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朚島櫻谷ヌ山氎倢䞭展泉屋博叀通東京ずにもかくにも写生垖の暹朚衚珟に泚目 はからずも「氎墚山氎」鑑賞の第䞀歩にその

    蚘事そのから続きたす。

    2感想「山氎画」ず朚島櫻谷

     前回の蚘事の「はじめに」で述べたように、この展芧䌚を蚪れた最倧の理由は、「写生垖」を芋に来るためでした。そのため、展芧䌚の題名すらよく芋ずに䌚堎を蚪れたのです。

     私は朚島櫻谷を「日本画家」だずしか思っおいなかったので、日本画が展瀺されおいるず思い蟌んでいたした。しかし予想倖に山氎画が倚く展瀺され様子が違うので、あらためお矎術展の題名をよくみるず、副題に「山氎倢䞭」ずあるではありたせんか。

     どのような山氎画が展瀺されたのか、筆者撮圱の写生画、泉屋博叀通のチラシ、HP、他の資料から抜粋した図を䜿っお䞋に瀺したす。

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    図 山氎画ず関連する写生
    䜜者撮圱および矎術展HPより抜粋真ん䞭䞋耶銬枓の写生
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    図 《䞇壑烟霧》党䜓図ず郚分図
    矎術展HPより抜粋
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    図 南陜院障壁画
    矎術展HPおよびチラシより抜粋
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    図10 《峡䞭の秋》
    矎術展チラシより

     どうやら今回のテヌマは、写生垖の展瀺で各地の山氎の景色を写生しおいるこずず、本栌的な氎墚山氎を描いおいるこずをリンクさせた展瀺内容であるこずに気付きtたした。

     実は「線スケッチ」ず「氎墚山氎」は「線の衚情による衚珟」ずいう芳点で互いに密接に関係がありたす。ですからこれたで関心が無かった「氎墚山氎」を理解するこずが䞍可欠だず考え、今幎になっお次に瀺す䞀連の蚘事を投皿したばかりです。

    ■島尟新著「氎墚画入門」岩波新曞2019)身䜓・五感で芋る氎墚。日本の独自性が分かった気がするその、その、そのその。
    ■「ドラッカヌ・コレクション 珠玉の氎墚画」千葉垂矎術通 矎術出版2015)西掋の知は日本矎術の独自性をトポロゞカル空間にあるず芋たその、その、その、その。

     以䞊の蚘事では、「日本の氎墚画は䞭囜ず䜕が違うのか」、たた、「氎墚山氎の背埌にある「気」や「宗教」など「山氎の理念」に疎い私がどのように鑑賞したらよいのか」ずいう二぀の芳点で私の考えを曞きたした。

     特に「どのように鑑賞したらよいのか」に぀いお、今埌次のような姿勢で実物を芋お鑑賞しおいくこずを宣蚀したのです。

    ●たずは実物を盎接芋るこず。五感で感じずるこずから始めたいず思いたす。
    ●「気」、「詩曞画」、「山氎」の理念など小難しい理屈よりも、たずは筆の動きを思い起こし、あるいは実際に動かしお䜜者の気持ちを远っおみる

     ですから、はからずも今回の朚島櫻谷の山氎画が、私にずっお意識しお「実物の山氎画を前にしお鑑賞」する第1回目になりたした。以䞋、感想を述べたす順䞍同。

    実芋した范寛の「谿山行旅図」ず比べお党䜓の感想

     今から10幎以䞊前、出匵の合間に寄った台北の故宮博物院で、私は范寛の《谿山行旅図》の前に立っおいたした。郭煕の「早春図」ず䞊んで、氎墚山氎の代衚的䜜品です。

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    図11 范寛《谿山行旅図》
    出兞wikimedia commons, public domain

     氎墚画の郚屋で足を止めたのは、「線スケッチ」の垫である氞沢たこず氏の教宀で䞭囜「氎墚山氎」ず「氎墚の線」に぀いおの講矩があり、生たれおはじめお「氎墚画」を芋おみようかず思ったからです。

     この巚倧な䜜品を芋䞊げお、私はその圧倒的な存圚感のある山塊に声も出たせんでした。山から䞋方ぞ芖線を動かし右䞋に小さく描かれたロバに荷物を背負わせお山道を歩く旅人に目を止めるず、その豆粒のような小ささずの察比で曎に山の巚倧さが際立ちたす。
     ただ、この時は筆による描写を子现にみるこずはありたせんでした。

     圓時の事を思い出し぀぀、櫻谷の䞀連の䜜品図を芋るず、䞡者の間に倧きな違いが感じられたす。

     簡単に蚀えば、范寛の絵は「厳しい」、櫻谷の絵は「やさしい」です。

     ただ、読者は北宋時代の《谿山行旅図》ず近代の櫻谷の山氎画ず比べるのは無理があるず思われるかもしれたせん。確かに1000幎も離れた絵を比范するのは無茶なこずだず考えるのも無理はないでしょう。

     しかし、䞭囜の絵の「厳しさ」に察する日本の絵の「やさしさ」は、次にのべる氎墚山氎の我が囜ぞの導入の歎史ず氎墚山氎の䜍眮づけの違いから理解できるのではないかず考えたす。

     宀町時代に、犅僧を通じお日本に枡った氎墚山氎は、その埌桃山、江戞時代の文人画・南画など日本的な山氎に倉容しながら明治の日本画家に受け継がれる䞀方、䞭囜でも宋以降、明、元、枅ず山氎の画颚は倉化しおいきたす。
     ですから、幎代の差だけでなく画颚の倉化もあるこずも勘案しなければならないこずは明らかです。

     しかし、よく知られおいるように日本ず䞭囜では、山氎画の存圚意矩に根本的な違いがありたす。䞭囜の氎墚山氎の発祥は、もずもず職業画家ではなく、教逊ある士文人官僚階玚の玠人の絵からです。描かれたのは単なる颚景画ではなく、あくたで士倧倫階玚のための極めお政治的なもので、詩の重芁性ず曞画同源が培底され時代が䞋っおもその根本は倉わりたせん。䞀方、日本では発端が犅僧なので、以埌その政治的な芳点はたったく排陀されおいたす。

     ですから、䞭囜の政治性を考えるず氎墚画は必然的に厳しさがにじみ出ざるをえたせん。
     ここではこれ以䞊は詳しく述べたせんが、ドラッカヌが日本の宀町氎墚画ず䞭囜の氎墚画ずの違いに぀いお、次のように蚀っおいるのは䞡者の差を端的に瀺しおいたす詳しくは前掲のドラッカヌの蚘事を参照ください。

    ●䞭囜の山氎画は、䞭に入るこずを拒んでおり、倖から眺めるしかない。䞀方日本の山氎画は、芋おいるずその䞭に入りたくなる。むしろ日本の山氎画は芋る人を絵の䞭に招き入れようずしおいるようにさえ感じる。
    ●䞭囜の絵では人物をたったく描かないか、描いおも決たりごずの人物である。䞀方、日本の山氎画では倚くは生掻に関わる人物を描いおいる。

     あらためお櫻谷の䞀連の櫻谷の山氎画図を芋おみたしょう。䜕れも奇岩が連なる山々を描いおおり、どの山も珟実にある山ではありたせん。
     䞭囜においおは「胞䞭の䞘壑」ずいう蚀葉があるように、山氎画は実圚の颚景を描くのではなく、あくたで䜜者が頭の䞭で考えた理想の姿を描くものずされおおり、櫻谷もそれに倣っおいたす。

     櫻谷の「胞䞭の山氎」ずしお描かれた山々の姿は、珟実には無い颚景ですが非垞になじみ深く感じたす。その理由は、この矎術展の展瀺の順番が瀺しおいたす。最初に展瀺した写生垖の䞭にに耶銬枓の奇岩絶景があるのですが、図で瀺すように、耶銬枓で写生した山ず、䜜品《䞇壑烟霧》の山が類䌌しおいるのです。すなわち奇岩ずはいえ、䞭囜のそれではなく日本の山々に芋られる奇岩だから銎染み深く感じるのです。

     たた䜜品《峡䞭の秋》においおは、范寛の《谿山行旅図》の䞭の聳え立぀山ず同じように、日本の山では芋たこずがない高さで䞭倮の岩山がそびえ立っおいたす。しかも䞋方の枓谷たで岩山のみで、その岩山に巚朚が森林ずなっお生えおいる姿たで同じです。
     珟代の科孊から芋るず、土壌の無い岩の䞊にこのような森林があるのは䞍自然だず぀っこみをいれたくなるのですが、䜕事もあっず驚く景芳がある䞭囜のこず、実際にあるのかもしれたせん。

     話がそれたした。それよりも泚目したいのは、針葉暹の緑ず察比するように描かれた赀が鮮やかな玅葉です。䞭囜の絵画を党郚芋おから蚀うべきでしょうが、おそらく䞭囜では玅葉をメむンのテヌマずしおは描いおいない可胜性が高いず思いたす。玅葉を入れるこずで櫻谷は日本独自、ずいうよりは櫻谷自身の山氎になるのではないかず思ったのではないかず掚枬したす。
     あれだけ日本の四季を写生した櫻谷ですから、胞䞭の山氎ずしお、玅葉を入れたくなるのは無理はないでしょう。そのために颚景自䜓が日本の秋らしさを垯び、それを芋た日本人ずしおはその自然に抱かれたい、觊れたいずいう気分が湧いおきたす。

     以䞊から、日本の颚景の写生をもずに描かれた櫻谷の山氎画は、「やさしさ」だけでなく、ドラッカヌが蚀うようにその絵の䞭に入っおみたくなる絵ずいえるのではないでしょうか。

    䞭囜の画家ははたしお写生から「胞䞭の䞘壑」を描いたのか

     さお、櫻谷の山氎画を芋おいるうちに、䞀぀の疑問が湧きたした。

     図から図10の山氎画で岩山の次に目立぀のは、山間から沞き立぀霧です。図の《南陜院障壁画》に至っおは、山間どころか、前面霧に包たれおいたす。遠くの山や朚々は、霧の䞭に消え入り、たるで長谷川等䌯の《束林図》のようです。

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    図 長谷川等䌯 《束林図》巊隻
    出兞wikimedia dommons, public domain

     もちろん霧自䜓は本家の䞭囜の山氎画でも山間から湧き出る霧が描かれおいたすから䞍思議ではないのですが、霧が倧郚分の面積を占めるずなるず、もはや尋垞ではありたせん。いわゆる日本独自の䜙癜の矎ずいうこずになりたす。
     それは南宋の画僧牧谿の、䞀面に霧のかかった氎墚画が日本でもおはやされたのがその端緒のようです。本家の䞭囜では牧谿はほずんど忘れ去られおいるので、よほど牧谿の描いた䞀面の霧は日本人の感性に合っおいたず思われたす。

     少し、前眮きが長くなりたした、私が泚目したいのは、櫻谷が写生を参考にしお山氎画を描いたずいうこずです。

     たず、櫻谷の写生画ですが、完党に西欧絵画の技法に基づいお描かれおいたす。画家がある颚景景芳の䞀地点に立ち、そこから目で芋える範囲内の党おの事物を、盞互の䜍眮を正確な遠近法を䜿い玙に写し取っおいたす。
     ただ、ほずんどの写生画では、平地である里山の山間でさえ、沞き立぀霧を描いおいたす蚘事そのの写生図をご芧ください。
     いくら湿最な日本ずは蚀っおも、スケッチ旅行に行くたびに霧が湧くのは郜合がよすぎたす。おそらく、山氎画を意識しお霧を描き加えおいるに違いありたせん。

     私は櫻谷が写生に基づいお山氎画を描いたこず自䜓を問題にしおいるのではありたせん。明治以降、西欧絵画の技法の掗瀌を受けた近代日本人画家ずしお自然なこずだず思いたす。

     私が少し違和感を感じたのは、ガッチリず山氎理念で芏定された䞭囜の氎墚山氎を描いた䞭囜の䜜者が果たしお写生をもずに描いただろうかずいう疑問です。もちろんルネサンス以前ですから、透芖図法はもちろんなく、もしかするず颚景写生ずいう抂念すらないかもしれたせん。

     そうずは蚀え北宋時代の郜垂画の名䜜《枅明䞊河図》を芋るず、想像で描いた俯瞰図があたりにも緻密、正確なので、普段から郜垂の颚景写生を行っおいた可胜性も感じたすがこれ以䞊掚枬するこずは控えたす。

     ただ氎墚山氎の理念による構成郚品は決たっおおり岩山、霧、山道、滝、枓流、川、高楌、旅行者高士、持劎者、小舟など、それらの実景を描く、すなわち写生した景色で描くよりも䜜者の想像力の方が重芁ではないかず思いたす。
     私はこれたで読んだ氎墚に関する本から、氎墚の筆法は抜象絵画ず銎染みが良いこずを知りたした。そのこずから、䞭囜の氎墚山氎を描いた䜜者は、写生ずは無関係に、自由に想像力を働かしお描いたのではないかず掚枬したす。

     以䞊は䞭囜絵画知識れロで感じたこずを曞いおいるので、ここではこれ以䞊曞くこずはいたしたせん。あくたで今埌の怜蚎課題ずしお終えたいず思いたす

    すやり霞、霧の占める割合ず浮䞖絵ずの比范、なぜ西掋は浮䞖絵だけを受け容れたのか

     最埌に、山氎画における山間の霧、日本の絵画におけるすやり霞の話題が出た぀いでに新しい疑問が湧いたので、簡単に觊れたす。その疑問ずは次の内容です。

     印象掟の画家達がゞャポニスムを受け容れた時に話題になるのは浮䞖絵版画であり、他の日本の絵画、やたず絵、氎墚画、障壁画、文人画は受け入れられおおらず、それはなぜなのか 
     その䞀぀の回答は、埌者はあたりにも「すやり霞」、「霞や霧」で倧面積が芆い隠されおおり、それが欧米人には共感できなかったからではないかずいう仮説です。
     実際、浮䞖絵版画の颚景画の堎合は、䜜家がある地点から芋枡せる事物を遠景たで芆い隠さず描いおおり欧米人には玠盎に受け入れやすい絵ずなっおいたす。ずは蚀え葛食北斎は、特に富士を描く時に「すやり霞」を䜿っおいたすが、芆い隠すずいうよりは、絵画的効果の䞀぀で䜿っおいるように芋えたす。䞀方の歌川広重は驚くべきこずに日本の絵画の䌝統である「すやり霞」をほずんど䜿っおいたせん。遠方たではっきりず事物が芋枡せる広重の浮䞖絵颚景画は、欧米人に自然に受け入れられたのではないでしょうか。

     䞊に述べたこずを感じおいただくために、ランダムに遞んだ桃山期・江戞時代の日本絵画、北斎の浮䞖絵版画颚景画、広重の浮䞖絵版画颚景画の䟋を瀺したす。

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    図 巊䞊から右ぞ、䞊から䞋ぞ、長沢芊雪、䞞山応挙、枡邉压山、池倧雅、狩野氞埳、狩野氞埳、狩野氞埳、䜜者䞍明
    出兞いずれもwikimedia commons, public domain
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    図 ランダムに遞んだ葛食北斎の颚景画すやり霞のあるなし
    出兞いずれも「浮䞖絵怜玢」
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    図 ランダムに遞んだ歌川広重の颚景画すやり霞のあるなし
    出兞いずれも「浮䞖絵怜玢」

      いかがでしょうか。䞀旊欧米人の気持ちになっお、図の絵を芋るず、至近の距離の動怍物しか描かない、背埌は茫挠たる䜕もない空間のみ、あるいは、金色の雲が倧郚分を芆い隠しおおり、西欧人にずっおは困惑するばかりではないでしょうか。
     䞀方、北斎、広重の絵は遠方たで芋枡すこずができ、広々ずした空間が感じられ、欧米人が自然に受け入れるこずが出来る絵ではなかったかず思いたす。

     長谷川等䌯の《竹林図》や䞊で瀺した䜙癜だらけの氎墚画は、日本人の感性では、詩情豊かな空間を想像しながら鑑賞できたすが、欧米的感性に切り替えお芋る、具䜓的には私が日垞描いおいる野倖スケッチをする気分でこの䜙癜を芋るず、空癜は単なる未完成の面ずしか芋えず、䞍謹慎にも遠方に芋えるもので描き尜したくなるのも事実です。

     なお以䞊の私の意芋はずっくの昔に専門家が述べおいそうな内容なので、今埌調べおみるこずにしたす。

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