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整体師とお坊さんとカカシ 第8話

    「見えているけど見えてない」
     そんな症状を聞いたことはあるが、今それを実感している。
     
     全面ガラス張りの店構えはかなり目立つ。
     なのに私はこれまでその存在を意識していなかったらしい。
     ずっと通っている道路沿いに建っているのにも関わらず気づかなかったのだから、見えていなかったも同然だろう。

     5年ぶりに初めて入り口上部に目が行き、空色の看板に描かれた白くて太い文字が飛び込んできた。

    《整体サロン・ツンノーテ》

     これはもしかしてあれかな?必要に迫られて脳が認識したってことなの?

     私は引き寄せられるように入り口を探し、左端にあるドアについた縦長のノブに手を掛けると力を入れて引っ張った。
    「あのう……」
    「おはようございます」
     顔を覗かせて声を掛けるや間髪入れずハキハキとした挨拶が被ってきた。

     出迎えてくれたのはイチローみたいなスポーツ刈りをした男性だ。白髪まじりな外観からしてアラフォーだろう。
     背は私より10cmほど高くて無駄がない体型をしている。かといってアスリートや武道家のように鍛えた感じはない。むしろ柔和で親しみやすい雰囲気を醸し出していた。

    「院長の野中です。今日はどうされましたか」
     ご丁寧に名乗ってきたのでこちらも名乗った。
    「あ、真山と言います。初めてなんですけど、整体ってどんな感じかなと思って」
    「そうですねぇ、どのような施術になるかは状態によりますね。とりあえずこちらの問診アンケートにお答えいただけますか」
    「はい。ていうか、けっこう書くところが多いんですね」
    「ええ。ご自身で不調の状態を冷静に考えていただくためお願いしています。お時間はかかってもかまいませんからじっくり書かれてください」
    「施術する時間ってどれぐらいかかりそうですか。実は夜勤明けでこれから帰って朝食にしようと思ってるもので」
    「それはお疲れですね。問診と合わせて1時間と少しかかりますけど、大丈夫ですか」
    「わかりました。じゃあまずは、このアンケートですね」

     すぐにマッサージが始まるかと思いきや、きちんと問診することに驚いた。
    院長は私がアンケートに目を落としたら席を外した。集中できるように配慮したのだろう。パーテーションがあるため姿は見えないが、気配から察するにどうやらベッドを整えるなどして準備しているらしい。
    この際だから自分と真剣に向き合ってみようと考えていたら余計なことまで書いちゃった。

    □ツンノーテ 問診アンケート□
    氏名:真山 舞 まやま まい
    年齢:26歳 女
    現在の症状:体が重くてけだるい。肩こり、腰痛、足のむくみ。
    ・症状が気になりだしたのはいつですか?
    看護師になった頃からなので5年ぐらい前。慢性的な感じです。
    今日もそうですが、夜勤明けだとけだるさが増します。
    ・以前に事故や病気をされましたか?
    ありません。
    ・病院や整骨院、整体にかかりましたか?
    ありません。
    ・お薬・サプリメントを飲んでいますか?
    飲んでいません。
    ・持病はありますか?
    病気だと診断されたことはありませんが、気になることはあります。
    ・他に気になる点は?
    時々耳鳴りがする。自宅なのにナースコールが鳴っているかのような幻聴?
    イライラしたりするとアンガーマネジメントで気持ちを落ち着けようとするのですが、どうしても感情をコントロールできなくなってしまうと意識が薄れて自分が遠くに行ってしまうような錯覚に陥ることがあります。

    「真山さんは看護師をされているんですね」
     院長は私が書いた回答を読みながらいくつか確認してきた。
    「体のだるさや耳鳴りなどの不調は自律神経に関係しているようですが、意識が薄れるという症状は今のところ何とも言えません。まずは触診を兼ねて頭から足までほぐしながらリンパの流れを改善してみましょう」
    「はい。あの、一応書いてみたけど、意識が薄れることは滅多にないので……」
     しまった!やっぱり書くべきじゃなかった。院長の熱心さで追及されたら「青い光り」の秘密までポロリとしゃべってしまいそうだ。わたしは後悔しつつ「絶対に明かすまい」と自らに言い聞かせる。

     問診用のテーブルから移動するとパーテーションの向こうは施術スペースだった。
    「じゃあ、こちらの施術用ベッドにうつ伏せに寝てもらえますか。体勢が辛いようでしたら、この枕を胸のあたりに抱えるようにすると楽になるかと思います」
    「うわぁ、気持ちいい。これってモルテンですか」
     私は寝心地のよさに感激して、つい入院患者さん用の褥瘡対策マットと比べていた。
    「いえ、これはFBGで開発した施術用マットです。沈み込まないけれど固すぎない適度な寝心地でしょう」
    「FBG?ですか。整体用なんですね」
     そんな話しをしていたら、院長は私の頭側に立って施術をはじめた。
    「まずは頭頂部、そして側頭部をゆっくりほぐしますね。もし痛かったり気分が悪くなったら手でマットを叩いてください。もちろん口で言っても構いません」
     私は院長の説明を聞きながらマットを叩いて知らせる図を想像してプロレスみたいだと可笑しくなった。ムフフと笑っていたがうつ伏せなので見えないからOKだ。

    「真山さーん、ゆっくり起きてくださーい」
    「ほえっ……」
     院長に呼ばれて気づいたが、いつの間にか寝入っていたらしい。
     ヨダレを垂れていないか気づかれないように手で触ってみた。
    「慌てないで大丈夫ですから、横に転がるような感じで足から降りるようにするといいですよ」
     入院患者さんがベッドから降りるときってこんな気持ちなのだろうか。
    「すみません、気持ちがよくて熟睡したみたい。もう終わりなんですよね」
    「そうですね。頭頂部から背骨沿いに骨盤までをほぐしてから、足首を回してふくらはぎ、スネ、大腿、骨盤とほぐしました。40分くらいかかったかな」
    「なんかすごく軽くなった感じがします」
     私は立ち上がってから上体を左右に捻ったり、肩を回しながら40分間の施術を確信した。

     院長は再び問診用スペースに移動すると施術後の注意点について話し始める。
    「真山さん、当院の施術はマッサージや指圧のように力を入れて揉みほぐしはしないのでいわゆる『もみ返し』はほとんどありません。ただ、好転反応と言ってだるさや多少の痛みを感じる場合があります。これは改善しているシルシなので心配いりませんが、どうしても気になるときは連絡ください」
     私が夜勤明けで朝食前だとこぼしていたからか、院長も長々と説明するのをためらっているように感じた。注意点だけ押さえて切り上げようと気遣っているのだろう。
    「これって、何回か続けた方がいいですよね」
     実際に体が軽くなったので、また来たいと思った。自らそう切り出したのだが、よくよく考えると、私は院長の術中にはまったのかもしれない。まあいい、とにかく気に入ったのだから。

    「そうですね。できれば3日から5日、長くても1週間に一度は施術された方が改善につながると思います」
    「1週間スパンだったら、シフトも何とかなりそう。予約とかした方がいいですか」
    「正直なところまだ行列が出来る整体院とまではいかないし。でも午後は多いときもあるから、一応予約しといてください」
    「あの、もしかして院長さん一人でされてるんですか?」
    「他にもスタッフがいるにはいるけど、それぞれ兼業してるからね。スケジュールを組んで都合がつくときだけ出てもらってるから、僕が一人でやってる時もけっこうあるかな」
    「へぇー、意外に大変なんですね。じゃあ、また来ます」

     私がスタッフたちと出会うまでにはもうちょっとだけ時間がかかった。


    第9話へ続く⇒


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