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自分がおもしろくないと認めた日、文化が始まった。

     
    三年間、誰も使わなかった言葉「なんのはなしですか」が文化になるまで
    《コニシ木の子さん》

    こちらの感想記事です。

    「なんのはなしですか」

    たった9文字の言葉が、5年かけて2万件以上の記事を生み、1000人を超える人を巻き込み、電子書籍になり、グッズになり、珈琲になり、とうとう仕事になった。

    ここまで聞けば最初から先の見えていたプロジェクトのようにも思える。

    この記事に書かれていたのは、そんな綺麗な成功物語ではなかった。

    3年間、何も起きなかった。

    読まれない。
    広がらない。
    反響もない。

    そのあいだ作者は、嫉妬し、焦り、周囲と比べ、自分がなぜ評価されないのかを考え続けていた。

    そして3年かけてようやく辿り着いた。

    自分はおもしろくない。

    普通ならここで終わる。

    創作をやめるか、自分には才能がなかったと蓋をするか、あるいは誰にも見つからなかった天才という便利な肩書きを自分に貼って、静かにふて寝する。

    でも作者は違った。

    自分がおもしろくないなら、他の人に面白くしてもらえばいい。

    すべてが始まる。

    この発想がとても好きだ。カーネギーに近いものを感じる。

    自分の敗北を認めた瞬間に可能性が閉じるどころか、急に世界が開いていく。

    自分が中心であることを諦めたことで、自分より面白い人、自分には思いつかない表現、自分の手には負えない遊びが次々と入ってくる。

    路地裏のプリンセスが現れ、500本以上の記事を書き、朗読になり、歌になり、劇になり、ティッシュに文字を書く者まで現れる。

    普通なら止める。

    「いったん落ち着きましょう」と会議を開く。

    でもこの路地裏ではそこから文化が始まる。

    この記事を読んでいて何度も感じたのは、文化というものは、上から作られるのではなく、誰かが勝手に遊び始め、それを別の誰かが本気で受け取ったときに生まれるのだということだった。

    そのために必要なのは圧倒的な才能や正しい戦略や立派な理念よりも先に、「否定しない人」がいることなのかもしれない。

    何を書いても否定しない。

    上手いかどうかより、どこがおもしろいかを考える。

    それを見つけて、紹介して、次の人へ渡す。

    作者がしてきたのは、ずっとそれだった。

    自分が誰よりもおもしろい人になるのではなく、誰かのおもしろさを見つける人になる。

    そこにこの文章のいちばん大きな転換がある。

    だからこそ、「なんのはなしですか」は単なるタグで終わらなかったのだろう。

    タグは検索のための印である。

    しかしこの言葉は許可証になった。

    こんなことを書いていいのだろうか。

    うまくまとまらない。

    役に立たない。

    意味がないかもしれない。

    そんなときに、「なんのはなしですか」と最後につけるだけで、少しだけ書いてもいい気がする。

    その小さな許可が2万件の表現につながっている。

    壮大な話なのに入口はずっとくだらない。

    ティッシュに文字を書く。
    珈琲をつくる。
    意味の分からないものを全力で楽しむ。

    「ふざけているのではない、ただ全力でやっているだけだ。」

    という言葉は、この文化のすべてを表しているように思った。

    本人たちは真剣である。ただ、その真剣さの向きが少しだけおかしい。

    創作というものは案外そういうところから生まれる。

    誰にも頼まれていないことを意味があるかも分からないまま時間を使ってやる。

    それが後から誰かにとっての居場所になり、商品になり、仕事になり、文化になっていく。

    「私は、賞を受賞するよりも、賞になるような人生を歩みたい。」

    すごい言葉だと思った。

    賞を取る人は、一人でいい。

    けれど賞になる人は、誰かを見つけ、誰かの背中を押し、誰かが続ける理由をつくる。

    自分が評価される人生より自分と出会った人が表現を始める人生を選ぶ。

    3年前まで、自分が読まれないことに苦しんでいた人が、ここまで来た。

    この言葉には重さがある。

    きれいごとではない。

    嫉妬も、プライドも、悔しさも、自分がおもしろくないと認めるまでの時間も、全部通ってきた人の言葉だ。

    この記事は最後にまた入口へ戻る。

    書きたくなったら、「なんのはなしですか」と書けばいい。

    それだけではじまる。

    5年間かけて築いた壮大な文化の説明が、たった一行に戻っていく。

    入口は最初から何も変わっていない。

    正解はいらない。うまくなくていい。意味が分からなくてもいい。

    ただ、書いてみる。

    文化というのは未完成の人たちが安心して始められる場所なのかもしれない。

    そして何より作者は自分が面白くないと認めたことで、誰よりもおもしろい場所をつくってしまった。

    人生、どこから何が弾けるのか本当に分からない。

    なんのはなしですか。


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