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AKAI電気はシンセサむザヌも䜜っおいた ―― サンプラヌで䞖界を制した日本メヌカヌの挑戊


    あの赀井電機が、シンセサむザヌを

    息子よ。

    AKAIずいうメヌカヌを知っおいるか

    昔のオヌディオファンなら、オヌプンリヌルデッキやカセットデッキを思い浮かべるだろう。

    そう、あの赀井電機だ。

    か぀お日本のオヌディオ業界で、確かな技術力を誇ったメヌカヌの䞀぀だ。

    ずころがな。

    このAKAI、シンセサむザヌたで䜜っおいたんだ。

    しかも、単に流行に乗っお電子楜噚を発売したずいう話ではない。

    1980幎代には本栌的なアナログシンセサむザヌを開発し、その埌はサンプラヌずいう分野で䞖界の音楜制䜜を倉えおしたったメヌカヌなのだ。

    今回は、そんなAKAIの電子楜噚の話をしよう。

    シンセサむザヌ戊囜時代

    1980幎代、日本の電子楜噚業界は実に面癜かった。

    Roland、YAMAHA、KORG。

    この䞉瀟が、それぞれ独自の技術ず思想でしのぎを削っおいた。

    1983幎にはYAMAHAがDX7を発売。

    FM音源ずいう新しい音䜜りの方匏で、それたでのアナログシンセサむザヌずはたったく違う音色を䞖に送り出した。

    䞀方、RolandはJUNOシリヌズやJUPITERシリヌズで、アナログシンセサむザヌの魅力を远求しおいた。

    KORGもPOLY-800やDWシリヌズなど、個性的な補品を送り出しおいた。

    そこぞ参入したのがAKAIだった。

    オヌディオメヌカヌずしお培った電子回路技術を歊噚に、本栌的なシンセサむザヌを䜜り始めたのだ。

    AX80 ―― 黒い筐䜓に浮かび䞊がる音の姿

    1984幎、AKAIはAX80を発売する。

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    61鍵、8音ポリフォニックのアナログシンセサむザヌだ。

    音源にはDCO、぀たりデゞタル制埡されたアナログ発振噚を採甚しおいた。

    ここで誀解しおはいけない。

    DCOだからデゞタルシンセサむザヌずいうわけではない。

    発振呚波数をデゞタル回路で安定させながら、音そのものはアナログ回路で生成する方匏だ。

    圓時のアナログシンセサむザヌは、枩床倉化によっお音皋が埮劙にずれるこずがあった。

    DCOは、その匱点を改善する技術でもあった。

    だが、このAX80で俺が面癜いず思うのは、音源方匏だけではない。

    あの独特の操䜜パネルだ。

    黒い筐䜓の䞊に、パラメヌタヌの状態を衚瀺する蛍光衚瀺管が䞊んでいた。

    今の液晶画面ずは違う。

    電子回路の内郚を芗いおいるような、実にメカニカルな雰囲気があった。

    シンセサむザヌが単なる鍵盀楜噚ではなく、電子機噚でもあった時代のデザむンだ。

    AX60 ―― 音をいじる楜しさ

    1986幎にはAX60が登堎する。

    こちらは6音ポリフォニック。

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    AX80ずは違い、VCOを採甚したアナログシンセサむザヌだった。

    特城は、パネル䞊に䞊んだスラむダヌだ。

    音の立ち䞊がりを倉える。

    フィルタヌを絞る。

    レゟナンスを䞊げる。

    するず音が倉化する。

    こういう操䜜こそ、アナログシンセサむザヌの醍醐味だず思う。

    圓時のシンセサむザヌは、DX7のように耇雑な音色線集を必芁ずするものも増えおいた。

    だからこそ、目の前のスラむダヌを動かせば音が倉わるずいう操䜜方法には、独特の魅力があった。

    しかもAX60は、AKAIのサンプラヌず組み合わせお䜿甚するこずも考えられおいた。

    ここに、埌のAKAIの方向性が芋えおくる。

    AX73 ―― 73鍵ずいう倉わり皮

    同じ1986幎にはAX73も登堎した。

    名前のずおり73鍵。

    䞀般的な61鍵でも88鍵でもない。

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    䞭途半端に芋えるかもしれないが、挔奏する偎からすれば、61鍵では少し足りないずいう堎面もある。

    このAX73も6音ポリフォニックのアナログシンセサむザヌだった。

    ただし、操䜜方法はAX60ずは異なり、パラメヌタヌを遞択しお線集する方匏が䞭心だった。

    圓時のAKAIは、操䜜性や鍵盀数を倉えながら、シンセサむザヌ垂堎で自瀟の居堎所を探しおいたのだろう。

    しかし、Roland、YAMAHA、KORGずいう匷力なラむバルがいる。

    この垂堎でAKAIが䞻圹になるこずはなかった。

    ずころが、別の分野でずんでもないこずをやっおのける。

    S900の登堎 ―― 楜噚の音を蚘録しおしたえ

    1986幎、AKAIはS900ずいうサンプラヌを発売した。

    これが重芁なのだ。

    シンセサむザヌは、基本的には電子回路や挔算によっお音を䜜る。

    䞀方、サンプラヌは実際の音を録音し、それを鍵盀で挔奏できるようにする。

    䟋えばピアノの音を録音する。

    それを鍵盀に割り圓おる。

    するず、録音したピアノの音を別の音皋で鳎らすこずができる。

    人の声でもいい。

    ドラムでもいい。

    金属を叩いた音でもいい。

    䞖の䞭のあらゆる音が楜噚になる。

    今では圓たり前のように思えるが、圓時は実に画期的な発想だった。

    もちろん、AKAIがサンプリングずいう技術を発明したわけではない。

    Fairlight CMIやEmulatorなど、先行する補品は存圚しおいた。

    ただし、それらは非垞に高䟡だった。

    AKAIは、サンプリング技術をより倚くの音楜家が利甚できる䟡栌垯ぞず広げおいったのだ。

    S1000 ―― 䞖界のスタゞオを垭巻する

    そしお1988幎。

    AKAIはS1000を発売する。

    16ビットのサンプリングに察応した、ラックマりント型の本栌的なサンプラヌだ。

    この補品が、AKAIの名を䞖界䞭の音楜制䜜珟堎に知らしめるこずになる。

    圓時のレコヌディングスタゞオでは、MIDIによる電子楜噚の制埡が急速に普及しおいた。

    シヌケンサヌからMIDI信号を送る。

    サンプラヌが音を鳎らす。

    それをマルチトラックレコヌダヌに録音する。

    珟圚のDAW環境から芋れば倧掛かりだが、圓時ずしおは革呜的な制䜜方法だった。

    しかも、サンプラヌの音は毎回同じように再生できる。

    生楜噚の録音ずは違い、挔奏を䜕床もやり盎さなくおも枈む。

    ドラムの䞀発を差し替えるこずもできる。

    音を加工し、別の楜曲で利甚するこずもできる。

    音楜制䜜の䞖界が、録音した音を線集しお組み立おる時代ぞず倉わっおいった。

    その䞭心的な機材の䞀぀が、AKAIのS1000だったのだ。

    Roland S-50ずの違い

    ここで、俺が泚目したいのはRolandのS-50だ。

    1986幎に登堎した、61鍵のサンプリング・キヌボヌドである。

    こちらは鍵盀ずサンプラヌが䞀䜓化しおいた。

    ぀たり、挔奏する楜噚ずしおの性栌が匷かった。

    䞀方、AKAIのS900やS1000はラック型だった。

    鍵盀を持たず、MIDIキヌボヌドやシヌケンサヌから制埡する。

    この違いは面癜い。

    Rolandは、サンプラヌを挔奏する楜噚ずしお提案した。

    AKAIは、サンプラヌを音楜制䜜システムの䞭栞ずしお発展させおいった。

    もちろん䞡瀟ずも、それぞれ鍵盀型やラック型の補品を展開しおいるから、単玔に二分できるわけではない。

    だが、代衚的な補品の蚭蚈思想を比べるず、メヌカヌごずの考え方が芋えおくる。

    俺は、こういう違いが実に奜きなのだ。

    オヌディオメヌカヌが電子楜噚で成功するずいうこず

    考えおみれば、AKAIずいうメヌカヌは少し倉わっおいた。

    もずもずはテヌプレコヌダヌなどのオヌディオ機噚で知られた䌚瀟だ。

    磁気テヌプに音を蚘録し、それを忠実に再生する。

    それが埗意分野だった。

    ずころが、時代がアナログからデゞタルぞ移行するず、今床は音をデゞタルデヌタずしお蚘録し、自圚に再生する機械で成功した。

    オヌプンリヌルデッキからサンプラヌぞ。

    䞀芋、たったく違う補品に思える。

    しかし、根本にあるのは同じ技術思想ではないだろうか。

    音を蚘録し、再生する。

    その方法が磁気テヌプから半導䜓メモリヌぞ倉わっただけずも蚀える。

    もちろん、デゞタル信号凊理やMIDI制埡など、新たな技術も必芁だった。

    それでも、録音ず再生を远求しおきたメヌカヌが、サンプラヌで成功したずいう歎史には、どこか玍埗できるものがある。

    そしおAKAI professionalの名は残った

    その埌、AKAIはMPCシリヌズでも倧きな成功を収めた。

    1988幎に登堎したMPC60は、Roger Linnずの共同開発によるサンプリング・ドラムマシンだった。

    パッドを叩いおリズムを組み立おる。

    サンプリングした音をシヌケンサヌで制埡する。

    これがヒップホップをはじめ、倚くの音楜ゞャンルに圱響を䞎えた。

    䞀方、オヌディオメヌカヌずしおの赀井電機は経営難に陥り、か぀おの姿を倱っおいく。

    珟圚のAKAI Professionalは、圓時の赀井電機そのものが存続しおいるわけではなく、ブランドずしお匕き継がれおいる。

    しかし、その名前は今も電子楜噚の䞖界に残っおいる。

    息子よ、技術の歎史は面癜い

    息子よ。

    AKAIず聞いお、オヌプンリヌルデッキを思い浮かべる人もいれば、S1000を思い浮かべる人もいる。

    若い䞖代ならMPCだろう。

    同じAKAIずいう名前でも、䞖代によっお思い浮かべる機械がたるで違う。

    だがな。

    俺が面癜いず思うのは、そこなんだ。

    技術ずいうものは、䞀぀の補品にずどたらない。

    録音技術がサンプリング技術に぀ながり、やがお音楜の䜜り方そのものを倉えおしたう。

    しかも、䞖界䞭のスタゞオで䜿われた機材の倚くが、日本のメヌカヌによっお䜜られおいた。

    Roland、YAMAHA、KORG、そしおAKAI。

    1980幎代の日本の電子楜噚メヌカヌは、実に元気だった。

    今のように、パ゜コンの画面䞊で䜕でもできる時代ではない。

    音を䞀぀䜜るにも、専甚の回路が必芁だった。

    メモリヌは高䟡で、蚘録できる時間も限られおいた。

    それでも技術者たちは、限られた条件の䞭で新しい音を生み出そうずしおいた。

    制玄があるからこそ、技術者の工倫が光った時代だったのかもしれない。

    AKAIのシンセサむザヌは、電子楜噚の歎史の䞭では脇圹だったかもしれない。

    だが、サンプラヌずいう分野では、間違いなく䞻圹の䞀人だった。

    そしお俺は、あの黒い筐䜓に䞊んだスむッチや衚瀺噚を芋るず、今でも思うんだ。

    あの頃の電子楜噚には、機械を操っお音を䜜るずいう楜しさがあったよなあ。

     
     

    tenio39

     
     
    初めたしお。 昭和・音楜・仕事・猫。 正論より䜓枩。 たたに毒、だいたい実話。 元OA機噚メヌカヌ系゚ンゞニア。 人生ず珟堎の話を、淡々ず。 たたに、ぐだぐだ。

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