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十日間の関係 第10話 6日目 過去の彼の記事(非定型恋愛 全?話12万字)前半連載中

    一話目のリンク。


    第10話 6日目 過去の彼の記事

     朝、ビィは淡く人が描かれたキャンバスをイーゼルに立てかけた。その後ろ姿はどう見ても樺島だった。
     朝起きた時に感じた温度も樺島のものだ。額に触れた唇の柔らかさは、わからないけれど。
     ビィの言う通りであれば、樺島はあの海で一度死んだ。そして今、生き返っている途中、なんだろうか。けれどもそれは、もう一度死ぬためなのか。そんな馬鹿なこと。理性はそんなことはあり得ないと主張する。けど俺の感情は半ばそれを受け入れていたのかもしれない。

    「浅井さん、何かあった?」
    「え?」
     同僚の声に顔を上げれば、随分手が止まっていたことに気がついた。
    「集中力なさげだから」
    「ああ。樺島先生がいまスランプなんだよ」
    「……そうなんだ。大変だね。やっぱスランプの画家っていつもと違うの?」
     いつもと違うかという意味ではだいぶん違う。けれどもそれは、同僚の言ういつもの、とはまた意味が異なるだろう。
    「あのさ、前に樺島先生が自殺未遂しようとしたって聞いたんだけど」
    「えっ、そんな深刻?」
     同僚の眉が心配そうに下がる。
    「……そうなったら困るなって思ったから。ほら、スランプの治し方なんてわかんないじゃないか」
    「まあな……。そうだなぁ。高浜たかはま先生はスランプのときは自棄食いするって聞いたけど……あんまり参考にならないよな」 
     同僚は首を傾げながらそう呟く。

     ケーキをたくさん皿に乗せた女性の姿が思い浮かんだ。確かに高浜先生はそんなタイプに思える。そもそも一口に画家と言っても中身は随分違うはずだ。ただ、絵を描くという行為が共通するだけで。
    「樺島先生はそんなタイプじゃなさそう」
    「そうだなぁ。じゃ、パーティー行くとか? パーッと騒ぐ。そんなイメージ」
    「あの人、別にパーティーが好きなわけでもないんだよね」
    「え? そうなんだ」
     同僚は意外そうに目を丸くするけれど、樺島の印象は一般的にはそうだったと思い返す。あの人は騒ぎたい気分になると、パーティーに行くってだけだ。結局騒いで気を紛らわせるだけ。樺島はそう言っていた。

     思えば、画家というのは孤独な作業なのだろう。取材や個展といった多少の外での仕事の以外は、ずっと家でキャンバスに向かっている。だからたまに人に会いたくなったら、パーティに言って気を紛らわす。改めて考えれば、樺島はその明るく派手な様子と違って、実は孤独な人間だったのかもしれない。
     そういえば俺が同居するようになってから、樺島はほとんどパーティーに参加していないことに気づく。夜はたいてい家にいた。せいぜい個展の最初と終わり、何かの式典のときくらいだ。
    「樺島先生ってどういう人なんだろうな」
     俺の呟きに、同僚は意外そうな声を上げた。
    「それ、お前が言う? 一緒に住んでるんだろ?」
    「それはそうだけど、あんまり話はしないんだよ」
    「変なの」
     変、だろうか。一緒にテレビを見て、たまに面白かったとかつまらないとか話す。食事をして、美味しかったと話す。思い返してもそのくらいだ。
     ふと、樺島のフォルダを探って過去の記事を開いた。2年前に俺が取材したものだ。

    ー樺島先生はいつから画家を志されたんでしょう。
    「画家になりたいと明確に思ったことはないんです。他に何もできなかっただけで」
     その時、樺島は営業用の笑顔で朗らかに微笑んでいた。その時俺は、この人ならモデルでもなんでもできそうだなと思った。
    「多分、画家の道がなければ野垂れ死んでいたでしょう」
     だからそのその明るい表情のまま放たれたどこか後ろ向きな言葉を奇妙に感じ、そしてそれは紙面からカットされた。
    ー気づけば画家になっていた?
    「いえ、そんなかっこいいものじゃないですよ。描きたいものが描けるまで何も出来ないんです。運良く師匠に拾ってもらって画家としてのノウハウを教えてもらって、今なんとか」
    ー樺島先生のモチーフはパステル色を基調とした印象画が多いですよね。共通するテーマはあるのでしょうか。
    「印象……。これ、説明が難しいんですが、僕は見たまま、というか感じたままに描いているつもりなんです」
     それなら樺島の世界はさぞ幻想的で美しいのだろうと、少しだけ羨ましく思った。俺には少し遠い世界だ。

     その時、樺島はセガンティーニという画家を引き合いに出した。もともとイタリアに生まれたが無国籍となり、様々な理由でスイスの高地に住むようになり、そこでアルプスを描いた。その絵はアルプスの太陽の強さを反映して、平地では考えられないくらい明るい。
    「セガンティーニは見たままを描いたんだと思うんです。セガンティーニにとってアルプスの山々は只管明るかった。世界は明るく美しい。もちろん美しいだけじゃなくて厳しさもある。それが絵に現れている。僕も僕の感じる世界を絵に描いているだけなんです。僕にとって世界はこんな風に見えるから、それを確認するために描いています」
     それは雑誌ではカットされた部分だ。ライトな文芸誌にとって、絵の解釈というモチーフは少し難しいと考えられた。だから結局紙面に踊ったのは、樺島が好きな場所やライフスタイルなんかが主だった。そしてそんな話題は樺島の外見にとても合っていたし、完成稿の確認の時も、何も言われなかった。
    ー樺島先生の次回作はどういったものを予定されていますか?
     その時、樺島は少し困った顔をした。
    「先ほどお話しした通り、描きたいものを描いています。次に描くものはその時にならないとわかりません」
    ーありがとうございます。先生の次回作をお待ちしております。
     描きたいものが描けるまで何も出来ない。描けるけれど描けない。あのオレンジ色に塗られたキャンバスの淡いピンク色の人物。幸せそうなカラーリング。描いちゃだめだったもの。
     そうして今樺島が描いている絵。

    次話のリンク

    前半部分は全部UPしているんですが、Noteでの更新はこれで終了です。来年のNote大賞の時に戻ってきて続きを書くかもしれません。
    このNoteVerが最新で、エブリスタにはまだ反映してないし最後だけちょっととまっている(プロットは完成してる)ので現在休載中になっていますが、それまではこっちで進めるかもしれません。でも修正していないので、もし読まれるのでしたら完結してからをお勧めします。

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