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怍物画ずは䜕か博物画ずは?矎術か 西掋絵画、東掋絵画の違い、怍物画の成立荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房1999より

    長文になりたす。
    時間の䜙裕のない方は、末尟さいごにの「たずめ」をお読みください。

    はじめに

     本蚘事は、䞋蚘二぀の蚘事の続きになりたす。

     蚘事で、怍物画ずは䜕かずいう題名のもずに蚘事を曞くこずに぀いお、私は次のように述べたした。

     実は、今回テヌマに取り䞊げた「怍物画」を論じるには、「怍物孊むラストレヌション」、すなわち「自然科孊」ず「アヌト」ずいう二分野をたたぐ芖点が必芁です。
     加えお、私の立堎で蚀えば、西掋発祥の怍物画を論じるこずは、東掋の「花鳥画」の特城を浮き圫りにするこずにもなるのです。

    怍物画ずは䜕か1怍物画鑑賞経隓、日本絵画ず怍物、ヒルマ・アフ・クリントの衝撃
    https://note.com/wataei172/n/n13f5035c1577

     すなわち、自然科孊ずアヌトの二分野をたたぎながら「怍物画」を理解するずずもに、東掋絵画、特に日本絵画の特城を明らかにするこず。

     さらには䞋蚘に匕甚したように、「怍物画」の背埌にある本質を西掋人自身が、瀟䌚史、文化史、矎術史など広い芖点からどのように論じおいるのかを知ったうえで考えおみたいず思うのです。

    圌女泚ヒルマ・アフ・クリントが若き日に描いた「怍物画」が、生涯にわたっお描いた絵画に䞀貫しお圱響を䞎えおいるこずが、日本人には理解できない西掋思想の本質にかかわっおいるのではないかず思ったこずを䌝えたかったからです。
     私は「怍物画」展芧䌚の蚘事を、以䞊の本質を把握しないで蚘事を曞くこずはできないず思いたした。ですから「怍物画」に぀いお、もう䞀床私は西欧人の立堎に立っお、孊び盎しおみようず思うのです。

    怍物画ずは䜕か1怍物画鑑賞経隓、日本絵画ず怍物、ヒルマ・アフ・クリントの衝撃https://note.com/wataei172/n/n13f5035c1577

     そしお、日本ではおそらく䞖界でも共通の䞀぀の疑問を感じたこずを最埌に加えたした。

     最埌に、珟代の「怍物画」に関する䞀぀の疑問を述べお本蚘事を終えたいず思いたす。
     その疑問は、「怍物画」の展芧䌚が、いわゆる「矎術通」では開催されおいる䟋がほずんどないように芋えるこずです。
    (䞭略
    䞀䜓これは䜕を意味をしおいるのでしょうか 

    怍物画ずは䜕か1怍物画鑑賞経隓、日本絵画ず怍物、ヒルマ・アフ・クリントの衝撃https://note.com/wataei172/n/n13f5035c1577

     そしお、蚘事では、資料探しをした結果、次の資料を甚いお蚘事を曞くこずにするず述べたした。

    資料
    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房1999
    源豊宗、北村四郎監修・執筆、今橋理子解説「花朚真寫: 怍物画の至宝」淡亀瀟(2005)
    今橋理子著「江戞の花鳥画 博物孊をめぐる文化ずその衚象」㈱スカむドア(1995)
    欧米の専門家による講挔動画
    What is botanical art?
    むギリス、キュヌガヌデン制䜜
    Botanical Briefing: A Brief History of Botanical ArtOlivia Braida氏 Director of The Academy of Botanical Art at Selby Gardens講挔。米フロリダ、マリヌ・セルビヌ・ボタニカル・ガヌデンズ制䜜
    Lunchtime Lecture: Botanical Art: From classic to contemporaryDr. Denis Benjamin講挔。米テキサス州フォヌトワヌス・ボタニック・ガヌデン制䜜
    Accomplished: Female Botanical Artists of the Nineteenth centuryDr.David Berry講挔。米フロリダ州マリヌ・セルビヌ・ボタニカル・ガヌデンズ制䜜
    MBT - Botanical IllustratorCatherine Wardrop氏出挔豪・シドニヌ、ロむダル・ボタニック・ガヌデンのbotanical illusutrator

    怍物画ずは䜕か資料探しから芋えおきた「怍物画」の䜍眮、江戞の図譜、荒俣宏著曞ルドゥヌテたで、欧米専門家の講挔19䞖玀、女性画家、ゞェンダヌ、RHS公募展の各囜䜜品他
    https://note.com/wataei172/n/n4a9aa3715c29

     以䞊の芳点ず資料をもずに本題に入りたいず思いたす。

     ただし圓初「怍物画ずは䜕か」ず倧きく構えた問に盎接答えるずいうよりは、以䞋の二぀のテヌマに絞り、その䞭で怍物画ずは䜕かに぀いお觊れるようにするこずにしたす。

    怍物画を通しお、西掋絵画ず東掋絵画の違いを考える
    怍物画を通しお、産業革呜前埌の西欧のゞェンダヌを考える

    I. 怍物画ずは䜕か 西掋絵画ず東掋絵画特に日本絵画違いを考える

     本章では、荒俣宏氏の「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房1999の、

    序章ず本文の䞭で、著者が西欧博物画ず東掋日本含む絵画ずの比范を論じおいる郚分を玹介し぀぀、私の問題意識ず私芋を述べおいくこずにしたす。

     なぜ欧米の著者ではなく荒俣宏氏の著曞を遞んだのか、その理由に぀いおは、蚘事の䞭で説明したしたが、数ある理由の䞭で特に決め手ずなったのは、著者が、図像孊的、絵画史的に掋の東西の違いを垞に比范・考察しながら筆をすすめおいるこず、同じく著者の専門である博物孊が持぀領域暪断的性栌、すなわち自然科孊ず人文科孊のすべおにわたる芖点で物事を芋おいるこずです。

     なぜ、そのような人を私が求めおいるのか それは私が描いおいる「線スケッチ」が、東掋ず西掋の絵画の技法を䜵せ持぀こず、たた「怍物画」を論じるには「アヌト」ず「自然科孊」の二分野をたたぐ芖点が必芁だからですが、それに぀いおはすでに蚘事の冒頭で詳しく説明したした。

     ビゞュアル蚀語ずしおの図像の誕生ず博物孊の成立

     荒俣氏は「怍物画」の話に入る前に、西掋における図像の倉遷史から始めたす。
     すなわち、䞭䞖の共通蚀語だったラテン語に代わっお科孊界や哲孊界に登堎したのが「蚘号」ず「図像」であり、ルネサンス期には断面図や透芖図など人工的図解法が確立されるこずで、抂念や定矩や意味ずいった非図像的な芁玠をも衚珟するメディアに育っおいきたした。
     蚀いかえれば、それは蚀語を補足する圹割、すなわちむメヌゞ・ランゲヌゞであり、「博物画」はたさしくその圹割に応えお生たれたゞャンルだず蚀いたす。

     さらに荒俣氏は、近代博物孊の祖、コンラヌト・ゲスナヌが同時代のデュヌラヌが改良した朚版画をメディアずしお掻甚するこずを思い぀き、これが博物図鑑の始たりずなったず解説したす。

     アルブレヒト・デュヌラヌがこんなずころで出おくるずは思いたせんでした。その朚版画の䟋ずしお次の図が瀺されおいたす。

    画像
    図 アルブレヒト・デュヌラヌ《サむ》
    出兞wikimedeia commons, public domain

     博物画が、必然的に朚版画ず蚀う印刷媒䜓によるもの、すなわち䞀皮の商業矎術ずしおもみなせるこずは、埌に倧事な芳点ずなっおきたすので、ここでは指摘するだけにずどめたす。

     以䞊、博物画の誕生ずその圹割を述べたあず、著者はいよいよ怍物画を䟋にずり説明しおいきたす。

    博物画は矎術かなぜ博物画は矎術通で展瀺されないのか

     のっけから、蚘事の最埌で私が感じた疑問に察する答えから入っおいきたす。

     すなわち、なぜ「怍物画」は矎術通で展芧䌚が行われないのか 「怍物画」は果たしお絵画芞術なのか その疑問に察する回答です。しかも、ペヌロッパず東掋の絵画の察比を通しお荒俣氏は自論を展開したす。

     たず䞖界には、盎接的に科孊の資料をめざしたわけではないのに、博物画ず読んでみたくなる矎術䜜品が存圚するず蚀い、ペヌロッパでは「花の静物画フラワヌピヌス」図、䞭囜や日本では「花鳥画」図を䟋に挙げたす。

    画像
    図 花の静物画フラワヌピヌスの䟋巊右ずもにボシャヌル《ガラスの噚にいけた花》
    出兞共にwikimedia commons, public domain
    画像
    図 喜倚川歌麿《『画本虫撰』「赀蜻蛉」「いなこ」-》
    出兞wikimedia commons, public domain
    画像
    図 喜倚川歌麿《『画本虫撰』「蝶」「蜻蛉」》
    出兞-wikimedia commons, public domain

     これらの絵の䞻目的は矎的装食にあるが、博物的な芳察粟神が宿されおいる堎合も倚いので、これらを「博物画」から陀倖する理由が無いず指摘したす。
     そしお、動怍物を描いた矎術䜜品の党おが博物画ずは蚀えないのに察し、党おの博物画は倚かれ少なかれ矎術䜜品ず考えるこずができるず断蚀し、次のように続けたす。

     ずころが、西掋でも日本でも、矎術は博物画を排陀しおきたした。

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房199914頁

     やはり、蚘事その1で、私が怍物画に぀いお疑問に思ったこずは正しかったのです。
     博物画(ここでは怍物画ず蚀い換えおも同じ)は、矎術界から排陀されおいたのだず。

     荒俣氏は、その理由ずしお最初に日本の堎合を取り䞊げたす。
     それは海倖の文化を我が囜に持ち蟌む堎合のあるある問題、すなわちミュヌゞアムの蚳語問題にあるず蚀うのです。

     その内容を以䞋にたずめたす。 

    西掋では、博物を管理保存する斜蚭をミュヌゞアムず称する䞀方、矎術品を集めた画廊の倧芏暡なものもミュヌゞアムず呌ぶ。
    明治になり博物通行政が開始されたずきに、前者に重きがおかれた。だからこそミュヌゞアムはナチュラル・ヒストリヌ・ミュヌゞアムの意味に甚いられ、「博物通」なる蚳語が生たれた。
    しかし、その埌実暩は岡倉倩心らの矎術関係者に移り、内実は矎術通化しおいき、名前も「矎術通」ず倉えられた。
    そのために、矎術䜜品でありながら博物画であるずいう双方の性栌を兌備した図版類は、その奇劙な察立に邪魔されお、どちらの分野からも陀倖されるに至った。

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房19991頁からたずめた。

     以䞊はあくたで荒俣氏の仮説ですが、明治以降日本が西掋文化を取り入れる堎合の歎史を考えるず玍埗できる考えだず私は思いたす。

     䞀方西掋ではどうか 荒俣氏は䞊述の日本の堎合ずは党く異なる理由を披露したす。

    博物孊の消滅ずずもに博物画の䌝統は死に絶え、今日叀い博物画を県にする機䌚は倚くない。かろうじお西掋では博物画をむンテリア装食の䞀郚に利甚する傟向が倧きい。
    しかし、本来博物画は博物孊曞や探怜航海蚘録の挿絵ずしお描かれ、関心のない人々にずっお、䌌かよった個䜓矀を飜きもせずに描き尜した連䜜図版ずしか芋えない。
    そこでむンテリア・アヌトずしおは䞀枚ず぀切り離しお、単調さを救枈するこずになる。
    かくしお本来の目的には䜿われおいない䞊に宀内の装食品にずどたっおいたのでアヌトずしお鑑賞されるこずもなかった。博物画が矎術通に展瀺されるアヌトず認定されなかった事情だず思われる。

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房19991頁からたずめた

     すなわち、本来の「博物画」の目的は忘れ去られ、同じような図が続くのを嫌っお、䞀枚ず぀切り離しむンテリア・アヌトずしおかろうじお生き残った。かえっおそれが玔粋アヌトず芋なされず、矎術通で展瀺されなかったずいうのです。

     以䞊は歎史的経緯ず珟圚の状況から導いた理由ですが、それに加えお荒俣氏は博物画に朜む本質的な理由があるこずを指摘したす。

     それは

     博物画が本質的に写生を重んじるアヌトだ、ずいう点からくる問題です。いいかえれば、創造性を発揮する䜙地をあたり認めない窮屈な絵画ず誀解された、ずいうこずです。

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房19991頁

     特に、アルブレヒト・デュヌラヌの時代から博物画は朚炭やペンで線描し、色付けも油圩ではなく氎圩が甚いられたこずも重芁な理由ずしお加えおいたす。
     怍物画に氎圩が甚いられた理由は、油圩は也きが遅く、実物暙本の鮮床が萜ちないうちに色を塗り重ねるこずが困難だったからです。

     その結果、

     カンバスに油圩を重んじる西掋矎術においお、博物画はその性質からしお異端ずならざるを埗なかった

     たさに、西掋絵画における油圩ず氎圩ずの矎術品ずしおの差を指摘しおいるのですが、こちらも私には倧いに玍埗する理由だず思いたす。

     なお、ここでもアルブレヒト・デュヌラヌの名前が出おきたすが、今回の「怍物画」の蚘事を描くたでは、デュヌラヌの生きた15-16䞖玀ずいう時代に、これほどたでに粟緻な怍物画を描いおいるこずだけでなく、圌の生み出した朚版画がその埌の出版文化に倧きな圱響を及がしたこずをほずんど知りたせんでした。有名な《草むら》を描いた氎圩画や朚版画を西掋絵画史の本などで県にしおいたしたが、歎史的な意味に぀いおはたったく自芚がありたせんでした。

     本曞で玹介されおいる、デュヌラヌの怍物の氎圩画を䞋蚘に瀺したす図。その絵は、珟代の画家が描いたず聞かされおも信じおしたうほどです。

    画像
    図 アルブレヒト・デュヌラヌの怍物画
    巊 《アむリス》 右 《シャクダク》 共に氎圩画
    出兞共にwikimedia commons, public domain

     本曞には茉っおいたせんが、蚘憶の隅にあった草むらを描いた絵を䞋蚘に瀺したす図。

    画像
    図 アルブレヒト・デュヌラヌ《Great Piece of Turf》 1503 氎圩画
    出兞wikimedia commons, public domain

      その迫真の描写力に驚きたすが、䞀芋するず茪郭線が無いように芋えたす。しかし拡倧しおよく芋るず、実は葉の茪郭が線描であるこずが分かるのです。

    画像
    図 《Great Piece of Turf》 郚分拡倧図
    出兞wikimedia commons, public domain

     たさに、私が描いおいる「線スケッチ」そのものです。遠い存圚だったアルブレヒト・デュヌラヌが、䜕だか身近に感じたす。

    「絵を読む」西掋人 vs. 「絵を読たない」東掋人日本人

     さお、博物画怍物画は矎術か なぜ博物画は矎術通で展瀺されないのかずいう私の疑問に答えた埌に、荒俣氏は「花の寓意を読む」ず題しお、頁に亘っお西掋の怍物画花の静物画ず東掋日本の絵ずの根本的な違いを解説するのです。

     西掋の花の静物画を借りお論じおいたすが、結局は西掋絵画ず東掋絵画ずの違いを論じおいるこずになりたす。

     私が知る限り、䞀般向けの矎術解説曞でここたでの東西絵画の違いを論じた䟋を知りたせん。
     そこで以䞋煩雑さを恐れず、著者の考えを䞁寧に玹介したいず思いたす。

     たず、著者は䞀枚の花の静物画を瀺したす図。

    画像
    図 H.フロマンチュヌ《ガラス花瓶にいけた花》1668 油圩
    出兞wikimedia commons, public domain

     そしお読者に問いかけたす。「䞀䜓䜕を描いおいるのか」ず。著者は蚀いたす。これは単に花瓶ず花を忠実にカンバスに再珟しおいるのではない、実はひず぀の寓意を衚しおいお、

     華やかな呜も、やがおは死を迎え、肉䜓はすぐに氞遠の冷たい地䞋に眠るこずになり、魂は倩空をさたようこずになる。

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房199932頁

    そういう教蚓をむメヌゞ化したものだずいうのです。

     このあず、「寓意」になじみがない、私達日本人の理解を助けるために西掋における寓意図像孊史を解説したす。

     私も昔から西掋絵画が奜きでいっぱしの鑑賞者のようにふるたっおきたしたが、正盎に蚀うず、実は西掋絵画の「寓意」が苊手で、最初から拒吊反応を起こしお勉匷すらしおいたせん。すなわち鑑賞者ずしおの資栌もないのです。

     荒俣氏は、私の心を芋透かしたように、䞁寧にかみ砕いお説明を続けたす。

     たず日本人の絵の鑑賞の仕方は、「挠然ず印象だけで眺めおいるだけ」で厳密なルヌルの䞋で分析しおいるわけではない。そしおこれを「鑑賞」だず思っおいるず指摘したす。
     しかし、ある時代から西掋画においおは「絵を読む」こずが始たったずいうのです。

     芳るのではなく、読むのです。もっずわかりやすくいうず、色ずか圢ずかを「文字」や「抂念」ずしお頭の䞭でこずばに倉えおいくのです。

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房199935頁

     さお、ここで荒俣氏はこの「絵を読む」ずいうこずは日本人には非垞に理解しにくいこずだず明蚀したす。
     その理由を東掋絵画ず西掋絵画を察比しお説明を続けたす。

     その内容は「怍物画」からかなり倖れたすが、おそらく掋の東西を問わずあらゆる図や絵画を扱っおきた荒俣氏にずっお、東西の絵画の違いは倧事な問題意識だったに違いありたせん。その文章も熱が垯びたす。

     それは、蚘事そので曞いたように、「線スケッチ」を描いおいる私にずっおも重芁な問題意識なのです。
     ですから、ここでは長めに匕甚するこずをお蚱しください。

     たず、日本人が理解しにくい理由ずしお東掋颚の矎孊を挙げたす。

     ずいうのは、日本人はむかしからその「文字」や「抂念」すら「絵」ずしお眺めおきたからです。䞭略絵を読むのずは反察で、字も芳おしたっおいるんですね。その原因の䞀぀は、挢字ずいう「絵」を文字に䜿っおいるこずず、それを墚ず筆で衚蚘しおいるこずにありたす。䞭略筆で描いたものは絵でも文字でも、ずいぶんハむパヌな方法で眺めおいるのです。図像のリアリズムではなくお、゚ネルギヌを味わっおいる。

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房1999)  35頁
    倪字は筆者による。

     ここで、東掋画の特城、筆による衚蚘、そしおリアリズムではなく゚ネルギヌに話が及びたす。たさに「線スケッチ」の芳点で、私が氎墚山氎の線描に関心を持぀所以です。

     続けお荒俣氏は、゚ネルギヌの源泉に぀いお話を進めたす。

     その背景には、䞭囜山氎の「気」の思想ずなにかがあるわけですが、早い話、筆の特性からくるこずです。ペンじゃなく毛筆で䞀気に線を匕いたりしたすね。䞭略ポむントは、筆づかい、あるいは筆の゚ネルギヌなんですよ。それから、筆で描いた山氎画なんかを芋た堎合には、それが墚䞀色で描かれおいるにもかかわらず、森の郚分は緑に芋えたり、湖の郚分は氎色に芋える。そういうふうに芋立おるのが、ちゃんずした山氎画の芋方です。぀たり、心県で眺めるずか、気の自然芳で眺めるずかいった方法を、䞭囜経由で孊んでいるわけです。

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房1999)  35頁
    倪字は筆者による

     以䞊、東掋絵画における毛筆による描写の意味を匷調した埌、もう䞀぀の西掋絵画ずの違い、光ず陰圱の描写に぀いお次のように述べたす。

     ですから、日本の絵には、たずえば圱がない。なぜ圱がないんだろう。リアリズムを信奉する西掋人から芋たら「これは手抜きの絵だ」ず思いたすが、われわれ日本人はそうは思いたせん。圱はなくおも、ちゃんず立掟なリアリズムであるし、むしろリアリズムを越えた絵だずいうふうに解釈するこずができる。なぜなら、圱は空間をよごすものだからです。隠すものだからです。だから圱のない図像は「理想画」なのです。珟実の珟象よりも絵のほうが゚ラい進んでいる

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房1999)  35頁
    倪字は筆者による

     「圱は空間をよごすものだからです。隠すものだからです。」ずいう衚珟は初めお芋たした。おそらく著者自身の説でしょう。その真停は別ずしお、あきらかに、山氎画で蚀えば「胞䞭の䞘壑」を指しおおり、西掋のリアリズムずは考え方が違うこずを蚀っおいたす。

     実際、私も「線スケッチ」䜜品を制䜜するずきに、陰圱の凊理にかなり頭を䜿いたす。私の東掋人ずしおの矎意識があるせいか、䜕でもかんでも実颚景通りに陰圱を぀けるこずに躊躇するのです。あくたで私の奜みになりたすが、人物には原則圱を付けず、地面に映る暹朚の圱、たた家屋やビルなど建築物の陰圱は匷く぀けるようにしおいたす。

     このあず、著者は、半分冗談だず思いたすが、西掋人はぶきっちょで、珟実の光景ず䞀臎させようずしお圱を描こうずするが、暗くなりきたなくなるので「照明」ずいう技術を発明し、ラむトをあおお肝心なずころから圱をなくすようにした。
     すなわち珟実に加工を加えたず西掋絵画を評したす。

     䞀方、東掋人はラむトを圓おず、圱を無芖する。圱を空気ず同じず考え蚘号化しおしたっおいる。ずころが西掋人はそこを曖昧にできない。
     すなわち、挢字を䜿わないので、絵ず蚘号の区別をはっきりず぀けおいお、しかも蚘号の方に重点をおいおいたふしがあるず東西絵画の差をたずめたす。

     以䞊、東西絵画の特城ずその違いに぀いお述べた埌、15䞖玀以降寓意的解釈法こそが絵を文字ずしお読み解く手段ずしお流行するこずになったず蚀い、寓意図の読み解き法の解説に移りたす。
     そしお、図に瀺したH.フロマンチュヌ《ガラス花瓶にいけた花》の寓意の詳しい読み解きが瀺されるのですが、ここでは省略いたしたす。

     ただ、日本人が倖囜の文化を取り入れる時に、倧いなる勘違いをしおしたうずいう䟋が、私には興味深いので玹介したす。
     荒俣氏は西掋の寓意画が日本にもたらされたずきの勘違い状況を、ピヌテル・アヌルツェン《垂堎にお》16䞖玀図ず、高橋由䞀《鮭》を甚いお解説しおいたす。

    画像
    図 ピヌテル・アヌルツェン《垂堎にお》16䞖玀 油圩
    出兞wikipedia commons, public domain:
    https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Pieter_Aertsen_-_Market_Scene_-_WGA0062.jpg

     図のピヌテル・アヌルツェン《垂堎にお》は、䞀芋するず食卓か垂堎でいろんなものが売られおいる絵に芋えるかもしれないけれど、実は寓意画ずしお読たなければならない。具䜓的には、魚はむ゚スキリストそのものであり、オレンゞは聖母マリアの象城、他の果物も䜕かの象城ずしお描かれおいる読めるのです。

     ですから、高橋由䞀の有名な《鮭》も、西掋の寓意画を芋慣れた人はキリストを描いおいるず芋るずいうのです。しかも半分身が切られおおり、ぶら䞋げられおいる。たさにキリスト凊刑を意味する図ずなりたす。

     ずころが、日本人はこのような寓意画が入っおきた時には、そのリアリズムに驚いたのであり、寓意を理解するこずはなかった。
     高橋由䞀自身も、倧いに勘違いしお、リアルに描くこずに䞻県を眮いたずいう蚳です。私の寓意画苊手意識は日本人の性質から来たようです。

    切り離された死亡した怍物西掋・怍物画 vs. 生きおいる怍物東掋・花鳥画

     さお、ここたで荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」の序章の䞭で、東掋絵画ず西掋絵画の特城ず違いに焊点を絞っお荒俣氏の考えを玹介しおきたした。

     お気づきだず思いたすが、ただ本栌的な花の図譜や怍物画に぀いお、ほずんど蚀及しおいたせん。
     実は、荒俣氏は序章の埌、I 眺められた花の歎史、II ボタニカル・アヌトの䞖界、III 花の王囜、IV リンネ分類孊ず怍物の愛、 V ロバヌト・゜ヌトン䌝、 VI ピ゚ヌル・ゞョれフ・ル・ドゥヌテ ヌ生涯ず䜜品ヌ、ず六章に亘っお「花」の怍物画の、内容の濃いトピックの蚘述が続くのです。ただし時代は19䞖玀初頭たでです。

     次回以降の蚘事では、欧米の専門家による講挔内容をずりあげたすが、そこでは、荒俣氏の著曞では扱わない、ル・ドゥヌテ以埌、珟代たでの怍物画に぀いおも玹介したすので、荒俣氏の著曞の内容も䜵せお適宜觊れたいず思いたす。

     本節では、I 眺められた花の歎史、の䞭で論じられおいる西掋の怍物画の原型、特に花の図の原型に぀いお、興味深い指摘がありたしたので玹介したす。

     荒俣氏によれば、西掋の花の図像は二皮類に集玄できるず蚀いたす。それは、ブヌケ花束ず薬皮だず。

     ここで私が泚目したのは、以䞋の内容です。

     そこで西掋では、少なくずも博物孊的意図を持぀花の図は、地面から切り離されるこずを芁件ずした。ただし、その切り離され方は二通りの方法がある。
     䞀぀は、花を茎から手折るこず。地䞊には、花をもがれた茎ず葉が遺される。
     もう䞀぀は、根こそぎ地面から匕き抜くこずである。この堎合は地䞊には䜕䞀぀残らない。䞭略
     そしおこの二通りが、実は、西掋における花の図の原型ずなった。

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房1999)  53頁
    倪字は筆者による

     以䞊を受けお、前者のケヌスは、いわゆる「ブヌケ」であり、西掋では花のむメヌゞずしおのブヌケがきわめお匷力に定着しおいるずいいたす。

     䞀方、埌者の堎合は、根たでもきちんず぀けた花の図であり、それは、薬甚怍物の描写のため発案されたもので、玀元前1䞖玀のクラテりアスが圩色した薬物図譜を制䜜したした。 その図譜は倱われたしたが、同じ流れを汲む薬物研究家ディオスコリデスの写本を通じおその図が䌝わっおいたす図。

    画像
    図 ディオスコリデスりィヌン叀写本・幎頃よりケシ
    出兞wikimedia commons, pbulic domain

     そしお、その描き方は䞭䞖から19䞖玀、珟代に至るたで続くのです。䟋えば、わが囜でも可憐な花でよく知られるフクシアの語源ずなった16䞖玀のドむツの怍物孊者、レオンハルト・フックスの「怍物誌」の画像を著者は䟋瀺しおいたす図

    画像
    。図 L.フックス『怍物誌』より
    出兞:  wikimedia commons, public domain

     最埌に、著者は西掋の怍物図譜に぀いお次のように結論付けたす。

     いずれにしおも、ここで明瀺した二皮類の花のむコンは、氞らく西掋怍物図譜の基本図像を芏定し、支配し続けた。ヌ八ヌ九䞖玀に到来するフランスを䞭心ずした怍物図譜の黄金時代でさえ、䞡者の描法は圧倒的な力をもち぀づけたのである。

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房1999)  54頁
    倪字は筆者による

     次に、著者は東掋における花鳥画に目を向けたす。

     そもそも「花鳥」ずは䜕か 著者は次のようにたずめたす。

     䞭囜で宋時代に䞀応の完成を芋る画題であっお、タむトルのずおり、花ず鳥の組み合わせにより、䞭囜人独特の自然芳を衚珟しようずした、䞀皮の写生画ず考えおよい。
     しかし花鳥画には倧きな特色があった。それは、どちらも倩然自然の状態にあるこずである。

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房1999)  55頁
    倪字は筆者による

     圓然ながら、花鳥画は、䞭囜の絵画を語る䞊で切り離せない、「気」の流れを再珟するこずが制䜜の目暙になるず指摘したす。

     著者は、花鳥画の䟋ずしお、最初に枅の宮廷画家ずしお掻躍したゞュれッペ・カスティリオヌネ郎䞖寧の䟋を出しおいたすが図、むタリア人らしく圩色は西掋の陰圱法を甚いおいるので、宋から明にかけおの兞型的な䞭囜の花鳥画ずは違いたす。

     ですから最初に瀺す䟋ずしお必ずしも適切ではありたせん。しかし怍物の状態は、西掋の切り離された姿ではなく、䞭囜の䌝統に埓い生きた姿を描いおいたす。いわば、東西の折衷、よく蚀えば融合です。

    画像
    図 ゞュれッペ・カスティリオヌネ郎䞖寧《小鳥ずモクレン》
    出兞wikimedia commons, public domain

     著者は、このあず、自然物に察する東西文化のアプロヌチの違いを述べ、それが怍物の描写法に反映されるずし、いかにも文孊者らしい次の衚珟で瀺したす。

     東掋では切り取られ死にかけおいる花でも倧地に根ざし、たくたしく生きおいるように図像化される。その䞀方、西掋の花譜では、぀ねに死んだ暙本ずしおのむメヌゞをずもない、たずえ倧地に生えた状態の図にあっおも、芆いようもない硬盎さを――死の圱を垣間芋せるこずになる。

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房1999)  56頁

     そしお、東西絵画の鑑賞䞊、重芁なポむントを指摘したす。
     すなわち、東掋の絵画で、怍物に生気を䞎えおいる最倧の芁玠は、茎ず葉の埮劙なゆがみにあるず。䞀方、西掋の怍物画では、その茎を短く切り、花々を収めたブヌケ型フラワヌアレンゞメントであり、生呜感ではなく装食性に矎意識を集䞭させおいお、その兞型的な察比䟋が、西掋の花瓶に入った花図であり、日本の生花立花図図です。
     なお、本の䞭で荒俣氏の挙げた図のフリヌ画像が埗られなかったので、察応する類䌌の画像を瀺したした。

    画像
    図 《Illustration of vase of flowers from Flora ouero》
    出兞See page for author, CC BY 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/4.0>, via Wikimedia Commons
    画像
    図 《立花図并砂物》
    出兞: Artist unknown (Kanō school), Public domain, via Wikimedia Commons

     いよいよ、著者の解説は、近代西掋におけるボタニカル・むラストレヌション、ボタニカル・アヌトの成立に向かいたす。 そこでは私の予想に反しお、異文化圏の盞互亀流の歎史がありたした。

    ペルシア=むンド・ミニアチュヌル、䞭囜花鳥画シノワズリ、日本花鳥颚月ゞャポニズムの西掋ぞの流入ず西掋ナチュラリズムの誕生ず東西盞互䜜甚

     さお16䞖玀に入り、東掋のナチュラリズムが西掋に入り始めるず西掋の花譜も茎や葉を重芖するようになりたす。
     著者によればむンスピレヌションを受けた文明圏は次の䞉぀です。

    ペルシアむンド文化圏で描かれおいた生物画
    ミニアチュヌル现密画
    䞭囜の花鳥画シノワズリ
    日本の絵画・花鳥颚月ゞャポニズム

     それぞれの文化圏の䟋を瀺したす。図の広重の絵を陀き、図図は類䌌の絵で代替したす

     䞋図は、ムガヌルの现密画で、18䞖玀の怍物画に、その圱響がしばしば認めらるそうです。

    画像
    図 《Exotic flowers with butterflies. Mughal》,1630-33
    出兞wikimedia commons, public domain

     次の図は、ペヌロッパ党土に及んだ支那趣味シノワズリの流行の源の䞀぀の花鳥画です。

    画像
    図 惲寿平 《花卉図冊》十匀 明末、枅初
    出兞wikimedia commons, public domain 

      日本の絵画、花鳥颚月の䟋ずしお歌川広重の花鳥画浮䞖絵版画が瀺されたす図。

    画像
    図 Utagawa Hiroshige《Green Parrot on a branch with red flowers》
    出兞wikimedia commons, public domain 

     以䞊の䞉倧文化圏の圱響で西掋の怍物画はどうなったか、いよいよ近代西掋怍物画の成立に入っおいきたす。

     たず荒俣氏は、今日西掋文明が優勢になった理由の䞀぀、西掋の科孊的粟神もたた匷力なナチュラリズムを生み出したこずを指摘したす。その結果、

     博物孊の進展ず深くかかわり、぀ずめお粟密か぀正確な図が芁求されるようになった。たた、怍物同定の必芁䞊、花ばかりでなく、茎も葉も実も描くこずが課せられ、次いで解剖図の添付たで求められる時代ずなった。

     そしお、二人の博物絵垫を玹介したす

     䞀人は、パリの王立怍物園においお怍物画を専門に研究・実䜜する最初の教授、オランダ人ヘラルト・ファン・スペンドク、もう䞀人は、その埌継者の怍物絵垫ピ゚ヌルゞョれフ・ルドゥヌテです。

     日本では、かなりの頻床で「バラ図譜」の展芧䌚が開催されるので、ルドゥヌテの名前は比范的知られおいたすが、スペンドクの名前はおそらく誰も知らないでしょう。私も始めお知りたした。

     しかし荒俣氏は、埌䞖の圱響力から芋お泚目すべき人物だず断定したす。
     すなわち、圌は透明氎圩を絶劙な技巧で甚い、繊现極たりない、しかものびやかな怍物画を描いただけでなく、スティップル・゚ングレヌノィングずいう埮现な点刻銅版画に耇写され、䞀般の目に觊れるようになったからです図。

    画像
    図 スペンドックの怍物画 巊《チュヌリップ》、右《アむリス》
    出兞共にwikimedia commons, public domain

     すなわち、透明氎圩による質の高い䞀点物の博物画の制䜜だけでなく、点刻銅版画による耇写で倧衆の目に振れやすくなったずいう2点を重芁芖しおいるのです。

     実は私は、今幎4月に、日比谷図曞䌚通で開催された「宮廷画家 ルドゥヌテずバラの物語」展を蚪問したした。

    画像
    図 「宮廷画家 ルドゥヌテずバラの物語」展 チラシ
    出兞千代田区立図曞通HP
    https://www.library.chiyoda.tokyo.jp/information/20250220-hibiyaexhibition_redoute/

     私の蚘憶では、スティップル・゚ングレヌノィングはルドゥヌテが発案し自ら制䜜したものだずいう展瀺説明を読んだのですが、䞊述のスペンドクの氎圩画の耇写も埌継者のルドゥヌテが行ったのかもしれたせん。

     ここで私が匷調したいこずは、本来王䟯貎族のためのものだった博物画が、粟密な銅版画法の発明で質の高い状態の䜜品が倧衆の目にも觊れるようになったずいう事実です。

     それで改めお思い出すのは、図の広重の花鳥図です。これは、䞀点物の高䟡な絵画ではなく浮䞖絵版画です。
     ですから状䞊述したスティップル・゚ングレヌノィングずいう銅版画技術は、江戞時代、歊士や富裕商人の特暩階玚向けの䞀点物の絵画を倧衆化させたこずを連想させるのです。この件に぀いおは、別途あらためお取り䞊げたいず思いたす。

     荒俣氏は、スペンドク、ルドゥヌテが新しい花譜の兞型を生み出したずし、特にルドゥヌテの技法に぀いおは二぀の特色を挙げたす。

     䞀぀は、背景や枠線を䞀切排陀したシンプルな画像づくりである。䞭略
     しかしルドゥヌテの花の図像には、颚に揺れる花の掻き掻きずした息吹も日本画以䞊に感じ取れる。これらの花々は生きおいるのである。

    俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房1999)  63頁

     著者は、ルドゥヌテの䟋は出しおいたせんが、䞋に「花の図譜」の䞀枚を瀺したす図

    画像
    図 Redouté, Pierre-Joseph《Rosa Centifolia Anglica rubra (Rosier de Cumberland) 》
    出兞wikimedia commons, public domain

     確かに「背景や枠線を䞀切排陀したシンプルな画像」ず蚀えたす。しかし「生きおいる」様子は感じたすが、「颚に揺れる花の掻き掻きずした息吹」たでは感じ取られたせん。他のルドゥヌテの䜜品を探しおも、そのような画像は芋぀かりたせんでした。

     むしろ、私は、図18のスペンドックの怍物画にそれを感じるのです。明らかに、硬盎したそれ以前の花譜の花ず違い、茎は曲がり、葉はよじれお、たるで生きおいるかのような印象を受けたす。

     いずれにせよ、䞊述した二人の博物画の絵垫が生き生きずした絵を描けたのは、ゞャルダン・デ・プラント旧王立怍物園の存圚が倧きいず著者は蚀いたす。それたでは、生きた状態ではなく、也燥暙本でしか描けなかったのですから。

     その結果、

     しかし、怍物園の発展ず枩宀の考案によっお、怍物絵垫たちは生きた怍物を自由に描けるようになった。そしお、䞀九䞖玀に至っおようやく、ペヌロッパ人の怍物画に日本や䞭囜の花鳥画にあるような、たくたざるナチュラリズムを獲埗したのである。

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房1999)  54頁
    倪字は筆者による

     私はこれたで勘違いしおいたした。西掋の粟密な博物画怍物画は、東掋の花鳥画ずは独立に確立されたものだず思っおいたした。ずころが、実際には盞互に圱響し合っおいたのです。

    さいごに

     さお、ここたで荒俣宏氏の著曞、「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房1999の䞭の、西掋博物画怍物画成立たでの、西掋ず東掋の違いを論じた郚分に焊点を圓お、著者の芋解を匕甚しながら玹介したしたが、予想以䞊に長くなっおしたいたした。

     実は、本蚘事は、䞋蚘のタむトル

    II.「生きおいる」茎ず葉の空間配眮から矎を考える怍物画の矎、日本絵画の矎私芋

    で、荒俣氏の考えに觊発された私の考えを曞き続ける予定でした。

     しかし、そうするず、章の長さは本蚘事ず同じかそれ以䞊になるこずが予想され、倧方の読者はおそらく読むのを攟棄するのではないかず危惧し、䞀旊ここで止めるこずにいたしたす。

     次回の蚘事では、䞊述のタむトルの内容で、私の考えを䞭心に蚘事を曞く予定です。
    加えお冒頭の「はじめに」で予告した以䞋の資料
    源豊宗、北村四郎監修・執筆、今橋理子解説「花朚真寫: 怍物画の至宝」淡亀瀟(2005)
    今橋理子著「江戞の花鳥画 博物孊をめぐる文化ずその衚象」㈱スカむドア(1995)
    も甚いたす。

     なお、本蚘事のたずめずしお、私が觊発を受けた郚分の荒俣氏の考えを以䞋に瀺したす。

    博物画は、䞀点物の絵画ではなく、朚版画、銅版画により耇写され印刷物ずなっお、その目的を達するこず。
    日本で博物画が矎術から排陀されおきた理由に、明治期に「ミュヌゞアム」の抂念を蚳す時に倧いなる勘違いがあったこず。
    西掋で博物画が矎術から排陀されおきた理由は、博物画の䌝統が死んだあず、䞀枚䞀枚切り離されお宀内の装食に䜿われるようになったため、装食品、工芞品扱いずなり、アヌトずしお認定されるこずがなかったこずにある。
    西掋でのもう䞀぀の理由は、博物画が写生䞭心のために、油圩でなく、氎圩画であったこずで、油圩画むコヌル西欧絵画ずいう構図からはずれ、異端にならざるを埗なかった。
    西掋の花の静物画は「寓意画」であり、西掋人は「絵を読む」のに察し、日本人は寓意画を読むこずが出来ない。なぜなら、文字も抂念も絵ずしお芋おきた東掋の矎からである。挢字ずいう「絵」を墚ず筆で衚蚘し、それを図像ではなく゚ネルギヌを味わっおいる。
    その゚ネルギヌは䞭囜山氎の「気」の思想ずなにかがあるが、早い話、筆の特性からくるこず。ペンじゃなくポむントは、筆づかい、あるいは筆の゚ネルギヌである。
    西掋絵画ずのもう䞀぀の違いは「光ず陰圱の描写」である。日本の絵には圱がない。圱はなくおも、立掟なリアリズムであるし、むしろリアリズムを越えた絵だず解釈するこずができる。なぜなら、圱は空間をよごすものであり、隠すものだから。圱のない図像は「理想画」であり、珟実よりも絵のほうが䞊なのだ。
    西掋の花の図像は二皮類に集玄できる。それは、ブヌケ花束ず薬皮で、氞らく西掋怍物図譜の基本図像を芏定し支配し続けた。その際博物孊的意図を持぀花の図は、地面から切り離されるこずを芁件ずした。
    東掋の花鳥画では、怍物は倩然自然の状態にある。怍物に生気を䞎えおいる最倧の芁玠は、茎ず葉の埮劙なゆがみにある。䞀方、西掋の怍物画は、茎を短く切り、花々を収めたブヌケ型フラワヌアレンゞメントであり、生呜感ではなく装食性に矎意識を集䞭させおいる。
    16䞖玀に入り東掋のナチュラリズムが西掋に入り始め、西掋の花譜も茎や葉を重芖するようになる。むンスピレヌションを受けた文化圏は䞉぀であるペルシアむンド文化圏で描かれおいた生物画ミニアチュヌル现密画、䞭囜の花鳥画シノワズリ、日本の絵画・花鳥颚月ゞャポニズム。
    西掋の科孊粟神により博物孊が進展し、怍物同定のため花ばかりでなく、茎も葉も実も描くこずが課せられ、解剖図の添付たで求められる時代ずなった。パリの王立怍物園の二人の絵垫、スペンドク、ルドゥヌテにより、珟代たで続く、背景や枠線を䞀切排陀したシンプルな画像の怍物画が成立した。
    怍物園の発展ず枩宀の考案によっお、怍物絵垫たちは生きた怍物を自由に描けるようになり、ペヌロッパ人の怍物画に日本や䞭囜の花鳥画にあるようなナチュラリズムを獲埗した。

     蚘事ヌに続く

     前回の蚘事は、䞋蚘をご芧ください。


     
     
    線スケッチ講垫。䞋曞きなしにペンで線描、透明氎圩で圩色。誰でも簡単に描ける方法です。 䞖田谷区, 立川、府䞭、調垃でスケッチ教宀を開催詳しくはブログを参照。 ブログhttp://sensketch.blog56.fc2.com むンスタグラム@wataei172

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