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障害とは何か?

若ラボ単独講演会を開催


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10月29日に行った講演会チラシ

10月はイベントが
少なかった若ラボ( ゚Д゚)

今後の展開のための打合せや会議
11月からの準備等で忙しくしておりました(+o+)

そんな中、10月で唯一の若ラボの企画!
若ラボ所長が「障害とは」「包摂とは」を語った講演会(^^)/
会場にお越し頂いた皆様に支えられて、
素晴らしい時間となりました(´;ω;`)ウッ…

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若草つどいセンターで開催


思考の前提を確かめる


僕たちが日常
「障害」「障害者」
と呼ぶ人たち

彼らについて、
僕たちはどんなイメージを持ち

そのイメージは、
なぜに自身の中で肯定され

そしてその考えの「枠組み」
が当たり前となるのか?

そこに潜む
「視えざる偏見」
=アンコンシャス・バイアス
を見つけ、再認識することが本公演のテーマでした。

そしてそのような
「再考」「反芻」の過程で
自分や他人の意思決定が、
果たして本当に
「自分自身で決めたのだ」
と言い切れるのか?

そんな問いを立てて
考えていただく内容でもありました。

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スライドのオープニング画面


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そもそもはどんな言葉か?


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アンコンシャス・バイアスについて


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制度は活かすもの。視座が問われる。


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共同体・地域はどこへ向かうか?

目指すべき地域の姿

共同体の在り方が排除を生む


これまでの人類史においても、
例えば身体欠損や知的障害
と呼ばれる状況の人や、
精神疾患の人は、
それこそ沢山に存在していました。

御幣を恐れずに言えば、
それらの人々は、所属集団から
「配慮」の対象とはなっても
「排除」の対象にはなっていなかった

現在の日本の障害者福祉の形が
出来上がったのは戦後。

今の日本の福祉の多くの礎は、
戦後復興を旗印に出来上がりました。

つまりは国を富ませ復興する。
そのための「大切な仲間」として、
活躍してもらうべく
一人の国民として必要とされ、
しかしそのために「要する配慮」を
正しく効果的に受け取れるよう
身体・知的・精神の障害は
カテゴライズされ、保障されてきた。

そしてこのような状況の社会に、
「家」「地縁」の考えが合わさり
地域内に互助が作られ、
社会が急速に復興を遂げた。

かなり端折って説明してしまいましたが
これらは全て、自然発生したのではなく
当時の国策として、このようなスクラップ&「ビルド」が展開されてきた結果だということ('ω')

つまりは元来、制度上も
地域内の人々の内観としても
障害とは、
差別や排除のためのものではなかったということ。

ではなぜ、今の世は、この国は
「障害」というものを
「差別」や「排除」の中で議論し
「公平」と「包摂」の議論に入れ込もうとしているのか?

それはこの国が、
かつて持ち合わせていた
当たり前の「家」「地縁」といった
共同体としてのチカラを取り戻せていないから…

簡単に言えば
昔は当たり前に、町の中に
人々の間に存在していた
仲間意識
その薄れが、障害と言うカテゴライズを人々の中で排他的に強めてきたのではないか?

僕はそう考えているんです。

それは障害のある人が、
何か特殊な存在に映っているのではなく

健常と呼ばれる人々の中で
「周囲と同程度でいたい」
とする危機感のようなものが
あるからではないか?

根本を性善的に考えたい


これが、僕の本音です。

本当はみんな
誰も差別しようとしているわけではない

本当は誰しも
お互いを別々に尊重し合える

そーゆー想いを共に出来る
そこから全てを考えてみたい

そんな思いで、これから行う
まちデザインミーティング

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参加者を募集中!

まちを共に創るためには
ひとを共に想い合うコト

それこそが
全てのまち創りの
一丁目一番地

そんな思いで講演しました。

少し時間をオーバーしてしまった。
参加して下さった方の
貴重な時間を頂いてしまった。
申し訳ない😢

まだまだ修行が足りません。
精進致します🙇




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