
「傲慢という言葉を良い意味でつかっているなら、それはまさに俺のことだ!」~モハメド・アリ~
ある世界タイトル防衛直後のインタビュー。
圧勝した直後も、モハメド・アリの口は止まりません。
あまりのビッグマウスぶりに、名物キャスターのハワード・コーセルが思わず言います。
「あなたは本当に傲慢だ」
その瞬間、アリは間髪入れずに切り返しました。
「傲慢という言葉を良い意味で使うなら、それは正に俺のことだ!」
この鮮やかな返しには、ただ舌を巻くほかありません。
私は後追い世代で、オンタイムではアリを知りません。
それでも映像を見ればすぐに分かります。
「蝶のように舞い、蜂のように刺す」
ヘビー級らしからぬスピードと美しさ。
そして「俺は偉大だ」と言い切る言葉の強さ。
カリスマとしか言いようがありません。
しかし、意外にもアリは最初「悪役」でした。
1960年代、アメリカは公民権運動の時代。
差別の現実に直面したアリは、やがてイスラム教に改宗し、モハメド・アリと名乗ります。
それは体制への挑戦でもあり、多くの反発を招きました。
リングの外で「得体の知れない存在」として嫌われていたのです。
それでも若きアリは、無敵の世界チャンピオンとして君臨していました。
転機はベトナム戦争でした。
徴兵を拒否し、「俺はベトコンに何の恨みもない」と言い切る。
その代償は大きく、全盛期目前の25歳でボクシング界から追放され、世界タイトルも失います。
そして本来なら全盛期であったであろう約3年半のブランク。
ボクサーとしては致命的な空白です。
事実、復帰後は、かつての軽やかな動きは失われていました。
生涯のライバルとなるジョー・フレージャーとの初戦ではダウンを奪われ敗北を喫します。
それでも、アリは戦い続けますが苦闘が続きます。
伏兵、ケン・ノートンに顎を割られて判定負け。再戦で雪辱をしますがやはり判定で苦戦しています。
リングでは大きな動きがありました。
若きジョージ・フォアマンがフレージャーを子ども扱いし、たった2ラウンドでKO、新チャンピオンになります。
そして防衛戦ではノートンにも同じく2ラウンドKO勝利。
一方、アリはフレージャーとの再戦で勝利を納めますがやはり判定勝ち。
30歳を過ぎたアリの衰えは、誰の目にも明らかでした。
しかし、衰えたアリは新たな武器を手にしていました。
生来のタフネスに加え、ブランクの間に更に強靭となった不屈の精神力です。ノートンに顎を割られても最後まで戦い続けたように、アリは心身両方で恐るべきタフネスを身に着けていました。
その真価が発揮されたのが「キンシャサの奇跡」です。
絶頂期のフォアマンに対し、衰えたアリ。
誰もが敗北を予想する中、アリはロープにもたれて打たせ続けます。
「ロープ・ア・ドープ」
あえて攻めさせ、フォアマンの消耗を待つ戦術です。
そして8ラウンド、一瞬の隙を突いてKO勝ち。
失われた時間を取り戻す、劇的な王座奪還でした。
その後も激闘を重ね、アリは勝ち続けます。
宿敵ジョー・フレージャーとは「最も死に近づいた」と後年振り返るほどの死闘の末、勝利し決着をつけます。
しかし「肉を切らせて骨を断つ」戦い方は、確実に身体を削っていきました。引退後、パーキンソン病を患います。
それでも、アリは最後までユーモアを失いませんでした。
ゆっくりとした口調で、あのビッグマウスを続けたのです。
後追い世代の私までも惹きつける。
あの「傲慢さ」は、単なる強がりではなかった。
あえて言うなら、それは生き方そのものだったのかもしれません。
まさに稀代のカリスマでした。