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都市伝説と不確かな歌、そしてマシュマロの海 第10話 一片の歌と、大量の神津の介(現ファ全11話24000字)

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    第10話 一片の歌と、大量の神津の介

    「うげ」
     智樹のうめき声が耳に響く。
     環の推測するサスリクヴァ目的は、有象無象の思念を集めてその力を掠め取ることだ。実際、目の前に広がる光景はまさしくその掠め取った有象無象の思念に見えた。
     けれどその塊はどう転がしても不完全なもので、環が予想したように環を襲うわけでも、何かの作為を施す様子も見られなかった。
    「ゴミ捨て場を探したかっただけなのか?」
     目の前の惨状を眺めながら、危険性がなさそうな様子に、ほっと息を吐く。
     思い返せば有象無象の術者はサスリクヴァの指示に従ってひとりかくれんぼをしただけで、変数に何かを入れたりしないだろう。そうすると、これでおわりなのだろうか。
    「そんなわけないよな、サスリクヴァだし」

     タブレットに目を移しても、メッセージも沈黙したままだ。
     神津之介もどきは既に形を留めないまま雑多に混ざり合い、未だとめどなくダラダラとモニタから流れ落ちている。この最後のあたりは特に神津之介を強く思い浮かべた、というものでもないのだろう。恐怖やら不信やら好奇心、そんなものがどろどろと混ざり合っている。
     通知音が響き、目を落とすとメッセージが届いていた。
    『ありがとうバトラズ、すっきりしたよ』
     環は小さく舌打ちする。
     こんなものを溜め込んでいれば、鬱陶しいことは間違いない。これを押し付けられただけなら、この位相を切り離せばよいだけだ。二つ位相が離れれば、世界はいずれ時間の経過とともに離れていく。
    『俺をゴミ捨て場かなにかと勘違いしてるだろう』
    『ハハッ。君は実験につきあってくれる得難い生き物だ』

     実験。その言葉に嫌な予感がする。そうしてモニタの奥から、奇妙な気配を感じた。それは物理的なゆらぎ。
     突然、目の前のモニタがブブブと震えた。その振動は次第に何かを形作っていく。
     何かが、くる。
     環は直感に従い手元のいくつかの石の配置を変え、新たな位相をその隙間に構築し、訪れを防ごうとした。けれど功を奏さず、何の困難もなく、それはするりとモニタから現れた。
     現れた、というのも異なる。
     物質ではない。物質ではないから、障壁を容易に乗り越えてくる。それは全てに浸透するゆらぎで、つまりサスリクヴァの発する特殊な音だ。サスリクヴァの音が、最初に記録した環の座標を追いかけて、直線的にやってくる。
    「耳をふさげ、今すぐ!」
     環の叫びが部屋に響き渡った瞬間、環のいる位相の内側にサスリクヴァの歌がじわりと染み渡る。それは耳に聞こえるという現象とも異なった。

    「糞、そういうことか」
     環は大量の神津之介もどきがサスリクヴァが有象無象から集めた思念で、環のもとに送り込むためのピンとして最初にサスリクヴァの歌が環の位相に響き渡ったこと自体は認識していた。けれど有象無象の神津之介は最初に現れたものを除き、サスリクヴァの気配はなかったから、さほど注意を向けていなかった。けれど注意を向けるべきはサスリクヴァの魔法の指向性、つまり環はサスリクヴァが用いる音というものの性質をより検討すべきだった。智樹の悲鳴が響く。
    「何、これ一体何なんだ⁉︎」
    「お前にはどう見える」
     環の目にはぐちゃぐちゃとした思念がより集まり、大きな一つの塊に膨れ上がっているように見えた。
    「何って、神津之介……マン? ゴーストバスターズのマシュマロマンみたいな! ちょっと可愛い!」
    「徹頭徹尾、愉快犯だな」

     環の目の前ではすでに、音の増幅に従い二メートルほどの塊に膨れ上がった雑多な視点が環を見下ろしていた。その間も環は設置した石を擦って音を出したり、石を新たに設置して新しい障壁を作りサスリクヴァの音の効果の持続を阻害しようとしたが、困難だった。
     なぜなら一番最初の神津の介に入っていたサスリクヴァの音は未だ消えず、環の位相の内側に遍く微細な振動として留まっていたからだ。最初の音はサスリクヴァが送って来た最後の音に共鳴してその振幅を広げ、まるでパイプオルガンの音が教会中を反響していくように増大して神津之介を泡立たせ、巨大な形を成していく。
    「なんだこの戦隊モノじみた馬鹿馬鹿しい歌は! まるで俺が悪役みたいじゃないか」
    「どういうこと?」
     サスリクヴァの歌は全てが合わさり震幅し、まるでアクション映画のオープニング曲のようにどんどんとボリュームを上げていく。
    「最初の神津之介と一緒に訪れた歌が座標を記録し、最後に訪れた歌が同じ目的を持つ全てを統合する変数をつれて訪れ、完成した歌が雑多に送信されてきた全ての思念をフィックスして巨大な神津之介を生み出そうとしている。つまり、最初の神津之介に他のすべてが合体して、ナイフを持ってあるいは持たずに俺を襲ってくる」
    「結局持ってるの! 持ってないの! 意味がわからないじゃん!」

     智樹の叫びを合図にしたのか、目の前の巨大な思念の塊は腕を大きく振り上げた。環は咄嗟に後ろに飛び退る。けれど振り下ろされた巨大な拳の風圧は環を吹き飛ばし、環は設置した結界の端、つまり何もない空間に体を打ちつけた。
    「環? 何で逃げて来ない。その世界を分離するんじゃなかったの?」
    「ダメだ。こいつはついてくる」
    「なんで?」
    「音だからだ」
     環は改めて、音というものの性質の恐ろしさに思い当たる。音は形を持たない。振動だ。そしてすでに環のいる位相の全てがサスリクヴァの振動に感染し、微細な揺らぎを生じている。
     環は先程から神津之介マンをこの位相に食い止めようとしていたが、効果は芳しくなかった。振動をひとところに止め置けるはずがない。だから環が位相を超えて智樹のいる場所に戻っても、その音の揺らぎは環と一緒についてきて、つまり歌で増幅された神津之介マンもターゲット である環を追って環の基底世界に現れる。基底世界の位置だけは、誰にも知られるわけにはいかない。
     せっかく位相をずらした意味がない。

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