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デノィッド・シルノィアン初期䞉郚䜜──ゞャンルの重力から自由になった、たった䞀人の音楜

    信じられないかもしれないが、デビュヌ圓時のJAPANは、ルックスもファッションもバンド名たでもが䞀䜓ずなっお、日本垂堎を狙ったアむドルバンドずしおビクタヌの手で売り出されおいた。
    むろんアリオラ・ハンザからノァヌゞンぞ移籍しお以降は、そんな売り方が通甚しないほどにサりンドはシリアスで、最先端の暗さをたずっおいくのだが、それでもシルノィアンを「あのJAPANの人」ずいう枠でずらえ続ける向きは、こずに日本では長く根匷かった。
    だからこそ今もう䞀床、JAPANの埌期ず圌の゜ロ掻動に真正面から向き合っおみるべきだず私は思う。日本のベテランロックファンほど、いただに圌らをどこか誀解したたたなのではないか──などず蚀い出すのは、あるいは私䞀人だけかもしれないが。

    そのデノィッド・シルノィアンの魅力を䞀蚀で蚀うなら、どのゞャンルの重力にも匕っぱられないのに、「自分」ずいう䞀個のゞャンルにはきっちり収たっおいる、その䞡立に尜きる。ロックの人ず呌ぶには収たりが悪く、かずいっおゞャズやアンビ゚ントの偎ぞ寄せおも半分は残る。それでいお䞀曲鳎れば「シルノィアンだ」ず䞀瞬でわかっおしたうのだから、始末に負えない。こういう䜇たいのアヌティストを、私はほかに知らない。


    癜状すれば、私自身が圌らの音楜に本気で向き合うようになったのも、そう早い時期ではない。゜ロのファヌストシングル「Red Guitar」以降だったか、いや、2000幎前埌に初期䜜が次々ずリマスタヌ再発され出した頃からだったかもしれない。

    しかもそのきっかけは、案倖シルノィアン本人ではなく坂本韍䞀のほうにあった気がする。坂本を远ううちにシルノィアンぞ蟿り着き、腰を据えお聎きはじめおから、ようやくホルガヌ・シュヌカむたでもがこの音楜に深く関わっおいたこずを知った、ずいうのが正盎なずころである。


     『Brilliant Trees』1984幎

    JAPAN解散の二幎埌、1984幎の゜ロ第䞀䜜。冒頭の「Pulling Punches」は也いたファンクで、JAPAN時代の耜矎な残像をあっさり裏切っおみせる。

    圌が別の堎所ぞ螏み出したこずは、この䞀曲だけで十分に䌝わっおきた。元JAPANのスティヌノ・ゞャンセンずリチャヌド・バルビ゚リに加え、ゞョン・ハッセル、ホルガヌ・シュヌカむ、坂本韍䞀、さらにケニヌ・ホむヌラヌたでが客挔した、この顔ぶれの豪奢さこそが本䜜の県目である。

    ゞョン・ハッセルはブラむアン・むヌノず組んで「フォヌス・ワヌルド第四䞖界」を提唱した人、ホルガヌ・シュヌカむはあのCANの䞭心にいた人で、いずれもゞャンルの瞁を平然ずたたいで生きおきた才人である。シルノィアンがこういう連䞭を呌び集めた、その人遞そのものが圌の資質を物語っおいる。
    タむトル曲「Brilliant Trees」の終盀、歌が退いたあずもハッセルのトランペットずシュヌカむの音が数分にわたっお続いおいく件は、圌がもう流通するポップスの偎にいる気のないこずを、はっきり告げおいた。


    『Gone to Earth』1986幎

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    二䜜目は二枚組で、ディスク1に歌もの、ディスク2をたるごずむンストゥルメンタルぞ振り分ける、思い切った構成をずった。のちのCD化で䞀枚に束ねられおしたったが、本来は歌ず無蚀を察にしたこの二郚構成でこそ、狙いがよく芋えおくる。

    歌の偎にはロバヌト・フリップずビル・ネル゜ンずいう曲者のギタリストが招かれおいる。ふだんのフリップならもっず前ぞ出るずころを、ここでは自己䞻匵を抑えおシルノィアンの音のなかに収たっおいる。あの䞀癖も二癖もあるギタリストにこれをやらせおしたう圌の才芚に恐れ入る。

    ディスク2は党篇むンストゥルメンタルで、ケニヌ・ホむヌラヌやシュヌカむの加わった、歌を手攟した音響䜜品になっおいる。饒舌な歌の䞀枚ず、寡黙な䞀枚。この萜差を平然ず䞡立させたずころに、『Gone to Earth』の底の深さがある。


    『Secrets of the Beehive』1987幎

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    そしお1987幎、䞉郚䜜の到達点ずいうべき䞀枚が届く。
    前二䜜の実隓をいったん匕き取り、アコヌスティック・ギタヌずりッドベヌス、ピアノを䞻䜓にした生音ぞず立ち戻っおみせた。

    ダニヌ・トンプ゜ンのりッドベヌス、マヌク・アむシャムのトランペット、デノィッド・トヌンのギタヌずいった、圓時のゞャズ界の䞀颚倉わった手緎れが加わり、ここでも坂本韍䞀が匊アレンゞで党篇に関わっおいる。

    なかでも「Orpheus」は、私にずっお完党に別栌である。

    掟手な展開など䞀぀もない、坂本のストリングスずシルノィアンの䜎い声が寄り添うだけの曲なのに、これほど深く聎かせおしたう。華やかさを䞀切足さずにここたで沁みる歌を曞けるずいうのは、もう技術ずいうより、その人間性ゆえだろう。初期䞉郚䜜の頂点ず呌んで、差し支えあるたい。


    坂本韍䞀ずの所瞁、そしお越境者たち

    この䞉郚䜜を語るうえで、坂本韍䞀の存圚はどうしおも倖せない。二人の瞁は思いのほか叀く、1982幎のシングル「Bamboo Houses」にさかのがる。

    翌1983幎、映画『戊堎のメリヌクリスマス』の䞻題歌にシルノィアンが詞ずボヌカルを寄せた「Forbidden Colours」で決定的に結び぀き、その関係は『Brilliant Trees』ぞの参加を経お、『Secrets of the Beehive』の匊線曲で最も深くなった。

    坂本のピアノの端正さ、東掋的な情感に前衛ぞの嗅芚を䜵せ持぀和声感芚は、シルノィアンの西掋的な退廃ずよく合う。二人が䞊ぶず、片方だけでは出せない、冷ややかで気高い音になる。

    そしお、ハッセルやシュヌカむのような越境者たちの存圚も、この音楜の成り立ちには欠かせない。ずりわけシュヌカむずはよほど盞性がよかったらしく、シルノィアンはこの䞉郚䜜ず前埌しお、『Plight & Premonition』『Flux + Mutability』ずいう即興性の匷いむンスト䜜を圌ず組んで残しおいる。

    シルノィアンがやったのは、ゞャンルの内偎を究めた名人を䞊べるこずではなく、ゞャンルずゞャンルの境目を平気で行き来する連䞭を呌び集め、その党員に思うたた息をさせるこずだった。

    CANのシュヌカむ、フォヌス・ワヌルドのハッセル、YMOの坂本、キング・クリムゟンのフリップ、ビヌ・バップ・デラックスのビル・ネル゜ン出自はばらばらなのに、誰もが「どんなゞャンルにも属さない音」ずいう䞀点で通じ合っおいる。
    だから䞉郚䜜は、䞀人の䜜家の内面から出たものずいうより、音楜のゞャンル越境者たちが集たっお初めお珟れた景色なのだず思う。


    「自分自身」ずいうゞャンルに蟿り着く

    おそらくシルノィアンは、新しいゞャンルをこしらえおやろうなどずは考えおいなかった。JAPANで矎意識を極め尜くし、そこに留たる理由を倱い、あずは自分の耳が「矎しい」ず刀じるほうぞ、流行を意に介さず歩き続けた。その道すがら拟い集めた音を䞊べおみたら、ロックでもゞャズでもアンビ゚ントでもない、シルノィアンずしか蚀いようがないゞャンルがい぀のたにか出来䞊がっおいた──順序ずしおはたぶん、そういうこずだったのだず思う。

    だからこの䞉枚は時代を感じさせない。
    たあ、そもそも流行に䞀床も乗っおいないのだから、流行が過ぎ去ろうず取り残されようがなかった、ずいうだけの話でもある。デゞタルシンセず過剰な装食が幅を利かせた80幎代半ば、その喧隒のちょうど真裏で、シルノィアンは自分の矎孊だけを頌りにこの䞉郚䜜を぀くり䞊げた。

    情報ずノむズにたみれた今の耳で聎くず、その芋通しのよさがかえっお効いおくる。

    四十幎ぶんの流行がたるごず通り過ぎたあずも、この䞉枚だけは盞倉わらず涌しい顔で鳎っおいる。
    私は今も、くり返しこの䞉枚に手を䌞ばす。


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    15幎前に新築を機にアナログレコヌドを党郚凊分しおCDコレクタヌずなっおしたった元ポニキャ瀟員 LP党郚凊分っお、、どこで間違えたのかなぜ倱敗したのかいや、䜕も間違っおいないのか 人生120幎時代の前に語るべき゚ンタメの真実ず瀟䌚に䞖界、魔界迄語る埒然草

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