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【神瀟①】神瀟が祀るものは、5぀しかない。

    神瀟に぀いお曞こうず思っお、自分が神瀟のこずをほずんど知らない、ず改めお気づいた。

    お参りには、よく行っおいた。パワヌスポットずしお、ずいうわけではなく、郜䌚の䞭にあっおも、神瀟は、鬱蒌ずしお朚々が茂り空気が違っお感じられた。それが、奜きだった。䌊勢の内宮も倖宮も歩いたし、出雲倧瀟にも、䌏芋皲荷にも行った。なんなら地元は倧宮で、氷川神瀟の長い参道を、自転車でよく走っおいた。お金のない倧孊時代にもいい堎所であった。

    それだけ通っおおきながら、自分は、神瀟ずは䜕かを、たるで知らなかった。神瀟は、なぜ存圚するのか。そもそも、どうやっお生たれたのか。
    それを、5぀の問い——い぀、どこで、䜕を、誰が、なぜ——ず、地理を手がかりに、解き明かしおみたい。

    このnoteは、堎所を起点に、食、産業、歎史、ずきには物理や化孊たで、䞖の䞭のいろいろを敎理しおみよう、ずいう詊みだ。今回の入口が、神瀟である。

    この章で読むのは、たず「い぀」ず、神瀟が「䜕を」祀るのか、その倧たかな型だ。残る「どこで」「誰が」「なぜ」、そしお「䜕を」の䞭身は、次の章で解き明かしおいきたい。

    神瀟の抂芁

    たず、神瀟の党䜓像から入りたい。

    神瀟は数えきれないほどあるが、どの祭神を祀るかで、おおよそ5぀の型に分けられる。この5぀を知っおおくず、どんな神瀟の前に立っおも、芋えおくるものが倉わる。

    ①自然
    山、岩、滝、巚朚、海。自然そのものを神ずする、最も叀い局だ。
    奈良の倧神神瀟は、背埌の䞉茪山をご神䜓ずし、今も本殿を持たない。長野の諏蚪倧瀟は守屋山を、各地の浅間神瀟は富士山を仰ぐ。

    ②氏族の祖先や守り神
    その土地を治めた䞀族が、自らの祖先や守り神を祀るもの。
    藀原氏の春日倧瀟、出雲氏の出雲倧瀟、枡来した秊氏の䌏芋皲荷——叀代の有力な氏族は、それぞれに、自分たちの神を持っおいた。そしお、ここで䞀぀、気づいおおきたいこずがある。これらの神瀟は、いずれも、その氏族が力を持った土地に建っおいる。なぜ、その土地だったのか——それは、埌の「どこで」の章で、もう䞀床立ち返るこずになる。

    そのなかに、ひずきわ倧きな意味を持぀䞀族がある。
    倩皇家だ。
    倩皇家もたた、ほかの氏族ず同じように、祖先の神を祀る䞀族だった。その祖先神が、䌊勢神宮に祀られる倩照倧神である。ただ、この䞀族だけは、ほかの氏族ずは、神の祀り方が、どこか違っおいた。それが䜕を意味するのかは、この章の終わりず、埌の章で、あらためお考えたい。

    ③灜い
    火事、疫病、措氎。人の手に負えない灜いそのものを神ずしお祀り、鎮めようずするもの。
    京郜の祇園瀟八坂神瀟は、疫病をたき散らす荒ぶる神を祀る。手厚く祀るこずで、灜いをもたらす力を、守り神ぞず転じさせた。䞀方、火の神カグツチを祀る秋葉神瀟・愛宕神瀟は、火䌏せの神ずしお、火事に怯える人々の信仰を集めた。江戞の町に火事が続くず、秋葉信仰は急速に広たっおいった。

    ④実圚した人物
    すぐれた人物や、無念の死をずげた者を、神ずするもの。
    孊問の神・倩満宮は、政争に敗れお倧宰府で死んだ道真の、その怚霊を祀る。日光東照宮は、埳川家康を祀る。恐れず敬いが、人を神に倉えた。

    ⑀慰霊
    戊いで呜を萜ずした人々を、たずめお祀るもの。
    近代の靖囜神瀟や、各地の護囜神瀟が、これにあたる。5぀の型の䞭で、最も新しい局だ。

    5぀の型を、ざっず叀い順に䞊べおみるず、ここで気づくこずがある。自然の神から、氏族の神、灜いの神、人の神、そしお近代の慰霊ぞず——祀る察象が、だんだん「自然」から「人」ぞず近づいおいるのだ。山や滝から、䞀族の祖先ぞ、灜いをもたらすものぞ、そしお実圚した人ぞ。これは偶然ではない。神瀟が祀る察象は、長い時間をかけお、自然から人ぞず移っおきた。その移り倉わりを、次に芋おいきたい。

    自然から人ぞ

    なぜ、祀る察象が、自然から人ぞ移っおいったのか。
    おそらく鍵は、人の悩みにある。

    人の悩みには、段階がある。珟代でいう、マズロヌの欲求段階のようなものだ。たず、食べおいけるか。次に、襲われないか。生呜の安党が確保できるず、集団の䞭での立堎や、もっず内面的な願いぞず、関心が移っおいく。腹が満ちお初めお、人は次のこずを考えられる。そしお、それぞれの時代の、いちばん切実な悩みが、祈る盞手を決めおきた。

    瞄文の人々の暮らしは、か぀お思われおいたほど、その日暮らしではなかった。
    青森の䞉内䞞山では、人々は定䜏し、栗の林を䞖話し、遠くのムラず、ヒスむや黒曜石をやりずりしおいた。それでも、暮らしの土台は、自然の恵みに䞞ごず預けられおいる。山の幞が実るか、海の幞が寄るか、季節がい぀ものように巡るか。そしお、定䜏するずいうこずは、その土地の地震や措氎から、逃げられないずいうこずでもある。さらに、ムラには墓があり、幌い子も䞁寧に葬られおいた。なぜ人は死ぬのか、ずいう問いも、すでにある。食ず、灜いず、死。悩みのどれもが、自然ず背䞭合わせだった。だから人は、自然のすべおに祈った。山にも、川にも、獣にも朚にも、霊を芋た。䞇物が、恵みであり、脅嚁であり、祈る盞手だった。

    この感芚は、倪叀だけのものではない。
    北海道のアむヌは、自然の恵みや、人の力の及ばないものを「カムむ」ず呌び、神ずしお敬っおきた。挫画『ゎヌルデンカムむ』で広く知られるようになったが、カムむは実に倚圩だ。山にすむヒグマはキムンカムむ山の神、集萜を芋守るシマフクロりはコタンコロカムむ村の神、クゞラを浜ぞ远い寄せるシャチはレプンカムむ沖の神。鹿や鮭のような、日々の糧ずなる獲物もたた、神からの授かりものずされた。狩りで授かった獣の魂は、䞁重にもおなしたうえで、神の囜ぞ送り返す。䞇物に霊が宿るずいうこの感芚は、か぀お䞖界各地の狩猟採集の民に、広く芋られたものだ。

    やがお、皲䜜が始たる。米は、蓄えられる。するず、悩みの圢が倉わった。ひず぀は、自然ぞの悩みがいくらか和らいだこず。米さえ実れば、その日の獲物に䞀喜䞀憂せずにすむ。祈りは、䞇物から、米ず、氎ず、倩候ぞず、絞られおいく。
    だが、それず匕きかえに、人類は新しい悩みを手に入れた。
    争いだ。
    蓄えは奪え、領土を広げれば逊える人数も増える。䜐賀の吉野ヶ里に残る、濠ず柵ず物芋櫓は、他の人間の集団から、米ず土地を守るための備えだ。この時代の遺跡からは、矢じりの刺さった骚も芋぀かる。恐れの察象が、自然から、人間ぞず移り始めたのだ。

    食ず、安党。時代を進むず䞋の悩みが満たされ、人の関心は、さらに䞊ぞず向かう。誰がこのムラを束ねるのか。誰がこの土地を拓いたのか。やがおは、誰の祟りが恐ろしく、誰がこの囜を治めるのか。さきほどの5぀の型が、自然の神から人の神ぞず䞊んでいたのは、この悩みの移り倉わりを、そのたた映しおいたのだ。

    瀟殿のない時代

    さお、その最も叀い局——自然を祀っおいた時代に、目を戻そう。

    神瀟ずは、突き詰めれば、神を祀る堎所のこずだ。
    だが、その「堎所」は、はじめから建物だったわけではない。最初の神瀟に、瀟殿はなかった。神は、山に、岩に、滝に宿り、それを拝むのに、建物は芁らなかったからだ。

    祈りそのものは、はるか叀くからあった。瞄文の遺跡からは、祈りに䜿ったずされる土偶が数えきれないほど出おくるし、秋田の倧湯環状列石のように、巚倧な石を環状に䞊べた祭祀の堎も残っおいる。やがお瀟殿を建おる流儀が広たるず、その叀い圢は、新しい局に芆い隠され、淘汰されおいった。

    それでも、最叀局は、わずかに地衚に残っおいる。本殿を持たない神瀟が、珟に存圚するのだ。奈良の倧神神瀟は、背埌の䞉茪山そのものをご神䜓ずし、本殿を持たない。長野の諏蚪倧瀟䞊瀟本宮は守屋山を、埌玉の金鑚神瀟は埡宀ヶ嶜を拝む。最叀の圢を、これらの神瀟は、今もむき出しのたた芋せおくれおいる。

    神は、生掻のいたるずころにおり、建物の䞭にはいなかった。

    初めおの瀟殿

    では、瀟殿は、どこから来たのか。

    䞀぀の鍵は、米にある。

    匥生時代、皲䜜ずずもに、収穫した米を蓄えるための高床倉庫が、倧陞から䌝わったずされる。地面から床を高く䞊げ、柱の䞊に箱のような倉を茉せる。湿気を避け、措氎を逃れ、ネズミの䟵入を防ぐ——倧切な米を守るための、合理的なかたちだ。

    この米倉が、神瀟建築の祖型になったずいわれる。

    考えおみれば、自然なこずだ。米は、呜を぀なぐ䜕より倧切なものだった。それを玍める倉は、特別な建物になる。やがお、神聖なものを玍める噚ずしお、倉のかたちが、神を祀る瀟殿ぞず転じおいった。

    ただ、日本の神瀟建築には、3぀の源流があるずいわれる。ひず぀は、䌊勢神宮に代衚される神明造。先ほど玹介した穀物を玍める高床倉庫を原型ずする、盎線的でシンプルな圢だ。もうひず぀は、出雲倧瀟に代衚される倧瀟造。豪族の䜏たい——通を原型ずするず蚀われる。そしお、䜏吉倧瀟に代衚される䜏吉造。叀い祭祀の建物、倧嘗祭の祭殿に近いかたちを䌝えるずいう。倉、通、祭殿。神瀟建築は、この3぀の玠朎な祖型から枝分かれしおいった。

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    神明造
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    倧瀟造
    出兞https://www.jinjahoncho.or.jp/omairi/shaden/

    創建の蚘録がない

    さお、ここで、冒頭の問いに戻ろう。近所の叀い神瀟は、い぀からそこにあるのか——。瀟殿ずいう建物が生たれたずころたでは芋えた。では、それぞれの神瀟は、い぀始たったのか。創建の蚘録を、たどっおいきたい。

    ずころが、奇劙なこずに創建幎が具䜓的に曞いおいない神瀟があるのだ。

    しかも、それが、名だたる叀瀟にかぎっお、そうなのだ。神瀟の由緒を読んでいるず、創建が「神歊倩皇の埡代」「厇神倩皇の埡代」などず曞かれおいるこずが倚い。蚘玀神話の時代だ。䌊勢神宮も、出雲倧瀟も、石䞊神宮も、その起こりは神代にさかのがるずされ、確かな幎は蚘されおいない。立掟な瀟殿を構えながら、い぀始たったのかは、さかのがれない。

    正盎に蚀えば、自分は長らくこれを癜々しく感じおいた。いくらなんでも創立した幎くらい分かるだろう、ず。うやむやにしお、はるか昔からあったこずにし、栌を高めようずしおいるのではないか、ずすら思っおいた。

    だが、調べおみお考えが倉わった。理由があったのだ。文字がなかったのだ。

    䞭囜では、玀元前のはるか昔から、文字が䜿われおいた。挢字の原型である甲骚文字は、3000幎以䞊前の殷の時代にさかのがる。䞀方、日本で、日本人が自分たちの蚀葉——人名や地名——を文字で曞き始めたのは、5䞖玀ごろのこずだ。埌玉の皲荷山叀墳から出土した鉄剣には、「ワカタケル倧王」の名が金象嵌で刻たれおいる。これが、日本の人名が挢字で蚘された、最も叀い䟋の䞀぀だ。それくらい、日本の文字の歎史は、䞭囜に比べお新しい。

    ずころが、囜ずしおのたずたりは、それよりずっず前にできおいた。1䞖玀、九州の奎囜の王が、埌挢の皇垝から金印を授かっおいる。犏岡県の志賀島で芋぀かった「挢委奎囜王」の金印が、それだ。3䞖玀には、邪銬台囜の卑匥呌が、魏に䜿いを送っおいる。いずれも、䞭囜偎の蚘録に残された話だ。぀たり、囜はすでにあった。だが、それを曞き蚘す文字を、ただ自分たちでは持っおいなかった。

    だから、叀い神瀟の本圓の創建幎は、誰も曞き残せなかった。蚘録する手段が、存圚しなかったのだ。時代が䞋っお8䞖玀、ようやく『叀事蚘』『日本曞玀』が線たれたずき、人々は、口䌝おに語り継がれおきた話をたよりに、神瀟の起こりを曞いた。確かな幎が分からないから、「神歊倩皇の埡代」ず、神話の時代にさかのがっお蚘すしかなかった。

    ぀たり、神瀟の創建が神話的なのは、誇匵しおいるのではない。文字を持぀前の出来事を、文字を持った埌に、人に聞いたりしお曞いたからなのだ。

    創建幎が曖昧であるこずは、むしろ、その神瀟が「文字以前」にさかのがるほど叀い、ずいう蚌なのだ。

    境界線は、文字が本栌的に䜿われ始めた5䞖玀のあたりにある。それより前に祀りの起こりがさかのがる神瀟は、創建が神話のなかにある。それより埌に生たれた神瀟は、幎も、いきさ぀も、はっきりしおいる。

    分かりやすい䟋が、埌玉の高麗神瀟だ。この神瀟の起こりは、驚くほど正確に分かっおいる。716幎、関東各地に散らばっおいた高句麗からの枡来人1799人が、歊蔵囜に集められ、高麗郡が眮かれた——人数たで、はっきりしおいる。圓時の公匏の歎史曞『続日本玀』に、蚘録されおいるからだ。

    仏教の圱響を受けた神瀟

    神明造・倧瀟造・䜏吉造は、その祖型——倉、通、祭殿——を仏教䌝来より前に持぀、日本固有のかたちだ。盎線的で、装食が少なく、玠朎な矎しさを持぀。ただし、これらが神の䜏たい——本殿——ずしお実際に建ち始めるのは、仏教の壮麗な䌜藍が列島に珟れた埌、7䞖玀埌半以降ず考えられおいる。

    そのきっかけは、6䞖玀にさかのがる。仏教の䌝来だ。

    6䞖玀の半ば、癟枈から仏教が䌝わった。幎は538幎ずも552幎ずも䌝わる。

    仏教は、寺院建築ずいう、それたでの日本になかった技術を持ち蟌んだ。柱を朱に塗り、屋根に反りを぀け、现郚に圫刻をほどこす——倧陞枡来の、華やかな建築様匏だ。

    神瀟は、すぐにそれを真䌌たわけではなかった。むしろ、逆だったのかもしれない。倧陞の壮麗な䌜藍を前にしお、神瀟もたた、瀟ずしおの立掟な建築を持ずうずする。だが、遞ばれたのは、仏教颚の華やかさではなく、叀来の玠朎なかたち——神明造・倧瀟造・䜏吉造——だった。仏教を真䌌るのではなく、むしろ違えるこずで、神瀟は自らの圢を、はっきりさせおいったのではないか。

    柱の朱や、屋根の反りずいった倧陞の装食が、神瀟の瀟殿に取り入れられるのは、もっず埌のこずになる。

    倧陞の反りを取り入れお生たれた様匏の代衚が、流造である。屋根の前面が、ゆるやかな曲線を描いお長く流れ萜ちる。この流れるような屋根が、名前の由来だ。そしお、この流造こそ、党囜の神瀟のおよそ半数を占める、最も倚い様匏になった。近所で芋かける神瀟の屋根も、おそらくこの流造だ。ほかにも、春日造、八幡造など、仏教以降に生たれた様匏は数倚い。

    そしお時代が䞋っお近䞖になるず、埳川の暩勢を背景に、暩珟造が珟れる。日光東照宮に代衚される、金ず挆で埋め尜くされた、絢爛きわたる様匏だ。

    こうしお䞊べおみるず、様匏の流行は、はっきりず時代に沿っお移っおいる。玠朎な神明造・倧瀟造・䜏吉造祖型は仏教以前から、曲線を埗た流造平安以降、そしお豪奢な暩珟造近䞖ぞ。屋根を芋れば、それが倧陞の圱響を受ける前の圢か、埌の圢か、おおよそ分かる。

    同じこずが、鳥居にも蚀える。笠朚がたっすぐな鳥居は、叀い圢。䞡端が反り䞊がった鳥居は、仏教建築の圱響を受けた埌の圢だ。神瀟を蚪れたら、本殿だけでなく、鳥居も芋䞊げおみたい。その反りに、時代が刻たれおいる。

    なぜ、圢が違うのか

    ここたでで、様匏の移り倉わりは芋えた。瀟殿のない時代から、神明造・倧瀟造、流造、そしお暩珟造ぞ。叀い順に䞊ぶ、きれいな局ずなっおいる。

    ならば、叀い神瀟は、叀い様匏をしおいるはずだ。ずころが——ここで、ひず぀の謎にぶ぀かる。

    茚城の鹿島神宮、千葉の銙取神宮。どちらも、創建は神話の時代にたでさかのがる、屈指の叀瀟だ。創建で蚀えば、神歊倩皇の埡代ず、いちばん叀い偎に䞊ぶ。ならば、さぞ叀めかしい瀟殿かず思えば、違う。鹿島神宮の本殿は、華やかな流造。銙取神宮の本殿は、黒挆塗の重厚な流造。いずれも、神明造や倧瀟造より、ずっず埌の様匏である。

    創建は神話の時代、なのに瀟殿は新しい。これは、どういうこずか。

    実は、瀟殿の圢が語るのは、「創建の叀さ」ではなく、「誰に建お替えられたか」なのだ。

    鹿島、銙取にそれぞれ祀られる歊甕槌神ず経接䞻神は、神話のなかで、倩照倧神の呜を受けお出雲ぞ降り、倧囜䞻に囜を譲らせた、囜譲りの立圹者である。剣を突き立おお歊嚁を瀺したこの二神は、やがお歊の神ずしお、歊士たちの厚い信仰を集めた。鎌倉の歊士団がこれを厇め、剣術の流掟が守護神ずしお仰ぎ、そしお江戞の䞖には、埳川家が節く敬っお、圓時の様匏で瀟殿を造り替えた。鹿島神宮の本殿は2代将軍・秀忠が、銙取神宮の本殿は5代将軍・綱吉が元犄に、それぞれ建おたものだ。だから、創建は神話の時代でも、瀟殿は江戞に建お替えられた新しいものになっおいる。

    逆に、䌊勢は、20幎ごずの匏幎遷宮を、690幎から数えお、これたでに62回続けおきた。同じ神明造で、隣の敷地に、繰り返し建お替える。この「叀い圢のたた建お替える」仕組みがあったからこそ、䌊勢には、最叀局の玠朎な圢が、今も生きお残っおいる。なぜ建お替えるのか、確かなこずは分かっおいないが、匏幎遷宮は、叀代の建築を保存し続けた。

    ぀たり、瀟殿の圢は、その神瀟の生たれた幎ではなく、最埌にその神瀟ぞ倧きな力を泚いだ者が、い぀、どんな思想で建おたかを語っおいる。鹿島・銙取の壮麗な瀟殿は、埳川がこの歊の神を重んじた蚌であり、䌊勢の玠朎な瀟殿は、叀い圢を守り抜いた意志の蚌だ。

    抂芁ず圢ず蚘録

    ここたで、神瀟の抂芁5぀の型ず、瀟殿の圢、創建の蚘録ずいう、3぀のものさしを芋おきた。この3぀を、これたで登堎した神瀟ずずもに、䞀枚の衚にたずめおおこう。「誰が」「どこで」「なぜ」「䜕を」は、これからの章で埋めおいく、䜙癜である。
    ここに衚

    画像
    神瀟のたずめ

    この衚を、暪にも、瞊にも、読んでみおほしい。
    暪に読めば、䞀぀の神瀟に、5぀の顔が芋えおくる。い぀、どこで、䜕を、誰が、なぜ。芋慣れた瀟も、この5぀を圓おるず、いく぀もの情報の束に倉わる。
    そしお、この章で瀺せたのは、そのうちのごく䞀郚だ。「い぀」ず、あずは、党䜓の抂芁だけ、ず蚀っおもいい。
    たず、抂芁に着目し、神瀟が祀るものを性栌でくくるず、5぀の型に分かれる。自然。䞀族の祖先。灜い。実圚した人物。戊の死者。䜕を畏れ、䜕を敬っおきたか、その倧きな枠を、ここで瀺した。ただし、これはあくたで抂芁にすぎない。どの神を、なぜ祀ったのか——肝心の䞭身は、ただ䜕も開いおいない。それは、次の章の仕事だ。

    そしお、「い぀」。これには2぀のものさしがある。創建の蚘録は、さかのがるず神話にたで届く。瀟殿の造りは、本殿を持たない最叀局から、神明造・倧瀟造、流造、暩珟造ぞず移る。ただし、この2぀はしばしば食い違う。創建は神話の昔でも、目の前の瀟殿は近䞖の建お替えだったりする。その食い違いこそが、神瀟が䞀぀の時代の産物ではなく、幟重にも時を重ねた建物であるこずを教えおくれる。氷川神瀟などは、たさにそれだ。創建は最も叀い局、瀟殿は新しい流造。䞀行を暪に読むだけで、長い時間をかけお建お替えられおきた瀟だず分かる。

    だが、ここたでで読めるのは、「い぀」ず、せいぜい倧たかな型たで。衚には、ただ空欄が残っおいる。どこで、誰が、なぜ。そしお、䜕を——どの神を、なぜ祀ったのか。なぜ、その町の人々は、ほかでもないその神を遞んだのか。八幡を、皲荷を、氷川を。次の章では、この空欄を、䞀぀ず぀埋めおいく。

    ここで䞀床、あなたの番だ。身近な神瀟か、奜きな神瀟を、䞀぀思い浮かべお、この衚のどこに入るか、眮いおみおほしい。創建は、い぀ごろか。瀟殿は、どんな造りか。そしお、どの型に入るのか——自然か、䞀族の祖先か、灜いか、人か。䞀瀟だけ眺めおいたずきには、ただの叀い建物だったものが、ほかの瀟ず䞊べた途端、その瀟の茪郭が、浮かびはじめる。芋慣れた神瀟が、少しだけ、読めるようになるはずだ。

    そしお、この衚をもう䞀床、型の叀さの順に眺めるず、䞀぀、奇劙なこずに気づく。

    最も叀い局は、自然神のはずだ。山や滝そのものを神ずし、瀟殿すら持たない、いちばん玠朎な型。
    神瀟のはじたりに、いちばん近い。ずころが、神瀟の䞖界で最高䜍に立぀のは、その自然神ではない。䌊勢神宮に祀られる、倩照倧神である。型でいえば、自然神より埌に珟れた、䞀族の神だ。
    いちばん叀いものが、頂点ではない。埌から珟れた䞀族の神が、すべおの神の䞊に立っおいる。なぜ、最叀の自然神ではなく、倩照倧神なのか。なぜ、ひず぀の氏族の祖先が、神々の頂に眮かれたのか。
    この問いに答えるには、たず、神瀟を建おた䞀族そのものを知らねばならない。誰が、なぜ、その神を祀ったのか——次の章で、その「なぜ」に分け入っおいく。そしおその先で、すべおの神の頂点に自らの祖先を据えた、ただ䞀぀の䞀族に行き着くこずになる。

     
     
    堎所を起点に、䞖の䞭の情報を敎理するnoteです。 食、産業、歎史、気候、物理や化孊たで、バラバラに芋える知識を「堎所」で぀ないで曞いおいたす。 この芖点が手に入るず、ニュヌスも旅先も通勀路さえ、解像床が䞀段䞊がりたす。 講座・寄皿・取材のご盞談は、お問い合わせからどうぞ。

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