
看護師やめて介護士はじめました(序)
今、私は認知症対応型グループホームにいます。
20年以上、病院や訪問看護ステーションで看護師として仕事をしてきました。
ある日、「私がやりたいことは医療現場には、ない」ことに気づいて、サクッと辞めました。
介護の現場に突入!して、1年が経とうとしています。
これまで看護師として、病とともに生きる人たちをサポートすることに生きがいを感じていました。
天職だと思っていたくらい大好きな仕事です。
でも、転職しました。
この決断をしたことに、自分でも驚いています。
きっかけは、認知症と診断された方々と地域で触れ合う機会が増えたことでした。
【彼らの生きている世界が、彼らにとってどんなふうに見えているのか?】
…理解したいと思いました。
【彼らを目の前にして、私がどんな世界を見ているのか?】
…彼らと共に分かち合いたいと思いました。
その想いを叶えるならば、その人の人生において『点で繋がる』のではなく、人生そのものに入っていくしかないと思ったのです。
医療は『点の繋がり』です。
介護は『線の繋がり』です。
人生のある一定期間を伴走します。
『線の繋がり』でしか見えない『顔』がある、と気づいたのは、転職して少し経った頃でした…。
これも少しずつ綴っていきます。

認知症と診断された方
私は『認知症の人』ではなく、『認知症と診断された方』という表現をします。
認知症とは、脳の機能が低下することで、記憶力、思考力、判断力、言語能力、行動能力などが障害され、日常生活に支障をきたす状態をいいます。
『日常生活に支障をきたしている状態にある人』には違いないのですが、それはその方の本質とはまったく関係ありません。
「あなたは、胃がんの人ですね」
「あなたは、脳梗塞の人ですね」
…とは、いいませんよね。
『日常生活に支障をきたしている状態にある人』であっても、誰かの助けを借りて何の支障もなく生活できていれば、『日常生活に支障をきたしている状態にある人』ではなくなります。
そして、年をとれば誰でも脳の機能は低下します。つまり定義上は、みんな認知症になるんです。
もちろん、認知症と診断された方の記憶障害と一般的な物忘れとは違いますし、特異的な症状(幻覚や行動の変化など)もあります。それは、原因となる疾患や脳の器質的変化によるものであり、適切な対応をすることで症状が落ち着いたり、進行を遅らせることもできます。
その人のアイデンティティと疾患を同一視しない。
あくまでも、社会的に便宜上「診断された」だけであるという視点を大切にしています。
さらに…この社会が『誰かの助けを借りて生きることにネガティブである』という見方を変えるチャンスでもあると、私は考えます。
『一人で生きて一人前!』の世界観を当たり前にしているのは今の私達、そうじゃない世界を望むなら見方をシフトすれば良いのです。(これも、少しずつ綴っていきます)
そんなふうに、こだわりを胸に抱き、ケアを生業とする介護の現場に、医療者としてではなく介護士として我が身を置いてみよう。
静かな熱情とともに、勢いよく飛び込んだ介護の世界は、私にとってカオスの世界でした。