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双極性障害と診断された公務員、新卒でのパワハラで休職

    むかしむかし、ある静かな村に不思議な出来事が起こりました。
    空から真っ赤な光が降り注ぎ、そこに赤い肌をした火星からの来訪者が現れたのです。
    村人たちは最初、恐れおののきましたが、火星人は優しく手を振り、地球の言葉で話しかけました。
    「私は火星から来ました。あなたたちの暮らしを知りたいのです」
    火星人は日々、村人たちと過ごし、田畑を耕し、お祭りに参加し、子どもたちと遊びました。
    そして気づいたのです。地球人も火星人も、喜びや悲しみ、愛する心は同じだということに。
    ある日、火星人は村人たちに言いました。
    「私たちは見た目は違えど、心は同じ。だから理解し合えるのです」
    それからというもの、村人たちは火星人を「よその星から来た友」と呼ぶようになりました。
    火星人が去る日、村人たちは涙を流して別れを惜しみました。
    以来、この村では「人は見た目ではなく、心で判断するもの」という教えが語り継がれているとさ。
    めでたし、めでたし。

    と思う2025年07月23日18時55分に書く無名人インタビュー1133回目のまえがきでした!!!!!
    【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】


    今回ご参加いただいたのは 凡骨 さんです!

    年齢:20代前半
    性別:男
    職業:火星人

    音声バージョンはこちら!


    現在:攻撃性もないですし、興味もほとんどないですし、本当に全てがどうでもいい。ただ、時間が過ぎるのを待ってるっていう感じですね。

    qbc:
    今何をしている人でしょうか?

    凡骨:
    公務員として働いていたんですけども、いろいろありまして、休職という形を取ってから1年経って少し元気になってきたという状態ですね。
    最初の方はうつ病と診断されていたんですけど、どうやらそうでもなかったみたいで。急激に元気になるというか、活動量が増す時期があるということで、診断が変わって双極性障害おそらく1型に変わりました。
    今は割と良い状態です。


    qbc:
    双極性の人って、翌日になってやっぱり辞めますっていう方は少なくないですね。

    凡骨:
    そうですね。実際、すぐ気分が変わるんですよ。本当に数分で変わります。

    qbc:
    それは全然良いんですけど、凡骨さんは大丈夫ですか?

    凡骨:
    僕は大丈夫です。薬で抑え込んでるので。今はすごくフラットというか、イメージで言うと水面にただ立ってる感じですね。前は太陽に近づきすぎて焼かれてましたけど。上に行くと魂が体から抜け出すような感覚があるんですよ。で、世界とか天と接続して、全てが理解できる。
    だけど、それが受け止めきれないっていう感覚がちょこちょこあるんですね。だいたい自分だと3ヶ月周期で、ラピッドサイクラーって呼ばれるらしいんですけど。
    それが最初にあったのが2024年8月あたりで、そこから何回もそれを繰り返して、どうやらただの鬱ではないと診断が下った感じです。
    なので体調に関しては自分でかなり理解しているので、インタビューに関しては大丈夫です。ご心配いただきありがとうございます。

    qbc:
    普段は何をしてるんですかね?

    凡骨:
    結構多趣味で、双極性の躁状態になるとだいたい新しいこと始めるんですけど、作曲したり楽器を奏でたり、絵を描いたり、小説書いたりしてますね。noteも凡骨って名前でやってます。あとはカメラで写真を撮ったり、宝石集めたり、プログラミングしたり、とにかくエネルギーを発散したいっていう感じです。
    憂鬱になるとエネルギーがいらない趣味に逃げるっていう感じです。

    qbc:
    何やってるんですかね?

    凡骨:
    常に何かをしてます。それで疲れたら寝るって感じです。

    qbc:
    やることの傾向とかってありますか?

    凡骨:
    苦しみをいかに吐き出すか、みたいな感じです。芸術的なことが多いですね。
    それこそさっき言った写真だとか音楽だとか小説とか。あと、サボテンを育てて水やって、ただ見てるだけみたいなときもあります。
    なんだろう、何かしてるけど何もしてないみたいな、心ここにあらずっていう状態が常に続いてる感じですね。肉体はただのハードウェアであって、ソフトウェアのサーバーは全然別のところにあるっていうイメージです。操り人形みたいな。
    さっき感覚的に天と接続してるって言ったんですけど、その感覚は多かれ少なかれずっとあって、その電波の強さが強まったり、弱まったりしてる感じですね。

    qbc:
    状態が安定したというか、活動し始めたのはいつ頃からなんですか?

    凡骨:
    安定し始めたのは、去年12月とかですかね。その辺りから趣味の交代性みたいなものが確立されてきたと思います。病名が変わったっていうのもあって、薬が大きく変わったので、突然何かをやり始めるってこともだいぶ減りましたし。
    普通の鬱だと抗鬱薬の服用だけなんですけど、双極性障害だと躁状態の方がやばいので、頭の回転を遅くするために気分調整薬を飲むんですよね。自分は天との接続を弱くするって表現するんですけど。
    その薬を飲むことで気分がだんだん安定してきて、今こうして普通の人間として喋ることができるようになりました。自認は火星人なんですけど。

    qbc:
    休職に入った経緯は?

    凡骨:
    普通に過労ですね。
    新卒で入った会社で配属された場所にいた上司や先輩方が、パワハラモラハラの塊で。仕事を頼まれても断れないし、何を言ってるのか本当にわからないし、意思疎通が図れず、その上大量に仕事を頼まれて。
    元々自分は不眠症を抱えていて精神科に行っていたのもあって、定時で帰らせてくださいとお願いをして、定時で帰らせてもらえるようにはなったんです。
    ただ、業務自体は変わらなくて、何が起きたかっていうと、単純に定時までの間にやる業務の濃度が増えたんですよね。
    なので、病気で無理だって言ってるのに、より早い速度で仕事を裁くように要求されるっていう。表面上は改善されたように見えるけど、実態は全く改善されてないっていう状態になりまして。
    それでもうこの仕事辞めようと思って、結構頑張って入った会社だったんですけど、泣きながら帰って家族にも俺この仕事辞めるってLINEして。
    で、その翌日に病院に連れて行かれて、お医者さんにあなたは病気です、休みなさいって言われて休職に入った感じですね。

    qbc:
    労働時間がすごく増えたわけではなくて、業務密度が上がったということですね。

    凡骨:
    そうですね。労働時間は多かったんですけど、それ自体はそんなに苦痛でもなくて。
    ただ、寝れないせいで脳みそが興奮した状態が続いちゃって、多分そのときも躁状態だったんですけど、思考が加速するんですよ。
    今はかなり遅い方でこれなんですけど、そのときは思考速度が本当に早くて、口じゃ追いつかないぐらいの速度で思考ができたんですね。言語を使わずに。
    抽象的思考がめちゃくちゃできるようになって、誇大感がものすごく高まって、「何でもできるじゃん、俺」みたいな気分になるんですけど。
    なので、労働時間自体はそんなに苦痛ではなかったんですけど、肉体の方がぶっ壊れそうになったので、残業を減らしてもらった。と言うか、残業できなくさせられたっていう感じですね。
    で、その代わりに業務はそのままやれよっていう、意味のわからん状態になったっていう。自分で言ってても、なかなか意味わかんないですよ。

    qbc:
    休職に入った直後って、どんな気持ちだったか覚えてますか。

    凡骨:
    曖昧な部分もありますけど、12月から3月くらいまではとにかく死にたかったですし、周りに置いてかれることがすごく怖かったですね。
    周りは働いてるのになんで俺は横になって寝てるんだろうってずっと思ってましたし、焦燥感や抑うつ感がものすごく強かったです。本当にあのときは、積極的に死にたかったですね。でも、死ぬほどのエネルギーがないっていう感じ。
    リビングのソファーでずっと寝てる。本当に一日中寝てる状態でしたね。ご飯も食べれないし、景色はずっと暗かったです。

    qbc:
    今現状は、一人で生活されてるんですか?

    凡骨:
    今は実家です。今というかずっと実家で暮らしているので、ご飯とかも無理やり食べさせられて生き長らえてる感じですね。

    qbc:
    休職に入ったときも?

    凡骨:
    はい、そうです。

    qbc:
    なるほどね。今の気分っていうのはどんな気分なんですか?

    凡骨:
    先ほども触れたんですけれど、湖の中に浮かんでるボートに座っているような感覚で、常に瞑想状態みたいな落ち着いている気分で、消極的に死にたいなって思ってる感じです。
    うっすら死にたいなー、みたいな。明日世界滅亡したらええなみたいな気分で、ずっとふわーってしてる感じです。
    攻撃性もないですし、興味もほとんどないですし、本当に全てがどうでもいい。ただ、時間が過ぎるのを待ってるっていう感じですね。

    qbc:
    最近楽しいことって何ですかね。

    凡骨:
    最近楽しいことは、作曲ですね。強いて言うなら。
    なんで楽しいかっていうと、他の人が作った曲だったりボーカロイドだったり、それこそ有名どころで言ったら米津玄師とか、星野源とか、サカナクションとかが作った曲を聞くと、その人がどういう気持ちで曲を書いたのかとか、どういう意図があってこのドラムとかベースとかギターとかシンセを書いたのか、何が伝えたいのかっていうのを集中して読み解くことができるようになったので。
    それをトレースして自分の作曲に活かすっていうのが最近になってようやくできるようになってきたので、そういう意味で作曲が楽しいです。
    人の興味とかは全然意識してなくて、自分の内面だけをただ見つめているっていう状態でいられるので、作曲が楽しいですね。

    qbc:
    その他に楽しいことってありますか。創作以外で。

    凡骨:
    サボテンを見るのは楽しいですね。サボテンとか、コーヒーの木とか、盆栽とか。
    なんでかっていうと、彼らってただ生きてるんですね。ただ、生きてるってすごく素晴らしいことで、彼らには欲がないんですよ。僕の中で熱を持つこと、欲を持つことっていうのは、罪であるように感じられるんですけど、彼らには罪がない。
    すごくフラットな状態で、自分もそういう状態になりたいというか、今自分は植物にかなり近い状態だなというふうに思ってるんですけど。
    なので植物の世話をするのがすごく楽しいというか、見ていて心が安らぎますね。楽しいことはそれくらいですかね。
    あと恋人が一応いるんですけど、恋人といると良い意味での刺激を受けるので、生きてるんだなっていう実感が湧いて、少し嬉しくなります。
    その生きているんだなっていう実感は何なのかっていうと、感情の揺れだったり、自分としてはノイズと捉える部分もあるんですけど、それもまた自分が生きている証で。死んだら感情もクソもないので。
    それもまた自分が生きている証として受け止めることができるっていう状態を、自分が客観視できてるっていうのは嬉しいですね。
    主体として揺れ動くものを客観的に客体として見ることができるっていうのが嬉しいです。

    qbc:
    今話しているような躁うつ傾向は、休職する前からあったなっていう感覚はありますか?

    凡骨:
    休職する前からありましたね。大学生とか、高校生のときからうっすらあったと思います。
    それこそストレスがかかると攻撃的になったり、逆に急に無気力になって全て放り出したり。そういうのはありました。
    わかりやすい内容でいくと、テストの順位が160人中、150位くらいまで落ちることもあれば、急に4位とか一桁台になったりしてました。
    あとは水泳を14年間やってたんですけど、水泳のタイムが明らかに変わるっていうのもありましたね。100メートルバタフライで1分20秒ぐらいで泳ぐ日もあれば、ちゃんと泳いで1分3秒の日もあって。
    そんな感じで、モチベーションに左右されやすいんだなーぐらいのふわっとした認識でいたんですけど、それが社会に出てより顕著になった感じです。

    qbc:
    それが顕著になった理由って、何か想像つきます?

    凡骨:
    ストレスでしょうね。元々人と関わるのがそんなに好きではないので、強制的に職場っていう人間がいる箱に入れられて8時間拘束されるっていうのが、多分自分にとって相当なストレスだったんだと思います。
    5月頃に適応障害っぽくなって、ずーっとお腹を壊してうどんしか食べてない時期があったんですけど、そこから一瞬回復して、多分それもまたストレスと双極の併発だったんじゃないかなって自分では思ってます。あんまり決めつけるのも良くないですけど、そう思ってますね。

    qbc:
    性格は人から何て言われますか。

    凡骨:
    気分屋、気まぐれ、ネコって言われますね。
    やりたいことはやりたいし、やりたくないことはやらないし、神出鬼没だし、って言われます。
    あとは、宇宙人。さっき自認は火星人って言ったんですけど、宇宙人って言われることが多いので、地球人ではないんだろうなと思って、自分では火星人って言ってます。

    あとは、共感能力が非常に高い。泣くときは一緒に泣いてくれるし、笑うときは一緒に笑ってくれるし。ただ、それも引きずりやすいっていうのと、こだわりが異常に強い。どの趣味においても言えることなんですけど、すごくこだわるんですよね。
    植物だとか、一時期彫刻をやってたりしたんですけど、そんなにやる?みたいなところまで掘り込んだりするので、そういうところが他者に言われる自分の性格ですね。

    qbc:
    緩むときってどんなときですか?

    凡骨:
    今みたいに、全てがどうでもよくなったときですね。他者からの評価を完全に気にしなくなって、これはこれ、それはそれっていうふうになったときですね。

    qbc:
    それってどんなときに来るんですか?

    凡骨:
    ふとしたときに、あーもうどうでもいいやと思って、自分の好きなように生きようってなりますね。
    それは大体体調が上に上がっていく前兆であったり、逆に下に下がっていく前兆であったり、いわゆる混合状態って言われるところで起きることが自分の場合は多いです。

    qbc:
    好きな食べ物は何ですか?

    凡骨:
    好きな食べ物か……。最近は唐揚げが好きです。
    元々母方のおじいちゃんが作る唐揚げが好きで、それは醤油ニンニクで1日漬け込んであるんですけど、それを超える唐揚げを今探し求めていて。今のところ、それを超える唐揚げは見つけられていないんですけど。
    それに一番近い唐揚げが美濃路っていうチェーン店の串焼き屋さんの唐揚げで、かなり美味しかったですね。おじいちゃんの唐揚げを100点とすると、90点ぐらいの点数が取れる唐揚げでした。
    自分はそういう唐揚げを探求をしてるので、多分唐揚げが好きなんだろうなと思ってます。


    過去:人っていてもいなくてもいいんだな。生きる意味ってないんだなと思って。人って、比較的代替性が効くと思ったんですよね。民間企業とか特にそうだと思うんですけど、人って使い潰しの存在であって、代替性が効くし、そこにいるのって誰でもいいと思うんですよ。

    qbc:
    子どもの頃はどんなお子さんでしたか。

    凡骨:
    自由奔放ですね。授業中は寝るし、担任を困らせるし、ルール?何それ?みたいな。規則ってものを本当の意味で理解できていなかった人間だと思います。
    でも、途中から読書をするようになって、それで共感性っていうのが育まれるようになりました。
    ルールを守るというよりは、他人に迷惑をかけないために生きようみたいな。そういうベースで倫理観を持って生きるようになった感じですね。
    なので、子供の頃からルールの穴を見つけるのが得意でした。倫理観は倫理観で、これはやったらあかんなっていうのはやらないんですけど、このルールはどう考えてもおかしいだろうっていうのは、解釈の余地があるなって言って抜け穴を見つける感じでしたね。それで、大人が結局困るっていう。そういうガキでした。クソガキですね。

    qbc:
    子ども同士の人間関係はどうだったんですか?

    凡骨:
    子ども同士の人間関係は希薄でしたね。興味ないですし。
    そもそも小学校1〜2年生のときはガキンチョのボスみたいなのに嫌われて、ハンドベースで参加させてもらえないことがあって。それで本の方に走ったっていう経緯がありますね。
    なのでガキンチョのときは特に迫害されていたというか、孤独だったというか。でも別にそれを悪としてはないし、自分としてもお前らがそういう姿勢ならこっちもやってやるよ、みたいな感じでしたね。協調性はずっとないです。

    qbc:
    協調性を持とうとしてるんですか?

    凡骨:
    協調性は、一応持とうとはしてます。意思疎通を図ろうとはしてます。なんていうんだろう。火星人の地球人人類学者みたいな感じです。
    地球人を観察して、それをエミュレートして、この人はこういうふうな行動をしたら怒る、こういう行動したら喜ぶ、とりあえずありがとうっていう単語を発しておけば結構良い印象を持ってもらえる、挨拶はしっかりしよう、みたいな、そういうルールベースで社会的スクリプトを事前に全部用意しておいて、コミュニケーションをはかろうとはしてます。
    アスペルガーっていう診断は下ってないんですけど、お医者さんにアスペルガーだねとは言われてます。

    qbc:
    中学校のときはどんな感じでしたか。

    凡骨:
    中学校も一緒ですね。体も大きくなってきて、結構成長が遅い方だったんですけど、それでもガンガン自分よりでかい人に噛みついたり殴りかかったりしていて。それが体が大きくなってきて、相手を怪我させるようになってきて、自分の力ってすごく強いんだなっていう自覚を持ってやめたっていう感じです。相手が手を出してくるのを待ってからやるようになったっていう。策士ですね、かなり。
    やっぱりここでもクソガキで、自分の内申点が下がるのを防ぐために喧嘩はできる限りしないっていうのがモットーで勉強するし、勉強して良い高校に入ろうみたいな感じで、中学校の頃は生活してました。
    で、自分の中のテーゼとして男女平等を掲げていて、この男女平等っていうのはすごく雑な男女平等で、男も女も等しく権利もあるし、逆に迫害される権利というか、迫害される対象でもあるみたいな極端な思想を持っていて。男女混合のスポーツだとかだと1ミリも手加減しないっていうのはありました。
    普通は多分手加減すると思うんですよ。周りはそうしてましたし。でも、今思えば自分はそれをしないっていう謎のこだわりがありましたね。普通に変な人だと思います。

    qbc:
    高校はどんな感じでしたか?

    凡骨:
    高校は、落ち着いてずっと勉強してました。
    中学から行ったのは自分一人しかいなくて、その前が5年前に一人行ったきりで、その次が自分の弟が入ったっていうぐらい誰も来ない高校だったので、自分のことを誰も知らないんですね。人間関係が全部リセットされたというか。
    そういう中で唯一評価されることは、勉強して成績を残すことですごくシンプルだったので、じゃあ勉強すればいいじゃんって思ってずっと勉強してました。
    それが別にストレスでもないですし、他者との交流を求めているわけでもないですし、本当に勉強だけをしていたっていう感じですね。環境としてはすごく合ってたと思います。

    qbc:
    何をしていたんですか?

    凡骨:
    勉強は、全科目をぶん回すって感じです。課題をこなして、本を読んでました。
    あとは部活動に所属してたんですけど、水泳部なので人とほとんど喋らなくていいっていう。メニューを聞いて、従って、帰ったら寝るっていう。
    で、起きたら朝テストがあるので、朝6時半ぐらいに家を出て、その間に勉強して、朝テストを受けて、一切会話せずに授業を受けて、終わったらまた部活行って、部活が終わると20時とかなので、風呂入って飯食って寝るっていう。そういう生活を3年間ずっと続けてました。

    qbc:
    その生活を続けるモチベーションは何だったんですかね?

    凡骨:
    モチベーションは特にないですね。
    高校に通うの自体は楽しかったんですよ、自分の中で。別に楽しくないっていう感情は全然なくて、辛いっていう感情もなくて、色々な人間がいて面白いなみたいな、完全に蚊帳の外だったんですけど。
    モチベーションって言われると、難しいですね。強いて言うならルーティンに近いというか、高校は行くもんだから行くみたいな感じでした。
    で、唯一の例外は体調が悪くなったときっていうふうに自分の中で定義をして、熱が出たら休む、熱が出てないから行く、終わり。みたいな。
    すごくわかりやすい。単純明快っていう感じで、楽しかったです。

    qbc:
    その当時の感情ってどんなものでしたか?

    凡骨:
    ほぼフラットですね。無でした。
    部活の中で1人2人ぐらいは友達がいましたし、そいつらも変なやつなのでなんとも言えないですけど、基本フラットかプラスですね。マイナスはほとんどないっていう状態でした。ストレスもないですし。

    qbc:
    高校の後は?

    凡骨:
    大学に入ったんですけど、前期で第一希望の大学に落ちまして。
    3年は無理をして不眠症になってしまって、第一志望の大学に落ちて、完全に燃え尽き症候群の状態で第二希望の大学を受けて、なんとか拾ってもらって大学に通い始めました。
    でも、もう無気力の塊みたいな。何もしたくないし、誰とも関わりたくないけど、先輩とかはクラブ勧誘で必死こいて勧誘してくるし。
    大学では絶対に水泳はやるまいって決めてたんですけど、そういう状態だったので、ほぼ流されたに近い状態でまた水泳をやることになりましたね。
    あとは、なんでか知らないんですけど写真部に入ってました。名簿に名前書かれてて、本当に知らないうちに入ってましたね。

    で、2年生になってからは、コロナですべての活動が停止したんですよ。大学も6月まで休校っていう形になって、何して過ごそうかな?みたいな。
    筋トレをひたすらしてたんですけど、ジムも閉まっちゃって筋トレできないし、何して生きてこっかなみたいな状態でした。
    で、コロナで外出できないって言われてたんですけど、別に一人だったら出てもええやんと思って、いろんなところに一人でふらふら出かけてましたね。京都とか岐阜とか東京に行ったりしてました。やっぱり全然人がいないので、ディストピアみたいやなって思いながら。フラフラフラフラしてました。
    で、それを通して、人っていてもいなくてもいいんだな。生きる意味ってないんだなと思って。人って、比較的代替性が効くと思ったんですよね。民間企業とか特にそうだと思うんですけど、人って使い潰しの存在であって、代替性が効くし、そこにいるのって誰でもいいと思うんですよ。社長とかになってくるとさすがにわかんないですけど、同じような思想を持っていれば、その人である必要は1ミリもなくて。そういうところで、自分はコロナ禍の中で圧倒的無価値感を感じました。
    で、大学2年生で哲学をかじって、実存とか存在とかって結構曖昧なものなんだなーっていうことだったり、哲学的ゾンビとかを学んで、そういう生きる意味のなさ、代替性の強さっていうとこに自分の中で意味が形成されていったっていう形ですね。

    大学3年生ぐらいになると部活動とかが再開しだして、就活も始めたんですけど、自分の周りが医学部の方ばかりで、先輩が就活に対して全然理解がなかったんですね。
    で、部活動と就活を同時に続けるのは厳しいので、休部しますって言って勝手に休部したんですよ。ルールとかなかったので。
    小学生の頃と同じで、ルールに書いてないんだから良いよねって言って勝手に休んだんですけど、そしたらそれですごい大揉めして、なんで勝手に休部するんだ?みたいなことを言われて。それでより人との関係が嫌いになりましたね。
    大学は大学で友達はいたっちゃいたんですけど、やっぱり人間関係に関しては一歩距離を取るようにしていて。
    彼女とかもそのとき初めてできたんですけどあんまり続かなくて、そういう人間関係での問題を抱えながら大学3年生は過ごしてました。

    大学4年生は就活が終わって自由だったので、バイトもすごく減らして、お金がある限りずっと旅行してました。
    元々貯金があったのと、株の取引とかで儲けたお金があったので、お金が尽きるまで旅行しながら株も取引してまた増やす、みたいなのを繰り返してましたね。
    で、旅も飽きたというか、どこへ行ってもなんか満足しなくて。
    最近の市場の風潮としても体験が重視されるのがあると思うんですけど、あれもやはり空虚なものだと思うんですよね。その人自身は一時的に充足感を得られるかもしれないけれど、本質的にはその体験に意味があるのかって言われると、大してないんじゃないかなっていう風に自分は考えていて。で、旅行もそんなに好きじゃないなっていうのに気がつきましたね。
    経済学部だったんですけど、市場っていうのが好きじゃなくて、物欲を刺激することで相手に対して購買意欲を与えて、効率化をどんどん進めて利益率を上げていくっていう資本主義社会に対しての懐疑的姿勢っていうのが、4年生になってすごい強まったのはあります。
    なので、逆に徹底的に無駄なことをするっていうのを意識してました。無駄だなって思いながら旅行してたって感じです。

    qbc:
    今の話の流れで、就職する理由っていうのは何だったんですか?

    凡骨:
    まぁ、生きるためですよね。お金がないと生きていけないんで。ただそれだけです。

    qbc:
    でも頑張って入ったっていうことですか?

    凡骨:
    周りの期待もありましたし、不眠症というのを抱えている以上、将来的にどこかで鬱になるんだろうなと思いましたので、それなりの大企業に入らないといけないなとは考えてました。もし潰れたときに代替性という点ですぐ補完されてしまので、ある程度制度がしっかりしているところじゃないと自分は生きていけないし、本当に社会的に殺されると思って、危機意識を持って頑張って入ったという感じですね。
    なので、周りの就活と比べるとかなり特殊で、他の人だと何十社も受けると思いますけど、僕は3つしか受けてないんですよ。そこに全てを注いで、全部合格取って、取ってから考えるという形を取ってました。

    qbc:
    仕事自体は楽しかったですか?

    凡骨:
    仕事自体は楽しくもないですし、好きでもないですし、つまんないですね。
    人と関わる仕事ではあったんですけど、交渉嫌いですし、普通につまらんというか嫌いというか。
    でも、嫌いでもないし好きでもない。どうでもいいって感じです。お金もらうために行って帰ってくるだけみたいな。そこに価値は1ミリも置いてないですね。
    ですけど、パワハラとかモラハラがあって共感性の部分が高かったので、それにダメージを受けて休職をすることになったのは自分としては不本意だったなという形です。

    qbc:
    ご両親からはどのように育てられたと思ってますか?

    凡骨:
    両親からは、愛されて育ったとは思います。でも同時に、過保護というか過干渉気味に育てられたと思ってます。
    両親の知らないところでいろんなことをやらかすタイプで、両親の前ではいい子を演じるっていう、ペルソナを使い分けてましたね。
    最近やっと遅めの反抗期みたいなのが来て、凄まじい喧嘩をして、しばらく家出していて最近帰ってきたんですけど、そういうところで教育方針が抑圧的だったよね、みたいな話をしました。
    でも、過去を否定することは僕が育ってきた人生を否定することにもつながっちゃうので、あくまでそういう感じもあったよねっていう形で認め合って、両親とは和解してます。
    なので別に両親との関係は不仲でもないですし、仲は比較的良い方だし、愛されて育ってきたと思います。

    qbc:
    自分の人生の転換点はどこにあると思いますか?

    凡骨:
    高校3年生のときですかね。そこで少し頑張りすぎたなと思ってます。
    高校3年生の4月の時点で自分が今卒業した大学の合格ラインには立っていて、そこからワンランク上の大学を目指すように学校から指導されたんですよ。
    自分は当時純粋だったので、将来的に公務員にはなるけど、やっぱり大学のネームバリューって大事だなと思って頑張ったんですけど、それで最終的に入った大学は4月時点で入れた大学だったので、今振り返って思うと、あそこが人生のターニングポイントで、あそこで頑張ってなかったら、今自分はこんな無我の境地みたいなところには至っていないだろうなと。逆に、もうちょっと自由に生きられたかもしれないし、もしかしたら他のところでコケてたかもしれないし、っていうところはありますね。


    未来:作曲したり、絵描いたり、写真撮ったり、サボテン育てたり。とにかく他者と関わることは避けて生きていこうと思います。

    qbc:
    未来について聞いていきたいんですけど、最後に自分が死ぬっていうところまでイメージをして、どんな未来を今思い描けますか?

    凡骨:
    自分が死ぬっていうイメージはだいたいついていて、たぶん40歳くらいで自我が死ぬんじゃないかなと思うんですよ。双極性障害っていうのもあって、前頭葉がどんどん劣化していくので、多分このままだと40歳くらいで歯止めが効かなくなるんじゃないかなと思っていて。
    なので、その意味ではそこで自我は死ぬと思ってるんですけど、肉体的な死は血縁を見ていると90歳まで下手したら行っちゃうんじゃないかなと思いますね。体がめちゃくちゃ強い家系なので。
    なので、じゃあ40歳までに何をしたいかって言われると、今やっている小説とか絵とか音楽とか、どれかで誰かの心を動かせたらいいなと思いますし、こういうインタビューを受けて、こういう人間がいたんだなって思っていただけると嬉しいなっていう感じで、今自分の生きた記録を残すために活動してるっていう感じですね。
    死ぬっていうイメージはそんな感じで、もうすでに終活に入ってる感じです。就職したときから。

    qbc:
    小説はどんな内容を書くんですか?

    凡骨:
    難しいなぁ。noteを見たら多分早いんですけど、早いというか、多分多くの人は読んでも意味がわからないって答えると思います。
    『重力の虹』っていう小説がありまして、アメリカの大学生が一番読んだふりをする本って言われてるんですけど、パラノイア文学って呼ばれる分野で話がどんどん移り変わっていくんですね。

    主観的な部分がなくて、どんどん脱線していくっていう。で、脱線に脱線に脱線を重ねて、最終的に作者も脱稿不可能に陥りかけたって言われている作品です。作品が完成することを脱稿って言うんですけど、僕はこれがすごく好きで。
    そういう系列の作品を書こうとしては、やっぱりまとまっちゃうなっていう感じなんですよね。脱線はするけど、やっぱりどうしてもいい感じにまとまっちゃうので、そんな感じの作品になってますね。
    で、テーマとしては一番自分が力を入れて書いていて、今回文學界新人賞にも応募させていただこうと思ってるのが『作曲家スタージオ』っていう作品です。noteにも収録されていてすぐ読める作品なので、興味を持ってもらえたら読んでいただけたらなって思うんですけど。
    テーマは作曲家で、作曲と正気と狂気っていうところと、実存・実在ってところ。
    あとは、正気と狂気につながるところで、普通って何だろう?っていうところに焦点を当てて書いてます。あとは、幸せっていうのは何だろう?っていうところも書いてますね。
    今、自分は社会に復帰するために治療を受けてるわけじゃないですか。
    精神障害者って、要するに自分の中では正常な状態から逸脱した存在である「逸般者」だと思うんですね。
    その治療っていうのは何かというと、「社会が定義した普通に強制すること」っていうふうに自分の中では定義されていて、正直言ってあんまり好きじゃない概念なんですよ。薬を飲むことも嫌いですし、認知行動療法とかも無理やり洗脳させられているように感じて嫌いですし。
    でも、やっぱり社会に復帰していくためにはそういう思考を身につけないといけない。自分の場合、人間関係に問題がすごく多いので、そういうのを解決するためには持たないといけないというところで嫌々やってるんですけど。
    でもやっぱり自分の中では正直治療を諦めたい部分もあって、そういうところで社会復帰もしたくないですし、精神障害者って多かれ少なかれ絶対に迫害される存在ではありますし。そういう意味で、すごく話が戻るんですけど、消極的に死にたい。明日世界が滅ばないかなって思ってます。

    qbc:
    心を許してる相手って誰ですか?

    凡骨:
    心を許してる相手は彼女と…うーん、彼女だけですね。

    qbc:
    なんで許せるんですか?

    凡骨:
    同じだからです。

    qbc:
    何が?

    凡骨:
    思考回路が。で、自分よりも上の存在だからですね。彼女の方が絶対に頭がいいです。全てにおいて。人間関係の関係構築も上回ってますし、彼女もまた火星人なんだと思います。見ていると。

    qbc:
    火星人って何ですか?

    凡骨:
    火星人っていうのは、地球人ではない存在のことですね。
    今地球に住んでいる人類は全員地球人で、社会に属している人間を称して僕は地球人と呼ぶんですけれど、まあそこに属せない、本質的に属することができない存在のことを僕は総称して火星人と呼んでます。

    qbc:
    なんで火星人なんですか?

    凡骨:
    地球の隣っていうところで、地球人の隣人として生きていかざるを得ないっていう意味で火星人と呼んでます。金星でもいいんですけど。

    qbc:
    はい。

    凡骨:
    地球人の隣人として、関わりを持ちたくはないけど持たざるを得ないというところで、韓国と日本みたいな感じですね。
    関わりを持ちたくはないけれど、お互いに文化的側面から持たざるを得ないというところで、自分を火星人っていうふうに呼んでます。

    qbc:
    代替性の話が出てきたんですけど、組織から見たときの代替性の話をされてて、なんで組織側の視点に立つのかっていうのは気になったんですよね。
    そもそも自分は組織側じゃないみたいな感覚の中で、なんでその代替性が出てきたのか不思議だったんですけど。

    凡骨:
    社会っていうのが大きな組織である以上、組織の視点に立つのは当然のことだと自分は思っていたんですけど、その中で組織っていうところに着目すると、家族もある意味組織ですし、友人関係もある意味組織ですし、全てにおいて組織って何かしらの形で成り立つっていうのがあって。
    そこで組織的な視点っていうのは客観的視点と重なる部分があって、自分は客観的に物事を考えるように努めていたいと思っているというのがあるので、その意味で組織的な視点から物事を述べて代替性っていうのを表現しました。

    qbc:
    パーソナリティとフィットしない考え方を無理やりはめ込んでる感じがして、それがなんでかなって思いますけど。

    凡骨:
    そうですね。それは友人にもいびつな思考だとすごく言われていて。
    共感性が高いのと、高すぎる論理的思考力と言語化力と分析力をお前は制御できてないって言われていて。確かに言われてみればそうかもしれんな、みたいな感じで受け止めていたんですけど、パーソナリティ的には、自分は地球に紛れ込んでしまった火星人と言っている以上、代替性っていう部分では、自分という存在は代替性はきかないんですね。自分にとっては。
    でも、組織から見たら自分は地球人の一人に擬態しているので、地球人として囚われている。そういう考えから、その代替性は生まれるわけで、地球人は地球人で補完できる。だからこいつが潰れたら今度はこいつ、こいつが潰れたら今度はこいつっていう代替性が機能するっていうふうに思ってます。
    整合性とれてるかな。

    qbc:
    もしもの未来の質問です。
    もしももう組織とかに属さなくていいし、食べるものも困らないし、協力して暮らさなくてもいいよってなったら、どういう生き方をしますか。

    凡骨:
    ベーシックインカムが実現された世界みたいな感じですかね。
    今の状態がかなりそれに近いんですけれど。
    作曲したり、絵描いたり、写真撮ったり、サボテン育てたり。とにかく他者と関わることは避けて生きていこうと思います。で、自分っていうものはこうなんだよっていうのを一方的に押し付けて、自分を理解してくれる人を探すっていう生活を続けると思います。同じ火星人を見つけるっていうふうに生活すると思います。

    qbc:
    それはなんでなんですか。

    凡骨:
    やっぱり、孤独なんだと思います。自分を理解されたい気持ちがすごくあって、自分を本当の意味で理解したいし、対話を通して理解されたいっていう気持ちがすごく強い。
    シゾイドパーソナリティとかとは真逆なんだと思います。僕は本質的に人は人と理解し合えないっていうことがわかってるから、傷つくのを避けて人との関係を絶っているタイプで、
    シゾイドパーソナリティの方だと、そもそも本質的に人に興味がないっていう感じなので。

    qbc:
    仲良くしようとか、孤独とかの感情がなくなったら何します?

    凡骨:
    何するんでしょうね?何するんだろう。ちょっとそれは自分でもわからないですね。わからないっていうのが今の回答ですかね。
    でも、もっと自分を深く掘り下げていくと思います。より内省的に、かつ、他者に対しても内省的に掘り下げていくっていう活動を続けると思います。精神的なつながりをより強固にしていくと思いますね。依存に近いかもしれないですけど。

    qbc:
    人と別に仲良くしなくてもいいって思うのに?

    凡骨:
    はい。同じ火星人だったら仲良くしていいと思います。

    qbc:
    その感情自体がもうないんですよ。地球人に対しても、火星人に対しても。そしたらどういう感じの生活になってそうですかね。

    凡骨:
    普通にサボテンを愛でると思います。サボテンをただ育てる。

    qbc:
    サボテンを育てるのは、なんでなんですか?

    凡骨:
    えーなんでですかね?可愛いから?
    サボテンって自分を守るだけで、相手を積極的に攻撃はしないので。相手が攻撃してきたときに反撃するだけの存在なので。
    こっちから攻撃をしない限りは絶対に手を出してこないんですよ。そういうところがすごく可愛いなって自分の中では思っていて、それが自分の中でサボテンが可愛いっていう感情につながりますね。

    qbc:
    最後の質問です。最後に言い残したことはありますか?読者へのメッセージでも遺言でも大丈夫です。最後に言い残したことがあればお伺いしています。

    凡骨:
    用意していたことはだいたい喋ることができたかなって思いますね。
    もし自分と同じような性質の人がいたら、こういう考え方もあるんだなっていうふうに一つ参考にしていただけると、いいかなって思います。


    あとがき

    【インタビュー・あとがき:qbc】

    【編集:misato】


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