
#605_なぜか「1人になりたい」と思ってしまう夜へ:お盆休みに発動する「戦略的ボッチ作戦」のすすめ
『みんなで過ごすお盆休み、楽しいはずなのに、どうしてこんなにも心のHPがジリジリと削られていくんだ? 』
リビングの喧騒からこっそり離れ、廊下の隅でスマホを眺めながら、私は思わず小さいため息をついていた。
待ちに待ったお盆休みという名の長期休暇なのに、HSP気質全開の私の神経は、家族全員の機嫌や空気感を無意識に受信し続け、とっくにキャパオーバーを起こしかけている。
「家族と一緒にいる時間が嬉しい」という本音と、「1人になりたい」という裏腹な本音。
私はいつから、その罪悪感に押しつぶされそうになりながら休みを過ごすようになってしまったのだろうか?
「周りのために」気を使いすぎるプロジェクトの弊害
コンサルとしてプロジェクトを回すとき、私はステークホルダー(利害関係者)の要望や機嫌を分析し、全体が円滑に回るように神経を注ぐ。 しかし、その職業病ともいえる「過剰な気配り」が、家庭というプライベートの空間でもフル稼働してしまうのがHSP気質の悲しい性だ。
妻、子どもたちの表情、場の空気感。
それらすべてを無意識に察知し、
「今は自分がこう動くべきだ」
「楽しませなければならない」
と、休日のリビングにいながらフルタイムで「おもてなし業務」を遂行してしまう。そりゃあ、エネルギーが枯渇して当たり前やわ。
『あかん、このままでは家族の笑顔を見るたびに心がすり減ってしまう。私は冷たい人間なんだろうか? 』
『いや、そうじゃない。ただ、私のCPUが一時的に限界を迎えているちゃうか』
よし、作戦を変更しよう。
心の防衛線を張る:私の「戦略的ボッチ作戦」
システムに異常検知アラートが出たとき、管理者はまずオーバーロードを防ぐためにタスクを遮断しなければならない。個人のメンタルもそれと全く同じだ。 罪悪感を覚える必要なんて一切ない。私は自らのHPを守るため、家庭内におけるアジャイルな隔離作戦、名づけて「戦略的ボッチ作戦」を静かに発動する。
部屋にこもってみる(物理的遮断) 物理的に家族の視界と音から自分を切り離す。ただボーッとしたり、本を開いたりするだけで、過敏になったセンサーが少しずつ鎮まっていく。
一人チャリで出かけて、近くのブックカフェへ行く(環境完全スイッチ) もっとアグレッシブにいくなら、チャリにまたがって近所のブックカフェへ逃げ込む。好きなカフェラテを頼み、誰にも話しかけられない空間でぼんやりとノートを開く。
『この「誰の期待も背負っていない時間」こそが、乾ききった私に潤いを戻してくれる最高の燃料なんだよな。』
私のオススメのブックカフェを改めてご紹介☕️
小さな逃避が、家族を愛し続けるためのガソリンになる
数時間だけ「1人の時間」を完全確保し、たっぷりエネルギーをチャージして家に戻る。すると不思議なことに、ささくれ立っていた心が嘘のように丸くなり、また家族と笑顔で向き合える余裕が戻ってくる気がする。
「1人になりたい」と思うことは、決して冷たいことじゃない。
むしろ、大切な人たちと心地よい関係を長く続けるために、不可欠な「持続可能性の確保」だ。
完璧なお父さんでなくていい。
時にはこうして自分を最優先で守ってやること。それさえできれば、お盆休みはもっと優しく、もっと温かいものになるはずだ。
かまへん、かまへん。
長期休暇の家族サービスに心がすり減り、「1人になりたい」と密かに悩んでいるあなたへ。
罪悪感なんて、今すぐゴミ箱に捨ててしまいましょう。
明日からは、あなた自身を守るための小さな「ボッチ作戦」を、ぜひこっそり実行してみてください。