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ロシア・サンクトペテルブルクちょっと怖い夜【海外旅行珍道中の話no.1】

    こんばんは。tsumakoです。

    現在進行形でお盆の旅行に向けての準備中です。
    海外旅行が趣味というか、好きで、今まで何度か行ってきました。
    そんな限られたわたしの経験の中でも、ヒヤリハットな場面がいくつかあり、そんな話を共有しつつ、自分の肝に銘じるためにも備忘録として残しておきます。

    まずは一番不用心で、危なかった話。
    ロシアがウクライナ攻撃を始める前の2019年、大学生だった私は友人とロシア・サンクトペテルブルクから北欧3か国フィンランド・スウェーデン・ノルウェーの各首都、帰りにモスクワにトランジットで短時間滞在という旅行へ出かけました。
    ロシアももうしばらくはいけないですね。ロシア上空も飛べないので、ヨーロッパが遠くなってしまいましたね。許さない。

    それまでのわたしの渡航歴は韓国・台湾(一度は母と、一度は一人旅)・オーストラリア・ベトナム・カンボジアという感じで、初ヨーロッパ。
    成田発、悪名高いアエロフロートにてモスクワ着、そこから国内便に乗り換えてサンクトペテルブルクへ。たしか乗り換えに1時間半程度しかない便だったはず。とはいえアエロフロート公式サイトで販売しているし、大丈夫だろうと甘い考えで購入。
    案の定、久石譲、あしたのジョー、、モスクワ着が遅れて乗り換え失敗、窓口で話すとそんなに待たない便で振り替えてくれ、それがなんとビジネス!!
    短時間のフライトにもかかわらず夕食付きで、ボルシチビーフストロガノフを食べました。これがこの旅行中で一番おいしい食事だったかも。

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    見返したら調子乗ってビールまで飲んでら。
    しょっぱい生ハムとでかじゃがいも。

    悠々とサンクトペテルブルクに到着。乗り換え失敗したけど、ビジネスだったしむしろラッキーだったよね~みたいなルンルン気分。ただ、アエロフロートの悪名はここからが本領発揮。
    ロスバゲ。
    人生最初のロストバゲージ(今のところ唯一)でした。
    友達と荷物の到着レーンのベンチで待ちぼうけ。来ない、来ない。嘘だろ、、と思いつつも、状況は受け入れるしかなく、カウンターへ。荷物が来ないと、チケットと裏に貼っている預け荷物のシールを見せて、連絡先を伝えたはず。電話番号は私の母の番号にした。
    ロシアでは空港職員さんでも英語はあんまりで私と同じくらいだった。ロシア・北欧は11月くらいの気候で、薄手のコートも着るはずだったけど、夏の日本発だったのでコートは預け荷物の中、下着も着替えも。

    不本意に身軽なまま、サンクトペテルブルクへ放り出された私たち。
    そこで、もう一つの心配事が頭をもたげ始めたのです。
    サンクトペテルブルクの宿泊先は民泊。アパート?集合住宅?の1室を貸し出していて、アパートのオートロック付きの門の内側に、固定されたダイアル式のキーボックスがあり、それに入っている鍵を自分たちで取り出して、入室するというもの。他の都市ではフロント付きのホテルを取っていたのだけど、安さと場所の良さでサンクトペテルブルクだけ民泊にしてしまっていた。
    その管理者からの入室方法のメールを確認すると、門のオートロックの番号は書いてあるけれど、キーボックスの番号が書かれていない。
    それにはモスクワの空港で気づいていて、メールを送っていたのだけど、サンクトペテルブルクについても返信がない。
    とりあえず現地へ行こうと向かったんだけど、やっぱりわからない。適当に1ずつ番号をずらしてみてもらちが明かない。どうする。荷物もない、simは指しているけど管理者と連絡もつかない。

    終わった??うす寒いロシア、夜も更けていく。女二人。終わりかけている???

    と、そのとき、ロシア人の同い年くらいの女の子二人がその建物に帰ってきて、どうしたのかな?と気にかけてくれたのです。
    縋るような思いでいきさつを説明すると、さっと地図を調べてくれて、「これくらいの値段でツインのホテルがあるけどどう?」と見せてくれて、ホテルまで案内までしてくれて、さらにはフロントに直接説明して話までつけてくれました。

    その夜、彼女たちのおかげで暖かいベッドで眠れたことは、乗り継ぎ失敗してロスバゲしてキーボックスの番号がわからなくて絶望していたことを打ち消すくらいうれしかったのでした。
    持ち込みに入れていた洗顔で二人で顔を洗って、シャワーも浴びたのかな?たぶん。すごくホッとした記憶があります。
    翌日朝には番号が送られてきて、泊まれなかったので返金しろと送り、タッチ式の鍵の使い方がわからなくて、結局管理者を呼び出しましたが。(結局かざすだけでした)

    その後、加入していた旅行保険で10万円分はスーツケースに入れていたものの代替品が購入可能とのことで、牛皮のバッグやらナイキのスニーカー、やたらと袖が長いユニクロのウルトラライトダウン、ZARA HOMEのバスタオルやら、いろいろと自分たちを慰めながら買い揃えていたら、
    夕方には空港から電話があり、スーツケースが見つかった!という内容のよう。かたことの英語同士で、「今から空港行っちゃうよ??いいのね??あるのね??」と何度も確認、真夜中の日本の母からも「スーツケースあるらしいよ」と、連絡(ロシアはLINEが使えなくて今は亡きSkypeで)が来た。夜中にロシアからのカタコトの英語電話対応してくれてありがとう、母上。

    ということで、我々のトラブルは2日目には無事収束。3日目にはエルミタージュ美術館を満喫し、荷物と共に北欧へと移ることができたのでした。

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    どの部屋も本当に綺麗で、今まで行った美術館で一番すきだった。
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    日本人はいなかったけど中国人観光客がたくさんいた。

    サンクトペテルブルクからヘルシンキは鉄路で。ヘルシンキからストックホルムは船の旅でした。船上の朝食バイキングでは、パックツアーで日本からいらしているご夫婦とお近くになりお話しました。そのお話によるとデンマークから入国して、20数人のツアーメンバーのうち9割がロスバゲし、見つかったのは2~3人、ほとんどの人が見つからずにコペンハーゲンでスーツケースから何から何まで買ったというお話を聞いた。
    翌日中に無事見つかったのならよっぽどラッキーな方だったのだとその時思いました。

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    左は船の上から。右はストックホルムの街角。

    とりあえず、もう常駐のスタッフがいない民泊には泊まらない。懲りました。いくらか高くても、ホテルに泊まるようにしています。
    今はAirtagのパチモンのようなものをスーツケースに忍ばせて、居場所は確認できるようにしています。それでも違う飛行機に積まれたらおしまいだけどね。どこにいるかわかるだけでも安心感が違うので。
    そして、彼女たちのように、気軽に自分のできることをしてあげようと親切な人間になろうと思った旅行でした。
    困ったことも、人の善意によってよい記憶になる。


    わたしが好きなもの
    万博に最近よく行っています。少しずつパビリオンに行くのも楽しいし、いろんな国のお酒やご飯も食べられるのが楽しい。関西に住んでてよかったって思うことのひとつかも。

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    リングは見ているだけでも登っても圧巻。

    それではまた次回。さようなら。

     
     
    京都暮らし。忘れんぼうな自分の人生の備忘録。 あったこと、思ったこと、考えたことを書き散らしています。海外旅行が好きです。

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