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モデル業を離れ、フリーランスでコミュニティデザイナーも

    元モデルの人。という文言を入れようか迷って。見た目を引くっていう意味では入れようと思ったんだけど、入れませんでした。
    もちろん職業というものがその人をすごく表わすこともあるんだけれども、そうじゃなくない? この目的と理屈にあふれた現代の中でさ、職業という社会的役割を外れた、その人そのもの、っていうものを、この無名人インタビューではうかびあがらせたいんだ。
    そうそう、夏目漱石の「夢十夜、第六夜ですよ。
    「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋うまっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」
    私は小説を書きたかった。それはなぜなら、小説とは、もうひとつの世界だからだ。
    小説は、すべてできあがった、決まりきった世界というのではない。あるシーンが必要となり、そのシーンはどういうものですか? と問いはじめた瞬間から自発的に立ちのぼっていく世界なのだ。
    だから、今、もしもあなたが、別の世界にいたら? それはどんな人なのだろう?
    って聞いた瞬間から、普段は実は隠れているかもしれないあなたらしさが、立ちのぼってくる。
    今の世界での肩書より、よほどそっちのほうが、その人じゃないのかと思う。
    思ってる。だから今日の無名人インタビューも楽しんでいってね!(主催:qbc)

    今回ご参加いただいたのは 澁谷里穂 さんです!

    現在:同じ場所にずっと居れないんですよ。同じ家に居て、帰ってっていう、そういうスタイルがあんまり自分の性格上駄目で。

    qbc:今、何をしている人でしょうか?

    りほ:今は、フリーランスと言えばフリーランスにはなってくるんですけど。
    昨年の秋までモデル業をしていて、9月頃に、自分の中でモデルが100%で生きていけないような感じになって。
    生きていけないっていうか、自分の中でモデルって絶対100%以上のキモチじゃないとしたくないぐらい、一番好きな仕事なので。
    100%を下回った瞬間に、もしかしたら違うことしたいのかなと思って。

    今は、デジタルマーケティングと、あと文章を書くこと、それからシェアハウスでコミュニティデザイナーって言って、シェアハウス内のみんなが心地よく過ごせる空間作りだったりとか、話したことない人たち同士が話すきっかけを作るような役割をしていて。

    ご本人。かっこよ。

    qbc:今のお仕事は、どんな感じでやられてるんですかね?

    りほ:平日はデジタルマーケティングの会社のアシスタント業務をしていて。コンサルだったり、SEOだったり、クリエイティブだったり、サイト制作だったり。メインで動いてないんですけど、メインで動いてる人の細かな作業を手伝っています。
    コミュニティデザイナーっていうのは、いつ勤務とかがないので、シェアハウスに住んで常にアンテナを張っている感じです。

    qbc:あ、一緒に住んでるんですね。

    りほ:住んでます、住んでます。住人として住んで、コミュニティデザイナーですっていう、バッジというか、立ち位置ではいるっていう感じですね。

    qbc:ライティングはどんな感じですか?

    りほ:はい。ライティングはまだまだ勉強中なので、仕事ではなく個人的な活動ですね。これで何か形にしていけたらなって、今模索中です。

    qbc:今、このお仕事はしっくりきてますか? このまま続けそうかなっていう感じですか?

    りほ:マーケティングはお試し期間に近いですね。これを一番したいかって聞かれるとそうではなくて。
    モデル業をしているときに、将来的に自分で仕事を持ちたいなってふわっとは思っていたんですけど。あまりにそういうお金のまわりだったりとか、物やサービスがどのように売られて買われているのかみたいな、そういうことを全く知らなくて。勉強したいなっていう気持ちで今マーケティングを始めたので。

    qbc:コミュニティデザイナーの方は?

    りほ:コミュニティデザイナーは一応、来年の2月で契約は終わるんですけど。
    シェアハウスのコミュニティデザイナーだけをやっていきたいというよりは、もうちょっと広く見て、人と人が繋がるきっかけのような何かを、今まだ形としてわかんないんですけど、そういう場作りはしていきたいなっていうのはふんわりと思ってますね。

    qbc:これじゃないけど、やってること自体はこんな感じのっていうとこですかね? コミュニティデザイナーに関しては。

    りほ:そうですね。

    qbc:ライティングは、書きたいのか、手法として身につけたいスキルなのか、っていうとどちらですか?

    りほ:それがすごい難しくて。今動画配信があったりとか、Instagramで旅の写真を載せたりだとか、情報提供とか、いろんな発信の仕方があるなと自分の中で思っていて。
    いろいろやってきたんですけど、でも書く方が自分の一番素直な部分を出せるなって去年に気づいて。
    noteとかも、それこそ去年まで存在を知らなくて。自分のFacebookのアカウントで、自分の思いだったりとか、気持ちとか、今後の目標とかを綴ってたんですけど。
    でも、ちゃんと文章として形にして、一言でも誰かのきっかけになればなって思っていて。それがビジネスだったりとかお金になるかは、まだ全然イメージできないんですけど、強めていきたいなっていう感じのポジションですね。ライティングは。

    qbc:モデルが100%でできなくなったっていうのは、どういうことだったんですかね?

    りほ:いろんなきっかけが重なったんだと思います。
    それこそコロナは私が海外に行けなくなった理由でもあって。でも正直な話、海外に行こうと思えば、別にコロナでさえ行けたんですよ。何かしらのね、証明書だったりとか。
    自分の努力次第で絶対行けたはずなんですけど。そこで行く努力をしなかった自分に気づいて。でも本当に今までだったら、そんなことはあり得なくて。
    どんだけ壁みたいなのがあっても、行きたいところには絶対挑戦していくようなスタイルでやってたので、モデルは。それをしなかった自分に気づいた瞬間に、もしかして他のことを知りたいのかなとか。別の世界で働いてみたいのかもしれないとか、いろんなことを考えて。

    去年も今とはまた別のシェアハウスで、同じようなコミュニティ作りの中心にいたんですけど。そこで自分の経験だったりとか、話せるテンションだったりをすごい喜んでくれる人たちと出会って。
    この人たちに自分の経験だったりとか、できることバックしていくっていうのもありだなって感じたっていうのもありますね。

    qbc:なるほど。ちなみにどういったモデルをされていたのかっていうところをお聞きしてもいいですか?

    りほ:20歳で専門学校を卒業して、東京都内では、ヘアショーだったり、ファッションショーなど。知人経由で動くことがメインでした。
    そして、一度挫けそうになった頃、モデルとして海外のファッション業界に挑戦していない自分に後悔して、23歳でヨーロッパに飛んで、イタリアの事務所に入って、毎日のようにオーディションに行って、仕事を取ったら仕事って感じでした。

    qbc:この頃は、充実してた?

    りほ:充実しすぎてましたね。

    qbc:この期間は、海外を行ったり来たりって感じ?

    りほ:そうです、そうです。完全に住んでたわけじゃなくって、実家と海外を行き来して。
    例えば、イタリア・ミラノにいる間に、ヨーロッパの国を渡ってみたり。また実家に帰って次のフライトの準備。アルバイトだったりで生活費稼いで、また飛ぶみたいなのを繰り返してましたね。

    qbc:モデルになりたいと思ったきっかけって、何だったんですかね?

    りほ:撮影ですね。
    私、元々はモデルやろうと思ってなくて。
    専門学校自体はアロマセラピーの、全然ファッションだったり写真だったりが関係ないところに行ってたんですけど。
    知り合いのフォトグラファーさんに、「お仕事ではないけど作品撮りのモデルをしてくれる人を探していて、りほちゃん身長高いし、細いし、やってくれない?」みたいな感じで依頼されて。

    そこで、待ってる時間がすごい長かったんですよ。
    ヘアメイクをしてもらってる間とか。カメラのセッティングしている間待っていて。そのときに、ELLEとかvogueっていう海外のファッション誌を置いてもらって。雑誌見て待っててみたいな感じで、初めて海外のファッションモデルの写真を見て。めっちゃかっこいいってなって。
    それまで身長が高いことで、「かわいくない」だったりとか。高いことで馬鹿にはされてないですけど、女の子らしいことが似合わなかったりだとか。
    そういうネガティブな要素が多かったんですけど、かっこいいじゃん背高いの。みたいな感じですごい衝撃を受けて。その日の作品撮りをした後、自分の写真を見て、こういうのができたらいいなって、確信に変わっちゃいました。

    卒業3ヶ月ほど前に、内定も決まってたんですけど、もうモデルへの気持ちが大きくて、内定も蹴りました。先生たちにごめんなさいって言って。
    卒業してすぐ、二週間くらいで何もわからないまま上京しました。

    qbc:性格について、周りの人からはなんて言われます?

    りほ:正直わかんないです。とりあえず、すごいって言われることがめっちゃあって。
    例えば人と会話をする能力だったりとか、やりたいことをまずやってみるっていう行動力だったりとか。飛び抜けて前向きだよねって言われますね。

    qbc:自分の性格について、ご自身ではどう思われますか?

    りほ:元々すごい人見知りなんですよ、幼少期とかは。ちょいちょいネガティブだし。
    なんでこうなったのかって冷静に考えると、やっぱり海外に行った経験はすごく強くて。言葉もわかんないし、文字もわかんないし、良しとするものが全然違うっていうのに触れて。自分ひとりの主観で、これいい、悪いって決めちゃ駄目だなとか。すごいさっぱりしましたね。
    人に依存している時期も昔はあったんですけど、今は何か、人のことは大好きだけど、自分は自分だしっていうタイプになったなって。

    やってみないとわかんないじゃんとか、話してみないとわかんないじゃんとか。
    「あの人はこの人のことが嫌いでも、私は別にそう思ってないからいいじゃん」とか。見たもの・聞いたことをちゃんと信じたいタイプです。

    qbc:近しい人からは、性格についてなんと言われますかね?

    りほ:姉からは、りほがシェアハウスで中心に立っているなんて考えられない、とまで言われますね。
    家族は、人見知りの子供だったのを覚えてるんですよね。

    qbc:なるほど。りほさんの、意外な一面ってありますか?

    りほ:えー、意外な一面?
    私、感受性めっちゃ強くて。優しい友達は「それを繊細って言うんだよ」とか言ってくれるんですけど、本当に感受性が強すぎるだけで。
    例えば今の時期でいうと、夜涼しくなる時間帯あるじゃないですか、暗くなって。散歩していて、秋の風気持ちいいなとか思いながら、泣いちゃうときとかあるんですよね。
    それとか、私、誕生日だったり、送別だったり、お祝いでサプライズすることが好きなんですけど、そういうときに、やってる自分もなんか泣けてきちゃうというか。
    喜んでくれてる姿が嬉しすぎて泣いちゃうんですよ。

    逆に、自分がサプライズされたときも弱くて。
    先日誕生日だったんですけど、そのときも、シェアハウスのみんなにサプライズされるって知ってたんですよ。それで、ケーキとかムービーとか作ってくれてて、みんなが集まってくれてたときは、すごい感動して。知ってたのに泣いちゃいましたね。

    qbc:お誕生日おめでとうございます。

    りほ:ありがとうございます。繊細って、いろんな言い方があると思うんですけど、なんかあんまりしっくりこなくて。自分に対して繊細っていう言葉が。ただただ何か、感受性強すぎって勝手に自分で思ってますね。

    qbc:何かイベントがあると泣いてしまうことが多い?

    りほ:イベントだったりとか、胸が熱くなるときとか。思い出し泣きみたいな。ワンワン泣くっていうよりは、ツーって涙が出てくるみたいな感じですね。

    qbc:これは子供の頃からですか?

    りほ:子供のとき、めちゃ泣き虫ですね、多分。

    qbc:じゃあ、比較すると減った?

    りほ:モデルでメンタルが変わりすぎて。もうとにかく強く、強くならないとって思ったし。なめられちゃいけないだったりとか。自分に自信しか持たないっていうスタイルでずっとやってきたのかな。今も少なからずはあるんですけど。
    それでストッパーがどっかで変わっちゃったんでしょうね。

    qbc:なるほど。好きな食べ物はなんですかね?

    りほ:イタリアンですね。

    qbc:イタリアンの中でも、特別これは、みたいなのあります?

    りほ:パスタは食べるのも作るのも好きです。
    あと、死ぬ前に食べたいってレベルで言うと、モンブランがすごい好きです。日常的にモンブラン食べてるわけじゃないんですけど。
    日常的に食べたいのはイタリア料理。日々自炊してイタリアン食べてます。

    qbc:モンブランは、どこが好きですか?

    りほ:栗がそもそも好きなんですよ、ちっちゃい頃から。美味しいケーキも食べて、1周2周回って、やっぱりモンブランだなって。
    栗のクリームと、スポンジの中に入ってるゴロゴロの栗だったりとか。甘いものを控えるようにはするけれど、モンブランに関しては食べないと絶対生きていけないって感じですね。

    qbc:最近一番楽しかったことは?

    りほ:難しいな。最近一番楽しかったこと。宮古島に旅行したことかな。

    qbc:旅行、お好きですか?

    りほ:そうですね。非日常だったりとか。
    同じ場所にずっと居れないんですよ。同じ家に居て、帰ってっていう、そういうスタイルがあんまり自分の性格上、駄目で。帰ってきたら次どこに飛ぶとか、どこに旅に出ようとか、考えるのが、すごい好きですね。

    過去:海外に行くまでは、髪を染めて、濃いメイクをして、痩せて、いろいろな格好をして、とにかく派手、派手にしてオーラをつけようとした自分がいて。真逆なんですよ、もう。向こうで認められた姿って。

    qbc:子供の頃はどんなお子さんでしたか?

    りほ:今のまんまなんですよ、みんなととにかく楽しいことをして、笑って過ごす。中学校の体育祭で、私は運動が苦手なんですけど、応援して、応援しすぎて泣く、みたいな。本当に、自由奔放な感じで。
    高校は逆に、学校に楽しさを全く求めてなくて。学校は学校、学校が終われば外のコミュニティで遊ぶとか。結構、ませてたところはありますね。
    それより前の、幼少期は人見知りっていうのと、なんとなく人の顔色をうかがってたのかな、っていうシーンはたまに頭に浮かびますね。

    qbc:本当に小さい頃、小学校に上がる前ぐらいの頃は、どんな遊びをしてました?

    りほ:ゲームや泥んこ遊びですね。泥でお団子作ってとか、お山作ってとか。よくやってた記憶がありますね。
    あとは、お母さんがテディベアを、2歳とか3歳ぐらいのときに作ってくれてて、きょうだい全員に。そのテディベアでおままごとじゃないですけど、人形遊びだったりとか。シルバニアファミリーとかもやってたなって感じですね。

    qbc:男の子っぽい、女の子っぽいでいったら、どっち寄りの感じでした?

    りほ:かわいいものがすごく好き。だけど、ドラゴンボールとかポケモンとかも好き。
    ジャンプ系のアニメが好きだったし。多分、ほわほわってした女の子っていうよりは、男子と同等で喋るみたいなタイプでしたね。

    qbc:高校は、それまでと違ったんですかね?

    りほ:中学が好きすぎて。中学が終わったっていう、虚無じゃないですけど、それが受け入れられなくて。中学終わっちゃったな、みたいな感じのまま高校になって。
    あと単純に高校は、学校全体と自分のタイプが違っていて。だったら別に、話せる子1人2人いたらいいやとか、逆にもう1人でもいいやっていうぐらいのテンションだったので。めっちゃ急に落ち着きましたね。
    そのおかげで、mixiなどのSNSを知って、好きなことが一緒の人たちだったら別に、学校の友達じゃなくてもいいじゃんって思えて。
    大学生や社会人の人たちとご飯したりとかするようになりましたね。

    qbc:何系統の友達と知り合ってたんですかね?

    りほ:それこそ学生時代、6年間ほど、中川翔子さんが好きで。本当にキラキラしてて大好きでした。
    その関係で、同じファンの人だったりとかっていう感じですかね。

    qbc:あ、もっとロックとかそういうのが好きなのかなって。

    りほ:ね。そうなんです。
    そもそも、かわいいもの、自分がなれない女の子像みたいなところもあって、中川翔子さんに憧れてて。彼女のファンって、みんなめっちゃかわいいんですよ。ふわふわしてて。
    変な意味じゃないですけど、そういう子たち、すごいかわいいなみたいな。「かわいい服っていいよね」ってなりながら、自分もかわいい服着てたんですけど。
    そんななかでも、身長が高いことでサイズ感が合わないだったりとか、背高いの嫌だなみたいなのもありましたね。

    qbc:その頃の感情って、どんな感じでした?

    りほ:同じものが好きだから必然的に会話も途切れないし、そもそも年齢とか性別への壁みたいなのが一気になくなりましたね。
    それは結構、今に影響するなっていうのは、しみじみ思うっていうか。
    人を年齢とか、同じ学校だったりとか、自分と共通点があるかないかで差別しない、区別しない。何でもいいじゃんみたいな。
    同じ趣味で楽しく過ごせたらそれでいいじゃんっていうスタイルだったなって感じですね。

    qbc:家族との仲っていうのは、どんな感じだったんでしょう?

    りほ:今とほぼほぼ変わらないですね。お母さんが一番の親友で。お姉ちゃんと弟いるんですけど。お姉ちゃんとはそれなりに遊ぶし。
    さっき言った宮古島の旅行も、お姉ちゃんとお母さんと行ったんですけど。姉であり、友達に近い感覚。全くタイプ逆ですけどね、自分と。

    qbc:お姉さん、どういうタイプですか?

    りほ:考え方が、いい意味で逆で。姉の方が世渡り上手です。目上には目上に向けた態度を取れるし。いい塩梅にちゃんとできるような人。

    qbc:逆って言っても、りほさんはコミュニティデザイナーができるじゃないですか。

    りほ:姉は、そういう集団生活は絶対無理なんですよ。

    qbc:ああ、なるほど。お姉さんの場合は、シチュエーションがあればできるってこと?

    りほ:そうですね。例えば会社だったりとか、ちょっとお硬いシーンとか。そういうところで私ができない対応ができる人。
    頭の使い方とかも全く逆って感じですね。

    qbc:お母さんはどっち寄りだったんですか?

    りほ:お母さんは多分お姉ちゃん寄りなのかな。私の性格はほとんどお父さんなので。

    qbc:弟は?

    りほ:弟は誰ともタイプが違います。めちゃくちゃ静かですね。

    qbc:お父さん、ロックなんですか?

    りほ:当然、社会の先輩ではありますが、生き方はめちゃくちゃですよ。

    qbc:ご自分の中で、家族の影響は強いですか?

    りほ:お母さんの影響が強いのかな。

    qbc:高校卒業後の、進路進学は?

    りほ:アロマセラピーの専門学校ですね。
    お母さんがずっと美容師やってるんですけど。10代から今現在までずっと。お母さん=美容師でできてるみたいな。
    そんな中、アロマセラピーとかリフレクソロジーの資格を取りにスクール通ってて。家でアロマを焚いてくれたりとか、マッサージをしてくれてたんですけど。
    高校生のときに、お母さんが美容師以外のことを勉強してるってことに、私すごい関心を持って。単純に面白そうだな、アロマセラピーいいなって思って。高校のときに専門学校探して、なかなか見つからなかったんですけど1校だけあって。すぐ決めたって感じですね。

    qbc:専門学校、どうでした?

    りほ:私の生き方の軸になってますね、その学校は。
    アロマセラピーって、まず心身の健康を理解しないといけなくて。考え方はいろいろあるんですけど、リンパだったり、栄養学、心理学、筋肉解剖学。五感だったりとか、癒しに繋がる色、照明とか。
    あと、アロマサロンの経営をするなら、簿記も知らないといけないよねっていうので、簿記の授業もしたり。それから自分も健康になるために、エアロビクスの授業も。

    本当に、健康を軸にいろいろやって。それがめちゃめちゃ自分の中ではヒットして。健康志向が流行る、もっともっと前から自分はそれに触れていたなっていう自信はありますね。

    qbc:ヨーロッパに行きたいと思ったきっかけって、どういうものだったのでしょう?

    りほ:やっぱり、最初に見たのが海外のファッション誌だったんで。いつかパリに行きたいとか、いつか海外にモデルとしていきたいっていうモチベーションで東京に出たんですよ。
    20歳でパスポートを初めて作って、必ずモデルの道で使う!って決めてたので。
    大阪出身なんですけど、やっぱり日本で芸能といえば東京だろうな、みたいな。ふわふわっとしか知らなかったけど。
    でも、いろんなことを知らないまま行ったんで、痛い目にももちろん遭って。でもいつかは海外に行きたいっていうので頑張れたし。
    もうそこだけしか見れなかったですね。

    qbc:とはいえ、東京で3年4年ぐらいやられてるんですよね。

    りほ:元々海外のモデルさんに憧れたので、金髪に染めたりとか、カラーコンタクトをして、ハーフメイクみたいなのを突き通してたんですけど。
    自分じゃない、もう1人の自分みたいな。全部作り込んだ自分っていうのでやってればいいと思ってたんです。

    あるとき、何も成長できてないなって思いました。

    モデルを海外へ紹介しているプロデューサーさんとヨーロッパへ行くと決めたとき、「まずは髪をきれいに整えて」ってストレートに言われて。
    パリに行きたいんだったら、もっとアジア人としてのあなたの魅力を出さないと、って言われて。そっかぁってなって。

    実際にパリへ行ったときに、あなたのその髪の毛だったりとか、目だったり、黄色人種の肌色だったりがすごく素敵って言われて。
    私が今まで隠してきたものを全て肯定されて。いいんだ、このままでみたいな。
    私は本当に、私の顔のままでいいんだと思えて。じゃあもう私自身が肯定される場所は東京じゃなく海外なんだったら、こっちで頑張りたいってなって。そっから全部スイッチしたって感じですね。

    qbc:最初に行ったきっかけって、何だったんですかね?

    りほ:22歳の頃に、さっき言ったプロデューサーさんの関係者を紹介してもらったんです。
    でも海外でやっていける自信がなくなってしまって。憧れはあるけど自信はないみたいな。すごいわがままなんですけど、その状況で1回「行きます」って言ったものの辞退したんですよ。それで良かったってなってたはずなのに。

    1年半ほど経って、それだけがずっと悔いに残って。
    なんであのとき断っちゃったんだろうってなって。だって私が東京に来た理由ってそもそも海外に行きたいからワンステップとして来ているのに、当時相談した人には東京で頑張ってから行った方がいいとか、まだ早いみたいなネガティブな発言もあって。
    そこで押し切れなかった自分が悪いと気づいて、もうめっちゃ後悔したんですよ。

    もう終わったわ、モデル人生。みたいな。
    それで、モデルやめようってなったんですよ。でもやめる前に1回、紹介してもらった人に連絡してみようと思って。
    「すみません、1年半ぐらい前に紹介してもらった澁谷と申します」みたいな。という感じでラストチャンスをいただいて。
    その後悔が大きすぎて、本当に自分がやりたいことをすぐ自分でやるって決めなきゃ駄目だって思って。そういう勢いもありましたね。

    qbc:このままでいいんだ、アジア人としての今の素の自分、肌とか髪を褒められたときの気持ちは、どんな感じでしたか?

    りほ:感無量ですよね。言葉が出なかったですね。

    海外に行くまでは、髪を染めて、濃いメイクをして、痩せて、いろいろな格好をして、とにかく派手、派手にしてオーラをつけようとした自分がいて。真逆なんですよ、もう。向こうで認められた姿って。
    無地の衣装に、肌をちょっと整えるメイク。マスカラもなければ、顔に色を付けるわけでもなく。髪の毛もストレートのまま結ぶだけっていう。
    今まで、これじゃ駄目って自分の中で思ってたものが、一番いいって言われたっていうギャップに、驚きと感動って感じです。

    qbc:文化の違いも感じたんですね。

    りほ:特に、イタリアが大好きな理由が、やっぱり愛の国だなって思って。そこで出会う人たちとモデル業ができたから、余計にモデル業が好きになったんだろうなと思います。
    ミラノの事務所に所属したので、過ごした時間で言うとイタリアが長いですね。

    未来:私のなかで、よそはよそ、うちはうち、みたいな。

    qbc:未来について質問です。5年10年、30年40年、最終的に死ぬまでっていうのをイメージして、未来ってどういうふうに考えてらっしゃいますかね?

    りほ:、仕事で言うと、やっぱり自由に行きたいところへ行きながら仕事をしたいっていう。すごいベタなんですけど。めちゃくちゃベタではあるけど、ひとつの場所に留まりたくないっていうのがある。

    少なからず私、今まで、今日までっていろんな人の影響とか刺激を受けて、間違ったことは正してもらったりとか、でもやっぱりやりたいことはやらしてもらったりとか、絶対ひとりだったらこんな性格にも、今の生活にもならなかったし。
    もちろん今、何か成功してるかっていったら、何も成功してなくて。肩書きとかもないし、マネタイズできてるわけでもないし。
    本当にそれこそ無名になった。というか元々無名なんですけど。
    有名なモデルじゃないから、ずっと無名ではあるけど。今『モデルです』みたいな、はっきり私はこれっていうのが今はないので。裏方に回ったなって感じがするんですけど。

    でも、やっぱ将来は表に出ていろんな人の顔を見て、顔を見てもらって名前知ってもらってってしたいし。そういう自分を見て、誰かの頑張るきっかけにもなりたいし。モデル業をやってるときに、瘦せすぎた経験とかもあるので、女の子の痩せすぎに対しても、アプローチをかけたいと思っていて。

    今まで頭の中がモデル100%だったものをなくした瞬間に、これもこれもこれもこれもやってみたいみたいなのが今あるので。絶対ちゃんとまとめないと失敗するんですけど。
    少し先は、やりたいことが今いっぱいあるので、学ぶことありすぎるなって感じですね。

    qbc:今、ばあっとやりたいことが広がってるという状態ですかね?

    りほ:そうですね。絶対この職業、みたいなのが本当になくて。だからフリーランスって言っていいのか、ニートなんじゃないかと思うときありますもんね。
    でもやっぱり、色が全然違うものが、今、一気に出てきて。それに興味を持ってやっているっていうのは、それこそ自分の可能性を、また新たに知ったというか。新しいことまだできるなって思いましたね。

    qbc:冒頭でおっしゃっていたんですが、自分の経験を人に伝えたい、という気持ちは、これはどこからでてきたんですかね?

    りほ:私自身がいろんな人に救われたし、シェアハウスの影響も大きかったのかなって思うんですけど、特別な経験をしてきたなって思って。
    もっと特別な人はいっぱいいます。全然いるけど、こんな大阪の田舎で育った庶民の女の子が、やりたいことっていうひとつの目標だけで、性格も変わればいろんな経験もしたしっていう。
    いくつになっても変化できるんだって思って。やっぱり、留まっている人がいるならそこをすくい上げてあげたいっていう気持ちが大きいですね。

    qbc:伝えたい相手は、10代? 20代?

    りほ:まずは10代かな。学校とかでこういう話をできたらなっていうのはすごく思ってますね。
    20代でも、やっぱり伝えたいことはあって。「もう20歳」とか思わないで、「まだ20歳」で考えてほしいし。思うことはいろいろありますね。

    qbc:書くのがしっくりしてきたっていうのは、自分の中でなんだったんでしょうかね?

    りほ:今話してて感じてると思うんですけど、言葉があっちこっち行くんですよ、喋ると。
    自分の中で、今何を聞かれてたんだっけ? とか。何をゴールに今喋ってたんだ? ってなるときがよくあって。
    このテンションなんだからYouTubeとかやればとか言われるんですけど、そうなってくると、自分何喋ってんだこれ、みたいになっちゃう予感しかしなくて。

    文章だったら、私が今言いたい感情は何なんだっけ? で1回Googleで検索して、これがしっくりくるわ、みたいな。この感情とかこの現象はこういう言葉を使うんだとか。
    だから、文章の方がちゃんと人に伝わるなと思って。

    今までだったら、自分の感情を書くみたいな感じで、Facebookとかに文章書いてたんですけど、やっぱり文章を書く本とかいろんな人の記事とか見てると、すごいわかりやすいと思って。
    バーって話す自分よりは、落ち着いて話す自分もいるよっていうアピールをしたいなって感じたのが大きいですね。

    qbc:もしもの未来という質問をしていましてですね。
    もしも、りほさんが高校卒業の時点に戻ることができたなら、どういう道に行きますか? 今の自分が、記憶を残した状態で戻ったとしたら、どうすると思いますか?

    りほ:今の記憶を残した状態だったら、絶対モデル選んじゃいますね。

    qbc:専門学校行かずに?

    りほ:行かずに。その時点から海外を選んでモデルをしていたらどうだったんだろう? 後悔じゃないですけど、気にはなりますね、やっぱり。

    qbc:今もう、モデルに戻ろうっていうか、再開する予定っていうのはないですか?

    りほ:モデルをしたいっていうのはないです。
    ただ、完全にやめた、もう興味がないっていうことは嘘で。モデルとして活動したいっていうよりも、一個人として活動をしたい。もちろん撮影もしたいし、人として表現したい。

    qbc:自分の経験を伝えるとしたら、一対一がいいですか?
    YouTubeとかSNSって、一対多のことが多いじゃないですか。そういうのと比べると。

    りほ:でいうと多分、一対一の方が得意ですね。
    みんなにちょうどフィットする情報ってないと思ってて。だから今、noteとか、ブログでも発信してるんですけど、それはあくまで私が持ってる情報でしかなくて。
    それを良いように砕いて、本人に一番フィットする形で受け取ってもらえたらいいんですけど。情報はもう溢れすぎてるし、絶対これが正解だよって自信を持って言えるかっていえば、時と場合によっては違う可能性もあるじゃないですか。

    記事の発信はもちろん続けるけど、たまたま出会った、例えばモデルの子だったりとか、ダイエットで悩んでる子だったりとかに、「今ってどういう状況なの?」ってヒアリングして、「どうしていきたいの?」っていう上でアドバイスというか、その子のかゆいところをちょっとかいてあげたい。自分でちゃんと動くように持っていってあげるっていうのがすごい楽しい。今もたまにやるんですけど。
    私が、これをしてっていうんじゃなくって、かゆいとこかいてあげて、本人が気づいて、じゃあこうしてみようかなっていうところに持っていってあげたいって感じです。

    qbc:その人がうまくいったっていうときに、りほさんどんな感情になりますか?

    りほ:嬉しいですよ。「ひとつまた自信になります」とか、「やってみようと思います」って決めてくれたときとかは、例えば夢がある子だったら成功すればいいなと思うし、すぐファンになるし。
    やっぱ後悔してほしくないっていうか。
    悩んだ結果やらなかった、でも1年2年経って、やってたらよかったって気持ちになって欲しくないので。そういう自分の情みたいなのは結構強めに出ちゃうんですけど。

    qbc:同じところに帰ってくるのが苦手っておっしゃってたんですけれど、それって、同じところにいるのはどれくらい平気ですか?

    りほ:私、この2年間ぐらい、居所がコロコロコロコロ変わってて。今のシェアハウスも、この11月で1年経つんですけど、長いなって感じてるし。
    来年の2月でコミュニティデザイナーの契約が切れるので退去するんですけど、2月まで3ヶ月。寂しいけど、長いなぁ。みたいな気持ち。
    だから1人で旅に出ちゃったりとかするんですよね。

    qbc:同じポイントにいると、どういう気持ちになりますか?

    りほ:止まってるって感じがします。もっといろんな場所でいろんな景色を見て、空気を吸って、人と交流してってできるはずなのに、今日もできたはずなのになとか。
    特に同じ席に座って1日仕事するのは、本当苦手です。

    qbc:それはいつからですか?

    りほ:それも多分海外に行き始めてからなので、24、25歳とかですね。

    qbc:なるほど。最後に、言い残したことがあればお伺いします。

    りほ:私のなかで、よそはよそ、うちはうち、みたいな。人の目、人と仲良くすることだったりに依存しないで。もちろん人間関係を築くことは私も大切にしているし、おろそかにしちゃ駄目。
    人を大切にすることはおろそかにしちゃ駄目だけど、でもやっぱり人は人、自分は自分なので。例えば就職蹴ってどう思われるとか、海外に行ってどう思われるとか。
    言いたいことを言おうとしても、周りの人は意見が違うし、言えないなっていうようなことに対しては、もっと自分を大切にしてほしいっていうのがすごいありますね。

    人を大切にするのと、自分と他人は違うって割り切るのとでは、違う軸だと思っていて。
    自分は自分だから人とも仲良くしないとかは、それはまた話が変わってくるけど。どこかでスイッチを切り替えて、私は私のことを考えている。
    こうしていきたい、こうなりたいって思ってるなら、まず自分の気持ちを優先してほしいだったりとか。人に合わせて結局したかったことができなかった、なりたいものになれなかった。で、おばあちゃんになっちゃった。おじいちゃんになっちゃった。っていうよりは、ちょっとなんかあの子変わってるよねって言われてでも、やりたいことをちゃんと自分で決めて進んでほしいなって思ってますね。

    あとがき

    今日の無名人インタビューも読んでくれてありがとうございます。
    うれしいです。感想は、ぜひコメント欄に残していってくださいね。
    つめあと、待ってます。
    ということで、けっこうね、モデルはじめ、芸能人というか、自分の肉体を商品にしている人たちって大変だよなと思っているわけです。
    営業したことあります? 私は営業していたことがあるので、感情労働っていうのをしていたわけですが、感情労働ってやっぱり疲れますよ。
    でも、自分の体を使うっていうのもまたね、疲れることなんです。私もときどき、テレビ通販やってたときに、業者の役する人がいないんで、じゃあqbcさんお願いします、て言われて出たりしますよね。インタビューも仕事で受けたことありますし。
    そうですね。まあ、本業の方とは比べる余地もないんですが。
    ただ、体と心を同時に使うのって大変なのよね。
    わかるわ。
    静かなところでまず休むということからね、私はまず、早めにしたいんですよ。
    ちゃんと、ゆっくりとした眠げが訪れるのなら、人間は、正しく回復できるのだからさ。

    インタビュー担当:qbc

    編集:mii

    編集協力:あおい

    #無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #モデル #海外

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