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路上画家が金曜夜のインスタライブで絵を描く、昼は事務員


    宇宙はまだ静かなのかい? はい無名人インタビューです! 今回は清世さん回です!
    いやー無名人インタビューっていうのは基本非対面、基本カメラオフオンライン通話っていうので100回以上やらせてもらっていたのですが、今回はカメラオンでお互いの表情を見ながらインタビューしました!
    結果、やっぱり顔見えるとあんまよくない! 私ね、インタビュー中、無表情なんですよ。エネルギーを表情を作るのにわりあてるよりか、インタビュー相手の感情を読み取ろうとすることに集中したいでしょう。
    まあでも、読み返したら良かったかな。
    インタビュー実施は4月の終わりだったんですが、7月の今、清世さんは「100人を描く路上の旅in名古屋2021」という企画をやるほどアクティブになっておりました。
    人間の変化っていうのはおもしろいですね! 清世さん回、お楽しみに!!

    今回ご参加いただいたのは 清世 さんです!

    NT TW

    qbc:どんなインタビューにしていきましょう?

    清世:私、なんも考えてないです。任した!

    qbc:では、今、何をされている方でしょうか。

    清世:絵を描いたり、金曜日の夜にインスタライブをしたり。自分の表現を見た人に、元気とか勇気とか、そういう気持ちを柔らかく持って帰ってもらいたいっていう想いでやってます。昼間は事務員をしています。
    インターネットで活動をまともに始めたのは、今年の1月だと思います。けっこう最近。

    qbc:それまでは、何か活動されていたのですか?

    清世:いちおう、美術科の高等学校と美大には行ってて。クラスメイトとグループ展や個展をさせてもらったりしてました。でもあんまりしっくりこなくて。
    そのころは、なんで描いてるのかとかもわかんないまま、みんなやってるし自分も出さなきゃいけないっていう強迫概念みたいなのがあって、あんまり楽しくはなかったです。
    今は、ライブでしゃべったりビジネスの勉強も始めてて、そこでいろいろ人と話してて、去年の秋ごろに、こういうことがしていきたいのかなって見えてきました。
    そのあと、12月にすごい尊敬しているお友だちと10年ぶりに会ったんですね。その人と会話をしたことが、活動のきっかけだったのかなと思います。
    だいぶ酒入ってるんですけど、私、ちゃんと日本語しゃべれてますか?

    qbc:そんな飲んでんの?

    清世:気が弱いから緊張しちゃって。大丈夫かなあってなって。

    qbc:大丈夫ですよ。学校は名古屋だったんですか?

    清世:高校は名古屋で。もともとの地元は、(名古屋市ではない)愛知県です。大学は京都のほうでした。おうち出たくて京都に行ったんです。京都造形芸大です。
    私、大学進学を甘く見てて。とりあえず絵を続けていたから美大に行くのが当たり前みたいなルートで来てしまって、なぜ美大に行くのかっていうとこも、自分の中で腹落ちができていないまま進学してしまったんです。やっぱり描いていても、何やっても中途半端だったんですね。その気持ちのまま大学卒業して、契約社員とか、よくある美大を出た人がさまようフリーター生活をしてました。京都で7年ぐらいかな。

    qbc:その間も絵は描いてたんですか?

    清世:描きながらでしたね。やっぱり中途半端。いちおう人並みに社会人としての責任も持ち合わせてたから。お仕事もそれなりにやんなきゃって思って、仕事しつつ、絵もやりつつ。でも、絵を描く時間が全然なくて、自己嫌悪になってました。

    qbc:7年京都にいて、地元に戻ってきた?

    清世:うん。父が亡くなったのがきっかけで。私、ひとりっ子なんですけど、母だけで生活するのは難しいので、戻ってきて。

    qbc:何年ぐらいです?

    清世:もう8年ぐらいになるのかな?

    qbc:けっこう長いんですね。

    清世:今年か来年で10回忌か。そんなもんです。

    qbc:今、考えてることって、どんな感じのことです? 何をしたいとか。

    清世:すごく、しゃべりたいですね。自己表現なのかな。
    30代なかばにして、自分ってなんだろうって探すのが、すごく楽しいんです。
    自分ってなんだろうを知るのには、人の力を借りるんだなって思います。最近、人と話す機会が増えて、そう実感してて。
    そういうのを、今はやっていきたい。誰かと、今みたいにお話して、楽しかったなとか思ってもらえたら、うれしいって気持ちがいっぱいです。その中で、やりがいができるものを、今年中に見つけられたらいいですね。

    qbc:子どものころはどんなお子さんでした?

    清世:おとなしかったです。すっごいおとなしい。内弁慶ですね。
    ひとりっ子で、家貧しいけど箱入り娘、みたいな感じです。
    家の中で遊ぶのも好きで、お人形さん遊びがすごく好きでした。リカちゃんとか、ジェニーちゃんとか。
    絵も描いてたけど、「小さいころから絵しか見えてない」じゃなかったです。漫画読んだり描いたりゲームしたりするのが好きでしたね。

    qbc:なるほど。

    清世:ちっちゃいときは内弁慶だったし、おとなしくはしてたんですけど。たぶん、本来はおとなしくなくて。内弁慶のときみたいにわーって勝手に喋る自分が本物。
    それとは別に、1人で黙々とやる自分もいて。それって、おとなしいとはちょっと違うじゃないですか。
    でも、ワイワイするのも好きなんですよ。小学校ぐらいのときに、お友だちをうまくつくれなくって。本来はワーって喋る自分が本物だけど、うまくそれが外に出せなかったですね。小学校高学年くらいのときは、誰ともしゃべらない日もありました。
    プラス、母がけっこう心配するほうで。どこに行くのとか誰と行くのとか。そういうのを、頻繁に聞いてきて。私は本当に友だちと自転車に乗って、友だちだけで自転車乗って、近所の駄菓子屋さんとかに行きたかったんだけど。そこに母親が、車で送って行こうかっていうふうに、介入されるのがすごく嫌で。それにいちいち答えるのがめんどくさくなっちゃって。
    中学校に入ってからは、美術部に入って。そこの人たちが漫画好きだったりして。同人誌みたいなの、つくったりして。お友だちができて、ちょっとは明るくなりました。

    qbc:高校は?

    清世:名古屋の高校の美術科へ行きました。
    そこでも、おとなしくはなっちゃったんです。みんな絵が上手かったから。美術科は絵が上手い人がいっぱい集まってるので。そんな中で、一番下手だったんですね。すごいコンプレックスでした。
    なので、いっぱいしゃべりたいけど、絵が下手で気後れしたり。知識をつけるのも、全然うまくできなくて。高校のクラスの人たちはいろんなことを知っていて、すごいなっていう気後れ。引け目とか。

    qbc:たとえばどんな?

    清世:画家の知識とか。私、美術史の勉強は高校に入るまでしてなかったので。教科書どまりだったから。そうした中で、クラスの子は印象派のちょっとマニアックな画家とか、セザンヌ、ピサロがとか、ボナールとか、みんな知ってて。
    私は全然知らなくって、話についていけない自分が、すごく嫌でした。

    qbc:内弁慶ですか。でも、話すのは好きなんでしょ?

    清世:たぶん好き。好きだけど、人の輪に飛び込むっていう経験がなさすぎて、緊張しちゃってうまくできなかったですね。

    qbc:ご両親はどんな人たちでしたか?

    清世:全員、仲良いです。私は反抗期もなかったし、夫婦喧嘩も見たことがなかったし。それはもう、父が亡くなるまでずっとですね。

    qbc:なるほど。高校のあとは、そのまま大学に行ったという感じ?

    清世:一浪して予備校には行ったけど、そこで友人関係とか対人関係の大きな変化っていうのは、あんまりなかったですね。
    予備校に行ったことで大きく変わったのは、絵を認められたことでした。

    qbc:絵は、いつごろから描いてましたか?

    清世:わかんない。絵を描くのが普通だったから。
    紙とか絵の具とか当たり前にあった。たぶん、塗り絵からスタートしてるんですね。そこから描いて。一心不乱に描くっていうよりも、当たり前のようにいるっていうほうが近いかな。私はこれ、腐れ縁だと思ってるんですけどね。そんな感じだなあ。

    qbc:大学は日本画専攻だと聞いてたんですが、高校のころは何をやってたんですか?

    清世:高校では、1年と2年でひととおり。油絵と版画と彫刻。木彫りとかやって。
    高3の卒業制作で、専攻を決めるんです。そこで日本画を選んでます。

    qbc:なぜ日本画だったんですか?

    清世:彫刻は全然できなかったからまずナシ。
    油絵と日本画でどうしようってなって、日本画は質感が好きだったんですよね。絵肌っていうんですけど。和紙のやわらかな肌合いに、日本画の絵の具がふわっと乗っていて。それがジワジワ染みるように広がっていく、その過程を見るのが。
    あとは岩絵具の、ちょっとキラッとした感じとか。岩絵具の前に塗る水干絵具があって。それがゆっくり和紙に染みわたっていくようすが、やさしくって柔らかで、すごい好きだったから日本画になりました。
    でも当時は油絵も迷ってて。油絵は、パーンって乗せれる爽快感がいいなって。
    日本画って絵の具を溶くのに時間かかるから、それはもったいないと思っていて。考えてるのと、それを抽出して描くまでに、絵の具を溶くっていうタイムラグがあるのは、今でもちょっと難点だと思ってます。

    qbc:好きな作家さんは?

    清世:日本画は、竹内栖鳳。ずっと好きですね。
    油絵はそんな詳しくないなって思っちゃう。洋画だよね。版画家のほうが多いかもしれない。ホルスト・ヤンセン。
    あとは、ジャン・ジャンセン。
    油絵でいうと、レオン・スピリアールトが好きです。暗いです。
    スピリアールトの個展、2時間ぐらい見てました。
    ムンクも好きですね。シーレ(エゴン・シーレ)とか。ああいう雰囲気が好きかな。

    qbc:自分の性格は、おとなしいと思いますか?

    清世:たぶん、大人しくはないですね。大人しくなってた時代があったっていう感じ。人と喋りたいけど、ひとりでこもりたいのも両方あるって感じが近いかな。

    qbc:大学はどういう自分で過ごしていたんですか?

    清世:つまんなかったですね。

    qbc:なんで?

    清世:人でしょうね。人に興味が持てなかったですね、大学のほうの人たち。

    qbc:なんで?

    清世:予備校のときでも、私、あんまり絵が上手くなかったんですね。そこで1浪して大学に入ったら、どちらかというと上手いほうになってしまって。人から学べるものっていうのがあまりないっていう判断を、早々に下してしまって。だからかな? 
    大学の子よりは、高校の子のほうが面白いと思って、クラスの人に興味が持てなかった。もちろん、その中でも仲良い子はできたんですけど。
    ものすごく端的に言うと、そそられるものがなかったからですね。
    大学が面白くなくて、あんまり日本画の授業に出なくなっちゃって。図書館にこもってました。ラーメンズのDVDとか、昔の映画とか、ずっと観てました。

    qbc:なんで京都に残ったんですか?

    清世:一人暮らしが楽しかったから。

    qbc:フリーターは、なんでフリーターでいいと思ったんです?

    清世:バカだったからでしょうね。なーんも考えてなかったんですよ。
    就活もわかってなかったです。なーんでわからんかったんだろうっていうぐらい、本当になにも考えていなくて。父に相談したら、正社員とか考えてないだろ? ってお父さんも見抜いてて。
    そうだよねって納得しちゃって。それなら、やりたいようにやってみるかって、真にやりたいこともわからず、そのままズルズルとフリーターでしたね。

    qbc:京都って程よい広さだから、若いクリエイターの人同士が集まったりしやすいでしょ。そういうのには参加してたの?

    清世:あんまり参加してなかったです。

    qbc:してないんだ。一人暮らしは何が楽しかったの?

    清世:楽しかった…あー、ひとりでいられる時間かな。

    qbc:未来のことをお伺いしたいです。どんな未来を描いてる?
    思ったよりもおとなしい方だなと思って喋っていますよ。

    清世:私、考えてることを人に喋るのが、すごく苦手で時間がかかるんです。言葉に詰まることが多いから。それを待ってくれそうな人だと、しゃべるかもしれない。qbcさんにおとなしいって見られてるのは、緊張してるからです。
    ポンポン出てくるときはノリよく楽しんでもらいたいが根底にあって、それはインスタライブに反映されてます。
    自分が本当に心の奥で考えてることをゆっくり言葉に出すっていう時間を、待ってくれる人にしか喋らないです。

    qbc:うん。コミュニケーション自体は上手いほうだと思うんですよね。

    清世:そうだと思う。やろうと思えばっていう感じですね。

    qbc:5年後10年後、どんなふうになっていたいか。あるいは、死ぬときにこう知られていたいというか。
    どんなイメージでいますか?

    清世:スカッとした気分がいいですね。やりきった、みたいな。
    今、ようやく人と話せるようになってきて。こんなふうに、おとなしい部分をお話できる人っていうのも、最近ちょっとずつ増えてきたんです。自分が好きな人、大事な人が、どんどん増えてって。
    そういう人と穏やかにしゃべってって、楽しいとか、あったかーい気持ちに、みんなになってもらえるような場所づくりをしていきたい。それできたら、私はすっごく幸せだし。
    絵を描くのは好きだから、その場所に絵があったり、人がいたり、お酒とかあったりして。そういう楽しい場所をつくっていきたい。できれば日本家屋だといいなって思ってる。

    qbc:去年の12月に会った人って。どんな人にどんな話をしたんですかね。

    清世:今、話したようなことです。今こんなことをがんばっててね、みたいな話。そしたらちょっと会おうってなって。
    それがきっかけになったのは、その人の能力でしょうね。ものすごい頭の良い方なんで。正しく分析をして、評価をしてくれる人で。

    qbc:なんて評価された?

    清世:小さいときに駄菓子屋さんに行きたかったっていうのを、よくそれ引っ張り出してきたなっていう褒め方をしてましたね。30半ばで、自分の行動の源流はそこっていうのを抽出してきたっていうのに、まずびっくりしたって、最初に言われて。そこから今の行動につながっているっていうのをみつけたっていうのは、すげえ大変だったろうねって評価をしてくれました。

    qbc:そのときに、どう思ったんですか? 自分で。

    清世:え? この人、こんなこと言ってくれるの? って思いましたね。

    qbc:そうなんだ。

    清世:正しく評価をする人ですね。

    qbc:それは、今まで、知り合いに恵まれなかっただけなんじゃない? 評価してくれる人がいなかった。

    清世:そうかな?

    qbc:「無名人インタビュー」って130人ぐらい話してるけど。その中でわかってきたことがあって。人間、心があるじゃないですか。でもそのままじゃ見えない。
    ピアノを弾いたり絵を描いたりすると、その心が、やっぱり結果に反映されますよね。その結果と心の因果関係を紐解かれたほうが、うれしいんですよ。
    ただ技術を評価するのではなくて、どんな心があって、どんな考えがあって、その結果がこの作品になっている。それを理解した上で褒められたほうがうれしい。

    清世:ある。

    qbc:結局、今までの彼氏が悪かったんじゃないの?

    清世:(笑)

    qbc:褒めるのが上手い男と付き合ってこなかったんじゃない?

    清世:なんかね、ビビられたんだろうね。
    付き合ってる人に、結婚しようみたいなことを言われたことはある。
    でも、結婚して子どもができたときに、今の独身での私の感性とかセンスが変わっちゃうのが怖いって言われて。

    qbc:変わらないわけないじゃん何言ってんの。

    清世:おそらく付き合ってる人は、変わるのを良しとしていなかったっていうか。

    qbc:キラキラしたままの君でいてくれ、みたいな感じかな。けっこういるかそういう考えの人、男女問わず。
    技術を持ってたりクリエイティブな人に、私と結婚したら、この人の才能を奪っちゃうんじゃないのかしら、みたいな。だからやっぱり、男が悪かったんじゃないの? あなたを伸ばせる男もいたはずでしょう。

    清世:そうなのかなー。

    qbc:意味わかんないじゃん。僕が君を変えてしまったらどうしよう、みたいな男。

    清世:お前のスキルはねえのかよって。

    qbc:もっとプラスに変えるんですよって言えよって。

    清世:そうは言わんかったけどさ、ふーんって。

    qbc:でも思ったんだね。

    清世:思ったね。伸ばし合える人がいいね。

    qbc:清世さんは、自分の中の何かを抑えてずっとモヤモヤしてきた人なんですかね。

    清世:思いますね。長いなあって、自分で思いました。30なかば、ようやく自己表現を全力で出してもいいタイミングになってきたっていう。
    若干おせえよって私、思ってる。

    qbc:自分はこうしたい、こう表現したいのにっていうのが、うまく相手に伝わらないのがずっと続いてる感じなんですか?

    清世:そこまでではないです。最近は出来てきてるんで。

    qbc:最近でしょ? だから、30年以上は少なくともっていうことでしょ?

    清世:そうだね、30年になっちゃったね。

    qbc:モヤモヤが晴れつつある人っていう言い方になるけど、そしたら。

    清世:(笑)いいね。なんか、ちょっと楽しくなってくるね。モヤモヤが晴れつつある。

    qbc:今、どういう感じの未来を、思い描けます?

    清世:うーん。やっぱり場所だろうな。

    qbc:コミュニティ機能のある居酒屋とか?

    清世:それに近いかもしれない。絵とか人が集まってて、庭とかあって。雀が来てて、誰か、好き勝手来て。
    前、起業の先生としゃべったときも、「三丁目の夕日」みたいなものっていう表現をしたと思うな。昭和の、なんか、あったかーい感じ。それはずっと憧れてるかな。

    qbc:なるほどね。お父さんとの関係をお伺いしてもいいですか?

    清世:めっちゃ仲良いですよ。

    qbc:死んだとき、どういう気持ちだった? 病気だった?

    清世:病気でしたね。

    qbc:長く患っていた? 急に?

    清世:そういわれると、短かったですね。病気わかって、3ヶ月か4ヶ月で死にましたね。

    qbc:20代のときだったの?

    清世:20代なかばかな。京都でのフリーター数年目くらいの事務のとき。
    そのとき、電話があって、父本人から。自分はこういう病気だと。そのときは電話口でずっと泣いてました。それが3月ぐらい。
    それから頻繁に愛知に行ったりして。たまたま京都で個展をやる時期と被ったんですよ。だから、京都で絵を描きながら、お父さんに会いに行ってました。

    qbc:がん?

    清世:食道がんですね。
    お父さんが余命ないんだよって聞いてからは、すぐ事務を辞めて。京都から愛知に、そのまま帰ってきて。引越しの手続きとかはそのとき付き合ってた人に丸投げして愛知県に戻りました。
    亡くなってからはなにもできなかったです。1、2ヶ月。本当に仕事とか、そういう気になれなかった。もちろん、生活しなきゃいけないっていうことはわかってるし、家にはお金もない。働かなきゃとは思ってたけど、そこまで気持ちがついていかなかったです。
    とりあえず、母よりは私のほうがしっかりしてるので、私がしっかりしないとって思って、葬儀の手配や引っ越しとか死亡届とか、そういうのも全部して、それが最後の務めだと思ってやりました。

    qbc:ありがとうございます。最後に言い残したことは?

    清世:暗い話を最後にしちゃってごめんねと、読んでくれてありがとうですね。

    qbc:私がその質問を最後に残しちゃったからだけどね。

    清世:言い残すって、普通は誰に?

    qbc:みんなに伝えたいこと。このインタビューを通して言い忘れてしまったこととか。

    清世:qbcさんの言葉を借りると延々とモヤモヤしてたけど、今、すっげえ明るいから、ちょっと遊びにきてよって言いたいかな。
    以上です!

    qbc:ありがとうございます。

    清世:ありがとうございました!

    あとがき

    清世さんが今やってる路上に出て似顔絵を描くっていうのはすごいですね。なんで今までやってなかったんだろう、ということの片鱗がこのインタビューからうかがえたのでしょうか。
    悩んだり、考えあぐねたりしながら、人間はいろいろと変化していくんだなあと思った次第! けっこうスタンダードなインタビューじゃないこれ無名人インタビューにしてはさ!
    あなたはこのインタビューを読んで、どう思いましたか? 良かったら感想をコメントに書いて残していってくださいね!

    編集協力:有島緋ナさん 白原すみさん

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    あなたよ輝け「有名人だから面白いんじゃない。人は誰でも素晴らしく面白い」。2020年設立。メンバー約20名。主宰は栗林康弘。1,500人以上をインタビュー。聞く=愛💕🫶無料インタビュー応募は固定記事からどうぞ。公式サイトhttps://mumei.me/

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