
【第315話】ベトナムだけどタイ
前回の続き。。
ベトナム・ハノイでの出張も無事に終わり、翌日にはタイへ戻るだけとなった最後の夜、ホテル近くの屋台でフォーを食べていると、一人のベトナム人男性から日本語で声を掛けられた。
彼の名前はタイさんと言い、ホテルマンとして働きながら、日本人宿泊客のために独学で日本語を勉強しているという
ひょんなことから俺は初対面の彼とベトナム産ビールの333(バーバーバー)を飲み交わすことにした。
「乾杯~」
「カンパイ!」
タイさんは一口ビールを飲むと、興味津々といった様子で俺を見つめた。
「オレサン ハ カンコウ デスカ?」
「いえ、仕事ですね」
「ヒトリ?」
「そうなんですよ」
「サミシイ ネ」
「何も分からなくてちょっと苦労しましたよ … ハハ…」
苦笑しながら答えると、タイさんは心配そうな顔で聞き返した。
「ナニ ガ、タイヘン デシタ?」
「全部です(笑)」
俺は指を折りながら数え始めた。
「まず、お金が分からない」
「食べ物も名前が分からない」
「英語もあまり通じない(できない)」
「寒い」
「それにバイクが多すぎて道を渡るだけでも命懸けです(笑)」
タイさんは腹を抱えて笑った。
「ハハハ! ソレ、ミンナ イウ!」
「最初はクラクションばかり鳴ってるから、みんなケンカしてるのかと思いましたよ」
「チガウ、チガウ。ハハハッ」
タイさんは首を横に振る。
「ベトナム アイサツ」
「アイサツ?」
「ハイ」
「『トオルヨー』『キヲツケテー』ネ」
「なるほど(笑)」
そう言われると、不思議とあの騒がしい街の音が少しだけ優しく聞こえてくる気がした。
タイさんから質問をされた。
「ホテル、ドコ?」
俺は屋台の外へ視線を向け、通りの向こうに見える建物を指差した。
「すぐそこのホテルです」
タイさんも同じ方向を見て、すぐに気付いたようだった。
「アー… アソコ」
そして、悪びれる様子もなく言い放つ。
「ヤスイダケノ、ボロホテル ネ」
「ボロホテルって(笑)」
思わず吹き出してしまった。
「会社が取ってくれたホテルなんですよ(笑)」
「ハハハ!ソウデシタカ」
タイさんもつられて笑う。
日本人相手だから気を遣っているというより、思ったことをそのまま口にしてしまう性格らしい。
その飾らない物言いが、なぜだか心地良かった。
タイさんはビールを飲みながら次の質問を投げ掛ける。
「イツ、ニホン、カエル?」
「いや、俺は日本じゃなくてタイで仕事をしてるんです」
そう答えると、タイさんは少し不思議そうな表情になった。
「明日、バンコクへ帰ります」
「オォ! バンコク デスカ!」
急に目を輝かせる。
「はい。そうです……が?」
するとタイさんは、自分の胸を指差しながら満面の笑みを浮かべた。
「ワタシ ノ ナマエ ハ タイ デス。ハハハッ」
「それ、俺も思ってました(笑)」
二人で顔を見合わせ大笑いする。
ベトナム人なのに名前はタイ。
初対面の時から気になっていたが、やはり本人も分かっていてネタにしているらしい。
「オレサン、モウイッパイ フォー ドウデスカ?」
「はい。何杯でもいけますね(笑)」
するとタイさんが自分と俺のフォーとビールを注文。
そして「クアイ」という揚げパンのような食べ物を紹介してくれた。
やはり七三分けの男と同じで現地人が一緒だと強い!
店員が追加ビールを2本運んできて乾杯ラッシュが始まったあと、揚げたてのクアイを皿に載せてテーブルへ運んできた。
「コレ、フォー イッショ タベル」
タイさんは細長い揚げパンを半分に折り、湯気の立つスープへ浸した。
「ヘェ、そんな食べ方があるんですね」
真似して口に運ぶと、スープを吸ったクアイは外は香ばしく、中はじゅわっと柔らかい。
これは旨い!
「いやー、タイさんが居なければ一生食べることがなかったかもしれません」
「ソンナコト ナイデショウ(笑)」
「この味、大好きかもしれません(笑)」
ひとしきり笑ったあと、タイさんは急に真面目な顔になった。
「ソレデハ… オンナ、スキ デスカ?」
「『それでは』って(笑)」
話題の飛び方があまりにも突然で思わずツッコミを入れる。
「まあ…… 好きですよ(笑)」
するとタイさんは、どこか得意げな顔で親指を立てた。
「バンコク、スケベ マチ。ユウメイ。ハハハッ」
「はははっ(笑)」
思わず笑ってしまう。
「でも、ベトナム人も可愛い人が多いし、俺はベトナムも良いと思いますよ」
その一言を聞いたタイさんは、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
「ソレナラバ……」
「ん? どうしました?」
タイさんは少し身を乗り出し、声のトーンを落として言った。
「KTV… ショウカイ、シマショウカ?」
「え?」
聞き慣れない単語だった。
「ケー ティー ヴィー?」
「それって……何ですか?」

