
通勤がなくなって、取り戻したのは時間だけじゃなかった
フルリモートになって、一番よかったことは何か。
僕の場合は、通勤がなくなって、時間と心に余裕が生まれたことです。
以前の通勤時間は、片道50分。往復すると、1時間40分を移動に使っていました。
それがなくなったので、時間に余裕ができたのは確かです。
でも、実際に暮らしが変わってみると、よかったのは時間のことだけではありませんでした。
満員電車に乗って疲弊しなくなったことも、僕にとって大きな変化だったんです。
一方で、困っていることもあります。意識して動かないと、本当に歩かない。
今回は、そんな「通勤がなくなったあとのリアル」を書いてみます。
片道50分。なくなってわかった、通勤の大きさ
片道50分、往復1時間40分。
こうして数字にすると、毎日の中で通勤に使っていた時間の大きさを感じます。
仕事そのものの時間とは別に、出社するため、家に帰るための時間が必要でした。
今はフルリモートなので、その移動がありません。
同じ仕事の日でも、通勤するために確保していた時間を使わずに済む。それだけでも、生活の余白は変わります。
ただ、往復1時間40分がなくなったからといって、その時間をすべて有意義に使えている、と言いたいわけではありません。
「これだけ勉強できた」「これだけ何かを達成した」という成果の話とは、少し違います。
移動の予定がなくなること自体に、余裕がありました。
通勤時間がある生活では、移動も含めて一日を考える必要があります。
今は、その時間をあらかじめ空けておかなくていい。自分の一日に使える時間が増えたことを、素直にありがたく感じています。
通勤していたころの自分にとっては、それがいつもの働き方でした。
今振り返ると、移動にかかる時間も、そこで感じる疲れも、働くことに含まれる当たり前の負担として受け止めていたのかもしれません。
満員電車で疲れなくなったのが、何より大きい
通勤がなくなってよかったことを考えると、やっぱり満員電車の存在は外せません。
僕は、満員電車に乗ることで疲弊していました。
同じ50分でも、落ち着いて過ごせる時間と、混雑した電車の中で過ごす時間では、感じる負担が違います。
だから僕にとっての通勤は、単なる「移動時間」ではなかったんだと思います。
フルリモートになって、その疲れがなくなりました。
仕事の大変さとは別にあった、通勤による消耗をしなくてよくなった。時間の数字だけでは表しきれない変化です。
通勤がなくなって取り戻したのは、時間だけじゃない。
満員電車で消耗しない、心の余裕もありました。
「往復1時間40分が浮いた」と言えば、変化はわかりやすく伝わります。
でも、僕が一番よかったと感じていることを伝えるなら、時間と心の余裕はセットにしたいです。
時間が増えただけでなく、その時間を迎えるまでの疲れも減った。
通勤がなくなってよかった理由は、そこにもあると感じています。
通勤の感じ方は、人によって違うはずです。移動中の時間を楽しめる人もいるでしょう。
だから、通勤そのものが悪いと言いたいわけではなく、僕の場合は満員電車が負担で、それがなくなったことが大きかった、という実感です。

生まれた余裕を、成果だけで測らなくてもいい
通勤時間がなくなると、「その時間で何ができるか」という話になりやすいと思います。
勉強や副業、家のことなど、できることを考えるのも一つの見方です。
ただ、今回の変化を振り返ってみると、僕が最初に挙げたいのは、何かができるようになったことよりも、時間と心に余裕が生まれたことでした。
何分を何に使ったか、どんな成果につながったか。
そうしたものに置き換えなくても、疲れる原因が一つ減ったことには意味がある。僕自身の実感から、そう思います。
もちろん、空いた時間をどう使うかは大切です。
でも、使い道を全部決めないと、通勤がなくなった価値がなくなるわけではありません。
これからの時間の使い方を考えるときも、できることを増やすだけでなく、せっかく生まれた余裕を残すことにも目を向けたいです。
何かを詰め込むための時間だけではなく、気持ちを急かさずにいられる余白として残しておくのも、一つの使い方だと思います。
「通勤がないとラク」という言葉の中には、そんな数字にしにくい部分もあるのだと感じます。
風邪をひかなくなったのも、うれしい変化
もう一つ、フルリモートになってから感じているのが、風邪をひかなくなったことです。
これは、僕自身が感じている生活の変化の一つです。
ただ、通勤がなくなったことが理由なのかは、わかりません。
「フルリモートなら風邪をひかない」と言いたいわけではなく、僕の場合はそういう変化もあった、という話です。
通勤がなくなったよさを考えると、まず時間や満員電車の疲れが思い浮かびます。
それとは別に、体調の面でもうれしく感じていることがありました。
とはいえ、体のことがすべてよい方向に変わったわけではありません。
むしろ、今の生活で気になっているのも、体に関わることです。
快適な反面、驚くほど歩かなくなった
通勤がなくなって困ったことを挙げるなら、今のところは運動不足です。
自分から動こうとしないと、1日の歩数が1,000歩にも届かないことがあります。
満員電車に乗らなくていいのは、うれしい。
でも、通勤に伴っていた歩く機会までなくなると、そこは自分で補う必要があるんですよね。
以前は、出社することそのものが、家の外へ出る理由になっていました。
今は、仕事をするためだけなら、通勤という外出は必要ありません。
今振り返ると、通勤は疲れる時間であると同時に、意識しなくても体を動かすきっかけになっていたのだと思います。
なくなってから、そちらの役割にも気づきました。
なくなったのは、満員電車の負担だけではなく、日常で歩く機会でもあった。
だからといって、運動のために以前の通勤へ戻りたい、という話ではありません。
移動の負担を減らせたよさはそのままに、体を動かす機会は別に考えたいです。
考えられるのは、例えばこんな小さなことです。
用事がない日も、少し外に出るきっかけをつくる。
仕事の区切りに、座りっぱなしを一度やめる。
最初から大きな目標を立てず、できる範囲で歩く。
これは、すでに習慣にできている方法の紹介ではありません。
運動不足を感じている今の自分にとって、これから意識したいことです。
通勤しなくてよくなった分、体を動かすことまで自動でなくならないようにする。
快適さを大切にしながら、暮らしの整え方は少しずつ考えていきたいと思っています。

通勤がない余裕を、大切にしていきたい
僕にとって、通勤がなくなったことは、時間にも気持ちにも大きな変化でした。
片道50分の移動がなくなり、満員電車で疲弊しなくなった。
一方で、意識しないと歩かなくなるという課題もあります。
フルリモートになれば、仕事や生活の悩みがすべてなくなるわけではありません。
それでも、通勤という毎日の負担が減ったことは、僕にとって確かによかったと感じている部分です。
働き方を考えるとき、勤務時間や仕事内容には目が向きます。
そこに「通勤でどれくらい疲れているか」という視点を加えてもいいのだと思います。
片道何分かだけでなく、その移動を終えたとき、自分にどれくらい余裕が残っているか。
通勤のある生活と、ない生活を経験して、その違いも大切にしたくなりました。
今、通勤がしんどいと感じている方も、すぐに働き方を変えられるとは限りません。
まずは、時間だけでなく、自分の疲れにも目を向けてみる。その気づきが、これから大切にしたい働き方を考える、小さな一歩になればうれしいです。