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沖縄ホテル朝食ビュッフェで起きた、ささやかな未解決事件

    沖縄旅行に行ってきた。

    日程は、梅雨明けするかしないかのギリギリライン。

    旅行前の私は、毎日のように天気予報を見ていた。

    晴れマークを見つけては喜び、
    雨マークを見つけては沈み、
    曇りマークには「あなたは結局どっち側なの?」と詰め寄る。

    そんな不安定な精神状態で迎えた沖縄旅行だったが、結果はまさかの快晴。

    青い空。
    白い雲。
    きらきら光る海。

    ホテルのプライベートビーチでは、
    「これが沖縄……!」と何度も心の中でつぶやいた。

    アメリカンビレッジでは、色とりどりの建物に心が浮き立ち、
    沖縄料理を食べ、
    泡盛を飲み、
    「明日からまた頑張ろう」ではなく、
    「明日も沖縄でお願いします」と本気で思った。

    旅の楽しみはいろいろある。

    景色。
    買い物。
    地元の空気。
    そして、やっぱり食事。

    特にホテルの朝食ビュッフェが充実していると、胃袋が小躍りする。

    普段から朝食はしっかり摂る方だ。
    ご飯、味噌汁、卵、焼き魚。
    朝から胃袋の勤務態度はかなりまじめである。

    しかしホテルビュッフェとなると、話は別だ。
    まじめに働いていた胃袋が、急に「全種類いけます」と自己申告し始める。

    和食もいける。
    洋食もいける。
    沖縄料理ももちろんいける。
    デザートもいける。
    ホテルの朝食ビュッフェにおいて、デザートはもはや別腹ではなく、正式な朝食メンバーである。

    そんな期待を胸に、ホテルの朝食会場へ向かった。

    レストランの前にはすでに列ができていた。

    さすが人気ホテル。
    みんな考えることは同じである。

    「朝食ビュッフェは、旅のメインイベントの一つ」

    それを理解している者たちが、朝から整然と並んでいる。

    列は少しずつ進む。
    スタッフの方が、順番にお客さんを席へ案内していた。

    「何名様ですか?」
    「お席へご案内いたします」

    人数を確認し、空いた席へ案内する。
    その流れはあまりにも自然で、平和で、疑う余地などどこにもなかった。

    私たちも列に並びながら、メニューを見てもいないのに、何を取るか真剣に考え始めていた。

    沖縄そばはあるだろうか。
    ゴーヤチャンプルーは朝からいけるのか。
    もずくは何回おかわりしても許されるのか。
    パンも食べたい。
    でもご飯も食べたい。
    胃袋は一つしかないのに、なぜホテルビュッフェはあんなにも誘惑してくるのか。

    そんな幸せな葛藤をしているうちに、いよいよ私たちの順番が回ってきた。

    スタッフの方がこちらを見た。

    そして、にこやかに言った。

    「How many people?」

    ……ん?

    一瞬、時間が止まった。

    え、今、英語?

    前のお客さんまで日本語だったよね?

    「何名様ですか?」って言ってたよね?

    急に世界線変わった?

    私は周囲を見回した。

    ここは沖縄。
    ホテルの朝食会場。
    目の前には日本人スタッフ。
    後ろにも日本人らしきお客さん。
    そして私たち。

    なのに、なぜか私たちだけ、英語対応。

    事件である。

    名探偵の脳内に、低い音楽が流れ始めた。

    なぜ、スタッフは私に英語で話しかけたのか。

    考えられる可能性はいくつかある。

    一、私の服装が海外旅行者っぽかった。
    二、私の表情が「I’m ready for breakfast」と言っていた。
    三、沖縄の太陽を浴びすぎて、国籍の輪郭がぼやけた。
    四、朝食ビュッフェへの気合いがグローバル基準だった。

    どれも決定打に欠ける。

    スタッフの方は続けて、

    「I’ll show you to your table.」

    と、やはり英語で案内しようとしてくれた。

    とても丁寧でありがたい。

    ありがたいのだが、こちらとしては謎が深まるばかりである。

    私はにこやかに言った。

    「日本人です」

    スタッフの方は、はっとした顔をした。

    その表情は、まるでドラマの終盤で真犯人に気づいた刑事のようだった。

    「あっ、すみません!」

    恐縮するスタッフさん。

    いや、謝らなくていい。
    こちらとしては、朝から少しおもしろい事件をもらった気分である。

    むしろ、旅の思い出としてはかなり優秀だ。

    せっかくなので聞いてみた。

    「ちなみに、どこの国の人だと思ったんですか?」

    するとスタッフさんは、照れ笑いを浮かべながら、答えを濁した。

    そして私たちは席へ案内された。

    結局、私はどこの国の人だと思われたのか。

    アメリカ人なのか。
    台湾人なのか。
    韓国人なのか。
    それとも、朝食ビュッフェを求めて世界中を旅する謎の美食家に見えたのか。

    真相は、今も闇の中である。

    ただ一つ言えるのは、ホテルの朝食ビュッフェはおいしかった。

    沖縄の空はきれいだった。
    海は青かった。
    泡盛はしっかり効いた。
    そして私は、沖縄のホテルで一瞬だけ外国人になった。

    旅には、予定通りの楽しさもある。

    きれいな景色。
    おいしい料理。
    心地よいホテル。
    観光地での思い出。

    でも、ときどきこういう小さなハプニングが混ざる。

    地図にも載っていない。
    ガイドブックにも書かれていない。
    予約サイトの口コミにも出てこない。

    でも、あとから思い出すと、妙に鮮明に残っている。

    「そういえば、あの朝食会場で英語で話しかけられたよね」

    そんな一言で、旅の空気がふっと戻ってくる。

    旅の現場には、いつも小さな事件が潜んでいる。

    今回の事件名は、
    「沖縄ホテル朝食ビュッフェ英語案内事件」。

    犯人は、たぶん沖縄の太陽。
    もしくは、私のビュッフェに向かう真剣すぎる眼差し。

    そして事件は、未解決のまま。

    次にホテルの朝食会場へ行くときは、少しだけ覚悟している。

    また英語で話しかけられるかもしれない。

    そのときは、にこやかにこう答えたい。

    「Two people, please. あ、日本人です」


     
     
    心地よく旅して、暮らすように生きる|現場力と日々の小さな発見。 旅先や日常での気づきを、次の誰かの旅や仕事に役立つ形で共有しています。 観光地よりも「その場でどう動くか」を大切に、旅でも日常でも実際に使える視点を書いています。 たまに酒場でも学んでいます。

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