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整体師とお坊さんとカカシ 第10話

    「人生何が起こるかわからないっていうけど本当ね」

     宮田すずこさんは両手に持って運んで来たコーヒーカップを問診用テーブルに並べながらしゃべり出した。

    「ありがとうございます。いただきます」
     私はイスから腰を浮かせて礼を述べるが、たぶん耳に入ってなさそうだ。
     すでに彼女は自分語りする気満々な表情になっている。
     こちらも覚悟を決めてコーヒーをズズズとすすった。

    「もうずいぶん前の話だけどね、まだ20代のときにバーでアルバイトしてたのよ」
     
     おっと、これまた予想外な方向に進みそうな予感がするぞ。
     でもめんどくさい反面、好奇心をくすぐられる自分がいる。

    「あの、失礼ですけど宮田さんっておいくつになられるんですか?」
    「今は50代になっちゃったけどさ、私だって若い頃もあったんだから。当時の彼氏がバーを経営していて、アルバイトでママをやってくれないかって頼まれたのよ」
    「え?いきなりママですか!しかもアルバイトで」
    「カウンターと小さなテーブルが4つほどの洋風酒場。バーテンダーのお兄さんしかいない小さなお店だった。ママと言っても女性スタッフは私だけだから、お酒をすすめて話をするのが仕事」
    「私は居酒屋しか行ったことないんですけど。キャバクラやガールズバーとは違う感じなんですか?」
    「どっちかっていうと、場末のバーって感じね。ほら、映画でトレンチコートに身を包んだ寡黙な男がストレートのウイスキーを飲んでるような」
    「なるほど、女の子とキャッキャ騒ぐようなお店じゃないと・・・・・・だから彼氏も宮田さんにママを任せたんですね」
    「それがさあ、逃げられたのよ」
    「ぶっ」
     私は衝撃でコーヒーを吹き出しそうになった。
    「彼氏が逃げたんですか。じゃ、バーは・・・・・・」
    「私が事業継承して続けたの。常連客もいたから、いきなり店じまいするのも申し訳ないでしょう」
     宮田さんが苦労されたことはわかる、だがこの調子で「整体師になった理由」を聞くことはできるのだろうか。私はいささか不安になっている。

    「ジャズに助けられたようなものね」
     なんですと?ちょっとした隙に飛躍するから油断ならない。
    「あの男が趣味で集めたジャズのレコードをたくさん置いてったのよ。自分で楽しむつもりだったんでしょうね。オーディオセットもよさそうなやつを揃えてた。それを残していってくれたのは慰謝料のつもりかしら」
     逃げられた元カレなのに、恨んでる風でもなく、むしろ懐かしそうな目をして話す宮田さん。憎みきれないろくでなしといった気持ちなのかもしれない。
    「ソニー・ロリンズの『セント・トーマス』とソニー・クラークの『クール・ストラッティン』が私のフェイバリットナンバー。しょっちゅう流していたら、音楽好きな人たちがレコードやCDを持ち寄るようになったのよ。それでお店も何とか持ち直したんだけどね」
     失礼ながら、気のいいおしゃべりおばさんとばかり思っていた宮田さんからジャズの話題が繰り出されるとは意外だった。

    「ケータイさえなければねぇ・・・・・・」
     ジャズについて嬉しそうに話していたと思えばため息まじりにこぼす。集中して聞かないとめまぐるしく移り変わる彼女の感情に乗り遅れそうだ。
    「ケータイってスマートフォンのことですか?」
    「ケータイはケータイよ。ケータイ電話。ガラケーちゅうの?」
    「だったらスマホの前のシンプルな携帯電話ですね。それが何か問題でも」
    「ホントに何が起きるかわからないわよ。あなたも気をつけなさい」

    「はぁー」
     宮田さんはまたも深いため息をつくと、気を取り直すように顔を上げて続ける。
    「あなたの世代は知らないだろうけど、バーにピンク電話を置いていたの。公衆電話のピンク色をしたやつね。あ、もしかして公衆電話も知らない?」
    「公衆電話は病院にあるからわかります。緑色をした箱みたいなやつですよね」
    「そっか、病院には置いてあるんだ。それより二回りぐらい小さくて角張ってないピンク色をした電話がお店や公民館とかに置いてあったのよ。カードじゃなくて10円か100円を入れて使うんだけどね」
     昭和レトロが好きな人は食いつきそうな電話機だが、私の琴線は鈍いらしい。
     むしろケータイ電話の登場がなぜ打撃になったのかを早く知りたかった。
    「そのピンク電話がケータイ電話に取って代わられたっていうことですか?でも、バーの人気とはあまり関係がなさそうだけど」
    「私だってケータイが出たときは便利な世の中になったものだって素直に感心したわよ。だけどほら、『風が吹いたら桶屋が儲かる』っていうじゃない。あの逆が起きたわけ」
     最近よく聞く『バタフライエフェクト』も似たようなものだろう。チョウチョが羽ばたくとめぐりめぐって遠く離れた国で大竜巻を起こすという理論だ。
     にしても、ピンク電話とケータイ電話の因果関係がよくわからない。
    「ちょっと何言ってるかわからないんですけど?」
    「でしょうね。ほら、桶屋の例えも説明しなけりゃ見えてこないじゃない。まあ落ち着いて聞きなさいよ」
    「はあ、お願いします」
     
     なんだろう。私は宮田さんの話術にハマりながら拒絶することなく、むしろワクワクしている。

    「ケータイが流行してから少しずつ、ホントに少しずつ客足が減っていくのよ。常連さんと話していてもいつもと同じで楽しんでくれてるし、嫌な顔をされた覚えもない。お酒も料理も値上げしたわけでもないし、手抜きもしていない。だけどひとつだけ変わったことに気づいたの。ピンク電話を使わなくなったってことに・・・・・・」
     彼女は真顔で話してくれるのだが、当の私はいっこうにピンとこない。
    「つまり、お客さんたちはケータイ電話があるからピンク電話を使わなくなった。でも、なぜそれが客足に響くんですか」
    「よく聞きなさい。バー・すずこは待ち合わせ場所だったのよ。ケータイ以前は、バーで待ち合わせしたり、ピンク電話で呼び出したり、ピンク電話で連絡を待っていたり。あの人たちはバーを拠点に連絡を取り合っていたってわけ。ところが、ケータイを持つようになったら拠点なんて必要ない。いつでもどこでも連絡出来るからバーで待機する手間が省けた。だからケータイが普及するのと同じ速度で客足も遠のいた。ってわかった時はあとの祭り」
     
     私は文明の悪戯を垣間見たようでやるせない気持ちになった。しかし、それだけでバーが潰れるほどの大打撃となるものだろうか。ふと浮かんだ疑問をぶつけてみる。

    「でも、ジャズの好きなお客さんたちは来てくれたんじゃないですか?」
     宮田さんはその言葉を待っていたかのようにニヤリとした。
    「そうなのよ。顔と名前がわかるぐらいの常連さんはケータイ以降も来てくれた。ほとんどがジャズをリクエストする人たちね。まあ、私と話したいからっていうのもあったみたいだけど。ふふふ」
     彼女の巧みなトークから考えて、それを楽しみにやって来る客がいたというのはあり得ることだろう。とにかく、ジャズとトークでケータイ以降も客をつなぎ止めたらしい。

    「人生何が起こるかわからないよね~」
     あっ!さっきまでの言葉に止まっている隙に話題が飛ぼうとしている。集中せねば。
    「赤字すれすれをいったりきたりしながら経営をもちこたえたんだけど。コロナで止めを刺されるとはねえ」
    「新型コロナウイルス!病院も大変でした。お店も仕事にならなかったのでは」
    「お客さんがいてなんぼだからねえ。バー・すずことしてはケータイにやられて、コロナでしょう。踏んだり蹴ったりでさぁ、助成金とかも勧められたけど、心が折れるっていうの?店をたたもうって決めちゃった」
    「そうだったんですね。何か辛いことを思い出させてすみません」
     私もさすがにそこから「整体師になったいきさつは?」と追及する図太さはない。

    「人生何が起こるかわからないっていうじゃない・・・・・・」
     え?次は何が起きたってゆうの!
    「『人生何が起こるかわからない、だから面白いんだ』これ岡本太郎が言ったらしいわよ」
     芸術は爆発だ!の名言しか知らないけど、そんな言葉も残してるんだ。
     私は期待を膨らませつつ宮田さんの言葉を待つ。

    「途方に暮れていたら、出会ったのよ。野中明夫さんに」
    「院長の野中さんですよね」
    「もっと言えば、FBGに出会えたの」

     私が追及するまでもなく、向こうから切り出してくれた。
    「人生何が起こるかわからない、だから面白いんだ」の名言とともに。


    第11話へ続く⇒


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