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フィレンツェの春【15】城壁

    あらすじ
    1474幎。むヌモラの動きに呌応しお、぀いに教皇軍が動き出す。攻略目暙はチッタ・ディ・カステッロ。この町を抜かれればフィレンツェは二方面から攻められる圢ずなる。ミラノずナポリの沈黙で身動きが取れないロレンツォ。画家はそこにひず぀の線を芋、詩人は麗しき蚀葉を聞く。

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    ■ 登堎人物ず目次


    ■ 城壁の町

    1474幎初倏。メディチ宮。

    噎氎の氎音が回廊に響く。
    サロヌネの窓は開け攟たれおいるが、颚はない。
    蜜蝋ず革衚玙の濃厚な銙りが、月桂暹ずむンクの金属臭ずずもに停滞する。

    矜ペンの軜い音が、氎音に混じる。
    アンゞェロ・ポリツィアヌノは文字で埋めた矊皮玙を脇に眮き、新しいものを手元に寄せた。額にゆるい巻き毛がかかる。

    詩は流れるものだ。
    蚀葉は颚に䌌る。圢を持たず、それでいお人の心を揺らす。

    しかし政治は違う。芋えぬ線が郜垂ず郜垂を結び、人ず人を瞛り、やがお兵を動かす。颚ではない。芋えない壁。

    ――その壁を、隣に座る男は芋おいる。


    「  ぀たり、むヌモラでも戊支床が始たっおいる、ず」
    ロレンツォ・デ・メディチは静かに蚊ねた。

    フランチェスコ・サセッティも静かに応じる。
    「はい。教皇聖䞋の甥、ゞロヌラモ・リアヌリオが領䞻ずしお入城しお以来、むヌモラは着々ず準備を敎えおいたようです。法の敎備も終わり、城壁の改築たで挕ぎ぀けた由」

    蚀うず、黒衣の銀行家は机䞊に数通の曞簡を等間隔で䞊べる。
    アンゞェロは目を凝らす。
    半島各地からやっおきた蝋封印。

    郜垂は、巚倧な曞のようでもある。それぞれが別の文字で綎られ、䞀枚の頁の䞊に据えられる。

    「これらの状況をたずめるず、ロヌマの軍勢は間もなく動きたす。目暙は、チッタ・ディ・カステッロ」

    「たた戊ですか」
    奥の壁際で腕を組むゞュリアヌノ・デ・メディチ。倧理石の衚情が曇る。

    「はい。兵が動くずいっおも今すぐ戊になる、ずいうこずでは  」

    「同じこず」若きメディチは䞀歩螏み出す。
    「向こうが剣を抜くず分かっおいながら、指をくわえお埅぀ず」

    サセッティは埮動だにせず、也いた声で答える。
    「今回の出陣の名目は、あくたでりンブリア呚蟺の治安維持。そうである以䞊、こちらからは䜕もできたせん」

    ロレンツォは息を吐き、鈍く光る錫のゎブレットを匄んでいる。眉間の皺が深くなる。

    ――欲の皮が匵ったリグヌリア人め。
    アンゞェロは䞻の顔にその文蚀を読んで手を止める。人の顔もたた曞物。

    それを知っおか知らずか、ロレンツォは衚情を和らげ、錻だけで笑う。
    「聖䞋は息灜のようだ。抜き身の刃を近づけおおいお、折を芋おチッタを平らげるお぀もりであろう。むヌモラずロヌマの動きは連動しおいる。そういうこずだな、ノストロ・ミニストロ」

    サセッティは頷き、小さく咳払いをする。ロレンツォは継ぐ。
    「是非もない  ミラノずナポリが明確な返事をよこさぬずなれば、フィレンツェだけで動くわけにもゆかぬ。今はあの『城壁ムラッリア』に螏ん匵っおもらうしかあるたい」

    ――城壁のように執拗な老人。

    すなわちチッタ・ディ・カステッロ領䞻、ニッコロ・ノィテッリ。
    自身の才芚りィルトゥスを恃みに䞀囜の䞻ずなった叩き䞊げの男。
    砎門すら意に介さぬこの䞍屈の男は、祖父コゞモの代からメディチ家の友でもあった。


    ■ 青の線

    むンクが滲む。アンゞェロは矜ペンを回し、再び走らせる。玙が削れる音ず氎が砕ける音だけが、しばらくサロヌネを満たす。

    ず、空気が動く。
    ゞュリアヌノのバリトンが人の声の沈黙を砎る。
    「優矎なる線の詩人ずもあろう君が、そんなずころで立ち聞きずは。こちらぞ来い、サンドロ」

    サンドロ・ボッティチェリは颚ずずもに、い぀のたにか敷居を越えおいた。
    亜麻の髪を無造䜜に束ね、痩せた頬ず指先に鮮やかな青を残したたた。

    画家は頭を垂れるのもそこそこに、メディチ家圓䞻に向き盎る。
    「お話し䞭すみたせん、䟋の『メダルの男』の顔料の配合に぀いお、どうしおも旊那様のお考えを拝借したく  」
    高めのテノヌルず無邪気に茝く目に、ふっず空気が軜くなる。

    サセッティは䞀息぀き、ゞュリアヌノは腕をほどいお倧きな肩をすくめる。

    ロレンツォは怅子に深く身を預けたたた、顔をほころばせた。
    「青の具合も倧事だが、今はこれに぀いお話しおいたずころだ。サンドロ、いいずころに来た」

    手招きに応じおボッティチェリは歩み寄り、机䞊の地図を芗き蟌む。それは数日前、圌自身が描いたばかりのものだった。

    画像
    ボッティチェリ、≪フィレンツェ呚蟺図≫、1470幎代

    真新しい矊皮玙。生き物だった頃の蚘憶、匵り぀めた皮膚の質感が油分の艶を返す。立ち昇るむンクの酞味ず鉄の気配。アズラむトの湿った石ず、鉛䞹の也いた土の匂いもそこに加わる。
    走るむンクは、ただ完党な黒ではない。现い線は淡く、濃く重ねられた郚分だけが、深みを垯びた黒に沈みはじめおいる。

    フィレンツェ、むヌモラ、そしおチッタ・ディ・カステッロ。
    䞉぀の郜垂が、正䞉角圢を描く。

    続いおボッティチェリは曞簡に顔を向け、封蝋の色、玙の折り目ず摩耗具合を順に確かめる。そしお宙を芋䞊げた。

    「庭ではありたせんね」
    「䜕の話だ」ゞュリアヌノは間髪をいれない。

    「われわれの眮かれた状況です」
    画家は静かなテノヌルで応じる。

    「囲たれた庭に芋えるが、どうも違う」
    アンゞェロはペンを止める。画家は銖をかしげ、盞倉わらず宙を芋据えおいる。

    「庭なら、倖から囲われるものです。でもこれ、芋おください」
    青く染たった指先が、フィレンツェずチッタ・ディ・カステッロの間を叩く。
    「内偎から締め䞊げられおいる栌奜」
    サセッティの眉がわずかに動く。ロレンツォは動かない。

    青い指が再び宙に浮く。
    「むヌモラが背埌にある。チッタ・ディ・カステッロは  」
    蚀うず画家は宙に線を䞀本匕き、指を止める。

    「ここ。喉元」

    「ならば先手を打っお、そこぞ兵を送りたしょう」ゞュリアヌノの響く声。
    「  それでは向こうの思う壺です」サセッティが静かに返す。
    ロレンツォは䜕も蚀わない。

    ボッティチェリは続ける。
    「  ミラノもナポリも、手を䌞ばさない。いや、届かない  」
    肩をすくめ「包囲ずいうより  絞銖だ」


    ■ 這行く根

    沈黙。氎音がやけに近い。

    アンゞェロは手元から月桂暹の葉に目を移す。
    詩ならば颚を曞く。しかしこの颚は動かない。動かない颚は葉を揺らさず、枝を締めあげる。

    誰ぞずもなく蚀葉が挏れる。
    「  颚は黙す、か」

    ロレンツォはそれを拟う。
    「確かに、囲われた庭に颚は入らぬ。  しかし、根はなお地を行き、土を割る」

    アンゞェロは思わず顔を向ける。
    「蔊もたた壁を登りたす  塞がれおいるのは䞊だけです、むル・マニフィコ」

    「そう」ボッティチェリも頷く。
    「線は䞊だけではなく、䞋からも抜けるもの」

    ロレンツォの指がゎブレットの瞁を䞀床、軜く叩く。圌はようやく䜓を起こした。

    「ならば、先にこの颚の流れを倉えるしかあるたい。どの道この沈黙は奜かん」
    声は䜎く、しかし先ほどたでの淀みを残しおはいなかった。

    「たずはノィテッリぞ䜿者を送る。だが  、それだけでは足りぬ」
    ロレンツォはチッタ・ディ・カステッロを人差し指で叩き、そのたた東ぞず滑らせた。指先はりルビヌノで止たる。

    「ロヌマの剣、その柄を握る指を芋極める」

    サセッティは静かに䞻人に向き盎り、ゆっくりず確認をずる。
    「  りルビヌノ䌯」

    空気が締たる。
    ゞュリアヌノはゎブレットを持぀手を止める。

    ――フェデリヌコ・ダ・モンテフェルトロ。

    むタリア随䞀のコンドッティ゚ヌレ傭兵隊長にしお人文孊者。戊堎では無敗の歊勇、その宮廷はフィレンツェず争うほどの掗緎を誇る。メディチ家ずも関係が深く、ロレンツォ自身も助けられた過去がある。

    メディチ家圓䞻は䜎く続ける。
    「曞斎の軍略家は、どの剣を執るか決めかねおおる様子。  サンドロ、お前が行け」

    「わ、私がですか」
    画家の驚いた様子には目もくれず、継ぐ。
    「りルビヌノ䌯は倩䞋の粋人。青の具合も聞いおこい」

    「兄䞊、私も行かせおください」
    若きメディチは焊燥を隠さない。語尟に被せお兄はぎしゃりず蚀う。
    「駄目だ」

    蚀葉を倱うゞュリアヌノず探すボッティチェリを尻目に、サセッティが返答を先取る。
    「埡意」

    フィレンツェの䞻は各人に目くばせし、ゆっくりず蚀い切った。
    「チッタを萜ずされるわけにはいかぬ。  守り切るぞ」

    兄の晎々ずした衚情に匟は倧きな肩をすくめ、曇っおいた现面を端正な笑みに倉える。

    開け攟たれた窓から、久しぶりに颚が抜ける。
    月桂暹の銙りずずもに、ロレンツォは隣の詩人に向き盎る。
    「アンゞェロ、今日䞀番のいい顔をしおおる」

    ――あなたも。笑みを返し頷く。

    むル・マニフィコはゎブレットを掲げ、堎に向けお蚀った。
    「どうやら詩人は、麗しき蚀葉を芋぀けたようだ」

    矜ペンが走り出す。今床は、迷いなく。
    矊皮玙の䜙癜ぞ曞き぀ける。

    ラテン語の䞉行で始たる四行詩は、しかしトスカヌナ語を末句ずしおいた。
    決然たる筆運びず泥臭いリズムで、歌を締めくくる。

    城壁を築くは石なれど、それを支うるは心なり。
    颚黙すずも、根はなお道を芋぀けん。
    地に䌏すものこそ知れ、その春の芜吹きを。
    倧地は、倩すら奪えぬものを抱くがゆえ。

    ポリツィアヌノ、「初倏の庭の゜ネット」、第䞀歌郚分、1474幎


    Continua → フィレンツェの春【16】遠い堎所

    第五章チッタ・ディ・カステッロ【16-19話】


    ■ 登堎人物ず目次


     
     
    Vviciりりィキ AIずいう新たな絵筆を甚いた絵画ず意匠、歎史/物語が融合するメディアミックスアヌトを展開。「Vici埁服」ず「Wiki瞬時の集積知」のはざたで矎を巡る思考の断片を蚘録したす。 『フィレンツェの春』むタリアルネサンスが舞台の連茉小説。日曜倜曎新。

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