
宇佐山城~湖西に眠る山上の石垣群※クイズ付
滋賀県大津市にある宇佐山城は、琵琶湖を望む標高336mの山に築かれました。京都と北陸をつなぐ北国街道を見下ろす交通の要衝です。
森可成・明智光秀の城
宇佐山城は、元亀元年(1570)に織田信長の家臣・森可成が築きました。当時の信長は浅井長政・朝倉義景と敵対しており、彼らから京都を守る目的がありました。
同年、織田軍と浅井・朝倉・比叡山等の勢力が衝突し、森可成らが戦死(志賀の陣)。宇佐山城は城主を失ったものの、落城を免れました。また、比叡山が朝倉方についたことが、比叡山焼き討ちの原因となりました。
後に宇佐山城には明智光秀が入り、この時に大規模な石垣を築いたと考えられます。光秀はまもなく坂本城に入り、宇佐山城は廃城となりました。
可愛い案内板
宇佐山城跡は、京阪電鉄近江神宮前駅から徒歩30分ほどのところにあります。麓にある近江神宮を横目に坂道を登ると、宇佐神宮が見えてきます。

宇佐神宮の裏手が登城口です。山道を登っていると、地元の小学生がつくった看板が目に入ります。


石垣の迫力を堪能
きつい急坂を登りますが、さっそく石垣が目に入るため疲れも吹き飛びます。

1年ほどの短い寿命だった宇佐山城ですが、「遺構ができた時期が明確」という点は研究の上で便利です。

自然石をそのまま用いた野面積の石垣です。光秀が坂本城に移る際、石材が転用されたのでしょう。宇佐山城の石垣は各所で崩れ、隅石も見当たりません。

東から主郭を見上げたところ。現在、主郭にはNHKの建物が建っています。

また、主郭の南側には土塁が見られます。写真では分かりづらいですが、主郭の入口で進路を曲げる「食い違い虎口」でした。

東南斜面にも、石垣が良好に残っています。
宇佐山城はあまり広くなく、山頂についてしまえば1時間足らずで歩けます。大軍勢の駐屯は難しかったでしょう。光秀が坂本城に移ったのも、宇佐山城では不便だったからかもしれません。
琵琶湖を眺める

主郭の北側にはⅢ郭があり、二つの郭の間には堀切があります。

Ⅲ郭からは琵琶湖と、その西を通る街道を一望できます。
短期間で役目を終えたものの、戦略的・歴史的には重要な意味を持つ城です。坂本城は見学可能な遺構が少ないため、セットで訪れると面白いかもしれません。
【おまけ】
登り道のクイズの答えは、山頂にありました。
