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昭和52年の『忠臣蔵』⑤〜七段目〜

    七段目は
    『忠臣蔵』のなかでも
    人気の場面ですね。

    由良之助の二面性など
    役者の藝を見たり
    お軽と平右衛門のシーンは
    笑いもあったりと
    見どころが多い。

    今回の配役は
    大星由良之助=二世尾上松緑
    寺岡平右衛門=八世松本幸四郎
    遊女おかる=中村歌右衛門
    という配役。

    松緑さんもですが
    ここでは
    幸四郎と歌右衛門でしょう。

    幸四郎の平右衛門は
    少し格が上なものも感じますが
    それでも
    柄の大きさを感じる平右衛門。

    歌右衛門のおかるは
    もう
    おかるを生きているという感じ。

    この二人のシーンを見て
    思ったんですが
    歌舞伎って
    すごく特殊ですよね。

    例えば
    歌舞伎によくある
    「ハハ」と一方が笑うと
    「ホホ」ともう一方が受けて
    それを繰り返して
    笑い合うという場面。

    これ
    おかしいですよね。

    江戸の頃だって
    これは
    リアルではないと思うんですよ。

    分からないですけど。

    リアルだったのかもしれないけど。

    でも
    どう考えてもおかしい。
    リアルじゃない。

    そもそも
    歌舞伎というのは
    リアルとは
    ほど遠い演劇ですよね。

    隈取もそうだし
    荒事なんか
    漫画みたいだし
    SF的じゃないですか。

    『七段目』なんかは
    割と
    世話っぽいところも
    あったりする場面ですが
    それでも
    そう感じるんですから
    江戸の人からしたって
    リアルではない
    ファンタジーだったんだろうと
    思うんですよね。

    歌舞伎ファンという
    ある条件下のコミュニティで
    楽しまれている
    サブカル的なものだと思います。

    決して
    メインストリームのものではない。

    歌舞伎って
    ずっと独特ですもん。


    でも
    そうやって観ると
    よりおもしろく感じますね。

    人間国宝になったような人たちは
    おじいさんばっかりですよ。

    その人たちが
    そういう
    現実とはかけ離れた芝居を見せてくれるなんて
    こんな
    ファンキーな世界観は
    世界でも類を見ないんじゃないかと思います。

    傾(かぶ)くということは
    本来そういうものなんでしょうね。

    〝歌舞伎〟に騙されるな!
    ということです。

    歌舞伎というのは
    決して
    美しくクリアなものではなく
    もっと
    ドロっとした何かのあるものなんでしょう。

    歌右衛門の
    ある意味グロテスクとも言える演技も
    そのひとつだと思います。

    浮世絵に見る
    役者の表情なんかも
    もの凄いものがありますよね。

    絵金が描いた世界観も
    そういうものだと思います。

    昔の映像を見て
    そういうことを思うのも
    不思議なことですが
    歌舞伎の本来ということを考えれば
    それこそが
    歌舞伎の味なんだと思うんです。


    そして
    そのなかにいて
    大星力弥を演じた
    当時
    福助であった
    現・梅玉さんの清涼感みたいなものが
    活きてくるんですね。

    そのバランスなんでしょうね。


    ここでも
    脇役が良かった。

    斧九太夫を演じた
    助高屋小伝次や
    鷺坂坂内の
    市川八百蔵。

    この二人のやりとりが
    なんとも良い雰囲気でね。

    素晴らしいですよ。


    ひとつの芝居に
    あらゆる要素が入っている。

    歌舞伎って
    そういうものなんですね。

    歌舞伎というものを
    どう観るかということが変わると
    楽しみが増えていきます。

     
     
    〜靡かぬ草木もなき時なれや〜 長唄三味線・松永鉄九郎門弟。

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