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整体師とお坊さんとカカシ 第12話

    「ランバーロールの魔女」
     その人が現われると野中さんをはじめ院長クラスの先生方が口々に囁いた。

     私は福岡ハイグラホテルで行われたFBG九州エリアの講習会に参加した。
    ツンノーテで開かれる勉強会とは規模も雰囲気も別次元のよう。
    港湾埋立地にそびえ立つ建築物は観光客にとって豪華なリゾートかもしれないが、これから3日間も缶詰で講習を受ける身としては脱出不可能な要塞に見えてしまう。

     九州各県の施術院から希望者が集まるなか、ツンノーテからは私と今野ふとし先生、付き添いで院長の野中明夫さんが参加した。すでに初段を持つ先生達は受けなかった。費用がそれなりにかかることもあり、自身で判断して受講するスタンスらしい。
     
    私は少しでも早く上達したいとの思いから受講を選んだ。

     チェックインを終えてロビーでぶらぶらしていると、やがて午前10時から大ホールで開会式が始まった。目立たぬように見回したところ50名ほどはいるだろう。FBG本部および九州支部の偉い人たちが挨拶と講習会の主旨を説明した後、スケジュールに沿って講習が進められた。

     昼食を挟み、メインテーマ『腰痛』のうち私が最も知りたい「骨盤矯正」の時間になった。

    「出たっ、あれがランバーロールの魔女か」
     
     講師が登場するやそんな声が飛交う。

     阿比留道代(あびる みちよ)先生。FBG本部でチーフインストラクターを務めているベテラン整体師だ。
     本人の自己紹介を待たずして周りの声から得た情報を生体知能、つまり自分の脳で集約するとそうなる。
     さらに視覚を駆使して直感的にはじき出したところ、身長約165センチ、股下約75センチ、体重約50キロ。
     しかも髪型は整体師らしからぬロング、ブラウンでゆるくウェーブがかかっており、いわゆるソバージュっぽい。
    「美魔女」
    「ランバーロールの美魔女」
     私は思わずつぶやいたが、喧噪に紛れて気づかれることはなかった。
     
    その美魔女が満を持して口を開く。
    「あなたたち、浮ついてるのも今のうちよ。レジュメもノートも使わないから閉じて。カラダに叩き込むから覚悟しなさい」
     さっきまでとは別の意味でざわつき、パタンパサパサと資料を閉じる音がしばし続いた。
     
    ナチュラルメイクながら鮮やかな紅い唇は歯に衣着せぬ言霊を放ち、細すぎない太さに整えた黒い自眉と切れ長の大きな目が絶妙なバランスで存在を主張するうえ、白目に守られた神秘の深さを持つ黒い瞳が圧倒してくる。

     噂では50代と聞くが、10コは若く見える。年齢不詳なところが歴代整体師たちに「魔女」と呼ばれてきた由縁だろう。

    「骨盤矯正の方法はいくつかあるけど、カイロプラクティックでよく使うテクニックをランバーロールと呼びます。まずはそれを覚えて帰りましょう」
     
     彼女の進行に誰しも聴き入ったが、私は「ランバーロールの魔女」が何を意味するのかわかったことも手伝って一番大きくうなずいていたに違いない。

    「まずはやり方を説明するから誰かモデルになってちょうだい。そうね、後ろの方でボウッとしてるあなた」
     皆が振り向いた先には今野ふとし先生がいた。当の本人はポカンとした顔をしており、突然の出来事に戸惑いを隠せないようだ。
    「さあ、ここに来て。どうせ全員やるんだから、同じ事でしょ。名前は?」
    「あ、福岡ツンノーテの今野ふとしです」
    「そう。じゃあ今野。マットに右側臥位になって・・・・・・」
     本部から来た達人で魔女ともなれば、安易に受講者を「先生」とは呼ばないらしい。「さん」づけすらなく呼び捨てだ。

    「いいですか皆さん。カラダの右側を下にして横になったときは、下側の脚、右脚を真っ直ぐに伸ばしてもらいます。上側の脚、左脚は膝を曲げて足の甲を右膝の裏側、ココね。ココにひっかける感じで固定して。今野、両腕で自分を抱くようにクロスさせて。左右とも手は肩の辺りに。じゃ、リラックスして、息をゆっくり大きく吸ってぇ、はい、ゆっくり吐いてぇぇぇ」
     今野先生の腰に被さる体勢で右手を当てながら指示していた魔女のカラダが少し沈んだ。
     グツッと音がしたようなしなかったような・・・・・・いずれにせよ瞬間的に技を掛けたことは伝わってきた。

    「これがランバーロールです。どうだった今野?」
    「なんか、腰椎のところがグキって鳴ったような。でも全然痛くなかったです」
     今野先生はそう答えながら起き上がるとカラダを左右に捻り、背中を反ったり、前屈してみせた。
    「動きがスムーズになりました。可動域がついたっていうか」
    「よろしい。なかなか優秀な感想です」
     魔女が満面の笑顔を見せて肩をポンポンと軽く叩いたら、彼は照れくさそうに頭をかいた。二人のやりとりに和まされて受講者たちの表情もずいぶん穏やかになったようだ。

     だが、微笑んでいた魔女はすぐ真顔に戻る。
    「クライアントが息を吐ききって脱力したタイミングを逃さないように。私が一人ずつやってくから、その感覚を忘れないようにね。じゃあ・・・・・・」
    「お願いします!」
     魔女が誰にするか選ぼうとしていたので、咄嗟に手を上げた。
     積極性は整体の勉強会で培ったものだ。今野先生と同じツンノーテ所属という理由も背中を押してくれた。
    「やる気があってよろしい。名前は?」
    「福岡ツンノーテ、真山舞です」
    「真山さんね。段取りはわかってるでしょ」
     あれ?「さん」づけしてるし。
     私はつまらぬ疑問を掻き消して、先ほど見たように右側臥位になった。

     魔女は腕を組んだまま、私が右脚を伸ばし、左膝を曲げて、両腕をクロスするのを見つめている。
    「160センチ、50キロ、上から80・60・82ってところね」
     私はピンとこなかったが、「オー」と周りが沸いたのでようやく理解できた。
    「ちょっと先生、いきなり何てことを!」
     セクハラですよと口に出そうだったがグッと堪えた。この場合はパワハラかと迷ったのが歯止めになったらしい。
    「まあいいじゃない。数少ない女性同士なんだし仲よく助け合いましょう。ちなみに今のは身長から割り出した私なりの平均値だから。でもけっこういい線いってるでしょ」
    「うっ、まあ、それはもういいじゃないですか。早く進めてください」
     私は圧倒的に多い男性陣の視線が気になり、スリーサイズの話題から離れたい一心で言い放つ。
    「そーお、残念ね。じゃあいくわよ。リラックスして・・・・・・」
     って、できるか!心の中でぼやきつつ深呼吸をして、吐ききるときの感覚に集中する。
     阿比留先生、魔女は腰椎5番辺りに当てた手に体重を乗せて一瞬だけ力を加えた。
     グツッと音がしたようなしなかったような。ただ腰椎が鳴った感覚はわかった。今野先生が話したのと同じだ。
     私にも感想を聞くだろうと構えていたところ、意外なことを言われた。
    「うーん。そうねー。あなた、今日のカリキュラムが終わってから私の部屋に来なさい」
    「え、どういうことでしょう?」
    「ここではちょっと話せないわ。大事なことだから、必ず来るように」
    「はあ、わかりました」
     私は何のことやら見当も付かなかったが、とりあえず承諾した。なかなか魔女に反発できるものではない。

     午後は「胸椎」の講習があり、夕食が終わると自由時間を挟んで、19時から21時まで「頸椎」の講習。それ以降はグループにわかれて習ったことをおさらいする時間となる。

     私は一人だけ抜けて、エレベーターに乗り33階に向かう。

     講師陣をはじめ本部関係者は上層階のスイートルームに宿泊しているらしい。
     阿比留道代先生から渡されたメモを頼りになんとか迷子にならず辿り着く。
     ドアをノックすると音もなく開いた。高級なホテルはガチャリとさえ鳴ることはない。

    「どうぞ、お入んなさい」
     ふかふかなバスローブにでも身を包んでいたらどうしようかと想像を膨らませたが、講義のときと同じ整体用白衣だったからホッとした。
     それも束の間で、部屋の中に入ると全面ガラス張りのオーシャンビューが見渡せる豪華なつくりに度肝を抜かれた。
    「あまりゆっくりはできないわね。手短に話すから、まあ座りなさい」
     ドラマか映画にでも出てきそうな大きなソファーに腰を下ろすと、魔女は少し離れて隣に座った。
     偉そうにふんぞり返るわけでもなく、膝に両手を置いて真顔で切り出した。

    「あなた、隠れ猫背ね。知ってた?」

     私は健康体にだけは自信がある。はずだった。だからその聞き慣れない言葉に戸惑いを隠せなかった。

    「隠れ猫背・・・・・・ですか」



    第13話へ続く⇒



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