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薬剤師として働きつつ対話会を主催、元は臨床検査技師

    道ばたに咲いている花を見てきれいだなと思う。世田谷区は玄関のところに花置いている人多い。生きているものすべてに感謝する。
    生きとし生けるもの。
    自然に目を向ける。12階のベランダから東京の山手線南側を見下ろす。
    夜、または朝に。朝には富士山が向こうに見える。西のほうに。
    その逆側、マンションの北側からは、渋谷や、新宿の高層ビル群が見える。スカイツリーももちろん見える。あれは明日の天気によっても変わるのだ。
    人工の風景が好きかって言えば別に好きってわけではなく、じゃあ自然が好きかと言えばそうでもなく。東京の西側の03ではない地域に生まれた北多摩という日本全国から見ればあまり知られていないところで、育った。自然があったかと言えばあったかもしれないけど、とにかくアスファルトと電柱の灰色の世界がひろがる町だった。西武鉄道が開発した一帯に生まれて暮らした。
    原風景というのは大切なものなんだなと思います。
    と、いうことで今日の無名人インタビューもお楽しみくださいませ!!!(主催:qbc)

    今回ご参加いただいたのは たびのくま さんです!

    現在:地球の生き物がお互い自然に生きられるように

    のの:今、何をされている方でしょうか?

    たびのくま:仕事は週3回、薬局で薬剤師をしています。だけど普通の薬局だと、どうしても予防的なことじゃなくて、病気になった人が、例えばメンタルの人とかもっと休んだらいいのに休まずにどんどん働いて薬飲んでてみたいなこともあったりするので、その生活から変えてった方がいいなって思ってもいて。
    ちょっと縁があって、エッセンシャルマネジメントスクールっていう本質行動学の学校も手伝ってて。
    それはやはり今経済が主で、無理して働いたりしてしまう。あと障害者の人も、お金稼げないから駄目だとか、そんな風な感じがあるのを、どうしたらみんなが幸せになれるかなって、そういう社会を作ることを学ぶ学校の手伝いをしてます。

    のの:なるほど。

    たびのくま:あと趣味でいえば、動物の絵を書いたりするのが好きで、たまに展覧会、グループ展やったり。
    グループ展を作るのも好きなんですよ。みんなに発表してもらうような。
    あとは、元々生物が好きなので、人も生物みたいに自然にみんな協力して生きてたらいいなと思ってて。
    たまたま縁あって田んぼの手伝いもしてます。田んぼは、稲の多年草化って言って、普通に田起こしして稲を植えるんじゃなくて、ずっと冬も水を張ったりして、何年も同じ稲を育てていく感じにする。そういうふうにすると、いろんな動物、イトミミズとか増えていく。そうすると、強い稲が育って虫とかもやられにくい。雑草も減っていくので、自然と農薬使ったりとか、除草剤使ったりしない、むしろ水を綺麗にするような田んぼになるっていうことで、手伝ってます。

    のの:なるほど。いろんなことをされてるんですね。

    たびのくま:そうですね。ただ、要は人だけじゃなくて地球のいろんな生き物がお互いに自然に生きれたらいいなっていうことで、元々生き物はずっと何億年もそうやってきたんだけど、人があまりにもバランスを崩しているので、何とかしたいっていうところがもとなので。全部やってることは繋がってるんですけど。

    のの:その想いはいつからあったんでしょうか?

    たびのくま:ずっと前からですね。10代ぐらいから。
    子供のとき何考えてたか覚えてないんですけど、中学ぐらいからはずっとそう思ってて。
    ただその時、日本がどんどん発展してくようなバブルの頃、就職してすぐがバブルだったかな。でも私は病院に勤めてたんでバブルは別に関係ないんですけど。
    そういう時代だったから、自分が思ってても、誰もそんなこと思ってないみたいなところがあったんで。だから今一緒に活動してるのも年下の人が多いですね。30代40代の人かな。

    のの:エッセンシャルマネジメントスクールって具体的にどんなことをされてるんですか?

    たびのくま:そのスクールは2019年の1月に出来て。
    西條さんっていう人が、その人も大学の研究者だったんだけど、大学や大学院、研究者のあり方が、論文を書いて偉くなるために論文書いてるみたいな、そういうことに疑問を持って、学ぶ場を作った方なんですけど。
    できたばっかりなので、今ちょうど3年経ってきたのかな。
    運営自体が、誰が何やるとかが行き当たりばったり的な部分があって。自分は、これ足りないなって思うところを手伝ってるんですけど、例えば参加者の人がスムーズに学べるように、レポート出したりするのを確認したりとか、出席確認したりとか、あとはZoomのホストやったり。そういうできることをやって手伝ってる。
    だけど、これからちゃんと組織的にやっていこうっていう話にはなりました。

    のの:そのスクールは障害者の方とかが、働きやすい、生きやすくなるみたいな感じですか?

    たびのくま:そのスクールは基本的には、100人100通りの学びって言って、誰もが学べるっていうことで、実際に障害者の方も、目の見えない方とか、脳性小児麻痺の方も参加してて。シンセサイザーで音楽作ったりする方で、このスクールのやり方、考え方にすごい賛同した方だと思うんですけど、その方が普通に何回か参加されてるので、今も一緒にやってますね。
    発音がちょっと時間かかるんで、ゆっくり待ってる感じですけど、聞き取れないことはないので。あとものすごく表情が良いし、あと文章がものすごく良いんですね。

    のの:そうなんですね。

    たびのくま:うん。電子機器で作曲や演奏しているので、やっぱりそういう機械ができたから、自分は表現ができるっていうふうにおっしゃってます。
    パラリンピックとかにも関わってたみたいです。でも基本的には、普通の社長さんもいて、自分の組織を良くしようっていう方もいるし、あとはとにかく今の組織もひどいから、なんとかならないかっていう人とか、後は人の繋がりでイベントとかやったりする人もいるし、人の繋がりができる感じです。

    のの:なるほど。本当にさまざまな方が携わってらっしゃるんですね。

    たびのくま:そうですね。サイボウズの青野さんとか、eumo(ユーモ)って多分あんまりご存知ないかもしれないけど、電子マネーなんだけど、今のお金は貯められることに問題があるっていうのを考えた新井和宏さんっていう人が、その人がお金が循環するにはどうしたらいいかっていうので、eumoっていう電子マネーの仕組みを作って。
    それは定価をなくそうっていう気持ちが大きいんだけど、提示された額より多く払うのが基本になってるような感じのお金ですね。そういうのを手伝ったりしてます。

    のの:趣味の方もお聞きしたいんですけど、動物の絵を描くのがお好きなんですか?

    たびのくま:そもそもは星野道夫さんっていう写真家の方がいて、アラスカに一時住んでて、若くして亡くなっちゃったんですけど、クマにやられて。
    その写真家の人は写真も文章もとても良くて、その写真家の人も多分、私が思ってるようなことと同じことを思ってて、要は人と自然の関係とかをずっと考えてて。それで結果アラスカにすごく魅力を感じた方なんですけど、その人の写真を見て感動して、それを絵に描くようになったかな。

    のの:それまではあまり描いたりしていなかったんですか?

    たびのくま:そうですね。昔から美術っていうか、小学校の頃から写生の時間とか好きでしたけど、特に専門的に習ったとかそういうことはなくて。

    のの:グループ展についてですが、どれくらいの規模のグループ展をされているんですか?

    たびのくま:小さいギャラリーでやるんですけど。以前はインターネットで募集して、やりたいっていう人を一緒に入れたりしてて、10年ぐらい前までで、20回ぐらいか、もっとやったかもしれないんですけど。
    一緒にやってたそのコアメンバーの人と別々に活動するようになったのもあって、自分もやらなくなってたんですね。
    だけどこの春に久しぶりに、エッセンシャルマネジメントスクールでアート系の授業があって、そこに参加してた人と、他の絵の友達も呼んで一緒にやって。それはすごく良かったんです。初めて展覧会というものに参加するっていう方が半分いて、参加するって決めたことで、自分の表現を磨いたりして、そういう様子がとても良かったですね。

    のの:田んぼのお手伝いもされてるということですが、お米の味とかも違ってくるんですか?

    たびのくま:まだ始めたばかりなんで、不耕起栽培って言って田おこしをしない栽培。
    あと、冬季堪水って言って、冬も田んぼに水を張るっていうようなやり方でやってる方が、元々の師匠みたいで。
    その人がETV特集で、結構前ですけど10年以上前かな、ぐらいに記録された映像があって、それを見る限りやっぱりどんどん丈夫になっていくので、美味しいっていうことですね。

    のの:はい。

    たびのくま:佐渡のトキとか、もう1回復活させようっていうのがあったじゃないですか。そうするためには、やっぱり田んぼに生き物がいっぱいいることが必要なんですね。
    農薬をやると、おたまじゃくしとかみんな死んじゃうので、必然的にそのやり方になるんですね。トキのためにそういうやり方にした人たちの事も、そのETV特集の画面に載ってて、そういうのもいいなと思いました。
    ただ普通の栽培から見ればもう1%にもならないぐらい。でも全国的に、そういうふうに思ってる人たちがやってるみたいなんだけど。水とかって村で共同して使ってるとこが割と多いんですね。そうすると自分のとこだけ冬に水を入れるっていうのがなかなかできるところとできないところがあるらしく。
    私が行ってるところはたまたま湧水があって、そこに引き込むことができるので、単独でできるから大丈夫なんですけど。そのETV特集の中では、水車を作った人もいました。そのために水車作りましたっていう人。面白いですよね。やっぱりそう思う人が全国にもいらっしゃるんですよね。

    のの:いらっしゃるんですね。

    たびのくま:そうなんですよ。星野道夫さんもそうだし、同じ考えを持ってる人はいて。ただすごく数が少ない。だから今の状況になっている。

    過去:子どもの頃から生物が好きだった

    のの:子供の頃は、どんなお子さんでしたか?

    たびのくま:小さいときは、なんかあんまり覚えてないけど。幼稚園のときとかは、うちの母に言わせると、怖がりっていうか慎重って言うか、運動するときとかそう見えたって言ってました。
    家とかで遊んでるときは、いつも外に出てて、真っ黒に日焼けしてたとか。とにかく元気は元気だったみたいです。

    のの:外で遊ぶ方が多かったですか?

    たびのくま:そうですね。道路に絵を描いたりとか。

    のの:昔から生き物も好きだったんですか?

    たびのくま:記憶として残ってるのは、子供の頃は足立区に住んでて、生まれたときは田んぼだらけだったそうです。
    小学校に上がったときとかは、どんどんそういうのが潰されて駐車場になったり家が建ったりする時代だったんですね、どんどんどんどん。それで、潰される前の、水は張ってあるけど何も植えてない田んぼにみんなで行って、ドジョウ取ったりとかした覚えはあります。弟が山ほどザリガニ取ってきて、それどうすんだ、みたいなの。

    のの:そんなに田んぼがあったんですね。

    たびのくま:田んぼっていうかね、もう使ってはなかったですね。どんどん埋立てされてしまう前の。今で言う、耕作放棄地のところで遊んでた。それはずっとあったわけじゃなくて、そのうちなくなっちゃってた、住宅が建っちゃってた。
    だから小さいときだけそういうことをしてた。畑でもあったかな。
    あと、小学校の時、写生するのに学校の周りに行って畑とか書いたような記憶があります。

    のの:中学生の時は、どんなことをして遊んでいましたか?

    たびのくま:中学校のときは、親が運動しなきゃ駄目よって言って、卓球部に入ったんですね。最初、中1のとき。
    で、卓球部はすごい強い人もいて、区の大会とかに出たりする。厳しい練習だし夏とか合宿見てもらって、でもすごい暑くて、卓球って窓開けられないんですよね、風が来ちゃうから。昔、クーラーもないから、なんかすごい大変で、好きじゃなければやっていけない世界で一応やってたんだけど。
    中2から点字部っていうのに入って。点字って結構やっぱり完璧にやらないと意味ないので、子供には無理だってことが、先生も言ってて。それで中高一貫校だったんで、中3から高2まで点字部にいたんですよ。
    盲学校の人と交流したり、招いたりとか、あと普段できるのは拡大写本って言って、教科書も、図とかを拡大するんですね。字ももちろん綺麗に書くし、図も同じ割合で拡大していく。そういうのはやってました。それはクラブでみんなでやってて。

    のの:点字部って珍しいですね。

    たびのくま:珍しいですよね、絶対。今まで会ったことがないです。点字部にいたっていう人。
    部員もそんなには多くなかったと思います。そんなに何人とか覚えてないけど、でも交流するときも10人とかかな。覚えてないってことは同じ学年の人はもしかしたらほとんどいなかったかもしれない。
    1人ずっとやってた人が部長になって、私はそのうち副部長になったぐらいだから。人がいないから、風習的にそういうふうになってきた。部長やってた同じ学年の人のことは、名前とか覚えてますけどね。

    のの:点字部の経験で得たものはありますか?

    たびのくま:すごい印象的だったのは、もちろん盲学校の人の生活とか、どういうふうに接したらいいかっていうのはもちろん自然にわかりますけど。
    盲学校に行ったときに、そこは国立の盲学校で、当時大学進学する人は、そこの高校からしか大学進学しなかったみたいで、だから全国から大学進学を目指す方がその高校に来ていて。
    少人数制で、あとは音の出るボールで体育やってたりとか、そんな様子を覚えてるんですけど。自分として一番印象的だったのは、そこにいた先生。交流した相手の先生だと思うんですけど、その先生がすごい優しいっていうか温かみがあって、優しいってこういうことなんだなっていうのを感じました。具体的な言葉とかじゃないんですけど。

    のの:なるほど。

    たびのくま:うちの学校の顧問の先生は数学の先生で、その先生がなぜ点字部やってたかまで追求しなかったんですけども。その先生はすごいなんかあっさりした感じの人で、だけどその先生がそういう企画をしてくれたと思うんですよね。
    国立じゃない区立の盲学校もあって、そこにも行ったんだけど、そこの人たちは勉強したってしょうがないみたいな感じで。鍼灸師の資格はその高校で取れるみたいで、鍼灸のことは勉強してたけど、普通の科目とかは大学行くわけじゃないし、みたいな。

    のの:中高一貫校だったんですね?

    たびのくま:そうですね。女子高だったんで、高校はやっぱり共学の方がいいなと思って、都立高校を受けたいって言ったら、親とか先生に説得されて。
    内申が良くならないとか、辞めて欲しくなかったからだと思うんだけど、そういうこと言われて、素直に上の高校に行った。
    行ったけど、中学は皆勤賞だったんですけど、なんかすごく楽しくて中学は、でも同じ学校なのに高校はそんなこともあったからか、ちょっとテンション下がった感じですね。

    のの:大学はどのようなところに行かれたんですか。

    たびのくま:大学はですね、高校のときに生物が好きだったんで、生物の方も行きたいなとは思ったんだけど、昔はそんなバイオとかの研究もないし、大学に入ってからのイメージとして、フィールドワークは興味があったんですけど、なにしろ学校の先生にだけはなぜかなりたくなかったんですね。
    生物に行くと自然と学校の先生になる人が多くて、あとは研究者になるかっていうような、そういう傾向があって。
    学校の先生は嫌だなと思ってて、あとは美術のことはもちろん気持ちの中にあったんだけど、美術学校に行くほどのすごい練習もしてないし、そこまでも思わなかったし。今思えば、それが展覧会に繋がってるんですよね。あとは心理学もねすごい興味があったんですけど、なぜか大人になってから学ぼうと思ってたんですね。実際、大学病院勤めてるときに、心理学もちゃんと学んだんですけど。大学の3年に編入して、通信教育でやったんですけど。

    のの:はい。

    たびのくま:結局生物を選んでて、受験範囲で入れるのが薬学部だったんですけど、でも結局薬学部行けば、いろんな生命の仕組みみたいな生化学的なことはいっぱい学ぶわけで。
    だから薬自体よりもそういう方に興味があったんで、就職は、最初は臨床検査技師になったんです。病院に勤めて、臨床検査の仕事の肝臓数値測ったりとかそんなようなことをやるような仕事を。
    途中で転職したけど、ずっと臨床検査技師で、通算30年以上かな。高校の時、医学部にも興味があったんですけど、ちょっとしたハプニングがあって、高校の2年かな。医学部受験には数学Ⅲ、数Ⅲっていうのを取ってなきゃいけなかったんですけど、私も当然別に医学部って思ってたわけじゃなくて数Ⅲ取ってたんですけど、小テストがしょっちゅうあって、受験校だったから、そのときに先生が、今のテストで何点以下取った人はもういても無駄ですからねって言ったんですよ。

    のの:はい。

    たびのくま:私は素直にそうなんだと思って数Ⅲ取るの辞めたんですね。そうすると医学部受験はないので、必然的に薬学部になったんだけど、なんかずっと経ってから、クラス会で先生に会ったときに、なんかその話になったら、その先生が驚いて、私なんであなたが数Ⅲ辞めたのかと思ってたのよって言われました。そういうのもみんなまあ人生ですよね。

    のの:大学生のときに、これがしたいということはありましたか?

    たびのくま:大学生のときは、もちろん学校の内容は興味あったし、大学生のときは衛生化学同好会っていう、水の水質を分析するクラブに入ってました。
    それは薬学部だけじゃなくて化学部の人とかも入ってて、そういうのを文化祭で発表したりしてて、多摩川の水がどこから綺麗でどっから汚くなくなるとか。
    何て言うかあんまり薬学部の人が好きじゃなくて。変な言い方かもしれないけど、私の人生の学生時代で、大学が一番つまらなかったっていう記憶があります。地方から来てる人がすごく多くて、そういう友達は面白かったですかね。

    のの:お仕事されてきた中で、特に印象深い出来事はなんですか?

    たびのくま:そうですね。病院にいた時に、最後の方で、臨床研究コーディネーターっていうのをやってて。新しい薬とか、患者さんが試してくれる、つまりそれは難病の治療法がないから、治療法を開発しようっていうことなんですけど。
    それに参加してた患者さんが、難病なのに全然そんなこと気にしてないっていうか、まあ乗り越えてたんだと思うんですけど、病気のことじゃなくて、私のことを見て本をくれたりとか、新聞の切り抜き記事とかをくれたり、要はあなたこういうの興味あるでしょう、みたいにされてたのが、ありがたいというか印象的でした。

    のの:お仕事の最後の方で。

    たびのくま:はい。初めの方は、病院勤めだったんで、その頃まだパソコンがなかった昔なんで、汎用機って言って、大きなコンピュータ1個に端末がいっぱいついてるような機械を使ってたんですね。
    検査の仕事なんで、検査のデータが機械から出てきたりして。そのコンピュータに興味を持って、最初コンピュータのプログラムとかをやるような、検査部の中のそういう部署に、してもらったことが面白かったです。

    のの:なるほど。

    たびのくま:次の病院は、大学病院だったんですけど。規模は最初の病院と同じぐらいなんだけど、白い巨塔みたいで。
    最初の病院って、情報が全部一つになってて、部長会で色んな部署の人が、患者さんのためにこういうことをやってます。例えば夕食を出すのが他の病院より遅いとか、施設課の人が廊下を音立てないように絨毯を敷いたとか、そんなような改善点とかが、トップダウンで流れてくるんです。だから他の部署の人がどんなふうに工夫しているかとかが全部わかったんですけど。
    次の病院は、白い巨塔だからそれぞれの部署が全然別々に動いてて、全然分かんないのが随分違うなっていうのは思いました。その病院に長く勤めてから、臨床研究コーディネーターをやったんですね。病院から大学に転職したような感じなんですけど。
    その頃にちょうど、心理学の勉強もして、それは通信教育で3年編入して、心理学を学んだっていう感じで。その臨床研究コーディネーターっていうのが、国のプロジェクトだったので、結局プロジェクトの切り替わりでそこはやめて、薬局薬剤師になったんです。

    のの:心理学は、学んでみていかがでしたか?

    たびのくま:心理学って、今はわからないんですけど、人を測定する学問なんです。
    いわゆるカウンセリングみたいなのは、心理学のすごい一部だし、多分未だに国家資格はないんですよね。公認心理師が最近出来たみたいなんですけど。
    いわゆる心理学は人の感覚を測定したりとか、要は人の心を測定するような学問だということがわかりました。カウンセリングっていうよりは、研究するような感じ。例えば色がどう見えるとか色の印象がどうとか。

    未来:人の繋がりを作っていきたい

    のの:未来について聞かせていただきたいんですけど、この先どのように生きていきたいですとか、イメージはありますか?

    たびのくま:今は、いろんな対話会とかやってるので、昨日もしていて、面白かったんですよね。
    今までは同級生とか同世代の人とか、昔はテレビ番組とか、みんなが同じものを知ってたんで、共通の話題とか、その話題を知ってたら60年代だね70年代だねとか、そんなようなものがあったんだけど、最近はもう、まずテレビじゃなくてインターネットの情報だから。みんなそれぞれ好きな情報を得るので、共通の話題っていうのがそんなに得られず。
    昔は親も本当に忙しかったから、子供にそんな構ってられなかった部分があったと思うんですけど、最近はすごく子供に関わるようになったから、親子も密接になってきていて。だから子供が親に守られてる思春期ぐらいから社会に向けていくときに、非常に戸惑いがあるんじゃないかと。そのときに友達とかが、なかなか支えになりにくい。多様化してるから、全部ケースバイケースになってる。
    それでやっぱり以前とは違った人の繋がりが必要だよね、っていうような話になって。それは私も思っていたことなんで、そういう人の繋がりみたいなのを作っていきたいと思います。

    のの:人の繋がりというのは、具体的にはどういう場所をイメージされていますか?

    たびのくま:具体的には、自分がもう参加してるものもあって。
    エッセンシャルマネジメントスクールとか、それは基本的にはZoomで学ぶんだけど、仲良くなればリアルでも会うし、そこはいろんな繋がりができてるんですけど。その関連で自分が主催してるのは対話会なんですね。
    そういう繋がりから、電子マネーのeumoの方や、稲の多年草化栽培の人とも知りあいましたし。

    のの:死ぬまでにこれはやっておきたいっていうこととかありますか?

    たびのくま:それは特にはないかなあ。今でもやってるっていうか。
    やっぱり面白い人、稲の多年草化でもいいんですけど、自分と価値観の合うような、ガウディも自然の形を建築にしたんですよね、そういう人を知るっていうのと。
    もうちょっと自然を大切にする社会になった姿を見てみたいっていうか、そういうのに気づいた人が増えて、今みたいに人が全部奪っちゃうんじゃなくて、自然に返していくような。それを見てみたい感じですかね。

    のの:新しいことを知ったり、新しい環境に行ったり、そういうことをするのが好きですか?

    たびのくま:そうですね。2年ぐらい前に、エッセンシャルマネジメントスクールとかeumoとかに出会ったときがそうだったんですけど。
    今はそれぞれその人たちが活動してるから、一緒に応援していきたい感じですかね。
    自分というか、新しい場所っていうとどうなのかな。今より変えていきたい感じはあるけど、外国に住むとかそういうのはあんまり考えてないです。

    のの:自分の周りのことを良くしたい、という感じですか?

    たびのくま:それはありますね。将来沖縄に住むとかそういう話もあるけど、それは別に、何か変わるわけじゃない。もちろん自然に触れる時間が増えるとかそういう変化はあるけど、自分の気持ちとしてそんなに変わらない気がします。
    それは、いいなって思う時間が増えるとは思うけど、沖縄の話も特に具体的に決まってるわけじゃないけど。ただ、そういう仲間がいて、みんながそっちに行った方がいいってなればいいかもしれないし。

    のの:ありがとうございます。最後にこれだけは伝えたいってこと、ありますか。

    たびのくま:今は特にないかな。やってることは自分でもnoteとか書いてるし、そういうのでちょこちょこ伝えてるから。
    強いて言えば、もっと自然の奥深さを知ろうというか、そんなことかしら。病院に勤めてっていうのもあるけど、やっぱりすごい絶妙なバランスなんですよね、人の体。人だけじゃないんですけど、命っていうのが。

    のの:ありがとうございます。

    たびのくま:ありがとうございます。

    あとがき

    私はこのインタビューが初めてのインタビューで、始まる何時間も前から緊張してお腹が痛くなったりしていました。更に色々トラブルを起こしてしまい、もうこのインタビュー受けてもらえないかもと思っていましたが、しっかり最後まで受けていただけました。たびのくまさんには本当に感謝しております。お話を聞いていく中で、たびのくまさんの自然や生物に対する強いエネルギーを感じましたし、人に対しても優しい方なんだろうなということも感じました。たびのくまさんの様な方が増えればもっと私たちは周りの人や物事に対して寛大になれるのではないかと感じました。何よりも私も人の繋がりを作っていきたいと思う日々なので、たびのくまさんの気持ちに勝手に共感してしまいました。インターネットがあるから誰とでもすぐ出会える時代だけど、出会って終わりという関係性もあるし、出会いたくても一歩踏み出せない人もいるだろうから、どんな人でも人との繋がりが持てる社会にしていきたいですね。

    インタビュー担当・編集:のの

    #無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #エッセンシャルマネジメントスクール #エコロジー

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