
訪沼記 Vol.18
今回の出張は、いつもと少し違う。
いや、少しどころではない。かなり違う。
普段、私は出張というものに単独で赴く。誰かと時間を合わせる必要もなく、移動も食事も宿泊先での過ごし方も、基本的には自分の裁量で決められる。仕事さえきちんと済ませれば、あとは好きな店で食事をして、秋葉原を徘徊し、場合によってはそのまま沼津へ向かう。
もはや出張のついでに遊んでいるのか、遊ぶために出張しているのか、時々自分でも分からなくなることがある。
ところが、今回は組織単位での出張だった。
同行者は私を含めて7名。
立派な団体様である。
こうなると、当然ながら自由度は下がる。食事の時間も場所も、用件後の行動も、ある程度は周囲に合わせなければならない。いつもの出張と比べれば、楽しみは半減するといっていい。
もちろん仕事なのだから、そもそも楽しみを求める方がおかしいという話もある。
しかし、出張先で何を食べるか、空き時間にどこへ行くかという楽しみまで失ったら、長時間移動の苦労を何によって相殺すればいいのだろう。
そんなことを考えながら、私は同行者たちと新幹線に乗った。
目的地は茨城県鹿嶋市。
まずは新幹線で東京まで約3時間。そこから高速バスに乗り換えて、さらに1時間半ほど移動する。
東京駅の八重洲バスターミナルに到着すると、思わぬ光景が広がっていた。
鹿嶋方面の乗り場だけ、異様なほど人が並んでいる。
まるで新型iPhone発売日のApple Storeである。
他の乗り場とは明らかに様子が違う。どうして鹿嶋方面だけ、こんなにも人が集まっているのだろう。
そういえば、メルカリスタジアムでACLの試合が予定されていたはずだ。その影響だろうかと思ったのだが、後になって、この路線は普段からかなり混雑しているのだと聞いた。
なるほど。
鹿嶋市方面へ直接アクセスする鉄道路線の選択肢が乏しいため、東京からの移動需要が高速バスへ集中するらしい。
言われてみれば合理的な話である。
それにしても、東京から鹿嶋までのアクセス事情というものを、私はこの日までほとんど知らなかった。
地方から東京へ新幹線で出てきて、さらに東京から別の地方へバスで移動する。なかなか不思議な経路である。
満車で乗れなかったバスを4台見送り、ようやくバスに乗り込んで鹿嶋方面へ向かう。
新幹線で3時間。
高速バスで1時間半。
乗っているだけとはいえ、さすがに疲れた。
そして、ようやく目的地へ到着したからといって解放されるわけでもない。
そこが団体出張の恐ろしいところである。
この日は出張メンバーで近くの居酒屋へ入ることになった。

最初は軽く食事をする程度のつもりだった。
ところが、気がつけばテッペン近くまで飲んでいた。
出張中は、普段のような緊急呼出しを気にする必要がない。安心して酒が飲めるというのは、それだけで随分と気楽なものだ。
もちろん翌日には大事な用件が控えているので、自分なりに飲む量は抑えた。
ただ、こういう場では不思議と話が尽きない。
普段はそれぞれ別の仕事を抱えている人間が、同じ場所へ移動して、同じテーブルを囲む。そうなると、職場ではわざわざ話さないようなことまで話題に上がる。
気がつけば夜も更けていた。
明日、大丈夫だろうか。
そんな不安を抱えながらホテルへ戻った。
そして翌朝、その不安はきちんと現実になった。
眠い。
とにかく眠い。
目を閉じたら、そのまま意識が落ちてしまいそうなコンディションだった。
しかし、今回の打合せは私が担当している案件に関するものだ。先方からの質問には、基本的に私が応答しなければならない。
寝ている場合ではない。
幸い、今回はPLAUDのAIボイスレコーダーがある。
以前なら説明を聞きながら内容をメモし、質問を考え、後から報告書を作るために記憶を整理する必要があった。
今は会話を記録し、その内容をAIに整理してもらえる。
もちろんAIに任せれば何も考えなくていいというわけではないが、聞き逃しを恐れる負担が減るだけでも随分と違う。
人間の記憶力には限界がある。
ましてや、前夜に酒を飲んでいる人間の記憶力など、あまり信用しない方がいい。
そんなわけで、打合せと見学をこなしながら、ほぼ丸一日を過ごした。
そして夜。
今度は先方が主催する懇親会である。
前夜に続いて、また飲み会だった。
正直、最初は少し身構えていた。
仕事上の関係者との懇親会というものは、相手によってはなかなか気を遣う。会話も仕事の延長になりがちで、飲んでいるのに全然気が休まらないこともある。
しかし、今回は違った。
先方の皆さんが、想像していた以上にフレンドリーだったのだ。
おかげで、とても楽しい2時間を過ごすことができた。
ただ、ひとつだけ困ったことがあった。
私の耳である。
以前、新型コロナに罹患して以来、聴力が少し落ちた状態が続いている。そのため、複数の人が同時に話しているような場所では、相手の声を聞き取るのに苦労する。
懇親会は、まさにそういう環境だった。
あちらでも会話。
こちらでも会話。
笑い声。
食器の音。
店内のBGM。
それらが混ざり合う中から、自分に向けられた言葉だけを拾い上げるのは、なかなか難しい。
何度か聞き返す場面もあった。
きっと先方には、「この人、耳が悪いな」と思われたかもしれない。
申し訳ない。
実はこの人、耳だけではなく口も悪いのである。
せめて今日は、後者だけでも露呈しないように気をつけたい。
懇親会を終えた後は、会社の出張メンバーだけで二次会へ向かった。
場所は神栖横丁。
屋台村のような施設である。
前夜も遅くまで飲んでいたというのに、結局また集まっている。
人間というものは、日常から少し離れると、普段よりも話したいことが増えるらしい。
そこで、同行していた役員から思いがけないことを言われた。
「美波さんは、個人でやれることに限界が見え始めているから、最近よくキレるんじゃないかな?」
私は少し驚いた。
続けて、こんな提案をされた。
「別に実のあるものにならなくてもいいから、定期的に関係者を集めてミーティングをやったらいい。そこで愚痴でもこぼせばいいんだよ」
その言葉は、最近の私が漠然と考えていたことを、ずいぶん正確に言い当てていた。
自分で言うのも何だが、私は専門性の高い仕事をいくつも抱えている。
新しい技術を調べ、導入を検討し、社内調整を進め、運用方法を考える。誰かに教わるというより、自分で調べて道を作っていくような仕事が多い。
それ自体は嫌いではない。
むしろ得意な方だと思う。
ただ、ひとつ大きな問題がある。
自分が走れば走るほど、周囲との距離が開いていくのだ。
専門的な話を理解できる人間が限られている。
理解してもらうために説明する時間がない。
説明するより自分でやった方が早い。
そうして仕事を抱え込み、気がつけば自分しか分からない状態になっている。
そして、その状態に自分自身が疲弊していく。
最近、社内でちょっとした衝突が続いていたのも、そういう事情が無関係ではないのだと思う。
実は、私は以前の職場でも同じような経験をしている。
当時、専門性の高い仕事が私ひとりに集中し、あまりにも属人化が進んでしまったことがあった。
それを問題視した副社長が、私からその仕事を取り上げたのである。
あの時は、随分と複雑な気持ちになった。
自分が努力して身につけた知識や技術を使い、成果を上げていたつもりだった。
しかし、組織から見れば、それはひとりの人間に依存する危うい状態でもあったのだろう。
当時は、その意味を十分に理解できていなかったのかもしれない。
そして今。
勤務先も、担当する技術も変わった。
それなのに、同じことを繰り返そうとしている。
このままでは、いずれまた誰かから仕事を取り上げられるかもしれない。
あるいは、その前に自分自身が限界を迎えるかもしれない。
役員の言葉を聞きながら、そんなことを考えていた。
すると、今度は周囲のメンバーから声が上がった。
「俺らだって合法的にサボる時間が欲しいから、定期的なミーティングに呼んでくれよ」
冗談めかした言い方だった。
しかし、その言葉が妙に嬉しかった。
自分ひとりで何とかしなければならないと思い込んでいたところに、こちら側へ来てくれる人がいると分かったからだろう。
恥ずかしながら、少し泣いてしまった。
酒のせいもあったかもしれない。
疲れのせいもあったかもしれない。
ただ、最近の私は、自分で思っていた以上に追い詰められていたのだと思う。
専門的な仕事をひとりで背負うことは、必ずしも誇るべき状態ではない。
自分がいなくても仕事が回るようにする。
そのために周囲を巻き込み、情報を共有し、少しずつ技術を組織のものにしていく。
頭では分かっていた。
でも、実際にそれをやろうと思えるまでには、もう少し時間が必要だったらしい。
そこまで言ってくれるなら、ミーティングは設定しよう。
ただし、覚悟してほしい。
設定時間の半分くらいは、仕事と関係ない話に付き合わせるつもりである。
そちらが合法的にサボりたいと言うのなら、こちらも遠慮する必要はない。
そんな真面目な話から、社内のスキャンダラスな話まで、話題は尽きなかった。
結局、またしても閉店時間まで盛り上がり、解散したのは0時少し前だった。
たまにはグループで出張に来るのも悪くない。
いや、むしろ今回は、こういう出張でよかったのかもしれない。
いつものようにひとりで来ていたら、こんな話をする機会もなかっただろう。
ホテルへ戻る頃には、時計の針が0時を回っていた。
日付が変わった。
10月30日。

私の、幾度目かの誕生日である。
つい数分前まで飲んでいたのだから、そこで誕生日の話をしてもよかったのかもしれない。
しかし、黙っていた。
おそらく、面倒なことになる。
お祝いを言われたり、何かしらのリアクションを求められたりするのが、どうにも気恥ずかしい。
それに、そういうことを気軽に話すほどには、まだ周囲を信用しきれていない自分もいるのだと思う。
さっきはあれほど嬉しい言葉をもらって泣いていたというのに、我ながら面倒くさい人間である。
もちろん、誕生日に切り替わった瞬間、誰かからお祝いの連絡が届くような交友関係もない。
スマートフォンは静かなものだった。
まあ、そんなものだろう。
何か特別なことをするつもりもない。
とりあえず風呂に入ろう。
浴槽にお湯を溜め、ゆっくりと体を温める。
連日の長時間移動と飲み会で疲れた体には、ありがたい時間だった。
ところが、風呂から上がってお湯を抜き始めたところで異変が起きた。
ユニットバスの床が水浸しになっている。
どうやら浴槽の排水が悪く、処理しきれなかった水が床へ溢れ出していたらしい。
誕生日になって、まだ1時間も経っていない。
私はホテルのタオルを総動員して床の水を拭き取った。
せっかく風呂に入って疲れを取ったのに、最後は水害対応である。
明日の朝、洗顔した後の排水は大丈夫なのだろうか。
そんなことまで心配しなければならない。
なかなか先が思いやられる誕生日の幕開けだった。
ただ、不思議なことに今回の出張では、いつもよりよく眠れていた。
ホテルに泊まると眠りが浅くなることが多いのだが、今回は比較的すんなり寝つけている。
直前まで誰かと話し、食事をして、長時間一緒に過ごしているからだろうか。
自分で思っている以上に疲れているのかもしれない。
その夜も、私はほどなく眠りについた。

おやすみ鹿嶋

おはよう鹿嶋。
この日の予定は、ほぼ移動だけである。
鹿嶋方面から東京へ戻り、そこからさらに新幹線で帰るとなれば、半日近くかかる。
そのため、出張メンバーは全員が半休を取得し、そのまま直帰することになっていた。
単身赴任中の役員は、そのまま自宅へ帰省するらしい。
他のメンバーも、東京からまっすぐ帰る人もいれば、都内に残って観光する人もいる。
それぞれ自由行動である。
では私はどうするのか。
そんなもの、言うまでもない。
高速バスが東京駅に到着したところで、出張メンバーとは解散した。
私はそのまま山手線に乗り、有楽町へ向かった。
有楽町マルイで開催されているAqoursちゃんのポップアップショップへ行くためである。


さすが平日の昼前である。お客さんはひとりもいなかった。
アクリルスタンド。
ポーチ。
そしてデスクマットを購入。
またデスクマットである。
先日、新宿のポップアップショップでも買ったばかりだ。
自宅には未開封のデスクマットが何枚もある。
それなのに、また増やしてしまった。
もはや机を保護するための商品ではなく、机に敷くという用途を持ったコレクションである。
私の自宅に、そんなに机はない。
自分でも分かっている。
分かっているのだが、買ってしまう。
それに、どうやら私が買ったものがラス1だったようだ。
本来なら不必要なものでも、それなりの理由と言い訳を作って結局買ってしまう。
これがオタクというものなのだろう。
買い物を済ませ、東京駅へ戻る。
そして、東海道新幹線の改札を通った。
ここからは、いつもの動線である。
平日のこだまは、相変わらず車内にゆとりがある。
東海道新幹線に乗り込んだところで、JR東海のノベルティを取得するための速度計測も忘れない。
何度も繰り返しているうちに、こういう行動まで完全にルーティーンになってしまった。
そういえば、10月30日には何かが起こるという話が、少し前から陰謀論界隈で騒がれていた。
私は最近、Xのおすすめタブを見るのをやめている。
災害への備えという本来は真面目な話題まで拡大解釈され、根拠の怪しい話がさも確定事項のように流れてくる。
それだけならまだしも、誰かの好きな作品を、冴えない日常への鬱憤を晴らすための攻撃対象に仕立て上げようとする話題まで目に入る。
似たような意見ばかりが集まるエコーチェンバーの中では、いつの間にかそれが世間の総意であるかのように扱われる。
いい加減、辟易していた。
だから見ないことにした。
見なくても困らない。
むしろ見ない方が平和である。
それでも、10月30日の話題だけは耳に入ってきた。
もし本当に何か起こるのだとしたら、なぜ私はその日に東海道新幹線へ乗っているのだろう。
何とも間の悪い話である。
まあ、その時はこう説明することにしよう。
東京駅で「東」という文字だけを頼りに新幹線の改札を探したら、東北新幹線ではなく東海道新幹線に乗ってしまった。
よし、問題ない、これで行こう。
そんなくだらないことを考えているうちに、三島へ到着した。
在来線へ乗り換える。
沼津行きの電車。
おそらく、現在の私の人生の中で、もっとも幸福な5分間の始まりである。

ただいま、沼津。
18回目の訪沼だった。
前回は、東京出張の後で沼津へ立ち寄る予定だった。
しかし三連休前ということもあって宿泊料金が高騰しており、散々迷った末に訪沼を見送った。
行けるけれど、行かない。
あの時はそういう選択をした。
それから少し間隔が空いたこともあって、今回の沼津駅到着は、いつもより嬉しく感じられた。
まずはホテルへ向かい、スーツケースを預ける。
そして、服装を整えた。
アウトドア用のウインドブレーカーに着替え、数年前に買ったままほとんど使っていなかったトレッキング用のリュックを背負う。
今日はいつもの市街地散策ではない。

香貫山へ登るのだ。
以前から計画していたことで、今回の訪沼ではどうしても実行したかった。
ただ、準備の段階でひとつ失敗していた。
靴である。
うっかり、普段運転する時に使っているスリッポンを履いてきてしまった。
登山用の靴ではない。
どう考えても適していない。
しかし、ここまで来てしまった。
多少のグリップはある。
まあ、何とかなるだろう。
この時の私は、まだ香貫山というものをナメていた。
最初は、登山口近くまでバスで移動するつもりだった。
しかし、せっかく沼津に来たのだから、街を歩きたい。
そう思い直し、黒瀬方面まで徒歩で向かうことにした。
途中、桃屋さんへ立ち寄ってカツサンドを購入する。
山の上で食べる昼食である。
こういう準備をしている時が、一番楽しい。
これから登山をするのだという、少しばかりの冒険心も湧いてくる。
そして登山開始。

舗装された道を登っていく。
最初は順調だった。
しかし、登り始めて10分ほど経った頃には、すでに後悔していた。
きつい。
思っていたより、ずっときつい。
香貫山という名前やそこを登ったことのある人たちの声から、私はどこか気軽な散策コースのような印象を抱いていた。
沼津の街のすぐ隣にある山だし、展望台からの景色も気軽に見に行けるものだと思っていた。
ところが、坂道は坂道である。
人間の体重を重力に逆らって持ち上げるという行為に、観光地だからという特別扱いはないらしい。

どうにか五重塔のある場所まで到着した。
この時点で、すでにかなり疲れていた。

救いだったのは、休憩所で冷たい飲み物が売られていたことである。
実は、途中の自動販売機で飲み物を買うつもりだった。
しかし、いくら歩いても自販機が見つからず、そのまま登山が始まってしまったのだ。
水分補給を後回しにして山を登る。
我ながら、実によろしくない。
冷たい飲み物を買い、ようやく一息ついた。

ここからでも沼津の街を眺めることができる。
もう、これでいいのではないか。
そんな考えが頭をよぎった。
十分に高い。
景色も悪くない。
何より、ここから先へ進まなければ、これ以上疲れることもない。
しかし、目の前には木々があった。
せっかくなら、視界を遮るもののない場所から沼津の街を見下ろしたい。
そのために、わざわざここまで来たのだ。
5分ほど休憩して、再び歩き始める。
そして私は、この日最初の大きな判断ミスを犯した。

事前に見ていたYouTube動画の影響で、未舗装の登山道を選んでしまった。
動画では、実に楽しそうに登っていた。
自然に囲まれた道。
木漏れ日。
整備された階段。
いかにも気持ちのよさそうな登山である。
しかし、実際に歩いてみると印象が違った。
丸太で作られた階段は、一段ごとの間隔が不揃いだった。
普通の階段のように、一定のリズムで足を運ぶことができない。
一歩ごとに、どこへ足を置くか考えなければならない。
しかも、土の部分がよく滑る。
朝方まで降っていた雨の影響だろう。
靴底が土を捉えず、少しでも油断すると足が滑りそうになる。
そこで、私は丸太の部分を足場にして登ることにした。
一段ずつ。
慎重に。
もはや登山というより、アスレチックである。
そして、よりにもよって今日の靴はスリッポンだった。
過去の自分に会えるのなら、出発前の玄関で一度説教してやりたい。
さらに途中では、展望台へ行けばいいだけなのに、なぜか香貫山の山頂まで回り込んでしまった。
私は何をしているのだろう。
展望台へ行くために山へ登っているはずなのに、いつの間にか余計な寄り道までしている。
それでも、どうにか展望台へ到着した。


目の前に広がった景色は、確かに圧巻だった。
沼津の市街地。
その向こうに広がる駿河湾。
何度も歩いた街並みが、まるで模型のように眼下へ広がっている。
そして遠くには、少しだけ初雪をまとった富士山の姿も見えた。
これは素晴らしい。
素直にそう思った。
何度も訪れ、見慣れたはずの沼津が、まるで違う街のように見える。
普段歩いている道も、立ち寄る店も、泊まっているホテルも、すべてがあの景色の中に収まっている。
ここまで来てよかった。
普通なら、きっとそう感じるところだろう。
しかし私は、一味違った。
街を見下ろしながら考えていたのは、こんなことだった。
――また、あそこまで歩いて戻るのか。
せっかくの絶景を前にして、下山のことを考えて絶望している。
何とも情けない話である。
しかし、それほどまでに足が疲れていた。
心拍数も相当高かったらしく、端末の表示を見て少し驚いた。
もう少し無理をしていたら、Apple Watchが緊急事態と判断して緊急SOSを発出していたかもしれない。
どう考えてもペース配分を間違えている。
登山とは、ただ目的地へたどり着けばいいものではない。
安全に戻ってきて、初めて完了するものだ。
理解していることと、実践できることは別らしい。
展望台からの景色を十分に堪能した後、少し下ったところにあるベンチで昼食にした。
桃屋さんで買ってきた、甘ダレカツサンドとソースカツサンドである。
これが美味しい。
カツもタレも美味しいのだが、何よりパンがいい。
桃屋さんのパンは、パンそのものがちゃんと美味しい。
しかも、この日はまだ昼食を取っていなかった。
空腹。
疲労。
山の上というシチュエーション。
あらゆる条件が揃っていた。
これほど美味しく食べられるのなら、苦労して登ってきた甲斐も少しはあったのかもしれない。
しばらくして、別の登山客の方が展望台へやって来た。
少し会話をする機会があったので、どのルートを登ってきたのか聞いてみた。
「舗装路ですよ」
……舗装路。
私は途中でバリケードのようなものを見かけたので、てっきり通行止めなのだと思っていた。
ところが、普通に通れるらしい。
こちらが未舗装の登山道から来たと伝えると、相手の方は随分と驚いていた。
その反応を見て、私は自分が選んだルートの意味をようやく理解した。
わざわざ大変な道を登ってきたらしい。
帰りは舗装路を使うことにした。
教えてもらった通りに歩いてみると、確かにこちらの方がずっと楽だった。
距離は少し長いように感じる。
しかし、足元が安定しているだけで負担がまるで違う。
最初からこちらを使えばよかった。
心の底からそう思った。
ところが、五重塔の近くまで戻ってきた時だった。
道端に小さな案内板を見つけた。
「黒瀬 0.2km」
200メートル。
短い。
ものすごく短い。
そこから先へ伸びる道を見ると、上りで苦労したのと同じような未舗装路だった。
ただ、200メートルで下山できるなら話は別ではないか。
ほんの少しの我慢で済む。
そう思ってしまった。
人間は、疲れている時ほど目先の数字に弱くなる。
私は舗装路を離れ、再び未舗装の道へ足を踏み入れた。
そして、この日最大の判断ミスを犯したことを知る。
急だ。
滑る。
足場が悪い。
想像していた数倍は過酷だった。
200メートルという距離だけを見ていたが、山道では距離が短いから楽だとは限らない。
むしろ短い距離で高度を下げるのだから、その分だけ勾配が急になることもある。
そんな当たり前のことに、なぜ気がつかなかったのだろう。
滑らないように一歩ずつ足場を確認しながら、慎重に下る。
早く下山したかったはずなのに、結局ずいぶん時間をかけることになった。
本当に、最初から最後まで舗装路を歩けばよかった。
ようやく下山を果たした頃には、歩く元気など残っていなかった。
私は迷わずバスに乗り、沼津駅へ戻った。
山登りとは、ここまで人間を疲弊させるものなのか。
いや、きっと私の登り方が悪かったのだろう。
沼津駅へ戻った頃には、15時を過ぎていた。
ホテルへチェックインし、ようやく荷物を部屋へ入れる。
普通なら、ここでしばらく休むところだろう。
しかし、私は外出用のバッグに持ち替え、再びホテルを出た。
次の目的地は、ららぽーと沼津。
ヴィレッジヴァンガードで、春頃のポップアップショップのアクリルスタンドが販売されているという情報を得ていた。
それを回収したかったのだ。
登山で疲れ切った体を引きずりながらバスに乗る。
ららぽーとへ到着。
ビレバンへ入る。
ここへ来るのは初めてだったが、確かにラブライブ!のコーナーが設けられていた。
そして、お目当ての商品も見つかった。
ダイヤさん。
きな子ちゃん。
アクリルスタンドを購入する。
推しが増えるというのは、喜ばしいことだ。
しかし、財布にとっては必ずしもそうではない。
推しが1人なら1個で済むものが、2人になれば2個になる。
簡単な算数である。
買い物を済ませ、店を出る。
ららぽーとに滞在した時間は、正味5分程度だったと思う。
ここまで来て、たった5分。
我ながら、なかなか効率の悪い移動である。
ただ、問題は帰りだった。
沼津駅方面へ向かうバスが、満員だったのだ。
座れない。
仕方なく立つ。
しかし、足はすでに限界に近い。
香貫山で酷使した脚に、満員バスの立ち乗りはあまりにも過酷だった。
バスが揺れるたびに、疲れた足へ負担がかかる。
なぜ私は、登山をした日にわざわざららぽーとまで来てしまったのだろう。
それも、たった5分の買い物のために。
そんなことを考えながら、終点の沼津駅までは乗らず、江原公園前で下車した。
ここから徒歩でビックカメラへ向かう。
正直に言えば、今回のビックカメラのキャンペーンの描き下ろしイラストは、私の好みにはそこまで刺さっていなかった。
ならば、今回は見送ればいい。
そう考えるのが普通だろう。
しかし、後から「あの時買っておけばよかった」と後悔するのも嫌だった。
未来の後悔を回避するために、現在の自分が金を使う。
これもまた、オタク特有のリスクマネジメントである。
アクリルスタンドとミニポーチを購入した。
ちなみに、今回はデスクマットを買わなかった。
偉い。
非常に偉い。
買わないという選択ができるようになっただけでも、少しは成長したのかもしれない。
特典のポストカードは、差し出された10枚からランダムで引く方式だった。
そこで私は店員さんに、こっそりお願いしてみた。
「内緒で表面を見せてくれませんか?」
「怒られるからダメです」
当然である。
実に正しい対応だった。
ごめんなさい。
ポストカードは花丸ちゃんだった。
買い物を終え、外へ出る。
さて、どうやって帰ろう。
沼津駅まで歩くには、少し遠い。
明治茶館さんへ寄ってカレーを食べることも考えた。
しかし、香貫山で食べた桃屋さんのカツサンドが、まだ胃の中に存在感を残している。
今ここでカレーを食べるのは、少し厳しい。
かといって、また満員バスへ乗るのも嫌だ。
悩んだ末、東熊堂のバス停で待つことにした。
やがてバスが来た。
乗客は、たった1人。
助かった。
座れる。
それだけで、こんなにも嬉しい。
私はようやく座席に腰を下ろし、のんびりと沼津駅方面へ戻ることができた。
北口で降り、プレショへ向かう。
店内には、珍しく6~7人ほどのお客さんがいた。
何か新商品でも入ったのだろうか。
そう思って品ぞろえを見て回ったが、特に変化はなかった。
続いてヌーマーズとアニメイトへ。
ヌーマーズでは、再販されたアクリルスタンドが並んでいた。
ここで新たな問題が発生する。
私は、これを持っているのだろうか。
見覚えはある。
しかし、見覚えがあるのと所有しているのは別の話である。
画像を見たことがあるだけかもしれない。
以前購入したのかもしれない。
思い出そうとしても、まったく思い出せない。
こういう時は、どうするか。
買うしかない。
買って後悔する。
その方が、買わずに後悔するよりはマシだろう。
ダイヤさんと花火ちゃんのアクリルスタンドを購入した。
そしてアニメイトへ向かった。
店内へ入り、Aqoursちゃんのコーナーを眺める。
その瞬間、私は固まった。
ある。
さっき買ったアクリルスタンドが、ここにもある。
ららぽーとのビレバンで買った、あの商品である。
……。
私は何のためにららぽーとへ行ったのだろう。
なぜ満員バスに揺られ、限界に近い足をさらに酷使してまで、わざわざ郊外のショッピングモールへ向かったのだろう。
しかも、ららぽーと行きのバスを待っていた時、発車まで少し時間があった。
その間にアニメイトとヌーマーズを回ることも考えていたのだ。
しかし、登山の疲れが酷かったため、バス停のベンチで休むことを選んだ。
あの時、アニメイトへ入っていれば。
あの満員バスに乗る必要もなかった。
余計に足を疲れさせることもなかった。
そして、ららぽーと内で経験する別の厄介事にも遭わずに済んだかもしれない。
私は深いため息をつき、いったんホテルへ戻った。
1時間ほど休憩した。
もう十分ではないか。
普通ならそう思うだろう。
しかし、今回の訪沼には、香貫山以外にもやっておきたいことがあった。
片浜駅の近くにある「おたちゅう」へ行くことだ。
中古のアニメグッズなどを扱うお店である。
私の居住地周辺にも同じような店はある。
しかし、ラブライブ!の扱いは、その他のアニメグッズの中に雑多に混ざっていることが多い。
そもそも専用コーナーが存在しない場合もある。
田舎の人たちは頭が弱いので「ワンピーズ」や「ドラゴンボール」などの分かりやすい作品が大好きだ。だから店内にはしっかりそういった作品のコーナーが設置されている。そんな田舎のオタグッズ屋さんにとってはラブライブだけではなく、なんなら「リコリスリコイル」ですらその他アニメ扱いである。
ところが、おたちゅうにはラブライブ!のコーナーがあり、しかもシリーズごとに商品が分けられているらしい。
これは一度見てみたい。
私はホテルを出て、三度目の外出に向かった。
沼津駅から浜松方面の電車に乗り、隣の片浜駅で降りる。

店へ到着すると、確かにラブライブ!のコーナーがあった。
しかも、なかなかの品ぞろえである。
これだけで来た甲斐があったと思えた。
おそらくまだ持ってないかもしれないけど、自宅で並べてみたら「持ってんじゃん…」と絶望するかもしれないアクリルスタンド。
そして、以前からヤフオクで見かけて気になっていた紙製のスタンドパネル。
それらを購入した。
20分ほど店内をディグり、再び片浜駅へ。
そのまま沼津駅へとんぼ返りする。
本当に、我ながら移動効率が悪い。
しかし、欲しいものがそこにあるのだから仕方ない。
沼津駅では南口ではなく、北口へ出た。
今夜の夕食は、大晃ラーメンさんである。
何度も通っているお気に入りの店だ。
最近、どうもお店のお母さんに顔を覚えられているような気がする。
まぁそれは私に限った話でなないだろうし、きっと私以上に通ってすっかり認知されてしまっている人もたくさんいるだろう。

注文するのは、いつものラーメンと餃子。
ここのラーメンは、とんこつなのに食べやすい。
濃厚すぎず、重すぎず、最後まで美味しく食べられる。
こういうラーメンが好きだ。
いつもの店で、いつもの料理を食べる。
何の目新しさもない。
でも、それがいい。
旅先で顔なじみの店が増えていくというのは、なかなか不思議な感覚である。
夕食を終え、北口からあまねガード下を抜けて南口へ向かった。
コンビニで飲み物を買い、ホテルへ戻る。
そのつもりだった。
しかし、歩いている途中で思い出した。
静岡県民手帳。
Aqoursちゃんが表紙になっている特別版である。
実は沼津へ到着した時、アントレ内の観光案内所とくまざわ書店を探してみたのだが、それらしいものを見つけられなかった。
アニメイトにも置いてあるという情報をいただいていたのに、そのことをすっかり忘れていた。
そして、気がついた時には閉店していた。
しまった。
どうする。
そういえば、沼津港のファミリーマートにも置いてあるという話があった。
まだ買えるかもしれない。

私は自転車を借り、上土町のイルミネーションを眺めながら沼津港へ向かった。
店へ入る。
探す。
あった。
本当にあった。
よかった。
ようやくお目当てのものを見つけた。
ところが、安心したのも束の間だった。
会計ができないらしい。
どうやらPOSシステムに不具合が発生しているようで、店員さんたちが対応に追われていた。
目の前に商品がある。
欲しいものも分かっている。
買うお金もある。
なのに、買えない。
まさか、ここまで来てレジに阻まれるとは思わなかった。
店員さんたちの様子を見る限り、かなり切迫した状況のようだった。
これ以上迷惑をかけるわけにもいかない。
私は購入を諦めた。
もう、開き直るしかない。
そもそも私は静岡県民ではない。
静岡県民手帳を買ってどうする。
しかも表紙は新規イラストではなく、既存のイラストである。
買わなくても困らない。
絶対に困らない。
そうだ。
最初から、そんな商品は存在しなかったことにしよう。
「Aqoursちゃんの静岡県民手帳なんてなかった」
そういう記憶を作ればいい。
人間の記憶なんて、案外いい加減なものだ。
都合の悪いことくらい、少しずつ改変できるかもしれない。


そんなくだらないことを考えながら、いつものルートを辿ってホテルへ戻る途中だった。
信号待ちをしていた時、ほんの一瞬、意識が途切れた。
眠ってしまったらしい。
自分でも驚いた。
これまでの疲労が、まとめて襲ってきたのだろう。
前々日からの出張。
連日の飲み会。
長時間移動。
香貫山登山。
ららぽーと往復。
片浜への移動。
そして夜の沼津港。
考えてみれば、疲れない方がおかしい。
普段なら、まだまだ深夜徘徊の部が控えている時間帯である。
しかし、この日の体は、それ以上の活動を拒否していた。
さすがに危ない。
自転車に乗ったまま意識が途切れるような状態で、これ以上動き回っている場合ではない。
私は無理をせずホテルへ戻ることにした。

コンビニで飲み物を買い、仲見世のアーケードを通ってホテルへ。
まだアーケードの照明が煌々とする、そんなまだ早い時間である。
ホテルの部屋に戻り、風呂に入り、化粧を完全に落とす。
これで、もう部屋の外へは出られない。
普段の訪沼なら、もう少し夜の街を歩いている時間だ。
しかし、今日はもう十分だった。
疲れている。
足も痛い。
財布も軽くなった。
予定通りにいかなかったことも、いくつもある。
それでも、不思議と満足していた。
ここ数回の訪沼と比べても、今回は随分と充実していたように思う。
初めて香貫山へ登った。
これまで見たことのない角度から沼津の街を眺めた。
新しい店へも行った。
いつもの店にも行った。
余計な遠回りをして、何度も後悔した。
それでも、どれも今回の訪沼でしか経験できなかったことだ。
そう考えると、疲れさえも少し愛おしく思えてくる。
今日はもう、ここまででいい。

本日の購入物紹介。
購入したアクリルスタンドは計7枚。飾るスペースが残っていただろうか。いまいち自信がない。

マルイのポップアップショップの得点はいつもの3人。
ゲマズの得点もだけど、本当にこの3人しか出ない。

外はわりと激しめの雨。
おやすみ、沼津。

おはよう、沼津。
目を覚ますと、驚くほどよく眠れていた。
夢を見た記憶すらない。
眠ったというより、気絶に近かったのかもしれない。
沼津に泊まる時、私は比較的眠りが浅いことが多い。
翌日の予定が気になったり、せっかく来たのだから早く起きたいと思ったりして、あまり深く眠れない。
ところが、今回は違った。
体が完全に限界だったのだろう。
久しぶりに、ホテルのベッドでしっかり眠れた気がする。
身支度を整え、朝食を食べに外へ出た。
向かったのは、いつものやば珈琲店さん。
最近、私はようやくひとつのことを学んだ。
ホテルの朝食バイキングは、美味しい。
しかし、美味しいからこそ食べすぎる。
そして食べすぎた結果、昼になっても腹が減らず、下手をすると夜の食事にまで影響が出る。
朝食だけで、その日一日の食事計画を破壊してしまうのだ。
それではよろしくない。
決まった時間に適量の食事を取る方が、自分の体には合っている。

だから最近は、やば珈琲店さんのモーニングくらいがちょうどいい。
朝食を済ませ、狩野川まで散歩した。



空気はすっかり秋らしくなっている。
……と言いたいところだったが、そうでもなかった。
もうすぐ11月だというのに、半袖でも問題なさそうな気温である。
今年の夏は本当に暑かった。
朝から外へ出るだけで体力を奪われるような、灼熱の日々だった。
あの暑ささえ、今となっては少し懐かしく感じる。
もちろん、もう一度経験したいとは思わない。
あれは懐かしむものであって、繰り返したいものではない。

狩野川沿いを歩く。
何度も眺めてきた景色である。
それでも、こうして朝の川沿いを歩いていると、沼津へ来たのだという実感が湧いてくる。
ただし、昨日の香貫山登山による筋肉痛が、しっかり残っている。
少し歩くだけでも、太腿やふくらはぎが文句を言ってくる。
これ以上歩き回るのはやめよう。
私は散歩を早めに切り上げ、ホテルへ戻った。
荷物をパッキングする。
今回の出張と訪沼は、いつもより少し長丁場だった。
そのため、普段は海外旅行で使うような大きめのスーツケースを持ち出していた。
ところが、このスーツケースには問題があった。
キャスターがひとつ壊れているのだ。
4輪で転がそうとすると、勝手にあらぬ方向へ進んでいく。
仕方ないので2輪で引っ張ることになる。
しかし、大きなスーツケースを2輪で引っ張るというのは、思った以上に体力を使う。
しかも今は筋肉痛である。
もはやスーツケースまで、私の体力を削りにきている。
そろそろ新しいものを調達しなければならない。
実は当初、この日の朝は始発のバスで内浦へ行くことも考えていた。
早い時間に向かい、少し散策して、午前中のうちに戻ってくる。
そういう計画だった。
しかし、昨日の登山で足が完全に終わっていた。
無理をして内浦へ行っても、楽しむ余裕はなさそうだ。
今回は見送ることにした。
不思議なことに、前夜から続く「もう十分満足した」という気持ちは、一晩経っても変わっていなかった。
何かをやり残したという感覚がない。
まだ行ける場所はある。
まだ食べたいものもある。
でも、今回はこれでいい。
そう思えた。

9時台の電車で沼津を離れ、三島から10時台の新幹線に乗って東京へ向かった。

車内では、沼津駅の売店で買ったみたらし団子を食べた。
結局、それが昼食になった。
窓の外を眺めながら、少し先の予定を考える。
もしかすると、今回が今年最後の訪沼になるかもしれない。
今のところ、この先に東京方面への出張予定はない。
しかも、先日のインフルエンザ罹患で有給休暇を使い切ってしまった。
わざわざ休みを取って沼津へ行くのは、しばらく難しそうである。
次に確実に予定している訪沼といえば、翌年3月の地元愛まつりだ。
つまり、数か月先ということになる。
少し前の私なら、そんなに間隔が空くことを随分と寂しく感じたかもしれない。
しかし、今回はそうでもなかった。
むしろ、少しペースを落としてもいいのではないかと思い始めている。
今年は、随分と沼津へ通った。
8月を除けば、ほぼ毎月のように足を運んでいたし、時には1~2週間ほどしか間隔が空かなかったこともある。
東京出張があれば沼津。
連休があれば沼津。
少し時間があれば沼津。
最初の頃は、そんな自分の行動力を少し誇らしく思っていた。
しかし、訪沼の回数が増えるにつれて、ある感覚が生まれ始めていた。
惰性。
そんな言葉が、少しだけ頭をよぎるようになっていたのだ。
もちろん、沼津への気持ちが薄れたわけではない。
今でも大好きな街である。
行けば嬉しい。
帰る時には寂しい。
それは変わらない。
ただ、何度も通ううちに、沼津へ行けること自体の価値が少しぼやけ始めていたのかもしれない。
行けるのが当たり前になっていた。
いつでもまた来られると思っていた。
その結果、前回の訪沼では、何となく街を歩き、食事をして、泊まって帰るだけの時間を過ごした。
もちろん、そういう過ごし方が悪いわけではない。
慣れた街で、特別なことをせず過ごせる。
それも何度も通ったからこそ得られる贅沢だと思う。
しかし、その贅沢に慣れすぎてしまうことには、少しだけ不安があった。
そんな中で、前回は予定していた訪沼を見送った。
行けるけれど、行かない。
自分にとっては、少し珍しい選択だった。
そして今回。
改めて沼津駅へ降り立った時、私は久しぶりに強い喜びを感じた。
三島から沼津へ向かう、あの短い電車の時間。
沼津駅のホーム。
改札を抜けた先の景色。
何度も見てきたものばかりなのに、妙に嬉しかった。
そして、今回の訪沼では実にいろいろなことがあった。
香貫山では、自分の判断ミスで散々苦労した。
ららぽーとまで遠回りして、後からアニメイトでも同じ商品が買えることを知り、徒労に身を窶した。
欲しかった静岡県民手帳は、ようやく見つけたと思ったら買えなかった。
足は痛い。
体は疲れた。
財布も軽くなった。
普通なら、あまりいい旅行ではなかったと言われてもおかしくない。
それでも私は、今回の沼津で過ごした時間を、どれも愛おしく感じている。
うまくいかなかったことさえ、今となっては思い出として残っている。
それは最近の訪沼では、あまり感じられなかった感覚だった。
やはり、少し間隔を空けたことがよかったのだろうか。
いつでも行けるという安心感と、久しぶりに行けたという喜び。
その両方を持てる距離感が、自分にはちょうどいいのかもしれない。
それに、身も蓋もない話をすれば、最近は貯金の目減りも目立ってきた。
東京から三島までの新幹線代。
宿泊費。
食事代。
グッズ代。
現地での移動費。
一度の訪沼で使う金額は、決して小さくない。
しかも私は、沼津にいる時には基本的にお金に糸目をつけない。
欲しいものがあれば買う。
食べたいものがあれば食べる。
好きな街へお金を落としたいという気持ちも、確かにある。
ただ、そういうことを繰り返していれば、当然ながら貯金は減る。
お金というものは、使えば減るのである。
当たり前すぎて、わざわざ書くのも馬鹿らしい。
まあ、私は貯金を残したまま孤独死すると思っているので、多少の目減りには寛容でありたい。
しかし、そんなことを言っていると、不要に長生きしてしまう可能性もある。
いざ老後を迎えた時に生活費が足りなくなっていたら、さすがに笑えない。
人生設計において、貯金がもたらす安心感は馬鹿にできない。
好きなことへお金を使うためにも、使わない時にはきちんと残しておく必要がある。
つまり、訪沼のペースを少し落とすことは、感情面でも経済面でも案外悪くない選択なのかもしれない。
こうして少し冷静に考えられるようになったのも、今回の訪沼が十分に満たされたものだったからだろう。
次はいつになるだろう。
地元愛まつりまで、本当に行かないかもしれない。
あるいは、また何かの用件で東京へ行くことになり、結局そのまま沼津へ向かっているかもしれない。
それは分からない。
ただ、次に行ったら何をしよう。
どこへ行こう。
何を食べよう。
そんなことを考えながら日常を過ごすのも、訪沼の楽しみ方のひとつなのだと思う。
沼津にいる時間だけが、訪沼のすべてではない。
次に行く日を待ち、その日の予定を考え、仕事や日常を乗り越える。
その時間もまた、沼津へ向かう旅の一部なのだろう。
東京へ到着した。
いつものようにスーツケースをコインロッカーへ預け、秋葉原へ向かう。
今回の秋葉原ディグは、少し事情が違った。
私ひとりではない。
会社の上司が関東方面へ帰省しており、秋葉原でジャンクのノートPCを一緒に探す約束をしていたのだ。
秋葉原駅で合流する。
目的は、予算2万円前後で買えるVAIO。
私も普段からVAIOを愛用している。
とにかく軽い。
しかも16GBのメモリを積んでいるので、普段の仕事に使う分には性能面でも大きな不満がない。
最近は出張のたびに持ち歩いているのだが、軽いノートPCはそれ自体が正義である。
まずはラジオデパートへ。
続いてコンフル。
イオシス。
(旧)キャプ。
そしてジャンクコンフル。
いつもの巡回コースである。
しかし、今回はどうも様子が違った。
VAIOがない。
正確には、安いVAIOがない。
ほんの2週間ほど前までは、ジャンクショップの店頭に比較的多く並んでいた。
ところが、今はほとんど見当たらない。
残っているものも3万~4万円台で、予算を超えてしまっている。
どうしたことだろう。
一時期、リースアップ品が大量に市場へ流れたことで、中古のVAIOが比較的安く出回っていたのかもしれない。
それが一巡して、在庫が減ってしまったのだろうか。
あくまで推測だが、そんなことを考えた。
HPやdynabookなら、要求スペックと価格を満たす端末もあった。
しかし、VAIOと比べると重い。
安いからといって、妥協して重い端末を買ってしまうと、後から不満が出るかもしれない。
今回は見送った方がよさそうだ。
結局、ノートPCの購入は断念した。
来年の春頃になれば、第12世代Coreプロセッサー搭載のVAIOも、リースアップ品として中古市場へ流れ始めるかもしれない。
その頃にまた探してみよう。
そんな話をして、今回は買い物を終えた。
本当なら、オタク的なディグもしたかった。
しかし、前日に沼津で散々グッズを買っている。
これ以上買う必要はないだろう。
たまには何も買わずに秋葉原を出る日があってもいい。
新幹線の時間が近づいてきたので、秋葉原駅で上司と別れた。
私は東京駅へ向かう。
そして帰りの新幹線の待機列に並んだところで、思わぬ人物を見つけた。
つい先日まで、鹿嶋方面への出張を共にしていた同僚である。
お互い、昨日の東京駅で解散したはずだった。
あの時は、これから帰宅するような顔をしていた。
ところが、どちらも帰っていなかった。
目が合う。
苦笑いする。
「お前もか」
言葉にしなくても、そんな空気だった。
人のことは言えない。
私も昨日、沼津へ行っている。
同行者が解散後に何をしていたとしても、こちらに文句を言う資格はない。
帰りの新幹線に乗り込む。
今回は普通車である。
体調自体は問題ない。
足は相変わらず痛いが、グリーン車へ変更するほどでもないだろう。
幸い、下りの列車ということもあって、三列席の中央には誰も座らなかった。
助かった。
ただでさえ肉体疲労が酷いのに、これで中央席まで埋まっていたら、心の余裕がかなり削られていたと思う。
もちろん、中央席へ座る人には何の罪もない。
指定された席へ座っているだけである。
それなのに、こちらの勝手な疲労で理不尽な怒りを向けてしまいそうになる。
人間の精神状態というのは、体力に随分と左右されるものらしい。
そんなことを考えていると、車内に大きな泣き声が響いてきた。
子供だった。
かなり長い時間、泣き続けている。
AirPodsのノイズキャンセリングを使っていても、はっきり聞こえてくるほどだった。
ということは、車内では相当な音量なのだろう。
結局、2時間近く泣き声が続いていた。
しかし、不思議と腹は立たなかった。
子供は泣くものだ。
それは仕方ない。
むしろ、これほど長時間泣き続ける子供を連れて、新幹線で3時間以上も移動しなければならない事情とは、いったい何なのだろう。
帰省かもしれない。
何か急ぎの用件があるのかもしれない。
親御さんも、きっと大変だろう。
もちろん、事情は分からない。
だからこそ、勝手な想像で誰かを責めるのも違う。
私はイヤホンの音量を少し上げ、座席へ深く体を預けた。
数日前、私は7人の団体出張を面倒くさいと思っていた。
しかし、終わってみれば、今回の出張は随分と得るものが多かった。
仕事の内容だけではない。
職場の仲間が、自分のことを思っていた以上によく見てくれていると分かった。
自分ひとりで抱え込みすぎていたことにも気づかされた。
少し泣いてしまったのは恥ずかしかったが、あの時間がなければ、今も同じことで苛立ち続けていたかもしれない。
そして、久しぶりの沼津。
香貫山では散々苦労した。
予定外の買い物も、余計な移動も、思うようにいかない出来事もあった。
それでも、あれほど満たされた訪沼は久しぶりだった。
誕生日に始まった今回の旅。
何か特別な祝いをしたわけではない。
誰かに盛大に祝ってもらったわけでもない。
それでも、思い返してみれば、悪くない誕生日だった。
仕事の仲間に救われ、好きな街へ戻り、初めての景色を眺めた。
十分すぎるくらいである。
そして今、私はひどい筋肉痛を抱えながら、ようやく自宅へ帰ろうとしている。
次の訪沼がいつになるのかは分からない。
ただ、しばらく間隔が空くことを、今はそれほど寂しく感じていない。
今回の旅で得たものを思い返しながら、しばらくは日常を過ごしていけそうだからだ。
もっとも、そんな殊勝なことを言っていても、次の東京出張が決まった途端、また沼津のホテルを検索しているのかもしれない。
それはそれで、私らしい。
新幹線は、いつもの帰り道を走っていた。
次に沼津へ戻る時、私はどんな景色を見て、何を考えるのだろう。
そんなことを思いながら、ようやく長かった今回の旅を終えることにした。