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異性愛者の"男の娘"が「男性だけの世界」を鑑賞する心理

    例えば、男性アイドルが好きな男性がいる。女性アイドルが好きな女性がいる。
    男性向け漫画が好きな女性もいる。女性向け漫画が好きな男性もいる。

    * 読みにくくなるので省略しましたが、「男性」「女性」には鉤括弧「」をつけるべきでしょう。
    * 「男性向け」「女性向け」という表現も便宜的なものであり、多数派の読者の「性別」が結果的に「男性」であるか「女性」であるか……によるものだと思います。
    * 「少年漫画」「少女漫画」という区別も時代遅れな気がします。

    うまくタイトルが付けられませんが、今回の記事ではその心理について書いてみたいと思います。
    あくまで一個人としての感覚ではありますが、共感してくださる方や意見交換をしてくださる方がいらっしゃいましたら嬉しいです。

    「性」について

    はじめに「性」についての整理が必要でしょう。

    「性別」について

    これは書くと長くなります。
    この記事では、あくまで「生まれもった生物学的性別」を前提とします。

    「性自認」について

    現時点で、私はLGBTQを自称していません。
    まだ、その段階に至っていないと思うからです。
    といいますか、将来的に自称することがあるかどうかもわかりません。

    ひとまず、最も外れない表現として「男の娘」を採用しています。
    とはいえ、この定義も多様なようです。 
    簡単に、多数派の「女性」のような装いを好む「男性」と捉えます。

    *以前の記事に書きましたが「女装」という言葉には違和感があります。

    「恋愛対象」について

    タイトルで「異性愛者」と表記しました。
    これまでの人生を振り返ると恋愛対象は「女性」であることが多いです。

    ただ、実は「恋愛対象」も断定できないのではないかとも思っています。
    これまで「男性」と交際をしたことがないだけで、気づいていないという可能性もあります。

    以前に交際していたバイセクシュアルの「彼女」から「「男性」と付き合ってみたらわかるんじゃない?」と言われたこともあります。
    (なんてことを言うんだ!と思いましたが……まあ確かに)

    「鑑賞」する心理

    「鑑賞」する動機は様々だと思います。

    対象に込められたメッセージに惹かれて鑑賞することももちろんあります。

    必ずしも、鑑賞する対象に恋愛対象が影響するわけではありません。
    アイドルや漫画の登場人物に対する好意が、必ずしも恋愛感情と同じとは言えません。

    ところが、結果的にか意図的にか、恋愛対象と鑑賞対象が一致することもあります。
    簡単に仮説を書きます。

    「結果的に」鑑賞対象が恋愛対象と一致する理由

    •  鑑賞対象を現実の世界と連続した存在として捉えている。

    •  「画面から出てこない恋人」というように実際に恋のような感覚をもっている。

    「意図的に」鑑賞対象が恋愛対象と一致する理由

    • 鑑賞対象をクリエイトする立場の意図。

    •  視聴者のターゲット層(その属性として恋愛対象を含む)を予め設定しているため、それに合致して視聴者の属性の傾向が決まる。

    • 商業的な意図を伴う場合、多数派のニーズに焦点を絞ることで多くの顧客を獲得できる可能性が高まることから、「多数派」とされる異性愛者の視聴者を想定してつくっている。

    • 結果的に明言せずとも「男性向け」「女性向け」のイメージが生じる。

    ようやく本題に入りますが、私が最近鑑賞するものは「男性の世界」を感じるものが多いです。

    語弊を恐れずに別の表現をするならば「女性不在の世界」です。
    これは女性蔑視的な意図があるわけでも、「ファッションホモ」のような悪意があるわけでもありません。
    また、鑑賞対象以外を批判する意図もありません。

    恋愛対象は「女性」でも、「男性だけの世界」を描いた鑑賞対象に惹かれるということです。

    なぜだろう?
    いくつか考えていることを書いてみます。

    明確な「男女」のイメージが前提にあるから

    恋愛シーンやそれに準ずる展開があるドラマやアニメ、漫画・小説等は多いです。
    そうでなくとも、登場人物の設定として明確な男性観・女性観が反映されていたりします。

    恐らく、これがジェンダーレス志向に引っ掛かるのだと思います。

    「萌え絵批判」も少しわかる

    以下の記事のように、フェミニズムの文脈からいわゆる「萌え絵」が批判されることがありますが、「男性」の目線からもやもやを感じることもあります。

    十分に考察できていないのですが、身体的特徴をもって「女性」を表現していることがなんだかななぁ……と思ってしまうわけです。

    批判を恐れずに事例に挙げるならば、『鬼滅の刃』の甘露寺蜜璃の入浴シーンも…
    あのシーンって必要なのでしょうか?カットしろとも言いませんが。
    全巻読みましたし、作品としては好きなのですが、確かに物語の展開として必要な描写だったのかはわかりません。

    原作を尊重することは大切ですが、同時に描写の意図も知りたくなってくるのです。
    すべてのシーンに意味を求める必要はないと思いますが、こうした批判に応えるためには意味の説明が必要なのかもしれません(解釈があればぜひ教えてください)。

    お恥ずかしながら、「憧れても成れない」というのもあるかも

    これは、ちょっと書くのが恥ずかしいのですが、「憧れても成れない」というのも実は大きな理由かもしれません。

    子どもっぽいかもしれませんが、何かを鑑賞する動機に「こんなふうになりたい!」という憧れもあると思うのです。

    「女性」のアイドルやキャラクターを見ていると憧れてしまう。
    けれども、性別の大きな壁があって、頑張ってもそうは成れない。
    そこでもやもやしてしまうので、「女性不在の世界」に惹かれていくのだと思います。

    (もちろん、性別の壁がなかったとしても憧れて成れるわけではないですが……)

    「男性の世界」を描いた作品の凄いところは、「男性」という属性を固定しつつも、多様な人物像を描いているということです。

    具体例としてぱっと思いつくのは、
    「刀剣乱舞」とか「ヒプノシスマイク」とか「ツイステッドワンダーランド」とか。

    (ゲームばかりですが、わかりやすい事例だと思いまして……)

    これらに共通するのは

    • 登場人物がすべて「男性」

    • 登場人物が多い

    • 登場人物が個性的

    ということです。「中性的」なキャラクターも出てきます。

    それゆえに、自分の理想とする人物像を見つけることができ、また性別の壁にあたるフラストレーションに陥ることもありません(結局、成れるわけじゃないけど!)

    だいぶ長くなってきましたので、また改めて書かせていただきますが、
    いわゆる「BL」に分類される作品にも学ぶことがあると思っています。

    今回はここまで。
    有料マガジンに追加しようとも思いましたが、書いてみたらそれほど公開が躊躇われる感じでもないので、そのまま公開させていただきます。

    ご清覧いただき、ありがとうございました!

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