
「どうする家康」第36回「於愛日記」 虚と実の狭間で懸命に生きる女性たちの生きざまが重なるとき
はじめに
第36回は、女性たちが哀しさを乗り越えようともがく中で幸せに気づいていく姿に涙した方も多かったことでしょう。それだけにラストの艶やかにして狂気じみた、そして大方の予想通りの配役による茶々の登場という幕引きは衝撃的だったでしょう。更に言えば、物語で描かれた徳川家の女性たちの影ながらの尽力も、家康たちの努力も、秀吉の北条攻めの決意によって反故にされてしまいます。
こうした展開ゆえに、「於愛日記」というタイトルどおりに於愛で話をしめやかに和やかに締めてほしかったという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
どうしてこういう構成になったのかと言えば、今回の物語の背景が、後北条氏の上洛を巡る駆け引き、「沼田裁定」だったからです。前回も描かれましたが、後北条氏が上洛しない理由の一つが、沼田領を引き渡さない真田の問題でした。
元々、この問題は、第30回で描かれた天正壬午の乱(若御子対陣)での北条との和睦の条件「甲斐・信濃は家康に、上田は北条にそれぞれ切り取り次第とし、相互に干渉しない」により、真田から沼田を取り上げたという家康の真田への不義理に始まります。結局、この件は上田合戦に発展し、徳川方は大敗、秀吉への臣従の遠因の一つとなります。
とはいえ、今の家康の目的は自身の東国支配ではなく、「戦の無い世」を作るために秀吉と北条の間を取り持つことです。目的が淀みなくクリアだからこそ、家康は、前回の真田昌幸との会談で沼田領の代わりの領地を安堵する条件を出し、家臣の娘を家康の養女とし嫡男信之(当時のは信幸)に嫁がせるという昌幸の要求も呑んだのです。家康からすればかなり譲歩した案からは、戦を避け「戦の無い世」を作りたいという理想が窺えます。
しかし、史実は「沼田領の2/3を北条、1/3を真田に割譲する」という秀吉による苦肉の折衷案で収められました。これが「沼田裁定」です。しかし、玉虫色のこの妥協案は、わかりやすいほど双方にとって不満と禍根を残し、緊張関係が加速します。結局、織田原征伐へとつながっていくことになります。
こうした経緯から一説には、秀吉は最初から北条を挑発し戦に持ち込むつもりで妥協案を提示したとまで言われています(「どうする家康」ではこの説が半ば採用されましたね)。
ですから、今回は前回から続く真田問題にケリがつく秀吉の裁定をもって幕を引き、次回の小田原征伐(と江戸行き)へつながるようになっています。
ここで疑問となるのが、何故、「沼田裁定」に至る経緯を家康たちの政治的な駆け引きを中心として描かず、於愛を中心とした女性たちの視点から描き、彼女たちの物語としてまとめたかということです。
「どうする家康」では、女性たちを初め、大枠の歴史からは軽視されがちな弱者の生き方を掬い上げることを大切にしています。したがって、今回もその一環ではあります。しかし、わざわざここで「沼田裁定」を、女性らの視点で描くのは、死期の近い於愛と真田に嫁ぐ稲の存在だけではない、作劇上の意図があると思われます。彼女たちの生きざまが歴史の周辺でなく、その中心で意味を持ってこそ輝きますから。
そこで、今回は女性たちの生きざまの重なり合いをとおして何を描こうとしたか、そして、それが最後の茶々の登場とどうつながっていくのかを考えてみましょう。