
神と猫|シロクマ文芸部「お題:月を見る」
「神と猫」という掌編小説を書いています。
由緒を覚えている者もいない、小さな社の話です。
神様の名はタカマ様。かつては近隣の実りを見守っていたはずが、今では賽銭箱の中身が増えたか減ったかで一喜一憂しています。
境内には、いつからか名前のない猫が一匹。タカマ様が何を言っても、片耳を動かす程度でしか応えません。
二人のあいだでは、特に何も起こりません。
今回、小牧幸助さんの企画「シロクマ文芸部」のお題「月を見る」に、その続きの一話として参加させていただきます。
月あかり
月を見るというのは、人間の道楽である。
タカマ様は拝殿の階段に腰を下ろし、そう言った。猫は賽銭箱の縁で丸くなっている。
「昔はここからよう見えた。先代の宮司は、この石畳にござを敷いて座っておった。酒を一合、団子を三つ。誰に供えるでもなく、自分で食うておった。裏の椎が伸びてからは、枝の隙間にちらと覗くばかりだ」
先週、今の宮司が裏の椎の枝を落とした。境内が少し明るくなった。
その夜、月が出た。
拝殿の前の石畳に、四角く光が落ちた。残った枝の影が、その縁を刻んでいる。
「見よ。十何年ぶりか」
タカマ様は光の真ん中に立ち、首を反らした。雲がゆっくり流れて、月の縁をかすめていった。
しばらくそうしていた。
「……お前も見るか」
猫は縁から下りてきた。タカマ様の横を通り、光の際で足を止めた。
そして、前足を出した。
光の上に前足を置き、少し持ち上げ、また置いた。何度か繰り返した。置くたびに、光は前足の甲に乗った。押さえても押さえても、光は前足の下から出てこない。
「……それは、月だ」
猫は光の真ん中に座り、前足をなめた。
タカマ様はもう一度空を見上げた。月は変わらずそこにあった。石畳の光も、猫の下にそのままあった。
雲が流れて、光が薄れ、また戻った。猫はその間、一度も上を見なかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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