
【短編小説】ことりのお気に入りの絹
「また明日」って言うくらい簡単に、「殺しちゃうよ」って絹ちゃんはよく言う。だからあたしは、「大丈夫だよ」ってよく言う。
「浮気なんかしたら殺しちゃうよ、小都里」
「大丈夫だよ。あたしが死にそうになったら、優しい絹ちゃんが助けてくれるもん。優しい絹ちゃんは、いじわるな絹ちゃんより強いもん」
絹ちゃんは切れ長の目をさらに細めてあたしを見つめる。あたしは絹ちゃんのこの鋭い目つきが好きなんだけど、絹ちゃんはあたしのコンプレックスでもあるたれ目が好きなんだって。自分にないものを求めてしまうのは人間の性だよね、絹ちゃん。そう言うといじわるな絹ちゃんは怒る。
絹ちゃんはふたりいる。いじわるな絹ちゃんと優しい絹ちゃんがいるけど、あたしはどっちも好き。いじわるな絹ちゃんはあたしが嫌いなんだって。でも、浮気は許さない。
「本当はもうひとりの私だって、あんたなんか嫌いなんだよ」
「じゃあなんで好きって言ってくれるの?」
「あんたが可哀相だからだよ」
「あたしって可哀相なの?」
「すっごくね」
「絹ちゃあん」
あたしが泣きつくと絹ちゃんは面倒くさそうな顔をする。だけど無視だけは絶対にしないから、あたしはますます絹ちゃんを気に入って、好きになっちゃう。
「なんだよ」
「食べてみたいな」
「死んでもさせねえ」
絹ちゃんはあたしの頬をつねった。長い爪が痛い。いじわるな絹ちゃんはワガママで乱暴で正直だ。
「私は男がいいんだよ」
「ひどい」
「あんただって好きだろ、絹より」
「そんなことないもん。絹ちゃんの方がちょっと、好きだもん」
「ちょっとかよ。私、可哀相」
「絹ちゃんも可哀相なの?」
「あんたよりはマシだけどね」
「じゃあ、おそろいだね」
「一緒にすんな」
絹ちゃんがあたしの手を振り払う。なんだかそうしたくなって、あたしはさらに絹ちゃんに近づく。
「絹ちゃあん」
「なあに?」
背中に顔を埋めると、打って変わってあまい声が聞こえた。あ、優しい絹ちゃんだ。久しぶり。
「絹ちゃん、あたしのこと好き?」
「好きだよ、小都里。浮気なんかしてない?」
「大丈夫。もちろんだよお」
優しい絹ちゃんはあたしが抱きついていても怒らない。バレバレの嘘を疑わない。求めるだけで何でもくれる。あまい笑顔で、愛をささやく。
絹ちゃんはふたりいる。いじわるな絹ちゃんと優しい絹ちゃんがいるけど、あたしは実は、いじわるな絹ちゃんの方が好きだ。これって浮気だよねえ、絹ちゃん。ごめんね。あたしのこと、殺しちゃわないでね。あたしたちには明日もあるよね。きっとそうでしょ。
「ねえ、好きだよ。小都里」
おそらくとびきりの笑顔で絹ちゃんが言う。何でもくれるけど、なんにもくれない。あたしがあげないからかなあ。確かめるのが怖くて、目も合わせずに、あたしはゆっくりとほほ笑み返す。
喉が渇いた。
10.03.04初稿/25.12.29改稿
「また明日」から始まる