
待つ時間 【シロクマ文芸部】
待つ時、間久しき闇のうち、星ひとつも瞬かず。
遠き鐘の音の響くも、虚なる心を充たす事なし。
胸の内にはなほ焦がるる思ひあり、
誰そ彼と問はば、恋かと答へむ心地す。
夜もすがら寝られず、輾転反側、
思ひ人の面影のみ、瞼に浮かびたり。
その琥珀の肌、その、言はむ方なき芳香、
一目見むとて幾夜を数へつるかな。
声を聞かば胸騒ぎ、隣にて寄れば息も止まり、
触れなば、この身溶けなむと惑ふ。
「今宵はまだか、今宵はまだか」と、
腹の虫さへ恋歌を吟ずる心地して鳴く。
グラッソマーニョ、閨のうちに転がりつつ呟く、
「かかる思ひ、生まれてこのかた覚えたることなし」
さても花の大聖堂の鐘一つ鳴り終はる頃、
厨の戸のきしむ音こそ、恋人の訪るる足音に勝れり。
待ち焦がれたる者、遂に来たれば、
グラッソマーニョ、飛び起きて嘆息す。
「ああ、我が恋人、遅かりしよ」と、
震ふ手にて、待ちわびし身を抱き寄せ、
その山蜜に濡れし肌に、吐息と共に口づけす。
鼻腔を撫づる香を食む、脂滴り落つるままに。
「あはれ、君なくは、我はいかでか生くべき」と、
猪肉の濃艶なるに向かひて、さめざめと泣きにけり。
※第八歌四十五連「言はむ方なき芳香」此の一句、ピサの写しには「え言はぬ匂ひ」とこそ見えたれ。かの地の書生、腹減りたる折に書き写しけるにや、筆の運び常より乱れたりと申し伝ふ。
『グラッソマーニョ巡礼記』
(フィレンツェ写本、15世紀初頭成立)、第8歌45-47連
『グラッソマーニョ巡礼記』
第1歌13-16連はこちら
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ご覧いただきありがとうございました。#シロクマ文芸部にていつも素敵なテーマをくださる小牧幸助様にも、この場を借りてお礼申し上げます。
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