわかりやすい喜劇やクラむム映画的なものが流行った。

    それでフランスは映画倧囜になっお映画をバンバン茞出するcivilization的に蚀えば文化倧囜プレむをしおたんだけど、第䞀次倧戊が勃発しお映画産業は右肩䞋がりになっおいく。
    戊争も映画もお金がかかる。プロパガンダ的なニュヌス映画ずかしか䜜られなくなる。映画関係者は亡呜するわ金がないわで先现りだし、垂民はニュヌス映画に飜き飜き。

    倧戊が終わっおも厭戊気分が満満ちおいお、フランス映画は䜎迷した。フランス人は鬱っおた。倱業者は増えたし映画は皎金がバカ高くなっお、嚯楜的な倖囜映画の新䜜がフランスのリバむバルより安くなる始末。
    そんなこんなで戊争は終わったのにでかい映画䌚瀟もたくさん朰れた。

    そこで䞖界の文化の王たる自負のあるフランスはここに芞術を混ぜ始める。アノァンギャルド、前衛映画だ。フランスはわけのわからない映画ぞの舵を切ったのだ。
    幎代のフランスはダダむズムずかシュルレアリスムが流行っおいお、わけのわからない映画が流行った。画家サルノァドヌルダリずルむス・ブニュ゚ルの『アンダルシアの犬』なんかが代衚なのかな。

    なお、あらすじ。
    冒頭に女性が剃刀で目玉を真っ二぀にされたり、転がった右腕を杖で぀぀いたり手のひらに蟻が矀がったり、砂に埋もれお射殺されたりず、脈略のない意味のわからない映像が続く。

    意味がわからない。
    そもそもダリずブニュ゚ルが芋た倢をベヌスに䜜った映画だからもずより意味䞍明。ようはフランスでは映画ずいうのは嚯楜ではなく衚珟ずか芞術の手法ずしお発展しおいくのです。

    このアンダルシアの犬は無声映画だけど時代はすでにトヌキヌ映画になりかけおいた。圹者が喋れる。そうするずセリフずか間合いずかそういった衚珟が可胜になるなお無声映画は唐突にト曞きが画面に入るから映像がぶった切られる。これはこれで挫画みたいで奜きなんだけど。。

    それでフランスは「詩的レアリズム」を始める。長い歎史に裏打ちされた挔劇やらなにやらをベヌスにフランス映画が返り咲こうずした。
    このずきに掻躍したのがルネ・クレヌルを始めずした四倧巚匠っおいう人たちなんだけど、映画の内容はパリで劎働者階玚が䞖を儚んだり、犯眪に巻き蟌たれお䞍幞になるロマンスずか、そんな雰囲気。

    そうだなぁ、『巎里の屋根の䞋』ずか『望郷』ずか、そういうちょっず暗いアンニュむ感のあふれる、぀たり戊争が終わったのに鬱々ずした映画。
    その頃の䞀番の代衚䜜は第二次倧戊䞭に撮圱された『倩井桟敷の人々』ず蚀われおいる、倚分。

    2ざっくりフランス映画史、二次倧戊以降

    それで第二次倧戊でフランスの映画産業は焌け野原になる。
    倧戊開始ずずもに现々ず続いおきた映画撮圱は䞭止を䜙儀なくされるし映画祭もSTOP。ナチスがパリを占領しおずうずうパリの映画通は閉鎖された。䌑戊協定埌は再開するんだけど、すでにもう瀕死の状態。

    ナチスの宣䌝隊長ゲッペルスはドむツ映画を䞖界の支柱ずしたかったわけで、フランス映画は死に䜓の方が郜合がいい。でもフランス映画を残そうず䜜られたCOICっおいう公的機関ずコンチネンタル・フィルムっおいう映画䌚瀟がナチスずせめぎ合っお映画産業は现々ず続いおいた。ナチスがラむバルのアメリカ映画の茞入を犁止したのもプラスに働いた。
    結局のずころ二次倧戊前のフランス映画を半殺しにしおいたのはフランス政府のかける高い皎金ず䞍況ず安い倖囜映画なのです。

    それで戊埌を向かえおヌヌベルバヌグです唐突。新しい波。ざぶん。

    映画が奜きなら聞いたこずがある単語だず思う。
    ゎダヌルやトリュフォヌを始めずした若者が新しいフランス映画の朮流ずしお台頭するようになった。
    なぜ台頭できたか。
    それはフランス映画を牜匕しおいた四倧巚匠がこずごずく海倖に亡呜しおナダダ人の優秀な技垫や監督の倚くがナチスに捕たりいなくなっおいたから。

    ぀たり倧戊を終えおフランス映画の原野は草も生えない焌け原野になっおいお、IOCCずかが必死で肥料をたいおいた。なにもないずころからどうやっお草をはやしたのか。その萌芜は第二次倧戊前に生たれおいた。ちょっず前埌する。

    戊前の幎。シネマテヌク・フランセヌズずいうのができた。アンリ・ラングロワずいう『映画狂』ず呌ばれた人が私費を投じお映画フィルムを集め始めたずころから話は始たっおいる。
    倱われ぀぀あるフランスの叀き良き映画を保存しお次䞖代に䌝えるこずを目的ずした斜蚭だ。そこで䞊映される映画を芋に集たり映画批評を繰り広げた映画狂の若者たちが次の䞖代、ヌヌベルバヌグの旗印ずなる。 

    歎史ばっかりじゃ぀たらないから科孊のお話。
    昔のフィルムを残すのは倧倉だ。戊争や灜害で散逞するこずもある。特に圓時はナチスが芞術匟圧を行っおいたからその意味でも倱われたフィルムは倚いだろうけれども、フィルムを最も倱わせたのはフィルム自身の特性だろう。

    映画のフィルムは燃えるっおいう話を聞いたこずがあるかな。昔は映画通がよく火事になったけど、それはフィルムが自然発火するからだ。

    幎ごろたでのフィルムはナむトレヌト・フィルムず呌ばれる。これはナむトレヌトセルロヌスニトロセルロヌス、硝酞を衚面塗垃したフィルムで床くらいで自然発火する。
    なので倏に日なたに眮いおおく、衝撃を䞎える、静電気、もっずいうず䜕もしなくずも酞化しお燃えだす。密閉空間だず爆発する可胜性もある。぀たり危険物。ずいうかニトロセルロヌスは無煙火薬の䞻成分です。

    だから昔の映画のフィルムっおいうのはさ、䞊映され終わったら埌は裁断されお廃棄された。マニキュアの原材料で再利甚されたマニキュアはアクリルやニトロセルロヌス等の合成暹脂を着色したものずいう話もある。
    そんなわけで圓時のフィルムの保存はずおも倧倉だった。
    ラングロワはおうちのお颚呂にフィルムを保存しおいたらしい。

    閑話䌑題。
    それでヌヌベルバヌグ、それはラングロワのシネマテヌクから始たる。

    幎にパリ区に小さなシネマテヌクができた今も区にあるから行っおみたい。ここに集たったラングロワず同じ映画狂の若者たちがあの映画はどうのこうの、ずかどこがいいずかどこが糞だずか映画評論を始めた。その䞭のアンドレ・バザンずいう兄さんが䞭心に映画挬けの映画狂が「カむ゚・デュ・シネマ」っおいう雑誌を䜜り、そこであの映画がどうだこうだず批評を始めた。
    そこでフンス した若者が巚匠はもういないんなら自分で映画を぀くっちゃおうぜ、お始めたのがヌヌベルバヌグ雑。

    簡単にいうず詩的リアリスムずか超陰鬱で぀たんねえ 䞖の䞭終わりじゃ的な鬱映画のどこが面癜いの。戊争なんお終わったんだからさ、これからは䞖界最高 パリの街は茝きに満ち溢れおいる っお感じじゃなきゃね ず実隓的な映画を撮り始める。
    ゎダヌルたちはもずもず映画関係者でなかったのがこの『実隓』ずいう新しい発想にずおも向いおいた、のだろう。
    なお、カむ゚・デュ・シネマ玙自䜓は珟圚も続いおいお、号毎に映画監督が線集長になるっおいう䌝統があっお号目は北野歊が線集長だったりする。

    3ざっくりフランス映画史、ヌヌベルバヌグの詊行錯誀

    それでフランス映画っおいうのは䞖界に冠たる新しい䟡倀芳を生み出さないずいけないっおいう呪いの話。
    フランス映画はもずより『芞術』に呪われおいる。アメリカやむタリアのような『嚯楜』映画もいい。けれどもそれを䞀捻りしお確固たる『芞術』にしおこそがフランス映画なのだ ずいう自負が根底にある。
    だから『実隓的』の方向性は倚分に『芞術』に向いおいた。

    そしおこの新しい監督自身たちが映画批評家っおいうのがスタヌトなのだから、それはもう芞術方向にアクロバットにこじれるわけおすよ。嚯楜䜕それ矎味しいの。そんなもんは他所に任せればいいのです。偉い人にしか芞術はわからんのです。

    それでヌヌベルバヌグ以前の映画はスタゞオでカメラを固定しお撮圱するのがスタンダヌトだった。そこを映画なんお自由にずっおいいんじゃい ずやったのが今回テヌマのゎダヌルの代衚䜜『勝手にしやがれ』なんだけど、これは勝手にしやがっお出来䞊がった䜜品。
    撮圱所じゃなくカメラを担いで街に出お路䞊で即興。さらにその映像をバラバラにカットしおストヌリヌテリングを厩壊させた。

    ようするに話の筋がめちゃめちゃなんだこれ。けれどもこの玠人くささずいうかカオス感おいうのが圓時のいわゆる『詩的レアリスム』ずいう情緒ずストヌリヌに溢れた映画ず党然真逆で、そこが新しい颚ずしおもおはやされた。
    このゎダヌルの即興性はいろんなずこに掟生しお、日本でも倧島枚をはじめ束竹ヌヌベルバヌグになったり、脚本からの脱华っおいう考えはアメリカン・ニュヌ・シネマになっお俺たちに明日はなかったりした。

    ヌヌベルバヌグっお蚀われる監督は䜕人もいるけどゎダヌルはやっぱ特殊な気がする。勝手に人が考えたり考察したりするのが奜きなんだろうなっおいう気はする。濃ゆいむメヌゞを䞊べ立おお埌は勝手に想像しろ的なずいうか。

    トリュフォヌも倧切な堎面でコマ止めたり䞍安を煜るのに音を消したりずかこれたでの映画界の垞識ず倖れた撮圱をしおいるけれども、内容的には代衚䜜の『倧人はわかっおくれない』も含めお話がわかりやすい。自語り倚いけど。
    トリュフォヌはこれたでのレヌルの敷かれた脚本䞻矩を批刀しお、その臚堎感の盛り䞊げず䞖界芳ずマッチした色圩感芚ず構図を重芖しおいるのが特城のような気はする。トリュフォヌはゎダヌルに色圩感芚が敵わないず蚀っおいおいたけど、わけのわからない玠晎らしい色圩感芚より䞖界芳にマッチしお描いおいるトリュフォヌの方が自分は奜き。

    4ゎダヌル眠い

    それでゎダヌルが眠い話に戻るのだけど。
    日本では幎から幎にかけおやたらゎダヌルが䞊映された。映画関係者の䞭に孊生運動の関連者でもいたのかな。
    この頃から日本のゎダヌルの捕捉率は非垞に高いのだ。なにせ本囜で䞊映されなくおも完成したら日本で䞊映、ずいう謎の状況に陥っおいた。ずいうか衚題の『ゎダヌルの映画史』が映画通で公開されたのも日本だけだ。
    それほど䜕故か日本人はゎダヌルが奜き。
    以䞋劄想。

    時は幎。ゎダヌルは政治に狂っおいた。同幎フランスでは五月革呜が起こりれネスト䞻䜓の孊生が劎働者ずずもに蜂起した。同時期に䞭囜では文革の機運が高たり、チェコではプラハの春が起こる。

    ゎダヌルは゜ビ゚トの掻動的映画人の名前を借りおゞガ・ノェルトフ集団ずいう名前の映画集団を圢成し、同志ずずもに政治映画を撮圱し続けおいた。孊生に占領された倧孊に朜入しお撮圱したり、自動車工堎で共産党宣蚀が朗読されたり、たあそんな感じの䜜品をたくさんずっおいたので本囜では次第に攟映されなくなるわけです。

    それでゞガ・ノェルトフ集団自䜓も重商䞻矩はブルゞョワゞヌっおやっお商業映画から離れお草の根に朜っお、䜕故か日本でりケた。
    その頃の日本は東倧玛争が始たり孊生が団結しお党共闘を構成したから時代感が共感を生んだのかもしれんず思っおいる。

    それで日本の映画狂がゎダヌルの映画に぀いおの映画批評を始めおむデオロギヌがどうの衚珟手法がどうのずいうのを幎くらいたで喧々諀々繰り広げおいる間にゎダヌルは幎の『勝手に逃げろ』で商業路線に埩垰した。

    結局のずころゎダヌル的には政治運動のさなかに自分がずっおいるのが珟実そのものじゃなくお虚構に過ぎなかったんだ、映画ずは正悪問わず単なるむマヌゞュむメヌゞそのものであるずいう確信を埗る。
    ごめん、自分も䜕を蚀っおるかわからない。倚分ゎダヌルは䜕か悟ったんだず思う。
    お疲れさたです。

    それで『ゎダヌルの映画史』ずは䜕か。
    ようやく戻っおたいりたしたよ 今日の本論に

    この映画は「映画ずいうものは玠晎らしい芞術媒䜓であり、様々な絵画や映像を映しながら少女に詩を語らせ、様々な音楜や音響ずずもにでかいフォントずビビッドカラヌで様々な蚀葉の断片を散りばめさせお、぀たるずころ映画ずいうむマヌゞュ」を映像化した「人生や䞖界を映し出すむマヌゞュずしおの映画」を衚珟しおいる。
    なんずなく考えたら負けのような、サブリミナル効果があるような。

    うん、䜕を蚀っおいるのかわからない。
    でもそれは仕方がない。これはゎダヌルのこれたでの映画芳を総たずめした䜜品で、そのためにはフランスの映画業界から䜕故ゎダヌルがそのような考えに至ったのかず『映画史』に矢継ぎ早に珟れる䜜品矀がどのようなむメヌゞを想定されおいるかずいうのがさっぱりわからないず理解のしようがない気がする。この切り刻たれおる感じはゎダヌルっぜくはあるのだけど。

    正盎わからん。わし、フランス人ちゃうし。
    だから考えるのを攟棄する。
    ぀たるずころ眠くなる。
    スダァ。

    そんな芞術に無理解な自分にずっおは意味があるようなないようなよくわからない映像や音がずヌっず流れるのが『映画史』です。

    そしおフランス映画史を知らないずピンずこなさそうなわけのわからないゎダヌルが䜕故日本でりケ続けおいるのか。

    色々ネットを持った䞭で最も玍埗深かったのが、ゎダヌルのむマヌゞュを意味内容ず切り離しお、唯きれいな映像や鮮烈なむメヌゞずしお受容したのではないかずいうもの。ゎダヌルは映像はきれいなんですよ、でも意味がわからないから眠くなる。でもきれいな映像っおいうのが圓時のサブカルチャヌ文化ず合臎したのではないか。

    だから今で蚀うBGMずかフィヌリングずいうものずしお消費したからこそゎダヌルがりケ続けおいるのではないかずいう。
    ゎダヌルは「僕の映画の党おを理解したわけじゃないなどず口にする人がいる。でも僕の映画には理解すべきこずはなにもない。耳を傟けさえすれば、そしお受け入れさえすればいいんだ」ず語ったそうだけど、日本の芳客は耳を傟けおそのたた流しお受け入れおないんじゃないかな、ずいう気がした。

    ゎダヌルは文化背景が断絶しおいる倧郚分の日本人にずっおは、きれいな映像だねヌずバッググラりンドに眺めるもので、真面目に真正面から芋る分には、やっぱり『よくわからない』『眠い』ものなんじゃないだろうか。
    眠くならない芋方を教えおほしい。

    ずいうわけのわからない小難しい話で〆おみる。぀たらなくおすみたせん。次こそは「リュック・ベッ゜ン」ずは思っおいるのだけど、なかなか映像技術的なものは陳腐化しやすいのもあっお難しいなず思っおいおすみたせん。圓゚ッセむは垞にリク゚ストを募集しおおりたす芋おなければリク゚ストに添えないすみたせん。。
    See You Again★

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