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「どうする家康」第43回「関ケ原の戦い」 家康と三成、心の強さが勝敗を分けた天下分け目

    はじめに

     泰然自若…今回の家康を表すのにこれ以上の言葉は無いように思われます。絶体絶命の危機も、好人物からの罵倒も、味方からの誉め言葉も、そのどれに対しても常に落ち着き払っていて冷静な様子でした。何事にも動じないこの姿こそ、後年の「神の君」(ナレーション)であり、「狸親父」なのでしょう。ここに至るまでが簡単でなかったことは、彼と長年過ごした家臣たちと10ヶ月以上の間、「どうする家康」を見てきた視聴者がよく知るところです。


     それだけにある種の頼もしさを感じつつも一抹の寂しさも感じられた方もいるのではないでしょうか。かつて物事を素直に受け止め、一喜一憂したあの若さは失われたことを実感するからです。どこかでかわいい白兎の頃が懐かしく思う気持ちがありませんか?
     ここに至るまでの紆余曲折と艱難辛苦は家康から様々なものを奪いました。多くの哀しみと怒りに耐えて家康は成長したのですが、それは裏を返せば、多くの犠牲の上に「戦国大名徳川家康」という人物が出来上がるということでもあります。

     唐の曹松が「己亥歳」(きがいのとき)という漢詩で「一将功成りて万骨枯る」(一人の将軍が功績をたてる裏には、戦場で多くの兵士が犠牲となり、屍をさらしている)…と功名をいたずらに指導者のものとすることへの怒りを詠んでいますが、まさに家康はそういう立場にあります。
     したがって、彼が、この先の天下人に相応しいか否かは、「一将功成りて万骨枯る」ということに今なお自覚的であるか否かだということになるでしょう。

     一方でそのことに恐れをなしたのが、三成です。彼はその純真ゆえに理想と大義に殉じただけですが、その結果は理想とは真逆の大乱でした。家康が長年味わってきた矛盾を最大級で一度に味わうことになったのが三成なのです。

     そこで今回は、関ヶ原の戦いをとおして、家康と三成の戦への構え方を比較しながら、天下人の必要な「しなやかな強さ」とは何かについて考えてみましょう。

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    青江

     
     
    非常勤講師で糊口をしのいでいる泡沫研究者。専門は現代文学で小説の映画化について。趣味は実益も兼ねて映画鑑賞。A~Z級、ジャンル、国籍問わず色々観てます。 執筆、講演などお仕事依頼は以下のアドレスへ。 t-turuta@auecc.aichi-edu.ac.jp

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