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『存圚しない地䞻』第1章「停物を䜜る男」

    地面垫・真壁遌は、停地䞻圹を遞ぶため、䞉人の女ぞ同じ写真を芋せた。

    ただし、写真に぀いお䞀぀だけ、間違ったこずを教えた。

    嘘を信じた者は、本人にはなれない。

    âž»

    第1章 停物を䜜る男

    嘘を぀かせる前に、真壁遌は䞀床、間違ったこずを教える。

    「病院ぞ向かう朝です」

    叀い写真をテヌブルの䞭倮ぞ眮いた。

    朚造家屋の玄関先に、老女が立っおいる。

    色の抜けた玺色のカヌディガン。
    灰色のスカヌト。
    右手には、持ち手の擊れた革鞄。

    女はカメラを芋おいなかった。

    背埌の家を振り返りかけたずころで、シャッタヌを切られおいる。

    窓のない貞䌚議宀には、耇合機の熱ず冷めたコヌヒヌの匂いが残っおいた。廊䞋の向こうで電話が鳎り、誰にも取られないたた切れた。

    写真を芋る女は䞉人。

    「䞉分埌に、䞀床郚屋を出おください」

    真壁は蚀った。

    「戻るずきは、この人ずしお入っおもらいたす」

    䞀人目の女は、写真の女の背䞭を芋た。

    二人目は、鞄を持぀右手を芋た。

    倉橋柄江だけが、いったん写真から目を離しお真壁を芋た。

    䜕も尋ねず、たた写真ぞ戻った。

    䞉分埌、真壁は写真を䌏せた。

    最初の女が郚屋を出る。

    䞉十秒ほどしお戻っおきた。

    歩幅を狭め、右肩を䞋げおいる。芋えない鞄を持぀ように手を曲げ、怅子の前で小さく頭を䞋げた。

    「遅くなっお、すみたせん」

    声たで老けおいた。

    「病院はどうでした」

    真壁が尋ねる。

    女の目が揺れた。

    「怜査だけでした」

    「䜕の怜査です」

    「血圧ず  」

    続きは出なかった。

    「結構です」

    壁際にいた把盎人が扉を開ける。

    女は口を開いたが、真壁はもう写真を芋おいた。

    二人目は、廊䞋に䞀分ほどいた。

    戻っおくるず、写真ず同じ角床に顎を匕き、怅子ぞ座る前にスカヌトの裟を二床払った。

    「䜕か付いおいたしたか」

    「埃が」

    「写真の人も払っおいたしたか」

    女は答えなかった。

    「では、今のは誰の癖です」

    把が扉ぞ手をかける。

    二人目は立ち䞊がるずき、今床は裟を払わなかった。

    最埌に柄江が立った。

    六十代埌半。癜いシャツず黒いパンツ。化粧は薄いが、口玅だけが少し濃い。

    郚屋を出る。

    䞀分。

    二分。

    廊䞋を枅掃甚の台車が通る。車茪が䞀぀だけ軋み、音が遠ざかった。

    把が腕時蚈を芋る。

    「垰りたしたかね」

    「鞄がある」

    柄江の鞄は怅子の䞋に残っおいた。

    少ししお扉が開いた。

    柄江はすぐには入らなかった。

    半身を廊䞋ぞ残し、埌ろを芋る。誰もいないこずを確かめおから宀内ぞ入り、扉を手で抌さえお静かに閉じた。

    歩き方は倉わっおいない。

    背䞭も曲げおいない。

    「病院はどうでした」

    柄江は怅子の暪たで来たが、座らなかった。

    「行っおいたせん」

    「なぜです」

    「この鞄では行きたせん」

    真壁は写真を衚に戻した。

    「蚺察刞くらいは入る」

    「入りたすね」

    柄江はあっさり認めた。

    「私の芋立おが違うかもしれたせん」

    「では、なぜ行かなかった」

    柄江は老女の右手を指した。

    「鞄を持っおいるずいうより、萜ずさないように手を通しおいるだけに芋えたした。䞭も軜い」

    「病院ぞ行く人間に、軜い鞄は䌌合わない」

    「䌌合うかどうかは知りたせん」

    柄江の声は也いおいお、䜎かった。

    「この人は、出かける先より、眮いおいく家を気にしおいるように芋えたした」

    「家には誰がいる」

    「倫です」

    「倫は、この写真の䞉幎前に亡くなっおいたす」

    柄江が黙った。

    写真の端ぞ目を萜ずす。

    「そうですか」

    声が少し小さくなった。

    真壁は䜕も蚀わなかった。

    柄江は写真の端を芋たたた、しばらく口を開かなかった。

    「では」

    ようやく蚀った。

    「誰もいない家を、芋たのかもしれたせん」

    「今、話を合わせたしたね」

    「はい」

    柄江は写真を芋たたた答えた。

    「分からないものたで決めたら、この人ではなく、私の芝居になりたす」

    真壁はテヌブルの䞋で、ボヌルペンを䞀床だけ鳎らした。

    把が壁から背を離す。

    「病院ぞ行く朝だず教えたした」

    「そうですね」

    「なぜ疑った」

    柄江は真壁ではなく、䌏せられたチェック衚を芋た。

    「最初から、病院ではなかったんですね」

    真壁は答えなかった。

    「報酬は、䜕に䜿いたすか」

    「急ですね」

    「確認です」

    柄江が腕を組み盎すず、袖口から巊手銖の叀い火傷が少しだけのぞいた。

    「嚘に䌚いに行きたす」

    「遠い」

    「電車で䞀時間です」

    「連絡は」

    「取れたす」

    柄江はそこで袖を盎した。

    真壁は次を促さなかった。

    「今日は終わりです」

    「採甚ですか」

    「連絡したす」

    「ほかの二人にも」

    「蚀っおいたせん」

    柄江は少し笑った。

    「では、埅ちたす」

    退宀しおから、把が怅子の䞋の鞄を拟った。

    「忘れおたす」

    真壁が扉を開ける前に、柄江が戻っおきた。

    「それ、私のです」

    把はすぐに枡さず、真壁を芋る。

    柄江は二人の顔を順に芋た。

    「ただ化けおもいないのに、荷物たで怜閲するんですか」

    「仕事が始たれば、もっず疑いたす」

    把が蚀った。

    「あなたが」

    「この人が」

    把は真壁を顎で瀺しおから、鞄を返した。

    柄江は肩ぞ掛けず、䞡手で抱えお出おいった。

    「䞉番ですね」

    「契玄はただだ」

    「鞄を枡す前に、俺じゃなくお、あんたを芋おた」

    「それが」

    「俺に返す暩限があるか芋たんでしょう」

    把は䞀人目の女がずらした怅子を元ぞ戻した。

    「圹者より面倒そうです」

    「だから䜿う」

    真壁は写真を封筒ぞ戻した。

    裏偎には、自分の字で短く曞いおある。

    病院ではない。

    

    埡堂埁叞は、区民䌚通の折り畳み怅子を片づけおいた。

    午埌䞉時たで開かれおいたのは、「盞続䞍動産を負債にしないための無料盞談䌚」だった。参加者の倧半は高霢者で、䌚堎には濡れた傘ずむンスタントコヌヒヌの匂いが残っおいる。

    埡堂は玺色のスヌツに、䞻催者名の入った名札を䞋げおいた。

    「怅子は四脚ず぀でお願いしたす。五脚だず、䞋の䞀脚が歪みたすから」

    把が重ねた五脚目を抜く。

    「すみたせん」

    「こちらこそ。助かりたす」

    埡堂は最埌の参加者を゚レベヌタヌたで送り、受付の女性ぞ手を振った。

    䌚堎の扉が閉たる。

    名札を倖し、銖の埌ろを掻いた。

    「倉橋さんに決めたそうですね」

    「早いですね」

    「早く知るために、お金を䜿っおいたす」

    埡堂は盞談䌚で䜿った長机ぞタブレットを眮いた。

    航空写真が衚瀺される。

    高局建築ず工事区画に囲たれた、现長い土地。䞀筆だけ、呚囲から切り取られたように残っおいる。

    真壁は画面を広げた。

    取埗枈みの呚蟺地。
    地䞋通路の予定線。
    共同事業者ずの合意日。

    「四か月」

    「衚向きは」

    「二か月寝かせれば、地䞻の蚀い倀になる」

    「だから二か月では遅いんです」

    埡堂は玙コップを䞀぀ず぀重ねながら答えた。

    「買䞻は東倮郜垂開発。売䞻は芊原矎代子。所圚䞍明。死亡確認なし。正匏な代理人もいたせん」

    画面の隅に、四十八億䞃千䞇円ず衚瀺されおいる。

    真壁は金額より、呚蟺土地の取埗日を芋た。

    「先に党郚買ったんですか」

    「買えるず思ったのでしょうね」

    「担圓は」

    埡堂が画面を切り替える。

    久我慎䞀郎。甚地取埗郚長。

    過去案件の確認蚘録が䞀件、衚瀺される。

    本人面談を実斜。提瀺資料および聎取内容に぀いお、䞀郚継続確認事項あり。珟時点においお、本人性を吊定する客芳的事情は認められない。

    真壁は䞀床読んだ。

    画面を閉じる。

    「条件がありたす」

    「聞きたす」

    「倉橋さんの䜏居を先に甚意する。報酬口座は分ける。決枈埌、あなたの人間は倉橋さんぞ接觊しない」

    埡堂は怅子の脚に付いた埃を、濡らした玙で拭いおいる。

    「売買の前に、圹を終えた埌の費甚を決めるんですか」

    「決枈埌に圹者が消えれば、買䞻の説明が完成する」

    埡堂の手が止たった。

    「残れば」

    真壁は答えなかった。

    埡堂は汚れた玙を小さく折った。

    「前の案件でも、それを条件にしおいればよかったですね」

    真壁の手の䞭で、タブレットが傟いた。

    角が長机ぞ圓たり、硬い音がした。

    把が埡堂を芋る。

    埡堂は折った玙をゎミ箱ぞ萜ずした。

    「条件は契玄曞ぞ入れたす。ただし、状況によっお履行できない堎合はありたす」

    「そのずきは止めたす」

    「四十八億䞃千䞇円を」

    「金額の話じゃない」

    埡堂は怅子の背を撫で、傷がないか確かめた。

    「では、止めるものも契玄曞ぞ曞いおください。埌で違う説明をされるず困りたす」

    

    東倮郜垂開発の䌚議宀には、倖の工事音がかすかに響いおいた。

    金属を打぀音が、䞀定の間隔で䞊階の窓を震わせる。

    長方圢のテヌブルには、氎滎の付いたグラスが四぀䞊び、端に玙コップが䞀぀眮かれおいた。

    䞭倮の録音機では、赀いランプが点灯しおいる。

    倉橋柄江は芊原矎代子ずしお、真壁の隣に座っおいた。

    写真ず同じ玺色ではなく、青みのある灰色のカヌディガンを着おいる。服は柄江に遞ばせ、真壁は銀色のブロヌチだけを倖させた。

    正面には久我慎䞀郎。

    銀瞁の県鏡を掛け、頬が少しこけおいる。

    曞類から手を離すたび、䞡手を机の䞋ぞ戻した。

    隣の氎城菜月は、ノヌトパ゜コンを開いおいる。

    テヌブルの端では、叞法曞士が玙コップを前に資料を揃えおいた。

    「本日はありがずうございたす」

    久我の声は䜎く、最埌たで倧きさが倉わらない。

    柄江はグラスぞ手を䌞ばさなかった。

    「来たくはありたせんでした」

    氎城が入力を止めた。

    久我は録音機の赀いランプを確かめる。

    「長い間、匊瀟から十分なご説明ができなかった点に぀いおは、経緯を確認しおいたす」

    「確認が終わるず、誰が謝るんですか」

    「確認前に、謝る者を決めるこずはできたせん」

    柄江は目を现めた。

    「䟿利ですね」

    「䟿利ではありたせん。時間がかかりたす」

    質問が始たった。

    䜏所。
    亡倫の氏名。
    亡倫の生幎月日。
    固定資産皎を誰が払っおいたか。
    土地ぞ最埌に入った時期。

    柄江は亡倫の誕生日を二日間違えた。

    氎城が画面から顔を䞊げる。

    柄江は蚀い盎さなかった。

    「月は合っおいたす」

    久我が蚀った。

    「日付は、今の回答で蚘録したす」

    叞法曞士が叀い配眮図を広げた。

    「南偎に、小さな物眮があったようですが」

    「䞻人は䜜業堎ず呌んでいたした」

    「䜕を䜜られおいたのですか」

    「䜕も」

    柄江の喉から、短い笑いが挏れた。

    「道具だけは増えたした。䜿わないものほど、捚おたせんでしたから」

    氎城の口元がわずかに動いた。

    すぐに画面ぞ戻る。

    面談開始から䞉十二分。

    久我が配眮図を閉じた。

    「先週の朚曜日、珟地北偎の通甚口で、匊瀟瀟員ずお話しされた件に぀いお確認したす」

    真壁の呌吞が䞀床だけ浅くなった。

    北偎通甚口。

    柄江ぞ枡した資料にはない。

    柄江の肩がわずかに䞋がった。

    久我は続ける。

    「その際、土地を売华する意思はないずお話しされた。今日のお話ず異なりたすが、意思が倉わった経緯を教えおください」

    氎城の指が止たり、久我ぞ顔を向けた。

    柄江は口を開き、閉じた。

    録音は続いたたた、倖の工事音だけが䞉床響いた。

    「その方は」

    柄江の声が掠れた。

    グラスぞ䌞ばした手を、途䞭で止める。

    「芊原矎代子ず、名乗ったんですか」

    「こちらから質問しおいたす」

    「私は、䌚っおいたせん」

    蚀った盎埌、柄江の芖線が萜ちた。

    沈黙が続く。

    真壁は助けなかった。

    久我も次の蚀葉を埅った。

    「少なくずも」

    柄江が蚀う。

    「先週の朚曜日には」

    久我は氎城ぞ目を向けた。

    氎城が封筒を取り䞊げる。

    封を切る前に、衚の管理祚ぞ目を萜ずした。

    䞀床、久我を芋る。

    久我は䜕も蚀わなかった。

    「郚長」

    氎城が声を出した。

    「この接觊蚘録、䜜成日が昚日になっおいたす」

    宀内の芖線が氎城ぞ集たる。

    久我は封筒を自分の方ぞ匕いた。

    「確認したす」

    「写真ですか」

    柄江が尋ねた。

    久我は答えなかった。

    真壁は封筒を芋た。

    「先週の方にも、今日ず同じ録音を」

    久我は県鏡を倖した。

    ハンカチでレンズを拭く。

    「接觊蚘録に぀いおは、瀟内で確認したす」

    「録っおいない人間ず、䜕を比べるんです」

    久我は県鏡を戻した。

    「比范はしおいたせん。今日、吊定されたずいう事実を確認しおいたす」

    「なら、先週誰かがいたっお話も残しおください」

    「圓然、蚘録したす」

    久我は真壁ではなく、録音機の赀いランプを芋た。

    真壁はそれ以䞊远わなかった。

    北偎通甚口ずいう蚀葉だけが、頭の䞭に残った。

    面談は、その䞃分埌に終わった。

    

    車が地䞋駐車堎を出た。

    柄江はしばらく䜕も蚀わなかった。

    窓の倖を流れる工事甚フェンスを芋おいる。

    「私、早く吊定したした」

    「ええ」

    「間違いでしたか」

    「正解はありたせん」

    「嫌な詊隓ですね」

    「詊隓ではないかもしれない」

    柄江が振り返る。

    「本圓に、別の人がいた」

    真壁は答えず、スマヌトフォンを開いた。

    東倮郜垂開発から、暫定蚘録が届いおいる。

    末尟には、埡堂の端末で芋たものず同じ文蚀があった。

    その䞋に、同行者蚘録。

    真壁遌。
    売䞻偎連絡調敎担圓。

    さらに䞀人。

    把盎人。
    送迎担圓。

    車䞡番号。

    照合資料欄には、

    過去玛争案件・珟堎蚘録写真

    ず蚘茉されおいる。

    赀信号で車が止たった。

    小さな画像が添付されおいた。

    六幎前。

    フェンスの前に立぀把を、遠くから撮った写真。

    把の口元が固たった。

    「その䌚瀟、俺を今日芋぀けたんじゃないですね」

    真壁は画像を拡倧する。

    把の隣に、もう䞀人写っおいる。

    顔は柱に隠れおいた。

    写真の䞋には、人物未特定ずある。

    「俺、あの䌚瀟の䞭には入っおたせん」

    信号が青ぞ倉わる。

    把は車を出さなかった。

    画面の写真を芋たたた蚀う。

    「六幎前から、誰を埅っおたんですか」

    âž»

    あずがき

    ここたで読んでいただき、ありがずうございたす。

    次章では、柄江が芊原矎代子になるための蚓緎が始たりたす。

    けれど、本物は、自分を緎習したせん。

    第2章「本物は、自分を緎習しない」ぞ続きたす。

    『存圚しない地䞻』は、毎週日曜21時30分に曎新したす。

    次回曎新2026幎7月26日日21時30分予定

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    創䜜や゚ッセむを䞭心に、日々感じたこずや物語を曞いおいたす。 人や組織、遞択、関係性をテヌマに、考えたこずを蚀葉にしおいたす。 掲茉しおいる内容は、個人の創䜜・芋解によるものです。 実圚する人物・団䜓ずは関係ありたせん。

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