
令和8年10月7日(水)
今日のお弁当も彩を考えてみた。
とは言っても前回紹介したおかずと同一で並び順が変わっただけだ。なぜなら、奥様が纏めて焼いておいた鮭と冷凍食品のメンチだからだ。僕が作ったのは卵焼きとインゲンをバターで炒めたもの。何を隠そう僕はその二つしか作ることが出来ないのだ。なので他のおかずは冷凍食品頼みと、たまにお奥様頼み(機嫌の良い時だけ)になるので、だいたい同じ顔ぶれとなる。
僕は食に特に興味がないので、毎日同じおかずでも平気である。
だが、それにも例外があった。
20代の頃に千葉の姉ヶ崎に長期出張していて会社の寮に住んでた。
朝晩の食事と、昼はお弁当が出るという至れり尽くせりの環境だったのだが、そのお弁当のおかずが毎日焼鮭だったのだ。1日の例外もなく焼鮭。
当時は平成の米騒動で、寮の弁当もタイ米になっていた。タイ米は冷えると硬くなった。毎日毎日箸も刺さらないような固いご飯と焼鮭。夏場はその冷えてブロック状と化したタイ米に麦茶を掛けてほぐして食べる猛者もいたくらいだ。下手すると夕食にも焼鮭が。
流石に嫌になった僕は厨房を一人で切り盛りしている腰の曲がった爺さんの部屋に「ちょっと流石にお弁当のおかず、どうにかならないですか?」と文句を言いに訪ねると、その爺さん、抱き合わせで買ったのであろう国産米を自室の炊飯器で炊き、唐揚げをおかずに食べていた。
その後も約半年、僕は焼鮭を食べ続けた。
この日々の食生活がトラウマとなったのか、姉ヶ崎の出張が終わってから四十半ばを過ぎるまで、僕は焼鮭を食べなかった。
しかし今では焼鮭も食べられるようになった。
何にでも例外はあるが、しかし、それも時間が解決するよ、というお話でした。