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月夜の牧場に、白露司あらはる― ハロウィン仮装会

    序

    むかし、北の野に牛飼ふ女ありけり。

    インスタグラムで繋がっている友から、平安部の仮装会へのお誘いが届きました。

    ちびたぬきさんの企画で、自分のnoteをAIに読ませて、平安の都で何に化けるかを見立ててもらう遊びです。正直に言うと、AIに見立ててもらうことには、それほど惹かれませんでした。惹かれたのは、平安の言葉のほうです。平安の世も古典の言葉も、もともと好きでした。千年前の言葉を借りて、今の私に書けるものを書いてみる。そういう遊びなら、やってみたいと思いました。

    プロンプトに自分のnoteのアドレスを入れて、返事を待ちました。

    一

    その女、名を賜はりけり。

    返ってきた名は、名残醸しの白露司(なごりかもしのしらつゆづかさ)。

    白露司という役所は、平安の宮中にはありません。この仮装会のために拵えた役職なのだそうです。人の暮らしに残された、声にならない思い出を乳白色の露に醸して、瓶に納める女官。手には瑠璃の瓶、裾には手縫いの人形たちが従い、髪には牛の角を思わせる銀の簪。

    読みはじめて口もとがゆるみ、読み終えるころには、腹を切りて笑ひぬ。

    古語では、口もとがほころぶのを「ゑむ」、声を立てて笑うのを「わらふ」と言い分けたそうです。この夜の私は、ゑむから始まって、わらふで終わりました。

    二

    その女、夜ごとあやしきものに会ひけり。

    あやしきもの。
    大正のころより立てる電信柱。夜はひと列に並びて、なにをか待つらむ。
    夜更けて来る兎。
    森の奥に、ちらと見えて消ゆる黒き影。熊なるべし。
    夜半、群れてびいびいと鳴き交はすもの。口笛のやうにて、忍びの者めきたり。鹿どもならむ。

    夜中によく来るのは、エゾウサギ。森の中の黒い影は、ちらりとしか見えませんが、たぶん熊です。口笛のような声でビービーと群れて鳴くのは、鹿たちだと思っています。

    宴の隅で落とし物を拾うまでもありません。牧場の夜には、あやしいものたちが毎晩勝手にやって来ます。こちらはハロウィンを待たずに、一年じゅう百鬼夜行の通り道です。

    三

    その女、文字を書くこと遅かりけり。

    見立ての最後に、ひそかな正体が書いてありました。人の思いはいくらでも瓶に詰められるのに、自分の言葉を巻物に書くのはたいへん遅い。「は」と「が」のどちらがふさわしいかで、三晩悩む。

    ここで笑いが止まりました。当たっていたからです。台湾で生まれ、二十七歳まで台湾で育った私には、日本で二十四年暮らした今も、助詞は毎日の悩みの種です。「は」にするか「が」にするか。墨を磨りなおすように、一文字を消しては置きなおしています。

    見立てによると、そんな夜、白露司は古い書庫に住む物知りの妖怪に相談するのだそうです。妖怪が余計な助言を始めると、ぴしゃりと「そこまでは尋ねておらぬ」。

    書庫の妖怪に心当たりがないとは言えません。ぴしゃりと言ったことがあるかどうかは、ここには書かずにおきます。

    返し

    決め台詞は、「鬼どの、急ぐことなかれ。今宵の名残は、まだ醸し足りぬ。」

    ところが、夕暮れの白露司の本音はこうです。

    「牛追へど のろのろ歩む 夕暮れに 湯殿恋しや はよ帰れ牛!」

    鬼には急ぐなと言い、牛には急げと言う。平安の女官も、日が暮れれば湯が恋しいのです。

    結び

    六畳のあやしき茶房のあるじ、という役目もいただきました。牧場では今、六畳の乳処理室を自分たちの手でつくっています。その先に、六畳の喫茶もいつか、と思っています。見立てを読んで、少しどきりとしました。

    十月三十一日の夜、都にはどんなあやかしが集まるのでしょう。白露司は茶房で湯を沸かして、鬼どのを待つことにします。もっとも、こちらの牧場には、兎も熊も鹿も、とうに来ていますけれど。

    ちびたぬきさん、楽しい企画をありがとうございます。インスタグラムから声をかけてくださって、わが友fafaさん、ありがとうございました。

    追伸

    その女、肝心の絵を載すること、忘れにけり。

    浮かれて書いているうちに、仮装カードの絵を載せるのをすっかり忘れていました。こちらが、名残醸しの白露司でございます。

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    #平安部いとあやしきハロウィン仮装会


     
     
    二十七歳まで台湾で育ち、日本に根を下ろして二十四年。北の牧場で牛と暮らして、十年目。夫と二人、日本一小さい(たぶん)乳処理室づくりに挑むことになりました。五十一歳からの記録は、忘れずにいるためのもの。日々の綴り、インスタグラムへどうぞ、毎週更新。

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