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6年目のスタンスミス | エッセイ

    私がスタンスミスという存在を初めて知ったのは、地元を離れる前に勤めていた職場が発端であった。


    その会社では前述の通り、アディダスの看板商品とも云うべきスタンスミスやスーパースターといったスニーカーの他、国内外問わず多数のアパレル系商品を取り扱っている卸売業者であった。

    様々なブランドを取り扱っているといえば、多少なりとも魅力を感じる程に聞こえはいいかもしれない。だが裏を返してみれば、中規模店舗並みの広さを誇る倉庫の中で、部署関係なく朝から晩まで搬入や搬出の作業を余儀無くされる始末だった。

    さらに大半の商材が、東南アジアを中心とした海外から入ってくるものばかりであった。そのため、まとまって納入されてくる外箱自体が非常に重たい上に、状態の良し悪しを確認せざるを得ない状況下だった。

    当時、人並みに力作業を得意としていなかった事務方の私は、非力ながらも頭数としてその搬入と搬出の各作業に駆り出される頻度が少なくなかった。それでもって、年に一度しか行われない棚卸が、まさに地獄絵図とも揶揄すべき光景であった。

    およそ一年半在籍していた中では、ある意味で良い思い出になったと思う。その他にも、倉庫での作業の流れや数多く存在するアパレルブランドについて、ある程度の知識を身につけられたと感じている。


    ただそこで、スタンスミスというスニーカー自体が、どのくらい価値のある存在であるかを、同時に把握するようになった。その会社に在籍している間は、サンプルなるものとして、いくつかの商材の試供を受けていた。

    だが、流石に何らかしらの理由を付けてまで、アレをいただくような機会は全く訪れなかった。それゆえ、あの白さに対して大金をはたいてまで手にしよう、という欲が働かなかったのである。

    それより、比較的安価なものに注ぎ込んだ方が安上がりだと。まだまだ美的センスが開花するには程遠い当時の貧乏性に富んでいた私は、そう開き直っていた。

    今まで親の影響を若干受けて、アディダス一筋を貫いてきた身だったとはいえ、主力商品という存在すら忘れてしまうくらい、スタンスミスとはほぼほぼ無縁の状態であった。一人の信者として、はたして名乗り出て良いものなのかと疑ってしまうくらいに。


    話がだいぶそれてしまったが、やがて転機が訪れた。今の住居に引っ越してからどういうわけか、自分の中でスタンスミスが気になり始めたのである。

    今まで足を踏み入れることのなかった、某シューズ専門店に入り込んだ途端だった。折角だから他にも何か一新しておきたい。そんな何気ない感情が、未開の領域へと連れ込ませたのだ。

    さらにその年は私にとって、大きな節目を迎える年でもあった。何かを託けてまできっかけを作ろうとしない限り、再燃の機会はしばらくの間生まれることはないかもしれない。

    そう悟った私は、ならばこそと自分の中に流れ込んでいる勢いに乗じて、誕生日を迎える一週間前に購入する決心を固めたのだった。


    気づけば「そんなふうに」という形で便乗した日から、あっという間に5年以上が経過した。今でも「外出用」として身につけている私のスタンスミスは、どこにいても絵になるような形を保ち続けている。

    しかしながら、購入した当時と比べたら、落ちにくい汚れやしわ等が目立つようになってきた。どれだけ大事に使っていても、日々使い込むごとにジワジワと押し寄せてくる経年劣化は、決して免れない運命なのだろう。

    それでもって近年では、オールスターへと鞍替えするように虜になりつつある。デザインも色も種類が豊富な上に、気づいたら手中に収まっているという魔の働きが作用する始末だ。



    とはいったものの、今もなおオールスターより履き慣れているスタンスミスを着用する頻度が高い。どれだけあの丸い星に魅了されても、長年に渡って履き続けてきたアディダスには、どうしても勝てない根強さがあるのだ。

    ここまで長い間付き合ってくれたことにおいてはどうであれ、敬意を称するべきなのかもしれない。それに、なぜスタンスミスがおよそ半世紀以上に渡って世界中で愛され続けているのか、理由についても漸く理解することができたのだから。


    6年目を迎えたスタンスミスを、これからも私の脚を支える相棒として、改めて大事にしていこうと思うのである。





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    人生の経験のうち大半を愚行に費やす者 | 20字小説を書く人 | 時々音楽を語る | 稀に本の感想 | 合言葉は「Have a good day!」

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