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私的 「松田聖子」論 1_4‐①

    第4章:ポップ・アイコンとしての聖子のイニシエーションと“Seikoland”の成立

    第1節:「Japan as Number One」の爛熟とJ-POPのプロトタイプ

    1. バブル前夜のAIWAのネオン、カセットボーイ(ポータブルオーディオ)の普及が規定したライフスタイル
     松田聖子がポップ・アイコンとして頂点を極め、独自の音楽的ユートピア“Seikoland”を築き上げて行った1980年代半ばの日本は、まさに「Japan as Number One」と称された絶頂期のただ中にありました。バブル経済前夜の実体経済は世界を席巻し、ニューヨークのタイムズスクエアには、ポータブルカセットプレーヤー「カセットボーイ」等で世界シェアを誇ったオーディオメーカー「AIWA」の深紅のネオンサインが、世界を睥睨するかのように輝いていた時代です。
     映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、マイケル・J・フォックス演じるマーティが、宇宙人に扮して過去の父親の耳に「AIWA」のシルバーに輝くカセットボーイ(HS-P7)に繋いだインイヤーヘッドフォンでギンギンのロックを聴かせる有名なシークエンスは、当時の日本のテクノロジーとローカルな文化が、いかにグローバルな日常の風景を規定していたかを雄弁に物語る象徴的な一幕でした。
     
    2. 表層のテレビ(アイドル)と深層のラジオ(ニューミュージック)の弁証法的超克
     この「ジャパン・モダニズム」の圧倒的な自信と豊かさを背景に、松田聖子という存在は、それまで峻別されていた「歌謡曲(商業主義・芸能界)」と「ニューミュージック(作家主義・アーティスト)」とを完全に融和させる、最初にして最大のプロトタイプとして機能することとなりました。
     かつて、はっぴいえんどが都市の片隅で実験していた日本語ロックのビートは、日本のエレクトロニクス技術の結晶であるカセットボーイやラジカセ、そして松田聖子の歌声というメディアを通じて、一瞬にして全国民のライフスタイルへと内面化されて行ったのです。
     
    3. 聖子という回路を経て、渡辺美里、永井真理子、森高千里らへ受け継がれるJ-POPの土壌の確立
     歴史的に見れば、松田聖子というプロトタイプが「歌謡曲の構造」を完全に解体・アップデートしたからこそ、その後のJ-POPの地平が開かれたと言えるでしょう。
    1970年代の最終盤に、桜田淳子が中島みゆきとのコラボレーションを始めたことを嚆矢として、1980年代に松田聖子が錚々たるニューミュージックの旗手達との共作によって、「歌謡曲」と「ニューミュージック」との融合を成功させたからこそ、1980年代の半ば以降に登場した渡辺美里、永井真理子、森高千里、プリンセス・プリンセスといった、本来であれば従来の「アイドル」の枠組みで消費される筈だった女性シンガー達が、自らの主体性を持って「J-POP」の正統な担い手となり、日本の音楽シーンを席巻して行くことに繋がったのです。 日本の音楽文化が完全に成熟し、最高潮に達したこの幸福な時代の中心には、常に松田聖子の“Seikoland”という磁場が存在していたのです。
      
    第2節:山口百恵・中森明菜が陥った「二つの罠」からの脱構築
     松田聖子という存在を、戦後日本のジェンダー秩序における「主体奪還のアイコン」として基礎づけるためには、1970年代と1980年代をそれぞれ象徴する二人の巨大な存在である、山口百恵と中森明菜と言う2人の歌姫を「補助線」として引くことが不可欠です。記号論的、そして精神分析学的に見れば、彼女達が陥った「二つの罠」を鮮やかにすり抜けたところにこそ、松田聖子の真の勝利があるからです。

    【時代を牽引した「アイドル」における女性主体の三つの位相】
    山口百恵(1970年代)
    └ [記号] 「共同体の闇」「少女の性的搾取」 ⇒ 結婚による「家父長制への完全な回収」
    └ [精神分析] 「大文字の他者」(秩序)に従属することで欠如を埋め、触れられぬ「神話」へ
     
    中森明菜(1980年代)
    └ [記号] 「情念」「傷つく肉体」「男への哀訴」 ⇒ 男性視線の過剰な鏡像化
    └ [精神分析] 「小文字の他者」(恋人)の欲望を自分の欲望と錯覚し、自己破壊の臨界点へ
     
    松田聖子(1980年代〜現在)
    └ [記号] 「純粋な消費記号」「終わりなき少女」 ⇒ システムのハッキングと「永遠の現在」
    └ [精神分析] 「大文字の他者」(規範)による支配(去勢)を拒否し続け、「生ける神話」へ

    1. 山口百恵の「家父長制への完全な回収(引退という神話化)」との対比
     山口百恵の1980年の結婚・完全引退がもたらした「家父長制への回収による神話の完成」と、松田聖子が1980年代以降、結婚・出産を経てもなお、トップアイドルであり続けている「システムそのものを拡張する神話の構築」について考えてみましょう。
     二人のドラスティックな生き方は、日本のジェンダー史およびアイドル記号論における最大のパラダイムシフトです。この二大聖痕をジェンダー論(フェミニズム、家父長制)と記号論(神話作用、シニフィアン/シニフィエ)の視座から対比させて俯瞰すると、結婚・完全引退(家庭の主婦となる)によって、自らを社会秩序の中に置いて「不変の記号となった巫女」・山口百恵と、結婚・出産と言う人生の一大イベントを経た後も、家庭に入ると言う社会規範に従うことを拒絶し、自らが変化し続けることで「記号の定義を書き換えた女王」・松田聖子と言う、対極のイデオロギー構造が浮かび上がります。以下に詳しく解説します。

     ①山口百恵による家父長制への「美しい従属」という逆説的・超越的神話
     山口百恵は1980年、人気絶頂の21歳で三浦友和と結婚し、芸能界を完全に引退しました。山口百恵はマイクをステージ中央に置くという極めて象徴的なパフォーマンス(=アイドルのシニフィアンの放棄)を行い、以後、メディアの前に一切姿を現していません。
    【ジェンダー論的視座:前近代的な「内助の功」への回帰と家父長制の勝利】
     山口百恵が自伝『蒼い時』で語った「私が選んだのは、ひとりの男の妻としての生き方」というロジックは、ジェンダー論的には近代日本の伝統的な「良妻賢母」規範や、家父長制のジェンダー・ロールへの完全な回収として捉えられます。
     『プレイバックPart2』であれほど強固に男社会を挑発し、自立した女性の苦悩を体現していたカリスマが、最終的には「家庭に入り、男を支える」と言う「男社会の用意したハッピーエンド」に従属する選択をしたのです。この結末は、当時のフェミニスト達に敗北感を与える一方で、保守的な大衆にとっては「これ以上ない安心感と秩序の回復」を意味しました。
    【記号論的視座:「不在」による不滅の神話作用】
     記号論における神話とは「歴史的な事象を、あたかも自然で普遍的な真理であるかのように錯覚させるシステム」です。山口百恵の引退は、彼女のシニフィアンを「21歳の全盛期の状態」で永遠にフリーズさせました。
     現実の生活感や加齢による衰え、といった「生身のノイズ」を一切遮断し、メディアから「完全に不在」となったことで、彼女は人々の記憶の中で消費され尽くされない「純粋なイデア=神話」へと昇華されたのです。
     彼女が家父長制に回収されたことは、記号論的には「現実の肉体を消去することで、虚構のカリスマ性を不滅にする」ための最強の戦略であったと言えるのです。
     
    ②松田聖子:制度を破壊する「永遠の少女」というポストモダン的神話
     対する松田聖子は、1985年の神田正輝との結婚、1986年の出産(神田沙也加の誕生)を経ても、一切の活動を停止しませんでした。それどころか「ママドル」という新しい「記号」を社会に生み出し、スキャンダルや離婚・再婚を繰り返しながらも「松田聖子」というアイドル記号を維持し続け、多くの女性にとっての「理想像」というアイコンをも手に入れました。
    【ジェンダー論的視座:「母」と「女(アイドル)」の二項対立の解体】
     それまでの日本社会において、「母親」になることと、男性からのセクシュアルな視線を集める「アイドル」であることは、絶対に両立し得ない排他的な概念でした。母親とは「無私・無欲の聖母」であるべきだと言う強力な社会規範や「母性神話」と言う名のジェンダー的抑圧が存在したからです。
     松田聖子は、この「母/少女」というドグマを不屈の信念とアーティスティックな実力によるカリスマで解体しました。結婚しても、子供を産んでも、フリフリのピンクの衣装を着て「渚のバルコニー」を歌い続ける。これは、従来の家父長制が女性に要求した「年齢相応の役割」の拒絶です。
     彼女の生き方は、1985年の男女雇用機会均等法の施行と共振し、「仕事も、結婚も、出産も、そして自己の欲望(女としての輝き)も、何一つとして諦めない」と言う、ポスト・フェミニズム的な自己決定権の体現者として女性達に熱狂的に支持されました。
    【記号論的視座:「過剰なシニフィアン」によるシステムの拡張】
     松田聖子にとって「アイドル」とは、「静的な身分」ではなく、「ダイナミックに再生産し続ける『記号』のパフォーマティビティ」でした。彼女は自分の肉体が母親になろうとも、ゴシップ・マスコミによるバッシングを受けようとも、「松田聖子」と言う「記号のシニフィアン」(ミニスカート、笑顔、歌声)を過剰に、過激に演じ続けました。
     現実の生々しい私生活をも、ステージ上の圧倒的な歌唱力と存在力に基づいた「パフォーマンスと言う虚構」で上書きし続けたのです。その結果として松田聖子は、「少女」というアイドルの本来の意味を脱構築し、「松田聖子というシステムそのものがアイドルである」という、年齢や社会属性を超越した「メタ神話」を構築したのです。
     
    ③両者の神話構造の直接対比
     この二人の神話の構築プロセスは、次のような二項対立として整理できます。
    評価軸    山口百恵 の神話      松田聖子 の神話
    社会構造   家父長制への「奉納」   家父長制の「ハック・利用」
    との関係   
    (制度の維持)      (制度の拡張)
    神話化の   「不在」(肉体を隠す   「過剰な現存」(現実を虚構
    アプローチ  
    ことでイデア化する)   で圧倒し続ける)
    時間の扱い  時間の停止(21歳で歴史  時間の超克(年齢を記号化
           を終えるモダン)     するポストモダン)
    大衆への   「ノスタルジーと古典的  「自己表現と実存的
    機能     カタルシス」の神話    サバイバル」の神話

    ④山口百恵の『プレイバックPart2』と松田聖子の『真っ赤なロードスター』の対置比較
     山口百恵の『プレイバックPart2』(1978年/作詞: 阿木燿子、作曲: 宇崎竜童)と、松田聖子の『真っ赤なロードスター』(1984年/作詞: 松本隆、作曲: 林哲司)。この2曲は、いずれも「女性がスポーツカーを運転し、男性と対峙する」という、当時の歌謡曲において極めて先進的なシチュエーションを共有しています。
     けれど、この2曲をジェンダー論(性差と権力構造)及び記号論(シニフィアンとシニフィエ)の視座から対置させると、1970年代末から1980年代半ばにかけての「女性の主体性」の変遷と、彼女達が手中にした「自由」の性質の差異が鮮明に浮かび上がります。
     一言で言えば、『プレイバックPart2』は「男社会の記号を奪取する闘争の歌」であり、『真っ赤なロードスター』は「男社会の視線を無効化するポストモダン的な軽やかさの歌」です。以下にその「深層」を見てみましょう。
     
    【記号論的コード(シニフィアン)の対比:車と身体】
     記号論において「車(特にスポーツカーやロードスター)」は伝統的に男性性、社会的ステータス、セクシュアリティ、権力の強力なファルス的記号・象徴でした。両曲はこの記号をどのように扱っているでしょうか。
    項  目    『プレイバックPart2』  『真っ赤なロードスター』
    車の記号    ポルシェ:
    馬力、闘争、  ロードスター:軽快、
    シニフィアン  
    威嚇、排気量       遊び、カッコ良さ
    運転の目的   男との衝突、自己主張、  気分転換、ドライブ、
            逃走と反撃        記号の消費、ゲーム
    主調色・    衝突の赤、クラクション、 ファッショナブルな赤、
    聴覚記号    
    静寂(急ブレーキ)    軽快なポップス、風
    身体の     前傾姿勢         余裕とリラクゼーション
    スタンス   
    (男とタイマンを張る身体)(楽しむ身体)
    ジェンダー   モダン的・政治的な    ポストモダン的・消費主義
    の観点     ジェンダー闘争      的なジェンダー解放

    【『プレイバックPart2』:ファルス(男権)の強奪】
    「緑の中を走り抜けてく 真っ赤なポルシェ」
     ここで選ばれている「ポルシェ」は、単なる移動手段ではなく、圧倒的な「速度と権力」の記号です。山口百恵(当時19歳)という少女がこの猛獣のようなドイツ製スポーツカーを駆り、交差点で別の車(男)と接触しかけ、「バカにしないでよ」と言い放つ。これは、男たちの専売特許であった「道路(公的空間・速度の支配)」という領土に侵入し、その記号を暴力的に奪取する行為を象徴する歌です。
     
    【『真っ赤なロードスター』:記号の脱構築(カジュアル化)】
    「私を堕すなら勝負してみるのね。Kissを賭けてもいい」「ギア・チェンジもプロ級、女だと甘く見て、あとで泣かないでね」
     アルバム『Tinker Bell』に収録されたこの曲、聖子が運転するのは「ロードスター」です。ポルシェのような重々しい馬力や威嚇性ではなく、「風を感じるためのファッショナブルな玩具」として車が記号化されています。
     Highwayで性こりもなくパッシングしてくる「男たちにテールを振って走る赤いロードスター」を駆る聖子。ここには「闘争」はなく、男の権力記号である筈のスポーツカーは、完全に彼女の「お洒落な背景(小道具)」へと解体されているのです。
     
    【ジェンダー論的視座:抑圧への「抵抗」か、視線の「無効化」か】
     ジェンダー論における最大の焦点は、「男性中心主義的な視線や構造に、女性の主体がどう応答しているか」にあります。
     
    ・山口百恵:家父長制・マチズモとの「対非対称的な闘争」
     『プレイバックPart2』の主人公は、男(彼氏)と喧嘩をして飛び出し、車を走らせています。
    「勝手にしやがれ」(沢田研二の男権的なヒット曲へのアンチテーゼ)と捨て台詞を吐き捨て、「坊や、一体何を教わってきたの?」と年下の男(あるいは未熟な男社会)を挑発します。
     彼女の主体性は、「男からの抑圧や不条理に対する怒り」によって定義されています。つまり、男社会(マチズモ)という強固な壁が存在し、それに対して「対等、あるいはそれ以上に強くあろう」とする戦いの中にいます。山口百恵の歌唱が持つ低音のドスや凄みは、抑圧された女性性の「反撃のエネルギー」そのものを象徴しているのです。
     
    ・松田聖子:男性の欲望の「肩すかし」とポストモダン的自由
     一方、『真っ赤なロードスター』の主人公は、男との闘争に興味がありません。
    「ボビー、歯ぎしりの顔 バックミラーに映る」「ジミー、最後のカーブで クラッシュ手強かったわよ」
     ジェンダー論的に極めてスリリングなのは、彼女が「男を格付けし、品定めする主体」に回っている点です。Tシャツの背中に視線が集まっているのを意識している自分を客観視し、「上等じゃない」と悲壮感ゼロで切り捨てます。
     山口百恵が男社会のルールの中で「戦う女性」を演じたのに対し、松田聖子は「男が作ったルールそのものを無視し、自分のゲームのルールに男を巻き込む」という戦略を取っています。男達の挑戦を真っ向から受け止め、「髪を風になびかせ」てロードスターを加速させる軽やかさは、1980年代の大量消費社会が生んだ、新しいフェミニズムの形態(ポスト・フェミニズム的自由)の記号が見て取れるのです。
     
    ⑤社会的コンテクスト(時代背景)との連動
     この記号の差異は、日本の女性史・社会史の変遷と完全にシンクロしています。
    【1978年の山口百恵(ウーマンリブの季節の終焉と地続きの自立)】
     まだ社会構造の中に「男尊女卑」や「女性は助手席に座るもの」という規範が色濃く残っていた時代です。だからこそ、山口百恵がポルシェを運転し、男を怒鳴りつけるナラティブは、既得権益への強烈なカウンターとして機能し、「男を脅かす強い女」の記号として、同世代の女性達のカリスマとなり得たのです。
    【1984年の松田聖子(男女雇用機会均等法前夜の私生活主義)】
     翌1985年に雇用機会均等法の制定を控え、女性の社会進出や「自分の収入で好きな車を買う」というライフスタイルがリアリティを持ち始めた時代です。そんな中で松田聖子が提示したのは、男と戦うのではなく、都会的で、経済的・精神的に自立し、恋愛すらも自分のペースで消費するという、「男を必要に応じて選択・排除する自由な女」の記号として、トレンディドラマの主人公のような「新世代の女性像のシニフィエ」となったのです。
     
    ⑤二つの「神話」が遺したもの
     山口百恵の神話は、「かつて存在した美しい奇跡としての神話」です。彼女は男社会の最もクラシカルな価値観(結婚・引退)に身を投じることで、逆説的に日本のポップス史において誰にも侵せない聖域を獲得しました。それは、自らを「歴史の文化遺産」にすることで完成した神話です。
     一方、松田聖子の神話は、「現在進行形で境界を突破し続けるリアルタイムの闘争としての神話」です。彼女は家父長制の枠組みを内側から食い破り、「女性が自分の欲望を全うしながら生き抜くスタイル」の記号となりました。
     山口百恵が「神話の完成の為に自らを消し去った巫女」であるならば、松田聖子は「神話の定義そのものを変える為に生き続ける女王」であり、この二人の選択の対比こそが、現代女性が歩んだ「自立と生存の二つの選択肢」そのものを記号論的に批評していると言えると考えます。    

    (第4章の②へ続きます)


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