
一つの硝子に
日ざかりの、通りばかりが白く灼けている午後でした。
一九九七年の銅鑼湾、路面電車の走る大通りから路地を一本入ると、氷室の硝子扉がありました。次のツアーまでには、まだ間があります。焼けた石畳の照り返しに目を細めながら、冷たいものを一杯飲もうと、私は扉を押して、薄暗い店の中へ入りました。
天井では扇風機が回っていました。外の白さが嘘のように、店の中は涼しく、水を張った桶のような静けさがあります。壁際の席について、鴛鴦茶を頼みました。運ばれてきたのは、珈琲と紅茶を一つの硝子に注いだ、赤茶けた一杯です。細い管を挿して一口飲むと、珈琲の苦さと紅茶の渋さが、舌の上で一つになりました。どちらの味とも言えない、けれど確かに一つの味でした。
隣の卓に、旅の途中らしい二人の男がいました。前には、同じ赤茶けた一杯が、二つ並んでいます。一人の英語は、言葉の端が丸く沈みます。もう一人の英語は、語尾が高く跳ねあがります。イギリスでは、と一方が言い、いや、アメリカでは、ともう一方が重ねました。丸く沈む音と、高く跳ねる音とが、同じ卓の上で、幾度もすれ違っていきます。
言葉が行き来する度、声は少しずつ大きくなっていきます。管の先で氷が鳴り、天井の扇風機がゆっくりと一巡しました。硝子の底では氷が溶けて、二つの飲みものの色が、また一つに混ざっていきます。
布巾を手にした店の人が近づいて、尋ねました。どうしましたか。
二人は、はたと口をつぐみました。それから顔を見あわせて、どちらからともなく笑いだします。片方が、肩をすくめて言いました。私たちは、鴛鴦茶を飲んでいるだけです。
もう一人がうなずいて、同じ一杯に管を挿し直しました。二つの赤茶けた硝子が、同じ色をしています。
私は管をくわえたまま、薄くなった一杯を一口飲みました。珈琲と紅茶が、まだ舌の上で一つでした。硝子扉の向こうを、二階建ての路面電車が白い光を曳いて、ゆっくりと通り過ぎていきます。
一九九七年 午後4:15 私は銅鑼湾の氷室で鴛鴦茶を飲んでいます。——
#ココシカナイカフェ館
世界のどこかの喫茶店で、冷たい一杯を前に、旅の途中の私が座っています。一九九六年から二〇〇一年、牛飼いの妻になる前の二十代の私が、台北や澳門、香港やハノイ…で飲んだ茶と珈琲の記録。場面と光だけで綴る、旅の手記です。ここにしかない一杯を、一篇ずつお届けします。