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なぜ保守本流にみえる岩屋氏はネトウヨから嫌われるのか

    「媚中」「売国奴」
    今日もSNSは誹謗中傷で忙しい人であふれている。

    9月27日、岩屋毅前外務大臣が北京を訪問した。SNSには早速、このような激しい言葉が並んだ。

    岩屋氏は現在、日本国際貿易促進協会の会長を務め、同協会の会長として、日本企業関係者らとともに中国を訪問したものだ。

    岩屋氏は出発前、「正に日中関係が厳しい時だからこそ、対話を通じて改善の道を探っていくべきだ」と述べ、今回の訪中について「経済交流を円滑にし、さらに発展させていく」ことを目的に挙げた。

    そして9月28日、中国の王毅氏と会談した。中国側は今回の会談で、台湾問題などをめぐり日本側に厳しい注文を付けた。一方、岩屋氏は日中関係の改善と、日中間の経済交流の継続を訴えた。

    つまり今回の訪中は、「関係が悪化しているからこそ対話する訪中」だったといえる。

    それなのになぜ岩屋毅という政治家は、ここまで「媚中」「売国」と批判されるようになったのか。

    その経歴と発言を追っていくと、岩屋氏が単純な「親中政治家」では説明できないことが見えてくる。

    そもそも「ネトウヨ」とは何なのか

    まず、タイトルにある「ネトウヨ」という言葉そのものを整理しておきたい。

    「ネトウヨ」はネット上で広く使われている言葉だが、政治学上の一枚岩の集団を指す言葉ではない。

    社会学者の辻大介氏の研究に関わる調査では、「ネット右翼」を、①中国・韓国への排外的態度、②保守的・愛国的な政治志向、③政治や社会問題についてネット上で意見を発信・議論すること、という3つの要素から定義した。

    またネトウヨはこれまで社会的な弱者というイメージで語られてきたが、ネット右翼を排外主義的・保守的な考えを持ち、インターネット上で政治的・社会的テーマについて意見の書き込みや拡散を行ったことのある人、と定義し、非ネット右翼との比較を行ったところ、教育水準、世帯収入、婚姻状態や相談相手の有無に違いは見られなかったという。

    そこで本稿では、保守的・ナショナリスティックな政治意識を持ち、SNSなどで政治的な発信を積極的に行う一部のネットユーザーという意味で「ネトウヨ」という言葉を使う。

    なぜ岩屋氏に対するネトウヨからの批判がこれほど強くなったのかを、その具体的な言説から見ていく。

    岩屋バッシング――まず「事実」と「デマ」を分ける

    岩屋氏への批判が激しくなったのは、石破政権時の外務大臣時代からだ。

    その後、2026年2月の衆院選では、その影響が選挙戦にまで及んだ。岩屋氏の大分3区では、SNS上で「媚中」「国賊」などの批判が拡散。岩屋氏の選挙事務所は、SNS上で事実に基づかない誹謗中傷や人格を否定する表現が確認されているとして声明を出し、法的措置も検討するとした。

    結果として岩屋氏は11回目の当選を果たしたものの、得票は57,996票。2位候補との差は約7,300票だった。報道では「辛勝」「厳しい選挙戦」と伝えられている。

    では、岩屋氏を批判する情報はすべて間違っているのか。もちろん、そんなことはない。岩屋氏自身の政策や発言に対する批判は当然あっていい。

    問題なのは、事実に基づく批判と、事実ではない情報・悪意あるデマが混ざっていることだ。

    その事例として「岩屋外相が中国人65歳以上のビザを不要にした」というデマをまず取り上げたい。

    これは日本ファクトチェックセンターが「誤り」と判定している。

    実際に政府が発表したのは、65歳以上の中国人について個人向け観光ビザ申請時の在職証明書の提出を不要にする措置であり、ビザそのものを不要にしたわけではない。岩屋氏が「65歳以上の中国人はビザ不要」と発言した事実も確認されていない。

    もう一つ、「岩屋外相は中国に行ったことばかり報道され、米国に行ったことは報道されていない」という情報も拡散した。

    これも日本ファクトチェックセンターが誤りと判定している。岩屋氏は2024年12月に訪中した一方、2025年1月には米国を訪問し、トランプ大統領の就任式に出席したほか、ルビオ国務長官とも会談している。

    さらに象徴的なのが「ハニートラップ」説だ。2025年1月、岩屋氏が議員宿舎に戻った際、面識のない女性が室内に侵入していたことが報じられた。この事件そのものは事実である。

    しかし、その後SNSでは「愛人ではないか」「中国によるハニートラップではないか」といった憶測が広がった。事件を報じた記事の中にも、ハニートラップ説を紹介するものがあった。ただし、岩屋氏が中国によるハニートラップを受けたことを裏付ける事実は確認されていない。2025年12月、岩屋氏自身もこのネット上の言説について「あるわけない」と明確に否定している。

    ここでも、「女性が侵入した」という事実と、「中国のハニートラップだった」という推測が、いつの間にか一つの物語として結びついている。

    政治家に関する言説を見るときに重要なのは以下のような観点で情報を鵜呑みにしていないかどうかだ。
    ①事実と明らかに違う情報が流れる 「65歳以上の中国人はビザ不要」というデマが流され、それを信じてしまう。
    ②事実を膨らませたものが流れる「女性が侵入した」という事実はあるがそれが中国によるハニートラップと裏付ける事実は確認されていないのに両者を紐付けてしまう。
    ③事実に対する過度なレッテル張りによる政治的評価「中国と会談した」ことを媚中と捉える。

    こういう言説がごちゃ混ぜになると真実が見えなくなる。だからこそ受けとる方にも冷静さが非常に重要となる。

    岩屋毅こそ真の「保守」ではないのか

    ここで一度、「保守」という言葉そのものを考えてみたい。

    石破茂氏は2024年の著書『保守政治家』で、保守の本質を「寛容」に置いている。相手の主張を聞き、受け入れる度量を持つことこそ保守の本質だという考え方だ。これは国連の演説にも取り入れられた名言だと筆者は感じている。

    実際、石破氏は首相在任中にも、異なる意見を聞き、自分の考えが間違っていないかを自省することが必要であり、それこそが「保守の本質」だと述べている。

    政治学者の宇野重規は保守の神髄を守るべきものは守る。しかし、変えるべきものは変えていくと捉えている。現実を無視して抽象的な理念を振りかざし、ゼロから社会を作り変えようとするのではなく、これまで歴史的に構築されてきたものを活かしつつ、時代に合わせて改良していく。これが保守主義の知恵だと。

    この二つの考え方を物差しにすると、岩屋毅という政治家はかなり興味深い。

    岩屋氏は1990年に初当選し、防衛庁長官政務官、外務副大臣、防衛大臣、外務大臣、自民党安全保障調査会長などを歴任してきた。外交・安全保障を政治家としての中心分野としてきた自民党のベテラン議員である。

    しかし、岩屋氏の「保守らしさ」は経歴だけではない。むしろ注目したいのは、国家や伝統を守ることと、権力による強制を同一視しない姿勢である。

    例えば2026年、国旗損壊罪の法案に対して岩屋氏は、国旗を尊重すること自体を否定したのではなく、「国旗を尊重する意識は自然な形で育まれるべきもので、刑罰で強制されるべきではない」という立場を示した。

    これは、「国旗を守るか、守らないか」という単純な話ではない。守るべきものを、どのような方法で守るのか。そこに政治的な判断がある。

    少なくとも、岩屋氏を「保守とは無縁の政治家」とするのは、これまでの経歴や言説から見て無理がある。

    むしろここまで逆風や批判にさらされながら自身の考えを貫き、矢面にたって中国との適切な関係を再構築しようとする岩屋氏のような人物こそが真の保守と呼ぶにふさわしいのではないか。

    安倍政権時代――岩屋氏は「反安倍」の政治家だったのか

    岩屋氏は第1次安倍内閣で外務副大臣を務めている。さらに2018年、第4次安倍改造内閣では防衛大臣に就任した。防衛大臣時代の岩屋氏は、日米同盟の強化を進めている。

    2019年4月には米国でシャナハン国防長官代行と会談し、日米同盟の強化、北朝鮮の核・ミサイル問題への対応、宇宙・サイバー・電磁波領域での日米協力を確認した。

    同年8月の日米防衛相会談でも、東シナ海・南シナ海での力を背景とした一方的な現状変更への反対や、法の支配、航行の自由の重要性を確認している。

    つまり、「中国に近い政治家だから安全保障に弱い」という説明では、岩屋氏の経歴を説明できない。

    岩屋氏の外交・安全保障観は、日米同盟を基軸にしながら、中国を含む周辺国との外交関係も維持する。

    そう整理する方が実際の行動に近い。

    石破政権――「中国と話す=親中」なのか

    2024年10月、岩屋氏は石破内閣の外務大臣に就任した。ここでも岩屋氏は中国だけを見ていたわけではない。

    外務省の外交青書によれば、岩屋氏はブリンケン米国務長官と、中国、北朝鮮、ウクライナ情勢などについて協議し、日米同盟の抑止力・対処力強化を確認している。

    2025年1月にはワシントンを訪問し、トランプ大統領の就任式に出席。ルビオ国務長官とも会談している。

    NATOやEUとの関係強化にも取り組んだ。外務省によれば、岩屋氏はEUとの安全保障・防衛パートナーシップを公表し、サイバー、宇宙、海洋安全保障などでの協力強化を進めた。

    一方、中国については対話を重視した。

    2024年12月には訪中し、王毅外相との会談などを行っている。
    つまり岩屋氏の外交は、「中国かアメリカか」ではない。そのような二元論は政治いやビジネスの世界でおいてすら稚拙だ。

    日米同盟を基軸にしながら、中国とは中国と付き合う。外交とは本来、そういうものだ。

    「中国と話す=親中」

    という単純な図式では、外交政策を評価するのはあまりに短絡的と言える。

    高市政権で「岩屋はなぜ叩かれるのか」が見えてくる

    そして、高市政権になってからの岩屋氏を見ると、彼がネット上の一部の保守層から強く批判される理由がさらに見えてくる。

    ① 国旗損壊罪
    岩屋氏は2026年6月、国旗損壊罪法案の衆院本会議採決を棄権した。

    理由は明確だった。「国旗を尊重する意識は自然な形で育まれるべきものであって、刑罰で強制されるべきものではない」という考えだった。「党として決めた以上、反対はしない。しかし積極的に賛成もできない」という立場である。

    これは「反日」という話ではない。国旗を尊重することと、それを刑罰によって強制することは別問題だ。そういう法制度上の考え方である。

    ② 衆議院議員定数削
    高市政権と日本維新の会が進めた衆議院議員定数削減についても、岩屋氏は異論を唱えた。

    自民・維新の合意では、小選挙区25、比例20の計45議席を削減する方向が示された。これに対して岩屋氏は、議論の進め方について「拙速で乱暴なやり方だ」と批判している。

    ここでも重要なのは、岩屋氏が「自民党なのに反対している」のではないことだ。選挙制度という民主主義の土台を、与党内の合意だけで拙速に変更していいのか。

    そこを問題にしている。

    ③ 消費税減税
    食料品の消費税ゼロについても、岩屋氏は慎重な立場を取った。

    岩屋氏は、財源のあてもなく社会保障の基幹財源を減らすことには慎重であるべきだと主張し、選挙中も消費税減税を訴えなかったと説明している。

    これを「減税に反対する政治家」と一方的に決めつけ批判することはできる。しかし、同時にこれは、財源と社会保障を重視する財政保守的な考え方と捉えることもできる。

    ここまで見てくると、岩屋氏の主張には一つの共通点がある。

    人気がある政策だから賛成するのではなく、自分の政治的・制度的な判断から異論を唱えている。

    ここには共通する特徴がある。岩屋氏は、党の方針や世論の動向とは別に、制度設計や財源、法制度のあり方について自分の見解を示している。

    その姿勢を「筋が通っている」と評価するか(私はこちらの評価だが)、「党の方針に反している」と批判するかは、読者によって異なるだろう。

    ただ、少なくとも「高市政権に反対するためだけに異論を唱えている」と単純化することはできない。

    2026年2月、岩屋氏は「新党結成を検討している」という報道を否定した。

    そして明確に、「高市総理総裁を自民党所属議員として支えていくことは当然」と述べている。そのうえで、「自民党が絶対多数を占めたからこそ、党内での自由闊達な議論が必要不可欠」と主張した。

    ここには民主主義における重要な考え方がある。

    「政権を支持すること」と「政権に無条件で同調すること」は同じではない。

    政党政治は独裁ではいけない。同じ政党に所属していても、政策について意見が異なることは当然にある。そして、異論を排除することではなく、異論を議論によって乗り越えることこそ、政党政治の役割である。

    岩屋氏を口撃する人たちは、何を嫌っているのか

    ここで、最初の問いに戻る。

    なぜ岩屋氏は「媚中」「売国」とまで批判されるのか。確かに彼は中国との関係を模索している。しかし「中国に厳しい態度を取ること」と「中国と対話すること」を両立させる外交を、SNS上では評価しにくいことだ。

    岩屋氏をめぐるSNS上の言説を見ていると、事実と推測、政策への批判と人格への攻撃が混在していることが分かる。

    「中国と会談した」という一つの事実から「親中」「媚中」「売国」というラベルへ飛躍すると、その政治家が実際に何を主張し、どの国ともどのような関係を築こうとしているのかが見えなくなる。

    もちろん、岩屋氏の外交姿勢を批判すること自体は自由だ。問題は、その批判が事実に基づいているかどうか、そして批判の根拠が何なのか、ということだ。


    国旗損壊罪、定数削減、消費税減税など、高市政権や現在の自民党の政策に対しても、岩屋氏はたびたび異論を唱えてる。そこに対しても反感を覚えるようだ。

    特定の政治家への支持が強くなるほど、その政治家への批判を「政策への異論」ではなく「政治家そのものへの攻撃」と受け止める言説が生まれることがある。特に高市政権下ではそうした反応をする人が顕著だ。

    しかし日本の政治や外交とはそのようなシンプルなものではない。

    中国に毅然とした態度をとりつつも、協力するところ国交を深める・貿易を広げることなしに今の日本は成り立たない。

    その国益が理解できず、幼稚な感情で「売国奴」などと批判しているとすれば、彼らこそ国にとって大きな損失を出しているのではないだろうか。

    「大政翼賛」になってはいけない

    政治において、本当に重要なのは、誰を支持するかだけではない。支持する政治家に対してもおかしいと思う場合は異論を言えるかどうかだ。

    会社でも同じだ。経営者が何を言っても誰も異論を唱えない独裁的な組織は、短期的にはまとまって見える。しかし、間違いを指摘する人がいなければ、組織は簡単に誤った方向へ進む。

    政治は会社以上にその問題が大きい。権力を持つ人間に対して、誰も「それは違う」と言えなくなったとき、民主主義は弱くなる。

    だからこそ、保守政治を考えるときにも、

    国家を守ること。
    伝統を守ること。
    法の支配を守ること。
    自由な言論を守ること。
    そして、異論を述べる自由を守ること。

    これらを切り離して考えることはできない。

    石破前総理も、自民党について「真実を自由闊達に語る政党」「公平公正な政党」「常に謙虚な政党」を目指すと述べている。

    そう考えるなら、岩屋毅という政治家を、

    中国と話すから「媚中」
    総理に反論するから「反高市」
    減税に慎重だから「財務省寄り」
    国旗損壊罪に反対するから「反日」

    というラベルだけで片付けることはできない。

    岩屋氏の政治姿勢にももちろん批判される点はあるだろう。しかし、批判するなら、実際の発言と行動を批判すべきだ。

    事実ではない情報を付け加えたり、「保守ではない」「売国だ」というラベルを貼ったりするだけでは、政治家を評価したことにはならない。


    それが、政治家を「ラベル」ではなく「言動」で読むということだ。

    岩屋毅という政治家を好きになる必要はない。岩屋氏の中国外交を批判してもいい。国旗損壊罪への態度を批判してもいい。消費税への考え方を批判してもいい。

    ただ、そのときに必要なのは「媚中」「売国」「反日」というラベルではない。

    何を言ったのか。何をしたのか。その発言や行動は、これまでの政治姿勢とどうつながっているのか。

    そこまで見たうえで評価する。
    それが、私が考える「政治のヨミカタ」だ。


     
     
    「売って終わりにしない経営」を軸に既存顧客との関係づくりを支援 l 著書『アフターセールスの教科書』 ロンドン在住で海外生活・子育て・旅行・駐夫のリアルを記事にして発信

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